【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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最終章 決戦

11 それぞれの想い

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 夜の静寂しじまの中、天冥てんめいが話を続ける。

桔梗ききょうのような完全な転生をする場合、前世の記憶は消去しなくちゃならないの。でもまた死んで、天界に戻れば記憶も上書きされる。桔梗はね、何度も転生を繰り返し、つむぎに託した草太そうたを追ったの。そして今日子きょうことなり、やっとあなたに出会えた矢先に将門まさかどの襲撃によってまた引き離された。そして今度は穂乃香ほのかとなり、草太の妹の位置に収まった。鮫島さめじま家が草太を養子にしたのは、もちろん草太が将門を倒す要となる存在だから。そこには紬の介入がある。紬が介入するとね、時空が歪むの。それが、今日子と穂乃香の生きる時代が被って見える理由よ。なぜなら紬は天界よりももっと…」

 そこで、天冥!と叫ぶ紬の声が遮る。

「もう!言い過ぎだから!あたしのことは言わなくていいから。話が長くなるでしょ?」

 紬が頬を膨らまし、天冥を睨む。天冥はふっと肩をすぼめた。紬は西側の門の方にタタッと駆け寄ると、みんなの方を向いて両手を広げた。

「みんなー!そんな小難しい話より、ほら、そろそろ母子のご対面の時間なんだよー!」

 紬がまた余興を始めるように手を広げてパンと鳴らすと、紬の足元から白い獣が駆け出してきた。門の横の犬小屋にいたピノンだ。ピノンは門の方から紬の後ろを通ってバーベキューコンロの前まで来ると、パフォーマンス前の芸人のようにそこで全身を震わせた。アルビノ種の猪の、色の薄い毛並みは月光で白く光っているが、その淡い光は次第に強くなり、やがて輪郭が見えなくなるほど眩く輝き始めた。その場の者は皆、目を細めながら、何が起こるのかとその光に注目した。光が収束すると、そこには白いドレスワンピースを着た一人の少女の姿があった。

「穂乃香!」

 草太が椅子から立ち上がり、叫んだ。その姿はおとといの21日、ノワールの玄関に現れた少女のものだった。今なら分かる、その少女は草太が鮫島家に引き取られてから共に暮らした妹、穂乃香なのだと。草太は少女に駆け寄り、抱き締めた。しかし腕は少女をスカッと通り抜け、実体として掴むことは出来なかった。少女が申し訳なさそうに草太を見る眼差しは、妹というよりも、母のものだった。草太はその目に捕われ、胸の奥にむず痒い感覚が走るのを感じた。紬がニコニコしながら、二人に声をかける。

「あたしが竹丸たけまるをこんな遠くに飛ばしたばっかりに、二人が出会うのに長い時間をかけることになったね。でも、今の世界じゃないと将門を倒す条件が揃わなかったんだよ、申し訳ない」

 紬が謙虚に頭を下げるのを見て、草太が不安な顔を紬に向けた。

「あの、父…将門はまた僕を狙ってこの世に現れるっすか?また、あんな嵐がやって来る?」

 紬は首を振り、頭を掻いた。そして天冥の方に顔を向ける。

「いや~あたし、説明下手だからさあ、天冥、さっきの続き、話してあげて」

 天冥が頷き、草太と穂乃香の近くに寄る。

「さっき、別の階層の者が人界に入るには三つの方法があるって言ったでしょ?その二つ目はね、霊体のまま留まること。今回、穂乃香としての生を終えてから、桔梗さんは転生せずにそのままこの世界に留まったの。だから、ここにいる穂乃香の姿をした少女は草太、あなたのお母さんの記憶もあるのよ。そして…」

