花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

外宮

　一夜明けて清々すがすがしい朝である。一座は女性陣が何やら眼の下に隈くまを拵こしらえているようだが、朝餉あさげ(朝食)を済ませた後、てきぱきと荷造りして外宮に向けて出発…

　するはずだったが、宿やどの主あるじが「すんません、伊勢神宮おいせさんへこの子も連れてってもらえませんか？」と言うので子どもかと思えば、割と大きめな白犬である。

　首に風呂敷が巻いてあり、それに「伊勢神宮参拝 讃岐国 蘇甲郷さぬきのくに そこうごう 十河正安そごうまさやすが飼犬 名前は『うどん』にて候そうろう」と書いた白い布が結んである。

　源二ゆきむらが驚愕する「讃岐国(現在の香川県)からここまで！何と言う賢かしこい犬じゃ！！」

　段蔵が「左様、このような賢い犬はわしが仕込んで、如何いかなる陣じんをも突破とっぱする忍犬に仕立て上げて…」と言った途端とたん、女子衆おなごしから「何言うてんの！」「えげつなぁ！」「臭くさぁ！」「人非人にんぴにん！」「外道げどう！」と罵倒ばとうの嵐で這々ほうほうの体ていで退散たいさんする。
　女子衆の中には「持つのに丁度良い大きさの石を握って殴れば男にも勝てる」と物騒ぶっそうな講釈こうしゃくをする者もいて収拾がつかない。

　主が「首の風呂敷包ふろしきづつみの中は、家の詳しい所在地ならびに「神宮で御札と注連縄しめなわを買って、御札は風呂敷の中に、注連縄は首に巻いて下され」と書いた紙と多めの路銀ろぎん(道中必要なお金)が入っております。どうか連れてやってもらえませんか？」と言う。

　白犬はトコトコと一行のもとに来て、大助に甘えるように横に立つ。

「いやぁ可愛かわい～」「大助はんが好きなんどすなぁ」「あ！この犬こ女の子やわ！」(何を見てる！)「大助はん、抱きついても宜よろしゅおすえ！」「せやけど色白やからって『うどん』は無いわなぁ」「白御飯しろごはんよりはましやわ」女子衆はそりゃもう大騒ぎ。

　何となくムッとしたお日出は、さり気なく大助と「うどん」の間に割り込もうとするが、軽く吠えてお日出が驚いた隙に割り込み返して犬の勝ち。

　笑い声にあふれる中で源二が尋たずねる。

「阿国さん、どうするね？」
「もう聞かれるまでもないわ、連れていきましょ。こんな賢い忠犬を見捨てるなんて！あたいにゃできない！」

　宿の主がペコペコしながら「おおきんありがとう、おおきんなありがとうね」と言うのを背にして一行は出発した。

　……………………

　さて参道を通り抜け、外宮の鳥居まで来たところで問題発生。
　掃き掃除をしていた神職が「犬は不浄ふじょうのものである。神域に入ることはまかりならぬ！」と言って通せんぼ。

　こうなると一座女子会が黙っちゃいない。「何が不浄やの？」「宮川の渡しで禊みそぎしてんのに、何がばっちいのん！」「讃岐国から遥々はるばる来てるのに、イケズ言うたらアカンやないの！」

　神職はタジタジになりながら「いやいや、神の居ます場所を糞尿で汚されたら神罰が下るのじゃ。諦めるが良い！」

「何言うてますの！ここで神馬しんめ飼ってはりますなぁ、あれはウンコもシッコもしまへんのかいな！アホらし！」「ネコやカラスにハトも勝手に入ってますなぁ、フン出しまくりやのに、あれは追い出さんでも宜よろしいの？」「貴方あんたはんはお勤めの間、大も小もしはらへんの？大変どすなぁ、お気張きばりやす」

　神職がこりゃ戦いくさの方がマシじゃと顔色を白黒抹茶小豆珈琲柚子桜しろくろ まつちゃ あずき こーひー ゆず さくらにしながら泡食ってると、敦堂どうとんが助け舟。