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プロローグ-到着まで-
しおりを挟むこれは私に限ったことなのか、そうでないのかは分からない。
というのも、私は人の書く文字というものがあまり好きではない。
私自身の文字もそうなのだが、他人の書く文字も苦手なのである。
これは憶測なのだが、そのことの発端は学生時代の自分のノートにあるように思える。
小学生当時、私の字というものは汚く、自分でも読めたものではなかった。
書くという動作に注意を向けようと思わなかったのだ。
よく親や先生に「丁寧に書きなさい」と言われたことをまだ覚えている。
私にとってそれはただの作業で、ノートをとるように言われていただけにしていたことなのである。
それにどんな意味があるかなんて考えず、書かなければ叱られるためにしていたのである。
ノートを提出することこそが正義だったのである。
現に私は自分のノートというものを殆ど見返したことがない。
読もうと思ったことも無く、そこに有益なことが書かれているとも思ったことは無い。
学生当時にノートにとることなんて教科書に書かれていることが殆どで、自発的に書き込むことも少なく、興味のある内容についてはその場で覚えればよかったのだ。
それ故に字を書くことが有益な記録と思ったことはなかったのだ。
私がこうして字を書くようになったのは携帯電話の機能が身についてからである。
打ち込めば現れる活字、シンプルだが他の人と同等の文字形式で、幾ら間違えようが後で訂正の効くこの機能に魅せられたためである。
このように趣味で字を連ねることが多々ある中、自らの筆で仕上げたことなど一度たりとも記憶には無い。
先にも述べたが、私自身はそれを記録として考えたことはない。
文字は常に芸術であるべきなのである。
私の文字列は世間的には芸術的価値が全く無いものなのだろう。
しかし私からしてみれば、その多くが美しい順序で紡がれたものであり、自己満足と言う面に於いて十分価値のあるものなのである。
私が字を書くことを望んだのは最も身近な芸術であったからに過ぎないのだろう。
しかし私のありきたりな体験を芸術に昇華できるという面に於いて最も簡素で複雑な芸術であると理解している。
その国に行くのは3度目であった。
日本から24時間ほどかかるその国に何回も向かおうと思うのは余程の物好きと言うものであろう。
そこに大した意味はない。
知り合いがいて、言語でも学ぼうと思ったからである。
自分自身を試そうと言う気持ちがあったということも事実なのだが、それ程に優れた人間でもないことも自覚していた。
スペイン語は耳では少し慣れていたが、話せるかと聞かれると首を縦に振るだけの自信はなかった。
それ以前に2回訪れているだけに生活に必要な最低限のことはわかるのだが、それ以上のことはできなかった。
2回訪れており、乗る飛行機の時間も全く同じだったにも関わらず遅刻ギリギリだったのは情けない話だ。
スーツケースを預け入れると真っ直ぐ搭乗ゲートに向かうように伝えられた。
これから12時間ほど身動きが取れない状況になるのだ。
買い物もするなと言われていたが、出国審査を終えると飲み物とお菓子だけ買って搭乗ゲートに向かった。
本当は両替もしておきたかったのだが、流石に時間がかかりそうだったためにやめておいた。
ゲートの番号を確認し、到着した頃には搭乗ゲートはまだ入れる状態ではなかった。
厳密には開いていたのだが、人が混み入っており、まだまだ並ぶ必要があった。
流石にこれ以上余計なことはできないと思いつつ、トイレだけ借りた後、飛行機に乗り込んだ。
座席は9列の一番真ん中であった。
AからIまでの内のEだったのである。
番号を確認し、席に着こうとすると、私の席には既に誰かが座っていた。
私は再度自分の番号を見て、間違えのない事を確認するとその人物に声をかけた。
座っていたのは五十手前といったところだろうか、男性であった。
私はできるだけ低姿勢で番号を確認するように促した。
男性も男性で何回も謝りながら自分の搭乗券を鞄やポケットから探しはじめた。
つい数分前に使った券をもう失くしたのかと思いつつ、上着のポケットにチラリと見えたそれを指摘した。
男性はそれを取り出すと、席が一列後ろであることが発覚した。
男性は手荷物をまとめるとすぐに移動してくれたために何事もなく、正規の自分の位置を取り戻すことに成功した。
気になった点については男性が缶チューハイを手にしていたことである。
度数が10%弱のコンビニなどでもよく見かけるかなりメジャーなお酒である。
その時の時刻はまだお昼過ぎ。
飲むにはまだ早過ぎるように感じるが、迷惑をかけられてないだけに何も言わずに過ごした。
私が席についた数分後、その男性がCAさんにお酒を没収され、手荷物検査をさせられていたのは深くは触れないでおこう。
