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第3章 拡散
9 秘密の会合
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管理官に帰れと言われたものの、部下たちが立て続けに起こった事件で駆け回っているのに自分だけ帰る気にはなれず、かといって帰れと言われた身で署内をうろうろする訳にもいかないので、これまで起きたことを自分なりに整理してみようと駅前にあるネットカフェに入った。管理官の態度にも腑に落ちないことが多々あり、一旦気持ちを落ち着かせたくもあった。
まず何といってもおかしいのは、聖蓮女子の校長と水谷鈴は生きてると言う。もちろん本当に生きているならこんなに喜ばしいことはない。だが自分は二人の脈が無いのを確認した。自分が間違えた可能性はあると思う。だが自分も医者でないまでも、これまで何人もの遺体を検分してきた経験がある。駆け出しの刑事ならまだしも、動揺して見間違えるなんてことはもうあり得ない年なのだ。
(いや、待てよ………)
そもそも今回の事件は出だしからおかしい。最初に禍津町の鮫島家で遺体で発見された佐倉心晴の死亡推定時刻も、第一発見者である青井草太の聴取と合わせると辻褄が合わない。検死のはじき出した時間だと青井が見つけた時には心晴はまだ生きていたことになるのだ。そして自分だって心晴の死亡は確認している。何かこのあたりに秘匿されている情報があるのではないか………?
秘匿といえば、心晴の遺体に首が無かったことは一般には伏せられている。その状態から禍津町の事件が連続首無し殺人の四軒目だと判断されたわけだが、その連続殺人の情報もよく考えたら自分たち所轄にはほとんど降りてきていない。この辺に何か裏がありそうだ。
ここまで考えて、浦安は今回の事件でK署まで出張ってきた警察庁の刑事たちに見知った顔が一人もいないことに思い当たった。自分が今まで担当してきた地域は幸い大きな事件がほとんど起きず、県警との合同捜査の経験も少ないといえば少ないが、それでも何度かは経験している。警察庁本部の中に過去に捜査を共にしたH県警の捜査員がいれば捜査状況を教えてもらえるかもしれないのに、それが一人もいないのはおかしい気もする。
そもそもなぜ遺体に首が無いのだろう?まず考えられるのは遺体の身元を隠すためだが、それなら指紋も一緒に消されていなければ片手落ちだ。事実、これまでも遺体の身元はすぐに割れている。そんな曖昧なことの為にわざわざ頭を持ち去るとは思えない。次に考えられるのは、一連の事件が繋がっていることを知らせるため。四つの事件現場は離れており、首無しという共通項が無ければ連続殺人とは判断しにくい。あるいは単に犯人に異常なコレクション癖があるだけなのか。いずれにしても、現状の資料では首無しの意味を確定させることはできない。
ふと、浦安の脳裏に重要な断片が過る。今日、鈴が聴取を抜け出して校長を刺した際、彼女の首が異様に伸びていた気がした。袴田警部が彼女を撃って駆け寄ったときには首は元に戻っていたが、あれも決して動揺で見間違えたのではない自信がある。
(そうだ、拳銃だ!あの時なぜ袴田は撃った?それ以前になぜ拳銃を携帯していた?ああ、なぜ俺はさっきそのことを管理官に詰め寄らなかったのだろう)
そこまで考え、浦安は自分の落ち度に瞼を強く閉じた。管理官への苦手意識が頭を鈍らせてしまっていた。今からでもそのことを問い詰めようかとも思ったが、すぐにその考えを打ち消した。今回の警察庁の動きは明らかにおかしい。そこに確信を得たとき、浦安は携帯を出して文面を作り、自分の部下たちに一斉送信した。
K市には都会と違って遅くまで開いている飲食店が少ない。だが駅前を探せば夜中まで開いている居酒屋が何軒かあり、浦安はそのうちの個室のある居酒屋に六名の予約を取った。署での捜査会議が終わった22時過ぎ頃、人目を忍んだ刑事たちが続々と集まってきた。
最初に姿を現したのは弓削史子だった。弓削は個室の戸口にかかった暖簾を払って浦安の顔を認めると、すぐその隣りに座って今一緒に捜査している男の愚痴を漏らし始めた。
「係長~!聞いて下さいよ~!あのエロ銀髪!ずっとあたしのこと口説いてくるんですよ~!あー気持ち悪い!」
エロ銀髪とは公安調査庁の朝霧調査員のことで、弓削とバディを組んで禍津町北西部にあるセフィロトというコミューンを調べているのだった。禍津町の町長から公民館を借り受け、寝泊まりもそこでしている。弓削班は会議の参加も免除されていた。弓削には今夜はわざわざ電車で出向いてもらったのだ。
「ずっと二人でいるの?確かセフィロトの入り口付近を車で張ってるんだよね?」
ご足労を労う間もなく、弓削が今担当している捜査の話に入る。弓削はテーブルの上のボタンを押して店員を呼ぶと、「取り敢えず生!」と元気よく言った。
「一応、三交代でやってるんですけどね、出入りする人をパシャパシャカメラでひたすら撮るだけでしょ、も~暇で暇で。あたしなんかずぅ~っとやつの下らない自慢話聞かされてるんですよ?もしくはつまらん下ネタとか。セクハラで訴えたら絶対勝てますよ、あたし。絶対勝てます!」
「分かった分かった、近いから。弓削もストレス溜まってるんだな」
「あれ?係長もストレス溜まってます?聞きますよ、あたし。今日はお互いぶちまけ合いましょうよ」
ど真ん中に木のテーブルがあり、三名ずつ向かい合って座るようになっているこの個室はそこそこの広さがあり、ゆったりと座れるスペースがある。浦安は入り口から一番奥に座っていたが、弓削の圧で壁に背中がついている。二の腕にも完全に弓削の胸が当たっていたが、胸の話は弓削の前では禁句だ。店員が弓削の生を持ってきてくれ、先に飲んでいた浦安のジョッキと合わせるために弓削が離れてくれてホッとした。
それからも弓削の愚痴にずっと付き合わされていたが、やがて22時を過ぎてから須田が、遠藤が、速水がと、K署強行犯係の巡査部長たちが続々と顔を出した。目立たないように来てくれと頼んでいたので、連れ立って来るのは避けてくれていた。最後に橋爪が顔を出し、全員揃って乾杯する。料理は予め全員揃ったら気兼ねなく食べられるように軽いコースを頼んでいた。
「久しぶりですね~こうやってみんなが揃うの」
一番年の若い速水が嬉しそうに言う。
「俺ら、他署への応援が多かったからね。まさか俺たちの署でこんな大きな事件が起こるとはね」
浦安以外では一番年のいってる遠藤がそう言うと、全員神妙な顔で頷いた。
「でもやっぱり自分の署で働く方がやる気出ますね。気合いが入るというか」
普段冷静沈着な橋爪も久々の面子の前で緊張の糸が緩んだのか、強面の頬を綻ばせている。
「橋爪ちゃんはずっと警察庁のご指名だもんね。そろそろあっちに移ることになるんじゃない?」
遠藤の言葉に、弓削がチラッと橋爪を睨むのが浦安の位置から見えた。橋爪と速水はキャリア組、それ以外はノンキャリアだ。弓削と橋爪は年も近く、弓削が橋爪をライバル視していたのは知っていた。橋爪の方は別段気にかけていないようだが。
「それにしても今日の管理官の判断には納得いきません!自分もすぐ前で見てましたけど、係長には何の落ち度も無かったんですから」
浦安の向かいに座っていた須田が、ジョッキをドンとテーブルに置き、不満を露わにした。実はこの飲み会の直前、会議が終わったタイミングでK署刑事課長の岩永から浦安の携帯に電話が入り、浦安に謹慎処分が決まったことを告げられていた。岩永は先輩の浦安に恐縮しきりだったが、管理官の判断に意見できるほど骨太ではなかった。
まずは暑い中をかけずり回っている部下たちを慰労してから話を切り出そうと思っていたが、須田の言葉に皆思うところがあるようで、早々に本題を話さなければならない雲行きだ。浦安は咳を切り、自分を気にかけてくれる部下たちの顔を見回した。
「実は…今日はみんなに俺から話があって呼んだんだ。だが、その話を聞くと君らの出世の妨げになる可能性もある。なので今の時点で聞きたくないと思ったら、遠慮なく退出して欲しい。今後もし君らが警察庁の中枢で働きたいという野心があれば、聞かないことをお勧めする。どうだ?」
