35 / 42
宮川
しおりを挟む
新しい演目が大評判の阿国歌舞伎。引っ張りだこでなかなか出立が出来ず、松阪宿から宮川の渡しまで五里(約二十km)程の距離を移動するのに何とほぼ一月かかってしまった。
この清流宮川こそが、伊勢神宮の結界なのである。
川が良く氾濫するので橋を掛ける事が出来ず「上の渡し」「下の渡し」「磯の渡し」の三箇所で舟による渡河が行われていた。
阿国達が来たのは下の渡し、通称「桜の渡し」と呼ばれている所である。戦が無くなって安心して旅ができるようになったからか、お参りと思われる旅姿の者が老若男女を問わず大勢でごった返していた。
舟に乗る者、次の舟が来るまで茶店で一息入れる者、宮川の水で禊をする者等々見ているだけで飽きが来ない。
阿国一座は近くの寺に心付けを渡して道具一式を預かってもらい、しばらく休息してから宮川を渡ることにした。
さて伊勢神宮(正式には『神宮』)は実は別宮、摂社、末社など合わせて百二十五もの社宮があり、その中の「正宮」として天皇家の祖先 天照大御神を祀る内宮と衣食住を司る豊受大御神を祀る外宮とがあり、外宮から内宮へ順に回るのが正しいお参りだとされている。
ちなみにこの当時「伊勢」と言えば伊勢国の事で、現在の三重県の大部分を指す。
宮川を渡った地から外宮周辺を「山田」、内宮周辺を「宇治」と称していたが、ややこしいのでここでは「伊勢」と表記する。
※余談として「山田」は町名としては無くなってしまったが、鉄道の駅名としてかろうじて残っている。(JR 山田上口駅、近鉄 宇治山田駅)
阿国と敦堂が何やら喋っている。
「さあ今日はこのまま外宮さんの傍でお泊りします。明日朝一でおまいりしましょ」
「えらい悠長でんな、ほんなら宿に着いてからその先どないしまんのん?」
「美味しいものを食べ歩きに決まってるじゃない!」
旅の醍醐味はもちろん目的を達成する事だが、それ以外のお楽しみもあったりするのである。
名物食べ歩き、名産品購入、色街散策等色々あるが阿国は食い気に特化しているようだ。
江戸時代中期になると各地の名物・名産品が出揃うようになるが、この頃は旅人を饗そうと素朴な料理を供する店屋がほとんどである。
阿国は全員に銭を渡し、皆好きな物を好きな様に飲み食い買いする様に言いおいて解散する。
阿国はふらっとうどん屋に入った。現在の伊勢うどんの出汁は溜醤油が主だがこの当時は醤油が貴重品なので味噌出汁でいただく。
今と違い、椀子蕎麦の様に小さい器に盛ったうどんを「ご馳走様」をするまで供し続けるのがきまりだったらしい。
「美味しい!」阿国は思わず叫んだ。
この当時のうどんはコシという概念はなく、病人食・老人食・離乳食として親しまれていた。
ご多分に漏れずこのうどん屋もクタクタに煮込んだ麺を出して来たが、濃い味噌出しと絡んで絶品と思えた。
「気に入ったかね、なら|摩《す
》り下ろしの芋を合わせて食べない(食べてごらん)」と店の親父が言うので合わせて食べたらこれまた絶品。
芋の粘り気と味の濃さに阿国はおかわりをし続けた。
気がつくと阿国は腹一杯になっていた。「ええ~~!食べ歩きをする筈が!」残念がるが満足したのでさほど悔しくもない。
まあ明日はお参りだわと一日を締めたのだった。
この清流宮川こそが、伊勢神宮の結界なのである。
川が良く氾濫するので橋を掛ける事が出来ず「上の渡し」「下の渡し」「磯の渡し」の三箇所で舟による渡河が行われていた。
阿国達が来たのは下の渡し、通称「桜の渡し」と呼ばれている所である。戦が無くなって安心して旅ができるようになったからか、お参りと思われる旅姿の者が老若男女を問わず大勢でごった返していた。
舟に乗る者、次の舟が来るまで茶店で一息入れる者、宮川の水で禊をする者等々見ているだけで飽きが来ない。
阿国一座は近くの寺に心付けを渡して道具一式を預かってもらい、しばらく休息してから宮川を渡ることにした。
さて伊勢神宮(正式には『神宮』)は実は別宮、摂社、末社など合わせて百二十五もの社宮があり、その中の「正宮」として天皇家の祖先 天照大御神を祀る内宮と衣食住を司る豊受大御神を祀る外宮とがあり、外宮から内宮へ順に回るのが正しいお参りだとされている。
ちなみにこの当時「伊勢」と言えば伊勢国の事で、現在の三重県の大部分を指す。
宮川を渡った地から外宮周辺を「山田」、内宮周辺を「宇治」と称していたが、ややこしいのでここでは「伊勢」と表記する。
※余談として「山田」は町名としては無くなってしまったが、鉄道の駅名としてかろうじて残っている。(JR 山田上口駅、近鉄 宇治山田駅)
阿国と敦堂が何やら喋っている。
「さあ今日はこのまま外宮さんの傍でお泊りします。明日朝一でおまいりしましょ」
「えらい悠長でんな、ほんなら宿に着いてからその先どないしまんのん?」
「美味しいものを食べ歩きに決まってるじゃない!」
旅の醍醐味はもちろん目的を達成する事だが、それ以外のお楽しみもあったりするのである。
名物食べ歩き、名産品購入、色街散策等色々あるが阿国は食い気に特化しているようだ。
江戸時代中期になると各地の名物・名産品が出揃うようになるが、この頃は旅人を饗そうと素朴な料理を供する店屋がほとんどである。
阿国は全員に銭を渡し、皆好きな物を好きな様に飲み食い買いする様に言いおいて解散する。
阿国はふらっとうどん屋に入った。現在の伊勢うどんの出汁は溜醤油が主だがこの当時は醤油が貴重品なので味噌出汁でいただく。
今と違い、椀子蕎麦の様に小さい器に盛ったうどんを「ご馳走様」をするまで供し続けるのがきまりだったらしい。
「美味しい!」阿国は思わず叫んだ。
この当時のうどんはコシという概念はなく、病人食・老人食・離乳食として親しまれていた。
ご多分に漏れずこのうどん屋もクタクタに煮込んだ麺を出して来たが、濃い味噌出しと絡んで絶品と思えた。
「気に入ったかね、なら|摩《す
》り下ろしの芋を合わせて食べない(食べてごらん)」と店の親父が言うので合わせて食べたらこれまた絶品。
芋の粘り気と味の濃さに阿国はおかわりをし続けた。
気がつくと阿国は腹一杯になっていた。「ええ~~!食べ歩きをする筈が!」残念がるが満足したのでさほど悔しくもない。
まあ明日はお参りだわと一日を締めたのだった。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
米国戦艦大和 太平洋の天使となれ
みにみ
歴史・時代
1945年4月 天一号作戦は作戦の成功見込みが零に等しいとして中止
大和はそのまま柱島沖に係留され8月の終戦を迎える
米国は大和を研究対象として本土に移動
そこで大和の性能に感心するもスクラップ処分することとなる
しかし、朝鮮戦争が勃発
大和は合衆国海軍戦艦大和として運用されることとなる
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
万能艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
第一次世界大戦において国家総力戦の恐ろしさを痛感した日本海軍は、ドレットノート竣工以来続いてきた大艦巨砲主義を早々に放棄し、個艦万能主義へ転換した。世界の海軍通はこれを”愚かな判断”としたが、この個艦万能主義は1940年代に置いてその真価を発揮することになる…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる