草稿集

藤堂Máquina

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読書家の不安

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~得体の知れない不吉な塊が私の心を始終抑えつけていた。~

読書家の彼はそんな言葉を口にした。

きっとそれ以上に意味はなかったのだろうが、彼のその表情は実際暗く、不安の影の内側に身を潜めていた。

私の知る限りの彼の神経は昔から弱く、最近ではより一層衰弱しているようにも思える。

出不精な彼に外へ出るように促したのは何もこれが初めてではなかったのだが、彼が決まって向かうところと言えば本屋であった。

その日もそこへ向かうのだろうと思っていた。

だから彼を本屋で見かけなかったその時はまるで心臓が止まるものかと思うほどに体は動くことをあきらめた。

だが一瞬の後、私が向かったのは彼の自宅だった。

だが彼の自宅に着く前に彼を見つけたのは私の幸運であった。

彼は得も言われぬ方向を向いたまま動いてはいなかった。

見つからないように彼の向いている方向の見える位置へ移動するとそこには小さな八百屋が存在していた。

だが彼の見つめるものの正体もそれを見つめる目的もわからなかった。

しばらくすると彼の手には何やら明るい色の塊が握られていた。

恐らく彼の言う「不吉な塊」とは違うものなのだろう。

彼の表情もいつもより柔らかいような気がする。

病気な彼が仄かに明るくなっているように見える。

ただ暗い印象の彼に慣れ過ぎてしまったせいなのか。

その姿に「嫌の予感」というのは適切ではないのかもしれないが、どこか違和感を覚えるのであった。

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