真剣になった浦安の声のトーンに、何人かは喉を鳴らした。だが退出しようとする者は誰もいない。さっきまでの談笑から空気が張り詰める。浦安はもう一度、一人ひとりの顔を見た。
「いいんだな?」
まず何といってもおかしいのは、聖蓮女子の校長と水谷鈴は生きてると言う。もちろん本当に生きているならこんなに喜ばしいことはない。だが自分は二人の脈が無いのを確認した。自分が間違えた可能性はあると思う。だが自分も医者でないまでも、これまで何人もの遺体を検分してきた経験がある。駆け出しの刑事ならまだしも、動揺して見間違えるなんてことはもうあり得ない年なのだ。
(いや、待てよ………)
そもそも今回の事件は出だしからおかしい。最初に禍津町の鮫島家で遺体で発見された佐倉心晴の死亡推定時刻も、第一発見者である青井草太の聴取と合わせると辻褄が合わない。検死のはじき出した時間だと青井が見つけた時には心晴はまだ生きていたことになるのだ。そして自分だって心晴の死亡は確認している。何かこのあたりに秘匿されている情報があるのではないか………?
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ここまで考えて、浦安は今回の事件でK署まで出張ってきた警察庁の刑事たちに見知った顔が一人もいないことに思い当たった。自分が今まで担当してきた地域は幸い大きな事件がほとんど起きず、県警との合同捜査の経験も少ないといえば少ないが、それでも何度かは経験している。警察庁本部の中に過去に捜査を共にしたH県警の捜査員がいれば捜査状況を教えてもらえるかもしれないのに、それが一人もいないのはおかしい気もする。
そもそもなぜ遺体に首が無いのだろう?まず考えられるのは遺体の身元を隠すためだが、それなら指紋も一緒に消されていなければ片手落ちだ。事実、これまでも遺体の身元はすぐに割れている。そんな曖昧なことの為にわざわざ頭を持ち去るとは思えない。次に考えられるのは、一連の事件が繋がっていることを知らせるため。四つの事件現場は離れており、首無しという共通項が無ければ連続殺人とは判断しにくい。あるいは単に犯人に異常なコレクション癖があるだけなのか。いずれにしても、現状の資料では首無しの意味を確定させることはできない。
ふと、浦安の脳裏に重要な断片が過る。今日、鈴が聴取を抜け出して校長を刺した際、彼女の首が異様に伸びていた気がした。袴田警部が彼女を撃って駆け寄ったときには首は元に戻っていたが、あれも決して動揺で見間違えたのではない自信がある。
(そうだ、拳銃だ!あの時なぜ袴田は撃った?それ以前になぜ拳銃を携帯していた?ああ、なぜ俺はさっきそのことを管理官に詰め寄らなかったのだろう)
そこまで考え、浦安は自分の落ち度に瞼を強く閉じた。管理官への苦手意識が頭を鈍らせてしまっていた。今からでもそのことを問い詰めようかとも思ったが、すぐにその考えを打ち消した。今回の警察庁の動きは明らかにおかしい。そこに確信を得たとき、浦安は携帯を出して文面を作り、自分の部下たちに一斉送信した。
K市には都会と違って遅くまで開いている飲食店が少ない。だが駅前を探せば夜中まで開いている居酒屋が何軒かあり、浦安はそのうちの個室のある居酒屋に六名の予約を取った。署での捜査会議が終わった22時過ぎ頃、人目を忍んだ刑事たちが続々と集まってきた。
最初に姿を現したのは弓削史子だった。弓削は個室の戸口にかかった暖簾を払って浦安の顔を認めると、すぐその隣りに座って今一緒に捜査している男の愚痴を漏らし始めた。
「係長~!聞いて下さいよ~!あのエロ銀髪!ずっとあたしのこと口説いてくるんですよ~!あー気持ち悪い!」
エロ銀髪とは公安調査庁の朝霧調査員のことで、弓削とバディを組んで禍津町北西部にあるセフィロトというコミューンを調べているのだった。禍津町の町長から公民館を借り受け、寝泊まりもそこでしている。弓削班は会議の参加も免除されていた。弓削には今夜はわざわざ電車で出向いてもらったのだ。
「ずっと二人でいるの?確かセフィロトの入り口付近を車で張ってるんだよね?」
ご足労を労う間もなく、弓削が今担当している捜査の話に入る。弓削はテーブルの上のボタンを押して店員を呼ぶと、「取り敢えず生!」と元気よく言った。
「一応、三交代でやってるんですけどね、出入りする人をパシャパシャカメラでひたすら撮るだけでしょ、も~暇で暇で。あたしなんかずぅ~っとやつの下らない自慢話聞かされてるんですよ?もしくはつまらん下ネタとか。セクハラで訴えたら絶対勝てますよ、あたし。絶対勝てます!」
「分かった分かった、近いから。弓削もストレス溜まってるんだな」
「あれ?係長もストレス溜まってます?聞きますよ、あたし。今日はお互いぶちまけ合いましょうよ」
ど真ん中に木のテーブルがあり、三名ずつ向かい合って座るようになっているこの個室はそこそこの広さがあり、ゆったりと座れるスペースがある。浦安は入り口から一番奥に座っていたが、弓削の圧で壁に背中がついている。二の腕にも完全に弓削の胸が当たっていたが、胸の話は弓削の前では禁句だ。店員が弓削の生を持ってきてくれ、先に飲んでいた浦安のジョッキと合わせるために弓削が離れてくれてホッとした。
それからも弓削の愚痴にずっと付き合わされていたが、やがて22時を過ぎてから須田が、遠藤が、速水がと、K署強行犯係の巡査部長たちが続々と顔を出した。目立たないように来てくれと頼んでいたので、連れ立って来るのは避けてくれていた。最後に橋爪が顔を出し、全員揃って乾杯する。料理は予め全員揃ったら気兼ねなく食べられるように軽いコースを頼んでいた。
「久しぶりですね~こうやってみんなが揃うの」
一番年の若い速水が嬉しそうに言う。
「俺ら、他署への応援が多かったからね。まさか俺たちの署でこんな大きな事件が起こるとはね」
浦安以外では一番年のいってる遠藤がそう言うと、全員神妙な顔で頷いた。
「でもやっぱり自分の署で働く方がやる気出ますね。気合いが入るというか」
普段冷静沈着な橋爪も久々の面子の前で緊張の糸が緩んだのか、強面の頬を綻ばせている。
「橋爪ちゃんはずっと警察庁のご指名だもんね。そろそろあっちに移ることになるんじゃない?」
遠藤の言葉に、弓削がチラッと橋爪を睨むのが浦安の位置から見えた。橋爪と速水はキャリア組、それ以外はノンキャリアだ。弓削と橋爪は年も近く、弓削が橋爪をライバル視していたのは知っていた。橋爪の方は別段気にかけていないようだが。
「それにしても今日の管理官の判断には納得いきません!自分もすぐ前で見てましたけど、係長には何の落ち度も無かったんですから」
浦安の向かいに座っていた須田が、ジョッキをドンとテーブルに置き、不満を露わにした。実はこの飲み会の直前、会議が終わったタイミングでK署刑事課長の岩永から浦安の携帯に電話が入り、浦安に謹慎処分が決まったことを告げられていた。岩永は先輩の浦安に恐縮しきりだったが、管理官の判断に意見できるほど骨太ではなかった。
まずは暑い中をかけずり回っている部下たちを慰労してから話を切り出そうと思っていたが、須田の言葉に皆思うところがあるようで、早々に本題を話さなければならない雲行きだ。浦安は咳を切り、自分を気にかけてくれる部下たちの顔を見回した。
「実は…今日はみんなに俺から話があって呼んだんだ。だが、その話を聞くと君らの出世の妨げになる可能性もある。なので今の時点で聞きたくないと思ったら、遠慮なく退出して欲しい。今後もし君らが警察庁の中枢で働きたいという野心があれば、聞かないことをお勧めする。どうだ?」
真剣になった浦安の声のトーンに、何人かは喉を鳴らした。だが退出しようとする者は誰もいない。さっきまでの談笑から空気が張り詰める。浦安はもう一度、一人ひとりの顔を見た。
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