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第6章 変化
case 6
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令和5年7月30日
夕涼みにはまだ暑い時節だった。ただ部屋でじっとしている気にもなれず、赤から紺へと色移りする黄昏の中、公園へ向かう道から外れた川べりを歩いた。私の勤務する聖蓮女子高校は二つの細い川の間の中洲にあり、学校の敷地の北側には遠方から来る生徒用に寮も完備されている。私の家も遠方にあり、夜の寮母も兼ねてそこに住ませてもらっている。
元々は公立中学の教師だった。私の父母も中学の教師をやっており、母は私が生まれた時に退職して専業主婦になったのだけれど、父はそのまま続け、今では校長になっている。そんな厳格な父母に育てられたからというわけではないが、私も大学は迷わず教員養成系を選び、他に何の選択肢も考えずに教員採用試験を受けて見事合格した。中学の教師になりたかったかと聞かれれば、正直そこまでではなかったかもしれない。ただ安定した職業ではあったし、父や母を卒業生たちが訪ねて来ていつまでも交流している姿を見て、そういうことに多少は憧れていた。
だが私は大きな過ちをしていた。子ども心に父母を誇らしく思っていた時代と、私が実際に教壇に立った時代とはすでに大きな隔たりがあった。文化祭や体育祭や部活などを生徒と一緒に汗を流して作っていくなどというのは前時代的な教師のやることで、今の時代は教師であっても夕方5時以降に学校に残ることなど極端に嫌がられる。別にそれでも授業さえちゃんとやっていれば問題ないのだが、感情を出して怒ることに慣れていない私には、心ここにあらずの生徒たちに授業の内容を聞かせるのは至難の業だった。ただでさえ若い女の教師というだけで舐められがちなのに、上手く怒れないとなると授業はもう荒れ放題となっていった。
それでも何とか立て直そうと感情を露わに怒ったりもしてみたが、言葉のチョイスを間違えると今度は親御さんが出てきてクレームをつける。そんな状態でも二年、三年と経つごとには慣れてきて、少々授業が騒がしくなるくらいならもう慣れっこで、たまに静かに授業を聞いてくれるクラスがあるとラッキーと思えたほどだった。
それでもマリンスノーが積もって石灰岩になるように、私のストレスは年々心の中に降り積もり、いつしか生徒の前では張り付いたような硬い笑顔しかできなくなっていた。そんな折、一人の男子生徒から悩みを打ち明けられた。悩み自体は思春期によくあるものだったが、まだ私の心の片隅にあった良き教師であろうという気持ちが、何とかその生徒をいい方向に導こうというように働いた。生徒の要望もあり、携帯ではいつ誰に見られるとも限らないので、二人だけの文通ノートを作った。義務だけでやっていたといえば嘘になるだろう。私もいつしか、その生徒との言葉のやり取りを楽しく感じ、ある時は少し度を超えた表現をしたりもした。そして、それがその生徒、引いてはそのクラスの生徒たちの図りごとだと気づいた時には遅かった。生徒たちはそのノートを回し読みしながら私のことを揶揄し、挙句の果てに、PTAの議題に上がるまでになった。私は限界を感じ、退職を願い出た。当時の校長はそこまですることはないと引き止めてくれたが、それはきっと私の父からの願い出もあったのだと思う。
私は職を辞して無職になり、家に引き籠もった。しばらく何にもする気になれなかった。そうして三年が過ぎ、このままでは嫁にも出せないと焦った父は、教職のツテを使って聖蓮女子高校の職を勧めてくれたのだ。今度の職場は扱いにくい中学生ではなく高校生であること、そしてカトリック系の由緒正しい家庭の子どもたちが集まっているので授業が荒れることなどないこと、などなど、父母はそれらしいことを言って説得してくれたが、私にしてみればそういう父母の腫れ物を扱うような態度にも嫌気が指してきていたので、家から離れて寮に入れることが一番の決め手だったかもしれない。
そうして今年の春から、聖蓮女子の教師として赴任した。私はクリスチャンではなかったが、朝夕のお勤めのお祈りは苦痛ではなかった。むしろ、私の中に巣食った澱を出してしまえるようで心地よかった。ただ苦手だったのは、敬虔なカトリック教徒である君嶋校長の存在だった。事あるごとに私を礼拝堂に呼び出し、カウンセリングまがいのお説教を何時間もするのには閉口した。前の学校での私の評判を聞き、それはある程度仕方のないことなのかもしれないが、最後には決まって洗礼を受けることを促すのにはうんざりだった。私は無宗教だが、別にクリスチャンになることに抵抗があったわけではない。何と言うか、君嶋校長の説法を聞いていると、純粋なキリスト教とは思えないことろが多々あった。私は純粋なキリスト教というものもよく知らないので確実なことは言えないが、何か新興宗教じみた特異な印象を感じ、そこに不安を感じていたのだ。
