ハズれキャラの井口くんには小悪魔な後輩が憑いている

じゃけのそん

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第2章 期末テスト編

第30話 可愛いの効力

 気を取り直してテスト勉強に取り掛かる。
 俺は特に古賀の妹――古賀こが夏希なつきを中心に、勉強を見てやることに。最初こそ「マジでこの人に教わるの?」と、俺に対する嫌悪感丸出しだった夏希だが。

「え、これ解けちゃうの!?」

 数学の応用問題を難なく解いてみせると、それ以降文句を垂れることはなくなった。それどころか俺の隣に移動して来て、俺は今、妹サンドイッチ状態である。


 うちの妹にちょっとでも触れたら殺す。


 みたいな圧を正面から感じ、冷や汗を浮かべながら指導する俺。それを知る由もない夏希はというと、わからない箇所をグイグイ質問してくるのだった。

 流石は受験生なだけあって、勉強に対するひたむき度合が凄い。が、どうしても数学の図形の証明が苦手らしく、俺はそこいらを中心に指導を進めていった。

「こうして等しい角度見つけると解きやすいぞ」

「ホントだ。こんなにサクッと解けちゃうんだ」

 教えれば教えるほど、どんどん問題を解けるようになる夏希。

「学校の先生よりもわかりやすいかも」

「つまり俺は天才だと」

「そこまでは言ってない」

 いつしか自然と会話も増え、最初こそ威圧感のあった表情は、次第に柔らかく、年相応の可愛らしいものとなっていった。

(こうしてみると、マジでスペック高いなこいつ)

 ついつい見入ってしまうくらいには、横から見た夏希の姿が魅力的に映った。笑った表情がこんだけ可愛いなら、普段からこうしていればいいのに。

「何か」

「ああいや、何というか」

 不意に夏希と目が合う。

 流石にジロジロ見過ぎたか。
 訝し気な視線を向けられた俺は、咄嗟に口を開いた。

「今の方がよっぽど可愛いなと思って」

「はぁっ!? い、いきなり何!?」

 あ、やべ。
 つい本音がそのまま出ちまった。

「かっ、可愛いって……ババッ、バカじゃないのっ!?」

 瞬く間に赤面した夏希は、俺から距離を取るように後ずさる。それと同タイミングで古賀と陽葵が手を止めて、俺に細い視線をぶつけてきた。

「ちょっと。人の妹気安く口説かないでくれる?」

「そうだよ。悠にぃごときがおこがましいよ」

「べ、別に口説いてねぇし」

 俺は女子に可愛いと言うことすら許されないのかよ。

「そもそも最初にこの子の可愛さを説いたのはお前らだろ」

「それでも今の悠にぃの言い方には悪意があった」

「何だよ、悪意って……」

 可愛いに悪意もクソもあるか。
 俺はただ本心をそのまま口にしただけだ。

「いきなり可愛いなんて言われたら、女の子はビックリしちゃうんだからね?」

「ビックリだぁ?」

 言われて俺は、もう一度夏希を見やる。席からはみ出す勢いで、俺との距離を保つその美少女は、今にも爆発しそうなほど顔を赤く染めていた。

 一瞬目が合ったかと思いきや。
「見ないでよ……」と、すぐに視線を逸らされてしまう。

「ほらぁー、悠にぃが珍しく色目使うからぁー」

「んなつもりは……」

「なっちゃん照れちゃったじゃん」

「照れてないっ――!!」

 ストレートな陽葵の言葉を、夏希は声を大にして否定する。平静さを欠いた時に、わかりやすく顔に出るこの感じ、どっかの誰かさんによく似てるわ。

(やっぱり姉妹なんですね、この二人)

「陽葵も照れてるとか、いちいち言葉にしないでよ!」

「だって今のなっちゃん、見たことないくらい顔真っ赤だし」

「……っっ!!」

 反論できず、グッと唇を噛みしめる夏希。

「まさかとは思うけど、悠にぃに惚れたりしてないよね?」

「あ、当たり前でしょ……!!」

 陽葵が追加で言えば、勢いよく立ち上がり前のめりになる。

「可愛いって言われたくらいで惚れるわけないじゃん!!」

 なんて口では言ってますけども。
 動揺しているのは一目瞭然である。

(これ、まんざらでもないのでは?)

