ハズれキャラの井口くんには小悪魔な後輩が憑いている

じゃけのそん

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第1章 修学旅行編

第12話 モブの役割

 修学旅行前日の夜。
 明日の起床時間を考えると、ぼちぼち寝ないとまずい。が、旅行前日にありがちな寝れない現象に襲われた俺は、自室にて先日買った旅行雑誌を読み返していた。

 とはいえ俺の場合、眠れないのは修学旅行が楽しみだからではない。ついにこの時が来たという緊張と、きたる地獄に備えたいという防衛本能からの覚醒だった。

 このままオールで……とは一瞬考えたが、確か1日目はかなり歩かされる日程だったはず。となると、少しでも寝ておいた方が身のためだろう。

「悠にぃ?」

 と、俺を呼ぶ可愛らしい声が聞こえた。
 つられてそちらを見れば。

「なんだ陽葵ひまり、まだ起きてたのか」

 部屋の入口に立っていたのはマイエンジェル。
 可愛い柄のパジャマに身を包む妹の陽葵ひまりだった。

「こんな時間まで勉強か?」

「うん、これでも一応受験生なので」

「いつも偉いな」

 俺が褒めると陽葵は、いひひっと嬉しそう笑う。
 その愛らしい笑顔だけでご飯三杯は行けそうです。

「悠にぃこそ起きてて大丈夫なの?」

「ああ、まだちょっと寝れないんだ」

「明日から修学旅行でしょ? 寝ないと遅刻しちゃうよ?」

「それで欠席できるなら本望なんだけどな」

 すると陽葵はとてとてと俺の部屋に入ってくる。そしてすぐ隣までやって来ると、机に広げていた旅行雑誌を覗いた。

「珍しいね。悠にぃが学校行事に前向きなの」

「そりゃあ可愛い妹にお土産期待されちゃな」

 俺が修学旅行に行くたった一つの目的がこれ。

「陽葵のためなら張り切るっきゃないだろ」

「さっすが悠にぃ! イッケメーン!」

「ふっふーん!」

 最愛の妹におだてられ、鼻が高い俺である。

「じゃあその勢いでママの分のお土産もよろしくー」

「……」

 しかし俺の高鼻は一瞬にしてへし折られた。

 ねぇ俺、この旅行でどんだけ金使えばいいの?
 最近葉月にも奢りまくってるから、本当に金ないよ?

「理由はともあれ、前向きなのはいいことです」

「別に前向きってわけでもないけどな」

「でも最近はいつもそうやって調べものしてるよね?」

「お前よくそういうの気づくな。もしかして兄ちゃんのこと好き?」

「すきすきー、まじちょうらぶー」

 棒読みの告白ほど悲しいものはない。
 前に葉月が言ってた通り、俺って陽葵にウザがられてる?

「いやさ、悠にぃの部屋っていつもドア空いてるから。トイレ行く時とかたまーに隙間から覗くんだけど」

「ふーん……」

 ……ん、待てよ。

「部屋を覗く……?」

「そしたら机で何かやってるから、てっきりゲームか何かかと思ったけど」

 俺の額に途端に冷や汗が滲んだ。
 夜に部屋を覗いてるって……まさか……

「修学旅行の調べものだったんだね」

「……」

 一瞬、時が止まった気がした。
 俺は恐る恐る陽葵の顔を見上げる。

「それで、今は何を調べてるの?」

 淡々と話すこの感じからして多分セーフ……?
 てかセーフじゃなかったら大問題なんだが!?