クラスの子たちは至って真面目というか、年相応の歪んだところを持ち合わせた、表面上は上品さを装った育ちのいい子たちだった。私は三十路も半ばにきていたが、引き籠もった時期に精神年齢を重ねなかったのか、彼女たちには若く見えるようで、また他のクリスチャン先生よりはどこか取っつきやすい雰囲気も感じてくれたのか、「こよりちゃん」などと下の名前で呼んでくれ、ちゃんと倉田先生と呼びなさいと形ばかりの注意はするものの、内心では人気の教師としてのポジションを獲得できたかもしれないとほくそ笑んでいた。正直、この学校に来てよかったと思った。
それでも取っつきにくい生徒はいるものだ。クラスの社交的な子たちは概ね懐いてくれた。マイナー、といったら語弊があるのだけど、ちょっと大勢の輪から外れた位置にいる子たちが何人かいて、その子たちが私に胡散臭そうな目を向けるのが苦手だった。特に小泉陽菜と佐倉心晴は独特の世界観を持った子たちだった。私も何とかクラスの中に溶け込ませようと声をかけたりしてみたが、彼女たちの口にする陰謀論というか、オカルト的な話には全く付いていけず、彼女たちもその狭い世界から出ようとはしなかった。一学期が半ばに進む頃には、彼女らがクラスから浮いてしまうのも仕方のないことだと諦めていた。
もう一組、池田渚と伊藤唯、そして水谷鈴のグループは私の最も苦手とする子たちだった。前の職場で私のことを嵌めた子たちと同じ匂いを彼女たちから感じていた。教師として分け隔てなく接さないといけないのは山々だが、私の中にはまだ前の学校でのトラウマがあるようで、彼女たちの前に出ると身体が萎縮してしまう。きっと彼女らもそんな私の態度を機敏に感じ取っていたと思う。特に伊藤唯の私を見る目には憎しみさえ籠もっているように見えた。
なので、なのでなので…苦手とする彼女たちが消えてくれたのは正直清々した。こんなことを考えるのは教師失格だ。もちろん、亡くなってしまった心晴や渚のことは可哀想に思う。だけど、私も人間だ。基本的人権と生存権を有する人間なのだ。心の平安を願って何が悪い?さらには君嶋校長がいなくなるというオマケも付いた。周囲の先生方には奇異に映ったかもしれないが、私は職場環境がクリアーになったことに安堵し、その心の晴れやかさを表現したく、夏休みということもあって花柄のワンピースで登校してやった。二学期からはきっと、今までに感じられなかった華々しい教師生活が待っているだろう。心配させた私の父母も、今の晴やかな顔を見るときっと安心するに違いない。目から血を流し、警察病院に移された子たちも9月になれば元気に登校してくるはずだ。理事長が会議で言っていたではないか、これは集団ヒステリーの症状の一種であり、感染症などでは決してないと。
私は湿気でまとわりつくワンピースの生地の不快さも物ともせず、軽くステップを踏んで川沿いを歩いた。辺りはすっかり暗くなってしまったが、きっとダムの側の公園にはまだ夏休みを満喫している親子連れがたくさんいるだろう。そちらへの道から逆行し、月明かりにキラキラ光る川面に沿いながら人気のない北へ歩を進める。時折川から吹く風が、周囲の生温かい空気より冷たくて心地よかった。
ふと、仄白い灯りが目の前をユラユラと飛んでいるのを見た。蛍だろうかと思った。7月も末となり、蛍の季節は終わっているはずだが、ここら辺は気温も低く、まだ時期が終わっていないのかもしれない。少し嬉しくなり、灯りの飛んた方へと草を分けて入っていく。こんなことならズボンで来ればよかったなと思いながら、ちょうど川の水が足先まで来るあたりまで下りると、飛んでいた灯りが二つ並んでことに気づく。いや、反対側からもう二つ、まるで二組のアベックのように仲良く並んで飛んでいる。ユラユラと、こちらに近づいてきて、私は手に止まらないかと腕を伸ばしてみる。そしてハッとした。二つ並んだ仄白い灯りの周囲にははっきりと黒い輪郭がある。蛍などという大きさでもない。白い光は黒い物体の二つの目だったことに気づいて慌てて手を引っ込めた時には遅かった。
ズキン!と、腕に衝撃が走る。見ると黒くて丸い物体が、私の二の腕の部分に噛みついていた。そう、黒い輪郭のその下にはパックリと開かれた口があり、鋭い牙を私の腕に突き刺していたのだ。
ひ、ひいいい!!