 そこで天冥がみんなを見回す。

「みんなに取って大切な人の記憶もね」

 それを聞き、仄白く発光している少女の周りに皆が詰め寄る。

「おばあちゃん?おばあちゃんなんでつか?」

 駿佑の言葉に、少女はにっこり微笑む。

「シュンちゃん、立派になって。シュンちゃんは、やればできる子だって、ずっと思ってたよ」

 駿佑はその言葉に、声を上げて泣いた。少女は次に自分を険しい目で見つめる傑に向く。

「傑さんは、少し老けたかな?相変わらず、髪に櫛を通さないんだから。でも、あなたのその何者にも惑わされないしっかりとした目、今でも健在で安心しました」

 クッと喉を鳴らし、傑が肩を震わせる。その横から、朱美が身を乗り出した。

「じゃあ、じゃあ、優希ゆうきの記憶もあるの!?」

 少女はコクリと頷く。そして朱美のおでこを指で弾く仕草をした。

「朱美も元気そうで安心した。あなたには最後、寂しい思いをさせたよね、ごめんね」

 頭を下げる少女に、朱美は仕切りに首を振った。

「ううん、ううん、謝るのはあたしの方!あたしこそ、あんたを守ってやれなかった!ごめんなさい」

 俯く朱美の肩に、少女が手が重なる。

「知ってるよ、朱美、私のかたきを討ってくれたんでしょ?あなた、そんなことするキャラじゃないのに…無理をさせたね。ありがとう」

 少女は朱美に優しい眼差しを向け、しばらく見つめた後、そのまま視線を明彦にスライドされる。明彦はずっと遠巻きに、柔らかな視線を向けていたが、少女と目が合い、頬に力を入れる。

「アキ先生、いつも困らせてごめんなさい。でも、あなたのクラスになれて良かった。楽しい日々を、ありがとうございました」

 頭を下げる少女に、明彦は激しく手を振った。

「とんでもない!僕の方こそ、君を守ってやれなかった。ずっと、後悔していた。僕は教師なんかになるべき人間じゃなかったってね」

 明彦の言葉に、今度は少女が大きく頭を振る。

「そんなことない、あなたはとってもいい先生でした。ねえ、そうでしょ?竹丸。いえ、もうあなたは草太ね」
 
 少女の眼差しが草太に戻ってくる。草太は頷き、明彦に笑顔を向けた。

「うん、すっごくいい先生だったっす!その節は、ありがとうございました!」

 草太が元気よく明彦に頭を下げ、明彦は照れ笑いして手を振った。それから、ノワールの庭に、互いを慈しむ柔らかな空気が流れた。駿佑が、ふっと何かに気づいたように顔を上げ、乃愛のあの方を向く。

「そういえば乃愛たんは?乃愛たんにも何か桔梗さんとの思い出があるんでつか?」

 駿佑の言葉を次ぎ、朱美も顔を上げる。

「そうそう、それに弾正や天冥は?三人の昔話、あんまし聞かないよね?」

 朱美に覗き込まれ、弾正が面倒くさそうに顔を背ける。

「お、俺は……もう遠い昔すぎて忘れた!」

 そんな弾正を、少女は遠くを見るように見つめる。

「ほんとに……でも、弾正さんにもすごくお世話になりました」

 少女の邂逅に、弾正が慌てて突っ込む。

「あ、いい、いい!俺の話はしないでくれ。話が長くてかなわん」
「おおー?なーんか、意味深~!」

 朱美が茶々を入れ、次に乃愛が口を開く。乃愛はこの場の雰囲気を壊したらいけないと思っていたのか、いつものような悪酔いはしていなかった。

「ボクも、いろいろあったよ。でも弾正と一緒。また機会があれば、ね」

 そう言って駿佑に向き、にっこり微笑む。少女もコクンと頷いた。そして皆の視線が天冥に向く。が、天冥は静かに佇んだまま、口を開かなかった。そこで弾正が代わりに話す。

「天冥だけは…いや、草太もか、同じなんだよ。正真正銘、将門の子どもとして生まれた身体のままだ。転生もしていなければ、他の階層から召喚されたわけでもない。草太みたいに時空を超えてもいない。生まれた時から、将門の子、五月姫さつきひめさ。あ、滝夜叉姫たきやしゃひめなんていう異名もあったっけ?」
 
