【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第1部 高級クラブのお仕事

クリスマスイブの攻防

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 2003年12月24日

 イベント最終週の月曜の結果はこうだった。


 ────────────────

 ★クリスマスポイントレース
(同伴1回→3ポイント
 動員1人→1ポイント
 予約1組→1ポイント
 抜き物5万→1ポイント)

 ベスト
 1位 マリア……57ポイント

 2位 春樹 ……51ポイント

 3位 真弥 ……48ポイント

 4位 由奈 ……44ポイント

 5位 美月 ……43ポイント

 6位 みく ……41ポイント


 ─────────────────



 由奈ゆなはついに、ベスト3までにリーチをかけてきたのだ。
 さらに、この白熱した上位争いを踏まえ、月曜にオーナーの方から、上位3名までは相当の賞金を用意するとの発表があった。
 クラブに遊びに来る客は妻帯者が多く、24、25日のクリスマスは家庭に取られて例年暇になりがちなので、その対策も兼ねてだと思うが、オーナーから評価を受けるというだけでも、上位のホステスたちが3位までに入ることを目指す意義が広がった。



 こうして、クリスマスイブの戦いの火蓋は切って落とされた…
 と言いたいところだが、由奈の躍進はここまでで、この日はついに連続同伴記録もついえた。

 由奈は月曜の出勤電話の際、涼平りょうへいがミナミに行かなかったことをなじった後、同伴が誰もつかまらないことを愚痴り、 

『あ~あ、由奈ちゃん、もうちょっとやのになぁ~』

 と残念そうに息を吐いた。ここまできたら何とか由奈に3位を取らせてやりたい気もするが……と、その日の予定表を見ながら涼平も嘆息する。

「そんな由奈にもう一つ残念なお知らせがあるよ」
『何、何ぃ!?』
「現在3位の真弥まやさん、今日は5名の団体と同伴やから、これで12ポイントも差が開くことになるやろ?さすがの由奈も2日で12ポイント以上は無理でしょ」
『わぁ~団体はきついなあ~。しーくん、月曜の詫びに同伴してよ』
「なんでやねん。従業員と同伴なんて話、聞いたことないわ」
『じゃあ団体のお客さん紹介して』
「そんなんおらんよ。でもさ、例え3位に入れなくても、由奈はよくがんばったよ。今度、俺が寿司奢るから」
『そんなんいらんのよ。役に立たへんねんから…』

(一体、そこまで3位にこだわってまで欲しいごほうびってどんなんやろ?)

 それはすごく気になるところだったが、それを聞いてしまうとまた無理を言われる気がして、敢えて聞かなかった。

 しかし、果報は寝て待て、という言葉が人気上昇中の由奈には当てはまった。

 何と、営業までに由奈の名前で入っている予約が8件もあったのだ。もちろん、由奈が当てずっぽうで入れているものもあったが、りなママ、貴代たかよママも由奈に予約をいくつか付けてくれ、こちらは来店の確率が高く、抜き物ポイントがいくつ付くかによっては、由奈が3位に入るのも可能性も無くはなくなってきた。

 だがその予約の中で一つ気になるものがあった。
 それは、現在由奈と1ポイント差で5位の美月みつきが由奈に予約を振っていたものだ。

 美月は元ヤンキーと噂されるくらい口調のきつい姉御肌の売り上げホステスで、自分のことを慕ってくるホステスを好んで席に呼んでいたので、由奈が美月の席に着いたことはほとんど無かった。

「何でやろ?由奈ちゃん、あの人怖そうで苦手やわあ」

 一応、予約状況を由奈に報告すると、美月の予約に関しては理由が分からないと言う。

「まあでも今の由奈ちゃんの人気やったら、みんなが指名してきてもおかしくないやんなあ?」

 どこまでもポジティブシンキングな由奈だ。

 だが由奈の言うように、売り上げをするホステスにとってはポイント争いよりも自分の売り上げの額を上げる方が給料にも直接反映されてくるので、少しでもそれに有効と思われるヘルプは使っていきたい、と考えてのことだと受け取る方が自然といえば自然だ。

 ママからよく指名されるヘルプは中々、中堅の口座の席まで回してもらえない。キャバクラのような指名制度の無いクラブでは、口座が直接呼んで予約となった案件だとしてもそれを指名したいホステスの名で申告し、優先的に席に着けさせるというのは珍しいことではなかったからだ。


 そうして、イブの営業が始まった。

 やはりお客さんが家庭に取られたためか、先週までの勢いほどの客入りは無かった。

 そんな中で、由奈は指名や予約の席をたらい回しにされていた。クリスマスとあってかシャンパンを抜く席が多く、抜き物のある席に着く由奈の目が特に輝いているように涼平には見えた。

(まるで、魚を目の前にした猫やなあ…)

「由奈ちゃん、酔ってきたニャン」

 11時を過ぎた頃、トイレに立った由奈がすれ違い様にそう言ったときの顔には絞まりがなく、酔いがかなり回ってきているのが見て取れた。


 そんな中、例の美月の予約の客が来店したのは日付変更線が間近に迫った頃だった。

「由奈ちゃん、予約やから呼んでや。それと、みくと」

 客を出迎える際に、美月は桂木かつらぎ部長にそう告げた。

「3名様ご案内します!」

 入り口を見ると、全員作業着を着た30代前後の若い客が鳴海なるみ部長に案内されてきた。
 お絞りとアイスペールを運んだ涼平にそのうちの一人が、

「兄ちゃん、取り敢えずビールくれや、ビール!」

 と、大きな声で言った。

 ドルチェはクラブの中ではお客さんのスーツ率が低いと誰かに聞いたことがあったが、そんな中でも作業着の彼らはかなり浮いていた。
 さすがの由奈も、その席を前にして、一瞬引いたようだった。


「ご指名ありがとうございまーす。由奈ちゃんでーす!」

(相変わらずアホな席の着き方や…)

 涼平は遠巻きでその席を伺いながら、何とか笑顔で着いた由奈に微苦笑した。

「はあ!?お前なんて指名してへんぞ!」
「いやあ、この由奈ちゃん、面白いんよぉ。ほら、今日言った…」
「そうよ~由奈ちゃんねぇ~うちの店で人気もんなんよ~ぉ」

 客の言葉に美月とみくがフォローを入れる。

(負けへんわよぉ~だ)

 おととい、そんなことを言っていたみくも席に呼ばれたことが引っ掛かり、涼平はその席を注視していた。
 彼らが静かに飲むはずがないと思った通り、その席にテキーラがニューボトルとして入れられたかと思うと、ルンルンと呼ばれる、比較的早く決着のつく指上げゲームが始まった。

「もし由奈が負け続けるようなら、すぐに抜いてやって下さい」

 配置の山田やまだ常務にそう頼む。
 が、どうも由奈は前に働いていたガールズバーでこのゲームをやったことあるらしく、

「ルンルン2!やったあーまた勝ったぁ~!」

 といった具合で勝ち続け、逆に美月とみくは罰ゲーム一気でどんどん酔っ払っていった。

「もぉ~猫娘ったら強すぎ~ぃ」

 みくは悔しがったが、客としてはきっと見知らぬ由奈よりはお色気みくや普段シャキっとしている美月が酔った方が面白かったのだろう、客たちはどんどん勝率を上げる由奈を褒めそやし、見た目には楽しそうに盛り上がっていた。

(ふ…返り討ちに遇ったか…)

 涼平はこれなら安心と胸を撫で下ろし、後はすでに酔いがマックスに達している由奈に、また店が終わって絡まれないように祈った。
 そんなとき、クロークから涼平に電話が入ったと告げられる。
 若名わかな黒田くろだ店長からだった。
 時刻はすでに12時半を回っていた。

『涼平、そろそろ出られるか?』

 店には美月の客を含めて後3組残っていた。

「あの、萌未めぐみは今日、出勤してました?」
『いや、店は今日も休んでたけどな、パーティーには何とか来るって言ってた。涼平も来るって言ったら喜んでたで』

 萌未が自分と会うことに喜んでいる、その言葉ですぐに飛んで行きたくなった。

「分かりました。今すぐ出ます」 

 店の電話を切り、クロークで荷物番をしている後藤ごとう店長に、

「今日、貴代たかよママのお客さんのパーティーに誘われてるんですが、もう店を出てもいいですか?」

 と聞く。宮本は確かに貴代ママ口座だが本日来店した訳ではなく、本来なら今いる客を優先すべきなのだが、涼平はの部分だけを強調して詳しくは言わなかった。

「ああ、ええれすよ」

 この時間、すでにロレツの怪しい後藤店長が許してくれるのは初めから分かっていたが、どうしても出たかった涼平は念には念を入れた。

 店には珍しくまだ桂木も残っており、彼に捕まったら出るのを止められるだろう。涼平はクロークからそのまま更衣室に上がってコートを取り、出ることを誰にも告げずにこっそりと店を出た。


 黒田に指定された場所は、御堂筋を東に渡って中之島の方に少し向かった、西天満にしてんまの辺りだった。その近くの100円パークに車を止めているのだと言う。火照った顔に深夜の冷気を心地よく受けながら、久し振りに萌未に会える、そのことが涼平の気持ちを浮き立たせていた。

 100円パークを探してしばらくウロウロしていると、携帯が鳴った。
 黒田からだと思いすぐに携帯を開くと、表示されたナンバーは店のものだった。

「はい…」
『お前、どこほっつき歩いてんねん!由奈が大変やぞ』

 出ると、桂木部長の甲高い声が響く。

(またや…このおっさん、俺が店を先に出たら機嫌悪いんやから…)

 今日の夕方、桂木と出会い頭にしっかりと月曜に黒田に会いに出たことに嫌味を受けていたのを思い出す。

「あの…今から若名の黒田さんと一緒にお客さんのところ行くんで、由奈のことは店で何とか対処してください」
『黒田さんと!?お前、何言ってんねん!由奈が、死ぬって言ってるぞ!』

(はいはい…大袈裟な。どうせまた、酔った由奈に絡まれてるんやろ…)

「ほんなら、桂木さんが由奈を看取ってやってください。俺、今日は戻りませんから」

 このときの涼平は萌未に会うことで頭がいっぱいだった。
 が、次の桂木の言葉で、涼平は青ざめる。

『お前…冷たいやっちゃな。ずっとお前の名前呼んどるんやぞ。もうすぐ救急車も到着する。お前が付いとかんでどうするんや!』
「え!?救急車!?」

 それが本当なら、ただ事ではない。
 涼平は店に向かって走った。
 ちょうど店の前で、サイレンを鳴らして走ってくる救急車に出くわす。

(嘘やなかったのか!)




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