「悠にぃ?」

「あ、ああ」

 陽葵に呼ばれてハッとする。

「で、なんだっけ」

「なんだっけって、今は何調べてるのって」

 やがて陽葵は「大丈夫?」と首を傾げた。
 なので俺は「大丈夫だ」と返して、話を戻す。

「今はディ〇ニーの昼飯だな。なるべく女子が好きそうなの探してる」

「あ、そっか。班の人みんな女の子なんだっけ」

「不服なことにな」

 すると陽葵はニヤリと笑い、俺をおちょくるように言った。

「女の子とディ〇ニー、しかもハーレムとか最高ですな」

「んなわけあるか。むしろいつぶっ殺されるかってヒヤヒヤしてるわ」

 下手なことしたら間違いなく死刑だろう。
 自分の身を守るための事前予習でもある。

「え、何、悠にぃの学校って鬼でもいるの」

「いるぞー。おっかないのがわんさかな」

 すると陽葵は青い顔を浮かべた。
 そしてプルプルと肩を震わせながら。

「進路変えようかな……」

 と、しゃれにならないことを。

「冗談だからそれだけはやめよ?」

「でも陽葵、怖いのとか苦手だし……」

「そこはお兄ちゃんが付いてるから大丈夫だ」

「何が大丈夫なのか一ミリもわからないけど」

 えぇぇ……。
 そこは一ミリくらいはわかってよぉぉ……。

「まあとにかく」

 やがて陽葵はうんと頷いた。

「悠にぃはなんだかんだその人たちのために、毎日頑張って調べものしてるってことでしょ? それって凄く偉いことなんじゃないの?」

「どうだか。実は俺もなんで自分がこうしてるのかよくわかってない」

 今思えばそうだ。
 俺は最初、修学旅行に行かないとまで言った。にもかかわらず、気づけばその前準備に途方もない時間を費やしている。

 それは先生に発破をかけられたからか。
 それともこの間の古賀の言葉が原因か。
 正直俺も自分で自分を理解しきれていないが。

「まああれだ。どうせいくなら邪魔にだけはなりたくないって思ったんだよ」

「邪魔?」

 これだけはハッキリと断言できた。

「うちの班の女子、めちゃくちゃ仲良いからさ」

 あの時の古賀は本心で語った。
 ”三人でいい思い出を作りたい”って。

「大体の人間にとっては、今回が人生で最後の修学旅行になるだろ」

「まあ、高校生ならそうだね」

「ならせめて、その思い出に水を差さない無害な立場でいようと思った。そのためには下調べが必要だし、ある程度の不都合くらいは目を瞑ってやるべきなんだよ」

 俺が修学旅行に参加することは確定している。
 三日目、あいつらと一緒にディ〇ニーに行くことも。
 
 それでいて現状の最優先が、あいつらの思い出を守ることで、それを成し得る上での障害が『俺自身』であるとするなら。俺がとるべき最善は一つしかない。

「俺にできるのは”邪魔にならない努力”、それだけだ」

 俺は自分に言い聞かせるように呟いた。

 これは自虐でも何でもない。
 修学旅行という舞台にて、脇役モブの俺に与えられた役割。この役割をきっちりこなさない限り、舞台の成功はあり得ない。

「でもそれじゃ……悠にぃの修学旅行はどうなるの」

「元々俺は修学旅行に乗り気じゃなかったからな。今更どうなろうと関係ねぇさ」

 そう言って、ちらりと陽葵を見やる。
 俺を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳は、酷く悲しげだった。

(そうだよな、わかってる)

 陽葵は優しい子だ。
 この世界の誰よりも優しい子だ。

 だからこそ俺はこの子を裏切れない。
 例え古賀たちの思い出を守るという役割があろうと、それによって陽葵を悲しませることだけはしちゃいけない。兄として、絶対に。

「安心しろ。悔いが残らない修学旅行にはするつもりだから」

「そう、なの?」

「ああ」

 今だ不安の色抜けない陽葵に、俺は精一杯笑いかける。すると陽葵は潤んでいた瞳を拭って、優しく微笑み返してくれた。

「そっか。なら明日の朝はちゃんと見送らないとね」

「そうしてもらえると助かる」

 そう言って、踵を返す陽葵。
 俺はその小さな背中を静かに見送る。

「あのさ、悠にぃ」

「うん?」

 やがて扉の前で立ち止まり、振り返った。

「どうかしたか?」

「え、えっとね」

 陽葵は何やら言いにくそうに視線を床に。
 しばらくの沈黙の後、神妙な笑みを浮かべて。

「お土産、すごく期待してるから」

 と、念を押すように言った。
 その笑顔の裏には若干の心配の色が見て取れる。

「それじゃ悠にぃ、おやすみ」

「おう。おやすみ」

 こうして部屋を去って行った陽葵。俺はしばらくの間、閉められた扉をじっと眺めて――やがて誰もいない部屋にポツリとこう溢した。

「大丈夫。兄ちゃんに任せとけ」
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