 弾正の言葉に、朱美が目を丸くする。

「え、てことはさ、何歳なのよ?千年以上生きてるってことだよね?」
「ああ、そうだ。そういう種族もあるってことさ」

 弾正はそこまで言うと意味ありげに中空を見つめ、天冥は微苦笑を浮かべながら、そんな弾正を見つめた。その目には怒るというより、相手を憐れむような色が宿っていた。そして天冥は、そこから話を切り替えるように全員を見渡せる位置に立って胸に息を吸い込ませ、すうっと吐き出した。

「さ、そろそろ話を本題に戻しましょう。桔梗さんは今回、草太を守るために霊体として留まりました。桔梗さんと将門は皮肉なことに、全く反対の階層にいます。この人界を基準とするなら、桔梗さんは陽に、将門は陰に。将門のいる階層からはこの世に転生出来ません。将門がこの世に何か事を及ぼそうとすれば、何とか霊体として顕現し、形ある者に憑依しなければならないのです。霊体のまま留まっていれば、いつかはこの階層の物理法則に則って霧散してしまわなければなりませんから」

 天冥の説明に、一同の顔が曇る。草太が慌てて口を挟んだ。

「でも、でも!おとといに穂乃香に会った時はちゃんとしっかりした身体があったよ。母上がこのまま消えてしまうなんて…何とかならないんすか!?」

 そこで桔梗が紬を見る。紬が口を挟む。

「あん時はさ、あたしの身体に桔梗が入ってたんだよ。姿が違って見えたり、鮫島の家が昔のままに見えたのは乃愛の力。みんな、草太に記憶を戻してもらうためだったんだ。なのにあたしが草太の前に姿を現すと桔梗ったらすぐあたしの中から出てきて草太といちゃいちゃするしさ、うっとおしいからピノンの中に移ってもらったんだ」

 紬の言葉に、桔梗の頬が赤らむ。天冥が後を次ぐ。

「今回、桔梗さんは長く留まろうとして人の世に留まったわけではありません。将門は草太の居所を察知し、黄泉よみから波動を送ってきました。その都度我らは逃げのび、また集ってきたわけですが、そのやり方はいつかは破綻します。いつかは、反撃に転じなければいけない。そのため、紬は草太の感情を八つに割り、わたしたちに分け与えました。将門が草太を察知できるのは、その人間特有の心の波動を検知するからです。現状、将門は感情を無くした草太を検知出来ません。それでも草太が七星妙見に身を寄せていると探り当てられたのは、将門の手足のなって動く将門の兄弟たち、すなわち、影武者たちを今回投入したからです。将門のいる階層は奥深くにあり、比較的階層の浅い所に留まっている影武者たちがこの人界に霊体となって現れ、自分たちと波動の近い者に憑依しながら、将門の手足となって草太の居場所を探っていったのです」

 そこで、朱美がポンと手を打った。

「ああ、だぁから警察関係者に影武者が多いのね」

 天冥がそれに頷く。

「ええ、それに、正義感と自分の欲望の狭間で揺れ動く警察官は多いですからね、そういう者の波動は陰に向き、影武者たちに捉えられ易いのです」

 そこで、草太は話に付いていけなくなり、すかさず口を挟む。

「え、え、それって、影武者がどこにいるかもうみんなには分かってるってことっすか?」

 草太の質問に、その場と空気がふっと弛緩する。朱美や弾正の口元が緩んでいる。天冥が答える。

「ええ、我らには影武者の放つ波動を捉えるのは容易いこと。影武者たちは、公的な職務の人間に憑依してこの禍津町に集結してきています。でもその話をする前に、草太、あなたの身の上についてもう少し話さなければなりません」  

