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第一章
第五十六話 拡散する思考と収束する結論を置き去りに
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昼になり、王宮を出発することにした。
「お父様、ちょっとだけお別れですね」
「……ああ。そいつが何かしたらすぐに帰ってこい」
「何もしませんってば……」
そんな風に、会話を実に穏やかににこやかに交わして、馬車に乗り込む。
見送りに来てくれた仁さんに軽く手を振って、運転手に「お願いします」と告げた。
馬車はゆっくりと動き出し、王宮が少しずつ小さくなっていく。
「……王宮から離れるのは初めてです」
「……ごめん。急に」
「いえ。極星国での日々も、すごく楽しみですから」
「……うん。妹達と仲良くしてやってくれ」
はい、と夢乃が笑みを浮かべた。
「ええと、弥生さんも、妹達と仲良くしてやってください」
「もちろん…………。でも、由理君、何かあったの?」
「え?」
「縁起でもないけど、別れの言葉みたいよ」
「……参ったな。そんなつもりは無かったんですけどね……。ちょっと昨夜の出来事絡みで気分が滅入ってるのかもしれません」
「……君はちょっと、荷物を多く背負いすぎなんじゃないかな」
弥生さんは俺の目を見て、優しく言葉を口にする。落ち着いた瞳の緑色が、心のどこかに染みてくるような感覚があった。
「偶には人に、一緒に持ってもらうとか、ね。君の周りの人は、それを拒むほど君に対して何の感情も抱いていない訳じゃないんだから」
「……そう、ですかね」
「うん。何かあったら私を頼ってもいいんだよ?」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして、かな」
……なんか右腕の袖が引っ張られているな。
「夢乃、どうした?」
「まだ力不足ですけど、私にも――荷物、分けてくださいね」
「……うん。ありがとう」
…………。
……………………。
あれ?何か浮遊感がある。
意識がどこかに引っ張られているような。溶け出していくような。
段々と、体が重くなってくる。
魔法攻撃かと思ったが、辺りに魔力反応は全く見られなかった。
なら、つまりこれは……。
拡散していく思考と収束していく結論を置いて、俺は―――。
○
森林のその向こう、何もない平原に向かって歩いている。
密集して生える木々を躱しながら十分ほど歩くと、柵が張り巡らされた場所に出た。この柵の僅かに内側に、結界が存在する。
しかしそれを気にも留めずに、少年は歩み出した。
そして結界を、一瞬だけ切り取るように消滅させ、内側へと入る。その次の瞬間には、結界は元の通りに復元されている。
何もないように見えた平原――それは、結界に付与されていた幻覚魔法の効果によってそう見えていただけだった。平原の遠く向こうに、湖が見える。辛うじて、見える。濃い霧に覆われているために、湖面を目で捉えるのは難しかった。
湖の近くまで辿り着く。
湖面を背にして、一人の少女が立っていた。しかし目は両方とも閉じられていて、まるで生きている空気を感じない。
それはそうだ、と少年は思った。彼女は生を停止させられているのだから。
少年は立ち止まる。そこから一歩でも踏み出せば、一枚目の結界の防御機構が起動することを知っているから。
少年は手を伸ばす。少女に向けて、ゆっくりと。彼我の距離を測るように。一度目を伏せて、呟いた。
「……待っていてくれ」
少年は腕を下ろして、自戒するように、胸を押さえる。
「――誓依……………」
「お父様、ちょっとだけお別れですね」
「……ああ。そいつが何かしたらすぐに帰ってこい」
「何もしませんってば……」
そんな風に、会話を実に穏やかににこやかに交わして、馬車に乗り込む。
見送りに来てくれた仁さんに軽く手を振って、運転手に「お願いします」と告げた。
馬車はゆっくりと動き出し、王宮が少しずつ小さくなっていく。
「……王宮から離れるのは初めてです」
「……ごめん。急に」
「いえ。極星国での日々も、すごく楽しみですから」
「……うん。妹達と仲良くしてやってくれ」
はい、と夢乃が笑みを浮かべた。
「ええと、弥生さんも、妹達と仲良くしてやってください」
「もちろん…………。でも、由理君、何かあったの?」
「え?」
「縁起でもないけど、別れの言葉みたいよ」
「……参ったな。そんなつもりは無かったんですけどね……。ちょっと昨夜の出来事絡みで気分が滅入ってるのかもしれません」
「……君はちょっと、荷物を多く背負いすぎなんじゃないかな」
弥生さんは俺の目を見て、優しく言葉を口にする。落ち着いた瞳の緑色が、心のどこかに染みてくるような感覚があった。
「偶には人に、一緒に持ってもらうとか、ね。君の周りの人は、それを拒むほど君に対して何の感情も抱いていない訳じゃないんだから」
「……そう、ですかね」
「うん。何かあったら私を頼ってもいいんだよ?」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして、かな」
……なんか右腕の袖が引っ張られているな。
「夢乃、どうした?」
「まだ力不足ですけど、私にも――荷物、分けてくださいね」
「……うん。ありがとう」
…………。
……………………。
あれ?何か浮遊感がある。
意識がどこかに引っ張られているような。溶け出していくような。
段々と、体が重くなってくる。
魔法攻撃かと思ったが、辺りに魔力反応は全く見られなかった。
なら、つまりこれは……。
拡散していく思考と収束していく結論を置いて、俺は―――。
○
森林のその向こう、何もない平原に向かって歩いている。
密集して生える木々を躱しながら十分ほど歩くと、柵が張り巡らされた場所に出た。この柵の僅かに内側に、結界が存在する。
しかしそれを気にも留めずに、少年は歩み出した。
そして結界を、一瞬だけ切り取るように消滅させ、内側へと入る。その次の瞬間には、結界は元の通りに復元されている。
何もないように見えた平原――それは、結界に付与されていた幻覚魔法の効果によってそう見えていただけだった。平原の遠く向こうに、湖が見える。辛うじて、見える。濃い霧に覆われているために、湖面を目で捉えるのは難しかった。
湖の近くまで辿り着く。
湖面を背にして、一人の少女が立っていた。しかし目は両方とも閉じられていて、まるで生きている空気を感じない。
それはそうだ、と少年は思った。彼女は生を停止させられているのだから。
少年は立ち止まる。そこから一歩でも踏み出せば、一枚目の結界の防御機構が起動することを知っているから。
少年は手を伸ばす。少女に向けて、ゆっくりと。彼我の距離を測るように。一度目を伏せて、呟いた。
「……待っていてくれ」
少年は腕を下ろして、自戒するように、胸を押さえる。
「――誓依……………」
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