私は悲鳴を上げ、激しく腕を振ってその黒い物体を引き離そうとした。だががっちりと噛み合わされたそれはなかなか離れず、やがてゆっくりと、白く光る目線をこちらに向ける。そうするともう私は金縛りにあったように動けなくなってしまった。もう一つの黒い物体もすぐ側まで迫ってきた。月明かりに照らされ、その輪郭全体がぼうっと青白く浮き上がり、その風貌がはっきり見えた。
「あ、あなたたち…伊藤さんと、水谷さん…?」
そう、その顔は行方不明となっていた私のクラスの生徒、伊藤唯と水谷鈴だった。口元を歪ませ、恨みがましい目を私に向けている。あろうことか、彼女たちの胴体部分は見当たらず、首だけで浮遊しているのだ。
「な、何をするの?や、やめて…やめてー!」
逃げ出したくても身体は動かず、飛んでいる頭たちの為すがままだった。目の前に水谷鈴のヘラヘラと笑う顔がクローズアップされ、彼女はそのすぐ下の、私の喉元に噛みついた。激痛が走った。腕から、首から、彼女たちの口は、私の血をチュウチュウと吸い続けた。そして私の意識は、遠のいていった。
夕涼みにはまだ暑い時節だった。ただ部屋でじっとしている気にもなれず、赤から紺へと色移りする黄昏の中、公園へ向かう道から外れた川べりを歩いた。私の勤務する聖蓮女子高校は二つの細い川の間の中洲にあり、学校の敷地の北側には遠方から来る生徒用に寮も完備されている。私の家も遠方にあり、夜の寮母も兼ねてそこに住ませてもらっている。
元々は公立中学の教師だった。私の父母も中学の教師をやっており、母は私が生まれた時に退職して専業主婦になったのだけれど、父はそのまま続け、今では校長になっている。そんな厳格な父母に育てられたからというわけではないが、私も大学は迷わず教員養成系を選び、他に何の選択肢も考えずに教員採用試験を受けて見事合格した。中学の教師になりたかったかと聞かれれば、正直そこまでではなかったかもしれない。ただ安定した職業ではあったし、父や母を卒業生たちが訪ねて来ていつまでも交流している姿を見て、そういうことに多少は憧れていた。
だが私は大きな過ちをしていた。子ども心に父母を誇らしく思っていた時代と、私が実際に教壇に立った時代とはすでに大きな隔たりがあった。文化祭や体育祭や部活などを生徒と一緒に汗を流して作っていくなどというのは前時代的な教師のやることで、今の時代は教師であっても夕方5時以降に学校に残ることなど極端に嫌がられる。別にそれでも授業さえちゃんとやっていれば問題ないのだが、感情を出して怒ることに慣れていない私には、心ここにあらずの生徒たちに授業の内容を聞かせるのは至難の業だった。ただでさえ若い女の教師というだけで舐められがちなのに、上手く怒れないとなると授業はもう荒れ放題となっていった。
それでも何とか立て直そうと感情を露わに怒ったりもしてみたが、言葉のチョイスを間違えると今度は親御さんが出てきてクレームをつける。そんな状態でも二年、三年と経つごとには慣れてきて、少々授業が騒がしくなるくらいならもう慣れっこで、たまに静かに授業を聞いてくれるクラスがあるとラッキーと思えたほどだった。
それでもマリンスノーが積もって石灰岩になるように、私のストレスは年々心の中に降り積もり、いつしか生徒の前では張り付いたような硬い笑顔しかできなくなっていた。そんな折、一人の男子生徒から悩みを打ち明けられた。悩み自体は思春期によくあるものだったが、まだ私の心の片隅にあった良き教師であろうという気持ちが、何とかその生徒をいい方向に導こうというように働いた。生徒の要望もあり、携帯ではいつ誰に見られるとも限らないので、二人だけの文通ノートを作った。義務だけでやっていたといえば嘘になるだろう。私もいつしか、その生徒との言葉のやり取りを楽しく感じ、ある時は少し度を超えた表現をしたりもした。そして、それがその生徒、引いてはそのクラスの生徒たちの図りごとだと気づいた時には遅かった。生徒たちはそのノートを回し読みしながら私のことを揶揄し、挙句の果てに、PTAの議題に上がるまでになった。私は限界を感じ、退職を願い出た。当時の校長はそこまですることはないと引き止めてくれたが、それはきっと私の父からの願い出もあったのだと思う。
