【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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第6章 変化

8 廃仏毀釈

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 聞きたいことはまだまだあったが、天冥てんめいが後の話は儀式の準備が済んでからと言うので、食卓を片付け、本殿への廊下を歩いて戻る。天冥はその途中の玄関口で、

「わたしは別の準備があるので、ここで」 

 と、弓削ゆげに前を譲った。さっきお焚き火がどうのとか言っていが、その準備は庭でやるということか。ちょうどそこへ、外から帰ってきた黒い法衣を纏った人物が玄関に入ってきた。おそらくこの寺の住職だろう。上がり框に立つ天冥を見て、

「おお、ちょうど良かった」

 と顔をほころばせた。親しみやすそうな二重顎のまん丸顔は布袋様に似ていて、体のどの部分を取っても丸みを帯びている。脂肪でシワが伸びているせいで年齢が読みにくい。

「近隣の家からお焚き火の許可は取れましたよ。後は町長や商工会にも打診しとけば、何とか一日いっぴからでも御勤めできますわな」
「そうですか、ありがとうございます。では早速そのように準備させていただきます」

 住職は天冥にうんうんと頷き、次に傍らの弓削に視線を向けた。

「あ、こちらはK署の弓削刑事です」

 天冥が住職の目線に気づき、弓削を簡単に紹介する。すると、住職の眉間に一瞬シワが寄る。

「おーK署の?てことはやっぱりあれですかな?火事の後なのにお焚き火はまずいと…」
「ああ違います。弓削さんは今はノワールに住んでらして、今日は手伝いに来てくれたんです」

 天冥の紹介が端的すぎて、どうやら誤解されたようだ。ジャケットと一緒にノワールに名刺入れを置いてきてしまったので、口頭だけで挨拶する。

「K署の弓削です。実は今休暇をもらってまして、こちらに見学がてら寄らせていただおてます」

 出来るだけ怪しまれないように、あくまでプライベートだということを強調する。すると住職もにこやかに安堵の色を浮かべ、

「そうですかそうですか、いや、向かいの火事で亡くなった方に檀家さんもおられましてな、今朝から供養のお経を唱えに伺ってまして、留守にして申し訳なかったです。ここの住職をしております、遵奉じゅんぽうと申します。今日はよろしくお願いしますね」

 ぽっこり出たお腹を窮屈そうに屈め、わざわざ頭を下げてもらい、その低姿勢に好感度を持って弓削もこちらこそと恐縮しながら頭を下げ返した。

「いや~それにしても何ですなあ、K署にもこんな美人でグラマーな刑事さんがおられるなんて、こりゃ毎日でも悪さして逆に説教してもらいたいですなあ」

 顔を上げてワハハハと笑う住職の目は完全に弓削の胸元にロックオンされており、さっきの好感度改め、弓削の殺すリストに遵奉という名前が加わった。弓削の目に殺意の火が灯ったのを感じたのか、天冥が慌てて玄関に降り、住職の法衣の袖を引っ張って庭へと連れ出す。

「これから御火焚業の準備をしますから、位置関係を見てもらえます?」
「えー、わしゃ今帰ってきたばっかりなんで着替えとかしたいんじゃがのう」

 文句を言いながらも強引に庭に出され、弓削は二人の姿が見えなくなると本堂へ向かった。お堂の横の部屋では先程の続きのように、朱実あけみつむぎが金色の仏具を布で一心に擦っている。さっきは文句を垂れながらも、作業に入ると夢中でやっている紬の姿が可愛かった。

「えーと、あたしはどこからやればいいかなあ?」

 部屋の中を見回した感じ、朱実たちは金ピカの物とまだくすんでいる物とのちょうど間にあぐらをかいて座っている。ざっと見て、くすんでいる物の方がまだまだ数は多そうだ。

「そうねえ、じゃあフーミンはこっちと代わってくれる?」

 朱実が立ってさっきまで天冥がいた場所に移動し、弓削は朱実の座っていた位置に着いた。紬が自分の横にどっさり置いている物の中から布の束と、ピカールという製品名を書いた缶を一つ渡してくれる。

「このピカールの液を付けて、取り敢えずピカピカになるまで磨いてちょ。仕上げは乾いた綺麗な布でやってねー。よろしくぅ!」

 食事前に渡された軍手をし、紬に言われたように作業に入る。まだ磨かれていない側の仏具たちの多さを見て小さく息を吐いた。仏具には見慣れた香炉や花立てや蝋燭立から、何かの家具をバラしたような見たことない大きな物まで様々な形の物があった。比較的やり易そうなものから手をつけていく。朱実の方を見ると、仏像などの複雑な形のものが多く置かれている。なるほど、だから位置を代わったわけだ。

 しばらくは無言で作業した。白い液を付けて擦ると、くすんだ色をした真鍮たちが黄金色に輝いていく。その過程が、やってみると意外に楽しかった。だが自分は名目上休暇と言っているが、その実捜査に来ているのだ。自分に取れる情報は、今のうちに取っておかなくてはならない。そんな思いで作業を続けていると、遵奉住職がひょっこりと顔を出した。先程の法衣は着替え、上下ともグレーのスウェットに着替えている。お腹の丸みがより強調されぽっこりと出ている。

