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第二章

第八十話  並んで歩いているうちに気づいたこと三つ

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「部屋はどうしましょう?私は別に同室でも構わないんですけど」

「分けてくれ頼むから」

「……了解しました」

 と言うわけで。

 明想院の三階、つまり沙也夏と同じ階の部屋を貸してもらい、そこでしばらく生活することになった(同じ階であることは一方的に指定されてしまったので俺の願望希望は一切含まれていない。ほんとだよ)。

「……さっきは言いそびれてしまったんですけど、今、由理君が極星国に帰ると、明涼国はヴァルミリアから袋叩きに遭う可能性が高い……ってことも、あなたを帰さない理由です」

 部屋に案内してもらう途上、そんな話があった。

 ヴァルミリアは――極星国から見て――明涼国の奥側であり、国境が接している。攻められたらひとたまりもない……のかな。沙也夏が居るからどうなるかは……いや、とにかく、被害が出ることは避けられない。

 しばらくはここに留まった方がよさそうだ。

 ……同じ階だと言ったが、この建物は非常に規模が大きく、聖命国の王宮レベルの広さを誇っているので、フロアの一端と他端との距離は相当に開いていることが分かった。

「……広いな」

「はい。魔術師も多く滞在してますし、一流の学者さんもいらっしゃいますよ」

「……へえ」

 学者さん……ね。興味が湧いてくるな。

 歩いている内に分かったことがもう二つ。

 一つは、今回の俺の変装が簡単には見破れないらしいこと。すれ違った魔術師――殆どが女性。巫女服を身に纏っている(巫女服を身に纏っているから女性とは限らないけれど)――が挨拶をしてくれるが、誰一人違和感を覚えている人は居なかった(ように見える)。

 そしてもう一つは、この格好は落ち着かないということだ。何かこう……うん。落ち着かない。それは通気性の問題かもしれないし、女装をしているという状況から生じるものなのかもしれない。俺には判断しかねる。

 ……この姿を彩希達に見られたら本当に立ち直れない自信がある。特に佳那には誓依を助けに行く前に、『また君の紅茶が飲みたい』的な発言をした上でのこの状況なので……うん。まあ、お察しの通り。うう。

「どうかしました?」

 沙也夏が――少し心配そうに――訊ねてくる。

「いや、何でもないよ。ちょっと極星国の事を思い出していただけ」

「……早めに帰れると良いですね」

「……お、おう」

 沙也夏は気遣わしげに俺を見ていた。俺はいたたまれない気持ちになった。郷愁を覚えていると思われたらしい。

 ……まるっきり嘘ではないけどね。誓依とはまだあんまり話せてないし。
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