「やめといた方がいいと思うけどなぁ」

 俺が密かに悶々としていると。
 陽葵は諦めたような顔でちらりと俺を見た。

「この人顔はまあまあいいけど、中身死ぬほどめんどくさいし」

 おい、マイシスター。余計なことを言うんじゃない。せっかく俺に惚れてくれたかもしれない子だぞ? マイナスイメージを植え付けてどうする。

「それに重度のシスコンだから、惚れるだけ無駄だろうし」

「だから惚れてないってば!! うちはそんなにチョロくない!!」

「ならいいけど。なっちゃんすんごい乙女の顔してたからさ」

「別に乙女の顔なんて……うちは……」

 羞恥ゲージが限界を超えたのだろうか。夏希は高揚した顔を両手で覆うと、するりとテーブルの下に潜り込み、小さく縮こまってしまった。

 この感じからして、おそらくこの手の話題が苦手なのだろう。俺はとっくに色恋に冷めてるから何とも思わんが、思春期真っ盛りのJCには、ちと刺激が強いか。

「ちょっとちょっと。兄妹でうちの妹いじめないでよ」

 妹のピンチを前に、険しい顔を浮かべる古賀さん。

「これでも夏希はすんごいシャイで純粋な子なんだから」

「でも美緒さん的に照れてるなっちゃんってどうです?」

 陽葵が聞くと古賀はハッとして、何やらテーブルの下を覗いた。顔を上げた後、悟りを開いたかのような面持ちで言う。

「控えめに言って最高」

「もうっ! 二人とも黙っ――イタッ!!」

 ガゴン! と鈍い音がなり、テーブルが一瞬跳ねるように揺れた。と思ったら、机の下で「うぅぅ……」と、悶絶する夏希。普通に痛そう。

「おデコぶったぁぁ……」

「なっちゃん大丈夫?」

「ドジな夏希もかわよす」

「地獄かよ、ここは……」

 俺の可愛いが招いたこの事態。
 このわちゃわちゃがいわゆる女子のノリというやつなのだろうか。古賀や陽葵におもちゃにされ、おデコをぶつける夏希が、あまりに不憫で仕方がなかった。


 * * *


 その後、再び勉強に戻ったが。一度途切れた集中を、再び持ち直すのは難しいようで、陽葵はというと「あー」だの「うー」だの意味のない声を漏らしていた。

「ああもうっ、ぜんぜん集中できなーい」

「あたしも。さっきので完全に集中力切れた」

 やがて陽葵と古賀は揃って根をあげる。
 まあ言うても2時間くらい集中したしね。

「そんじゃまあ、ぼちぼち休憩にすっか」

「そうしよー」

 こうなっては、勉強しても無意味だろう。
 ここは一度休憩して、気持ちをリセットするのが吉だ。

「うちはまだやれるけど」

「ダメだよなっちゃん! 休憩も大事だよ!」

 ストイックな夏希に向けて、陽葵はここぞとばかりに言う。

「あんまり詰め込み過ぎちゃうと、逆におバカさんになっちゃんだからね!」

 どういう理屈だよそれ。
 だったら初めから勉強会なんてしない方がいいだろ。

「えっ、そうなの!?」

 お前も信じるな。素直か。

「そうそう! だから一旦勉強はおしまいにしよ!」

 すると陽葵は唐突に立ち上がる。
 そして元気いっぱいに拳を突き上げた。

「ということで、休憩ついでに今からみんなで遊びに行こう!」

 何を言い出すかと思えば。
 みんなで遊びに行くだぁ?

「カラオケとかどう? ストレスの発散にもなるし一石二鳥だよ!」

「いや、どう考えても行かないだろ」

「でも陽葵はすごーく行きたいなぁ」

 懇願するような目を向けてくる陽葵。
 その姿は天使を超えて、もはや女神と言っても過言ではないくらいキュートだが……勉強を教える立場として、今日ばかりは甘やかしてやれない。

「ダメです」

「いいじゃん今日くらい!」

「そもそも勉強会の休憩でカラオケ行くって、どこの世界のパリピだよ」

「歌ってストレス発散するんだから、理にかなってるじゃん!」

「ストレス発散してる暇があったら、英単語の一つでも覚えなさい」

 心を鬼にして言うと、陽葵は「むぅ~」と頬を丸めた。そのムスッとした表情が死ぬほど可愛くて正直ヤバいが、そんな顔をされても折れないのが今日の俺である。

「ねぇなっちゃん。なっちゃんだってカラオケ行きたいよね?」

 俺を説得するのを諦めたのか。
 今度は俺を挟んで、夏希に訴えかける陽葵。

「う、うちは別に」

「えぇ~」

「そもそもうち、カラオケ行ったことないし」

「大丈夫だよ! 陽葵だって、美緒さんだってついてるもん!」

「あ、あたしっ!?」

「ねっ、美緒さん!」

 続いて陽葵のエンジェルスマイルは、古賀へと向けられた。急に仲間に加えられたことで、一度は困ったように苦笑いをした古賀だったが。

「知ってます? 実はなっちゃんすんごく歌が上手なんですよ!」

「えっ!? そうなの!?」

「そうなんですよ! 音楽の授業の時にいっつも先生に褒められてて!」

「ちょっと陽葵。美緒ねぇに余計な情報を与えないで」

 愛する妹が歌ウマだという情報が出た瞬間、目に見えてソワソワし始めた。そのまましばらくテーブルの上で視線を泳がせた後。

「ま、まあ。あたしは最初から行ってもいいかなって思ってたけど」

「やったぁ!」

 ものの見事に心変わり。
 陽葵の話術にまんまとしてやられましたこの人。

「ほらなっちゃん! 美緒さん行くって!」

「ホント陽葵ってこういう時頭回るよね……」

 ウキウキな陽葵を前にガクリと肩を落とす夏希。
 やがて大きなため息を吐くと、諦めたように言った。

「少しだけね……」

「なっちゃん好きー!」

 こうして勉強会はなぜかカラオケに。
 初日からこれで、テストは本当に大丈夫なんですかね。
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