「みんなお疲れさん。檀家さんからスイカもらったから、ちょっと休憩せんかい。みんな庭においで」
「わ~じいちゃんナーイス!」
「ナーイス!」

 紬は即座に軍手を外すと、一目散に廊下を駆けて行く。朱実が弓削を見て、肩をすぼめた。庭に出ると本殿横のお水舎みずやで手を洗う。洗剤は無かったが、誰もそんなことに気を止めていなかった。弓削も柄杓が汚れないかと慎重に持ちながら片手ごとに水をかけた。水道の水ではないのか、冷たくて気持ち良かった。

 庭の隅に置かれた休憩用の木のテーブルに食べやすく切られたスイカがガラスの器に盛られている。テーブルの角に大きめのビニール袋がテープで止めてあり、どうやらそこに皮や種を入れるようだ。朱実も紬も、多少の手の汚れは気にせずに皮の部分をうまく持ってスイカにかぶりついている。住職が庭の中央で作業している天冥に声をかけた。天冥の他にも弓削が来た時にはいなかった紺の作務衣姿の男女が数人して、ブロックで台座を組んでいた。住職の声を聞き、天冥だけがこちらにやって来る。

「あんたらも食べなされー!」

 住職は他のみんなにも声をかけたが、

「ありがとうございまーす!でも早く組んでしまいたいんで、お気持ちだけでー!」

 と頭を下げて作業を続けていた。

「あの人たちって、ひょっとして、セフィロトの?」

 弓削がテーブルまで来た天冥に、ここぞとばかりに質問する。

「そう、手伝いに来てくれてるの」

 天冥は端的に答えを返すと、スイカの一切れを取ってかぶりついた。ここへ来るまで、手を洗ったところは見ていない。全国的にパンデミックのせいで手洗いには神経質になっているのに、みんなそういうことに気にしないんだと感心する。こうやって庭で顔を寄せ合ってスイカにかぶりついていると、古き良き日本の田舎の風情を偲ばせる。

「あの、聞いていいかな?天冥さんってお坊さんには見えないし、一体、何者なんですか?」

 ついにストレートに聞いてしまった。ノスタルジックな雰囲気が、捜査の手順なんていうまどろっこしいことを忘れさせた。

「天冥さんはねえ、陰陽師なのよ!すごいでしょう?」

 朱実が自分の自慢をするように答える。

「陰陽師…て、え?ここってお寺ですよね?陰陽師の仕事ってお寺でやるもんなんですか?」

 その質問に、住職がウワッハッハと笑う。

「お嬢さん、この辺の地域はな、坊主も神主も陰陽師も、みんな一緒に力を合わせて厄を払ってきたんじゃ。神仏習合っていってな、日本に仏教が入ってきた頃からの風習を守ってるんじゃよ」

 住職はそこでビニールの中にププッと種を吐き出し、天冥が言葉を継いだ。

廃仏毀釈はいぶつきしゃくって分かる?」
「はいぶつ……?」

 正直弓削は体育以外の教科には自信がない。首を傾げていると、天冥に冷ややかな視線を投げかけられた。昼食前にチュールを外して以来、天冥はずっと美顔を晒している。

「明治維新の頃に、政府は仏教と神道を分離し、それまで政治の世界に影響を持っていた仏教をことごとく排斥したの。それと一緒に、陰陽師の持っていた権限も全て剥奪した。元々日本はね、疫病なんかが流行ると陰陽師がその原因を診断し、その元となる元凶の種類によって医者や僧侶や神主と手分けして対処してたのよ。それを明治以降は医術や科学が発展していたこともあって、全ての穢れをそれで何とかできるって思い上がってしまったのね。本当は世の中の真理の1%もまだ理解していないっていうのに」

 いつもは涼しげな天冥の顔が、忌々しげに歪む。朱実も紬は話を聞いていながらも、スイカを食べるのに忙しい。天冥も一旦気持ちを落ち着かせるように、手に持っていたスイカにかじりついた。住職がまた話を次ぐ。

「毎年、うちの寺では迎え火を12日に、送り火を16日に焚くんじゃけどな、今年はもう、この禍津町まがつちょうにも悪いもんがうじゃうじゃ湧いとる。そんでもってきのうの爆破騒ぎじゃ。今年はもうこれ以上ご先祖様を迎えとる余裕がない。一日も早う、悪いもんには去ってもらわなならん。そんで天冥ちゃんと力を合わせて、今年は迎え火は止めて送り業に力を入れることにしたんじゃ。本当は七星ななほしんとこの神社からも巫女に来てもらって舞いを舞うんじゃが、二年前にあないなことになってしもうたからな。今年はこの二人で頑張らないかんわけじゃ」

 遵奉住職が天冥に強い視線を向け、天冥もしっかりと頷く。二年前に…それはおそらく鮫島さめじま家で起こった事件のことを言っているのだろう。とするとやはり、今起こっている一連の事件もその悪いもんに関係しているのか……弓削は住職の言葉に、一つ一つの事件を繋ぐ壮大な何かが感じ取れた。
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