私は職を辞して無職になり、家に引き籠もった。しばらく何にもする気になれなかった。そうして三年が過ぎ、このままでは嫁にも出せないと焦った父は、教職のツテを使って聖蓮女子高校の職を勧めてくれたのだ。今度の職場は扱いにくい中学生ではなく高校生であること、そしてカトリック系の由緒正しい家庭の子どもたちが集まっているので授業が荒れることなどないこと、などなど、父母はそれらしいことを言って説得してくれたが、私にしてみればそういう父母の腫れ物を扱うような態度にも嫌気が指してきていたので、家から離れて寮に入れることが一番の決め手だったかもしれない。
そうして今年の春から、聖蓮女子の教師として赴任した。私はクリスチャンではなかったが、朝夕のお勤めのお祈りは苦痛ではなかった。むしろ、私の中に巣食った澱を出してしまえるようで心地よかった。ただ苦手だったのは、敬虔なカトリック教徒である君嶋校長の存在だった。事あるごとに私を礼拝堂に呼び出し、カウンセリングまがいのお説教を何時間もするのには閉口した。前の学校での私の評判を聞き、それはある程度仕方のないことなのかもしれないが、最後には決まって洗礼を受けることを促すのにはうんざりだった。私は無宗教だが、別にクリスチャンになることに抵抗があったわけではない。何と言うか、君嶋校長の説法を聞いていると、純粋なキリスト教とは思えないことろが多々あった。私は純粋なキリスト教というものもよく知らないので確実なことは言えないが、何か新興宗教じみた特異な印象を感じ、そこに不安を感じていたのだ。
クラスの子たちは至って真面目というか、年相応の歪んだところを持ち合わせた、表面上は上品さを装った育ちのいい子たちだった。私は三十路も半ばにきていたが、引き籠もった時期に精神年齢を重ねなかったのか、彼女たちには若く見えるようで、また他のクリスチャン先生よりはどこか取っつきやすい雰囲気も感じてくれたのか、「こよりちゃん」などと下の名前で呼んでくれ、ちゃんと倉田先生と呼びなさいと形ばかりの注意はするものの、内心では人気の教師としてのポジションを獲得できたかもしれないとほくそ笑んでいた。正直、この学校に来てよかったと思った。
それでも取っつきにくい生徒はいるものだ。クラスの社交的な子たちは概ね懐いてくれた。マイナー、といったら語弊があるのだけど、ちょっと大勢の輪から外れた位置にいる子たちが何人かいて、その子たちが私に胡散臭そうな目を向けるのが苦手だった。特に小泉陽菜と佐倉心晴は独特の世界観を持った子たちだった。私も何とかクラスの中に溶け込ませようと声をかけたりしてみたが、彼女たちの口にする陰謀論というか、オカルト的な話には全く付いていけず、彼女たちもその狭い世界から出ようとはしなかった。一学期が半ばに進む頃には、彼女らがクラスから浮いてしまうのも仕方のないことだと諦めていた。
もう一組、池田渚と伊藤唯、そして水谷鈴のグループは私の最も苦手とする子たちだった。前の職場で私のことを嵌めた子たちと同じ匂いを彼女たちから感じていた。教師として分け隔てなく接さないといけないのは山々だが、私の中にはまだ前の学校でのトラウマがあるようで、彼女たちの前に出ると身体が萎縮してしまう。きっと彼女らもそんな私の態度を機敏に感じ取っていたと思う。特に伊藤唯の私を見る目には憎しみさえ籠もっているように見えた。
