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第一章
第七十五話 転回………(iii)
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少年が――『最古ノ魔術師』が、魔法陣を展開する。
荒れ狂う炎が俺に向かって飛んでくる。
俺はそれに対して行動を起こさなかった。
炎が左手に纏わりつく。
精神と肉体を抉るような痛みが走る。
だからなんだ?
どこまでも頭は冷めていた。
俺は炎の支配権を奪い、左手を振って少年に炎を飛ばした。少年は驚愕を浮かべて舌打ちし、対抗する魔法を展開しようとした。
俺は走り出した。少年がもう一つ魔法陣を生み出した。氷柱が肩を掠める。気にしていられない。剣を取り出す。杖を使わなくても、魔法陣は展開できる。杖はカモフラージュに過ぎなかった。
少年に炎が殺到する。全ての炎がかき消される。少年の顔に恐怖が浮かんだ。
何を見て?俺には分からない。踏み込む。少年も剣を取り出し、俺の剣を受けた。
耳障りな金属音が響く。いつか感じたように、それは悲鳴に似ていた。
少年が大きく飛び退る。俺は前に跳躍する。強化魔法を掛ける。右足で踏み切る。
魔法陣が見えた。光線。致命傷。逸らす。視線を送る必要さえない。光線。当たらない。当たる訳がない。少年の手札は尽きた。
剣を振った。少年の剣が折れる。剣が少年の腹に吸い込まれる。その直前に止め、魔法で少年の頭を強く揺らす。気絶させる。
……加減を忘れるところだった。
別に忘れても構わないと思っていたけれど。
そして俺は歩き出す。
俺にはまだやることがある。
空には天界への門が広がり、その赤色は刻々と鮮明さを増している。
○
「時明祈利は『最怪ノ魔術師』を救い出す気がなかったのか」
「――暗殺命令を受けて、なお封印を選んだのだから、救おうとしていた……?」
「彼の最後の魔法の効果は何だと考えられるか」
「――『夜明ケノ誓イ』という名前から考えて、『最怪ノ魔術師』に関係するんだろうね……」
「彼の最後の魔法は完成していなかったのか」
「――……え?」
「魔法が発動しない条件は」
「――術式が不完全か……前提条件が満たされていないか」
「『最怪ノ魔術師』は何故極星国に眠っているのか」
「――…………」
「彼女が眠る場所に地形的な意味はあるのか」
「――…………」
「なにゆえに『最怪ノ魔術師』なのか」
「――そう、か。力の記憶に名前を与えたのは、時明祈利」
「現在、古代魔法が広まっているのは何故か」
「――…………」
「古代魔法を広めたのは何故か」
「――…………」
○
湖を背にして、少女が存在している。どこまでも遠く。静かに。
俺は歩き出した。
「『夜明ケノ誓イ』の発動条件は、久宮誓依の魔力を知っていることなんだ。
「魔術大全が出版されたのは、時明祈利の死から七十年が経った頃……。
「その時にはもう、久宮誓依の魔力を記憶している者は居なくなっていた」
俺はそんな風に解答を言葉にする。
「……君たちはここに居てくれ。最初の結界の防御機構にだけでいいから、対抗魔法を発動してほしい」
春風望海と秋継未來は、首を縦に振った。
「頼んだ」
彼女に向かって手を伸ばす。
「……待たせて、ごめん」
三百年の間――開いていた空間が、少しずつ、埋められていく。
俺は『力の記憶』に名を与えた。『最古』『最明』『最果』『最巧』――そして、『最怪』。
さあ――永く続いた夜を明かそう。
世の過ちを、明かそう。
俺の罪悪と共に。
願っていたことが、ただ一つ。
願い続けていることが、ただ一つ。
「ただ―――」
名に込めた誓いを、口にする。
「―――君との、『再会』を」
荒れ狂う炎が俺に向かって飛んでくる。
俺はそれに対して行動を起こさなかった。
炎が左手に纏わりつく。
精神と肉体を抉るような痛みが走る。
だからなんだ?
どこまでも頭は冷めていた。
俺は炎の支配権を奪い、左手を振って少年に炎を飛ばした。少年は驚愕を浮かべて舌打ちし、対抗する魔法を展開しようとした。
俺は走り出した。少年がもう一つ魔法陣を生み出した。氷柱が肩を掠める。気にしていられない。剣を取り出す。杖を使わなくても、魔法陣は展開できる。杖はカモフラージュに過ぎなかった。
少年に炎が殺到する。全ての炎がかき消される。少年の顔に恐怖が浮かんだ。
何を見て?俺には分からない。踏み込む。少年も剣を取り出し、俺の剣を受けた。
耳障りな金属音が響く。いつか感じたように、それは悲鳴に似ていた。
少年が大きく飛び退る。俺は前に跳躍する。強化魔法を掛ける。右足で踏み切る。
魔法陣が見えた。光線。致命傷。逸らす。視線を送る必要さえない。光線。当たらない。当たる訳がない。少年の手札は尽きた。
剣を振った。少年の剣が折れる。剣が少年の腹に吸い込まれる。その直前に止め、魔法で少年の頭を強く揺らす。気絶させる。
……加減を忘れるところだった。
別に忘れても構わないと思っていたけれど。
そして俺は歩き出す。
俺にはまだやることがある。
空には天界への門が広がり、その赤色は刻々と鮮明さを増している。
○
「時明祈利は『最怪ノ魔術師』を救い出す気がなかったのか」
「――暗殺命令を受けて、なお封印を選んだのだから、救おうとしていた……?」
「彼の最後の魔法の効果は何だと考えられるか」
「――『夜明ケノ誓イ』という名前から考えて、『最怪ノ魔術師』に関係するんだろうね……」
「彼の最後の魔法は完成していなかったのか」
「――……え?」
「魔法が発動しない条件は」
「――術式が不完全か……前提条件が満たされていないか」
「『最怪ノ魔術師』は何故極星国に眠っているのか」
「――…………」
「彼女が眠る場所に地形的な意味はあるのか」
「――…………」
「なにゆえに『最怪ノ魔術師』なのか」
「――そう、か。力の記憶に名前を与えたのは、時明祈利」
「現在、古代魔法が広まっているのは何故か」
「――…………」
「古代魔法を広めたのは何故か」
「――…………」
○
湖を背にして、少女が存在している。どこまでも遠く。静かに。
俺は歩き出した。
「『夜明ケノ誓イ』の発動条件は、久宮誓依の魔力を知っていることなんだ。
「魔術大全が出版されたのは、時明祈利の死から七十年が経った頃……。
「その時にはもう、久宮誓依の魔力を記憶している者は居なくなっていた」
俺はそんな風に解答を言葉にする。
「……君たちはここに居てくれ。最初の結界の防御機構にだけでいいから、対抗魔法を発動してほしい」
春風望海と秋継未來は、首を縦に振った。
「頼んだ」
彼女に向かって手を伸ばす。
「……待たせて、ごめん」
三百年の間――開いていた空間が、少しずつ、埋められていく。
俺は『力の記憶』に名を与えた。『最古』『最明』『最果』『最巧』――そして、『最怪』。
さあ――永く続いた夜を明かそう。
世の過ちを、明かそう。
俺の罪悪と共に。
願っていたことが、ただ一つ。
願い続けていることが、ただ一つ。
「ただ―――」
名に込めた誓いを、口にする。
「―――君との、『再会』を」
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