液体をどのように持ち込んだのかも知りたかったが、それをするつもりもないので意味のないことである。
私の着いた席の両隣は知り合いのようであった。
スーツを着ていたところを見るに出張か何かだろう。
メキシコ行きの便だ。
どうやら乗り継ぐ訳でもなく、数日間そこに滞在するらしい。
あまり旅慣れてはいない様子で若くもない男性が終始ソワソワしていた。
フライトから二時間弱、まず私は眠っていた。
真ん中の座席で眠れないものかと思っていたのだが、案外よく眠れた。
元々どこでも眠れる人間であることは自覚していたのだが、すぐに眠れたのは成功であった。
起きる頃には食事の時間であった。
日本時間では6時くらいだろうか。
夕食時のようで前の方の座席から順に食事が配られる。
基本的に二種類から選べるはずなのだが、私の元へ来る頃には片方が既に無くなっていた。
日本からの便であったために箸が付いていたのはありがたかった。
隣の出張マンは食事にカメラを向けている。
私はサクッと食べ終えまた眠りにつこうと努力する。
12時間ほどのフライトの中で半分くらいは眠れたのだと思う。
残りは空港で買ったお菓子を齧ったり、下りる前の2度目の食事をとっていたりと、いくつか出来事はあったものの、あえて語るほどでもないために省略させていただく。
空港では6時ほど待つ必要があった。
ここを利用するのも三回目であったために乗り継ぎの流れは難しくはなかった。
相変わらず入国審査の列は長く、鞄が肩に食い込んでいたが耐えられない程ではなかった。
入国カードの記入も空欄があったが必須項目ではなかったようで何事もなく通ることができた。
問題だと思っていたのは日本の空港で両替できなかったことである。
私の行く国は日本円から直接両替できるところが極限られている。
そしてレートも良くないと聞く。
そのため米ドルで持って行った方がいいと常々言われていた。
仮にレートの問題は無視できるとしても到着して現金を持っていないというのも不安で他ならない。
なんとか米ドルを持っている必要がある。
メキシコで使われている通貨は米ドルではないために直接日本円から両替はできない。
二重で両替すると現地での両替も含めて三回両替することになり、結局手数料が山積みになることも予想できる。
言葉のわからない同じ窓口で二回も両替するのはリスキーだ。
そこで私がとった行動はATMで下ろすというものであった。
偶然米ドルで下ろせるものを見つけたのだ。
正直海外のATMは怖い部分もあったのだが使う以外に選択肢が浮かばなかった。
翻訳をしながらなんとか終えると、出発する前に海外で引き出せるクレジットを契約した自分の行いを称えた。
しかし手数料等、どれくらい必要なのかはわからなかったために不安もかなりあった。
何はともあれ、現金を手にできたことだけはよかったと言えよう。
それからフライトまでの4時間ほどフランス人の友達とチャットをしたり、飛行機に持ち込む飲み物を選んだりして時間を潰した。
得体の知れない色のジュースを買って飲んでみるのが好きなのだが、今回は面白いものが見つからなかったため水色で我慢した。
もう一つのフライト、目的地までの飛行時間は6時間弱であった。
その間も食事以外は眠っていた。
と言っても実際眠っていたのは2時間強と言ったところで残りは薄らと目が覚めていた。
それでもはっきりと起きているよりかは幾分もマシで、退屈をしなくていいという点では随分と楽であった。
実ははじめの飛行機の中でもこの時間はかなり長い。
その上起きている状態であるため食事の時間はわかる。
寝ても起きてもいないある意味で便利な状態である。
こちらの飛行機も大して面白いことはなく、挙げるとすれば隣に座っていた老人の咀嚼音が煩かったことと、若い男の人が「日光」と書かれたダサく安そうなTシャツを着用していたことくらいである。
目的地はコロンビア、ボゴタのエルドラド空港。
入国審査は1時間以上かかり、尋常ではないほどのストレスを抱えてながら両替や出国審査を終えるとタクシーを拾い、ホームステイ先へと向かった。
タクシーは以前騙されており、目的地に着くかどうかや必要以上にお金を取られないかと不安になったのだが、命を取られなかっただけ良しとすることにした。
結果から多少多く取られたような気もするが、今それを気にしたところでどうにもならないだけに考えないことにする。
到着するとホストファミリーに家を開けてもらい、実家に連絡を入れた後、多分朝4時ごろに眠りについた。
それから12時間ほどしてから起床し、こうして文章にしているのだが、30時間以上の体験が4000字にも満たないと思うといかに私の経験が平凡で、私の感情がつまらないものであることを見に染みて実感してしまい残念にも思うしかないのである。
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