 天冥がそう言った時、弾正の目から鋭い光が走ったのを草太は感じた。弾正が草太に身を寄せ、草太を睨んだ。

「草太、お前、誰にここへ送られて来た?お前に与えられている任務を今ここで打ち明けろ」

 ガツンと頭を打たれた衝撃が走った。自分の正体までバレている、そう感じた草太は、肩を落とし、ずっと張っていた気を緩めた。竹丸としての、そして七星妙見に身を寄せていた頃の記憶が戻った今、もうこのノワールの住人たちとの間に張っていた警戒心は解くべきだと感じた。

「弾正さん、そしてみんな、申し訳ないっす!僕は、公安調査庁特務調査室から送られてきた、潜入捜査員なんです。今まで隠していて、すみませんでした!」

 膝を折って地に正座し、皆に頭を下げた。そんな草太に手を差し出し、弾正が草太を立たせた。

「んなこたあ初めから分かってんだよ、気にすんな。それより、大切なのは今日これからだ。今から俺たちがお前の洗脳を解いてやるから覚悟しろ」

 弾正はそう言って草太の肩をポンポンと叩いた。周囲の笑顔が、草太を温かく包み込んでいた。





 鮫島家のリビングで鮫島の父と母、そして穂乃香の無惨な亡骸を見てから、草太の記憶は改変されていた。草太はずっと、室町むろまちという男が身寄りのない自分を育ててくれた父だと思っていた。室町は草太に様々な知識を叩き込み、国家公務員試験に受かるように導いた。元より年齢不詳だった草太は、大学の専門課程へも編入させてもらった。草太は室町のことを信奉し、いつか彼のために役に立ちたいと願うようになっていた。だが記憶が戻った今、あのお世話になった鮫島家のリビングの暗闇に立っていたのは室町だったとはっきりと思い出す。室町は、自分を引き取って育ててくれた父母の、そして本当の母・桔梗の化身である穂乃香の、かたきだったのだ。彼こそが、鮫島家惨殺事件の犯人だった。

 

 不快な感情が、草太を襲う。だが、涙は出ない。今、母の顔を見て、悲しみの、嬉しさの、懐かしさの、あるゆる感情の片鱗が身を包もうとしてくるが、それらの輪郭はぼうっとしていて、そのどれ一つにも身を委ねることは出来なかった。

「桔梗さんが転生を繰り返し、その度に不幸に見舞われるのは、もしかして影武者たちの暗躍のせいなのかな?」

 口を開いたのは明彦だった。影武者の存在は草太以外の全員が認識しているようだったが、桔梗の転生の秘密は、紬、天冥、弾正、それに乃愛だけが知っているようだった。明彦の疑問に、紬と天冥が顔を見合わせる。二人が言い淀む間に、桔梗が割って入った。

「私のそれぞれの人生は、不幸に見えるかもしれないけれど、こうしてみんながここに集うためには必要なことでした。そのことに、桔梗としてはとても嬉しく思います。それに、それぞれの人生も、とても幸せなものでしたよ。もちろん、マリカとしても、ね」

 桔梗が明彦に向いて微笑み、明彦は複雑な心情に目を閉じた。

 
 それから……

 紬と桔梗、それに将門の子どもたちは様々なことを話した。記憶が戻った草太はその情報量の多さに頭がぼうっと霞んできたが、ずっと寄り添っていてくれる母の眼差しに、多幸感を漂わせていた。そして室町がこの場の話を異能の力で聞いていることを懸念したが、それは天冥の張る結界の力と、桔梗の持つ陽の気によって守られているということだった。草太は桔梗と、空が白むまで語り合った。周囲にはノワールの住人たち、いや、自分の兄弟姉妹たちの温かい視線があった。弾正がアコースティックギターで曲を奏でてくれた。『明日に架ける虹』という映画の主題歌の旋律が、自分のことをたくさんの腕が包み込んで守ってくれているように感じさせてくれ、失っていた家族への慕情を掻き立ていた。




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