なので、なのでなので…苦手とする彼女たちが消えてくれたのは正直清々した。こんなことを考えるのは教師失格だ。もちろん、亡くなってしまった心晴や渚のことは可哀想に思う。だけど、私も人間だ。基本的人権と生存権を有する人間なのだ。心の平安を願って何が悪い?さらには君嶋校長がいなくなるというオマケも付いた。周囲の先生方には奇異に映ったかもしれないが、私は職場環境がクリアーになったことに安堵し、その心の晴れやかさを表現したく、夏休みということもあって花柄のワンピースで登校してやった。二学期からはきっと、今までに感じられなかった華々しい教師生活が待っているだろう。心配させた私の父母も、今の晴やかな顔を見るときっと安心するに違いない。目から血を流し、警察病院に移された子たちも9月になれば元気に登校してくるはずだ。理事長が会議で言っていたではないか、これは集団ヒステリーの症状の一種であり、感染症などでは決してないと。
私は湿気でまとわりつくワンピースの生地の不快さも物ともせず、軽くステップを踏んで川沿いを歩いた。辺りはすっかり暗くなってしまったが、きっとダムの側の公園にはまだ夏休みを満喫している親子連れがたくさんいるだろう。そちらへの道から逆行し、月明かりにキラキラ光る川面に沿いながら人気のない北へ歩を進める。時折川から吹く風が、周囲の生温かい空気より冷たくて心地よかった。
ふと、仄白い灯りが目の前をユラユラと飛んでいるのを見た。蛍だろうかと思った。7月も末となり、蛍の季節は終わっているはずだが、ここら辺は気温も低く、まだ時期が終わっていないのかもしれない。少し嬉しくなり、灯りの飛んた方へと草を分けて入っていく。こんなことならズボンで来ればよかったなと思いながら、ちょうど川の水が足先まで来るあたりまで下りると、飛んでいた灯りが二つ並んでことに気づく。いや、反対側からもう二つ、まるで二組のアベックのように仲良く並んで飛んでいる。ユラユラと、こちらに近づいてきて、私は手に止まらないかと腕を伸ばしてみる。そしてハッとした。二つ並んだ仄白い灯りの周囲にははっきりと黒い輪郭がある。蛍などという大きさでもない。白い光は黒い物体の二つの目だったことに気づいて慌てて手を引っ込めた時には遅かった。
ズキン!と、腕に衝撃が走る。見ると黒くて丸い物体が、私の二の腕の部分に噛みついていた。そう、黒い輪郭のその下にはパックリと開かれた口があり、鋭い牙を私の腕に突き刺していたのだ。
ひ、ひいいい!!
私は悲鳴を上げ、激しく腕を振ってその黒い物体を引き離そうとした。だががっちりと噛み合わされたそれはなかなか離れず、やがてゆっくりと、白く光る目線をこちらに向ける。そうするともう私は金縛りにあったように動けなくなってしまった。もう一つの黒い物体もすぐ側まで迫ってきた。月明かりに照らされ、その輪郭全体がぼうっと青白く浮き上がり、その風貌がはっきり見えた。
「あ、あなたたち…伊藤さんと、水谷さん…?」
そう、その顔は行方不明となっていた私のクラスの生徒、伊藤唯と水谷鈴だった。口元を歪ませ、恨みがましい目を私に向けている。あろうことか、彼女たちの胴体部分は見当たらず、首だけで浮遊しているのだ。
「な、何をするの?や、やめて…やめてー!」
逃げ出したくても身体は動かず、飛んでいる頭たちの為すがままだった。目の前に水谷鈴のヘラヘラと笑う顔がクローズアップされ、彼女はそのすぐ下の、私の喉元に噛みついた。激痛が走った。腕から、首から、彼女たちの口は、私の血をチュウチュウと吸い続けた。そして私の意識は、遠のいていった。
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