【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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最終章 決戦

17 将門顕現

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 令和5年8月…日付は30日から31日に移ろうとしていた。禍津町まがつちょうのセフィロトの地の湖の中洲上空には、醜悪な顔の飛頭蛮ひとうばんがひしめき合い、月明かりを遮っていた。中洲には上陸したろくろっ首たちがユラユラと首を揺らしながら湖との境を縁取っている。中央のセフィロトの樹の幹では張り付けにされたキリストのような格好で天冥が真っ白の身体を血で染めていた。もはや樹からは一切の光が失われ、中洲は、いや、禍津町全体が死臭に満ちていた。

「さあ、そろそろ始めようか」

 聞き覚えのある声とともに、絹を打ち振るうような音がし、ザザザと上空が鳴ったと思うと、濃紺の布地に白砂を巻いたような星空が広がった。声の主の合図で、中洲の上に群がっていた飛頭蛮たちが周囲に散ったのだ。月明りが差し、視界が戻る。影武者は暗闇でも目が効くのだろう、草太そうたは地面に穿たれた杭に、大の字になるよう手足を縛られ、仰向けに寝かされていた。こちらを覗き込む紫スーツの男と、平安時代の正装である黒い束帯そくたい姿の男が両脇に立っている。スーツの男は朝霧あさぎりで、そしてついに黒装束の男、室町むろまちも登場した。頭に垂纓すいえいという冠を被り、手にはしゃくという木の板を持っている。足元には白眼まで真っ赤に染めた浦安うらやすが、礼服姿で無表情に立っていた。中洲の周囲から、四方の空から、妖化あやかしかした者たちの無数の目が草太を捉え、その重苦しい重圧に押し潰されそうだった。

 草太は目の端に弾正だんじょう乃愛のあが倒れている姿を捉え、怒りの情にかられて右脇に立つ室町を鋭く睨んだ。その草太の表情に、室町は口角を上げた。

「おや、草太、そんな顔が出来るようになったんだね。うん、いい顔をしている。草太…いや、竹丸たけまる、お前が元通りになり、父上もさぞお喜びになるだろう」

 室町の言葉に、朝霧が左上からニヤニヤとした顔を寄せた。

「ふう~ん、ノワールのやつらが全員死んで、草…いや、竹丸か、竹丸の感情が戻ったってわけか」

 室町が頷く。

「うむ、やつら、まさか皆で竹丸の感情を分散していたとはな。やつらは九曜紋くようもんを家紋としておったが、その真ん中に竹丸がおり、八人の兄弟姉妹で取り囲んで守っていたというわけだ。だがこれで晴れて、兄者の依代が整った。後は兄者にここへ降りて来ていただくだけだ」
「おおー!いよいよか!でも三郎兄者、次郎兄者が中に入られたら、竹丸はどうなるんだ?」 
「竹丸は兄者と一体になる。まあ竹丸のパーソナルは失われるだろうがな」

 そこで室町の視線が草太に落ちる。

「心配することはない。お前も兄者と共に生きるんだ。兄者はこれからこの世界の真の王となる。その生をともに満喫出来るわけだ。喜ぶがいい」

 タオルのような布で口を塞がれ、んん、んん、と身体をよじらせる草太に室町は眉間を寄せ、草太の口の布を外す。

「何だ?最後に何なりと、言ってみるがいい」
 
 草太は口に溜まった唾液を横にペッと吐き捨て、室町を睨んだ。

「お前は、父親面して僕を騙し、あげくに僕の兄弟姉妹たちを殺した!そんなやつに、世界を語る資格はない!」

 室町は草太の言葉に怒るかと思いきや、意外にも破顔した。

「うん、いい顔だ。さすが、兄者の長男。竹丸よ、お前の父も若い頃、そんな顔で世情を憂い、真に良き世の中について語っていた。お前の父はな、腐敗した朝廷に見切りをつけ、新王を名乗られた。だが、欲に駆られた貴族どもは兄者の人望の厚さに焦り、朝廷からの討伐だなどと称して己らの私欲を正当化し、兄者の首を獲ったのだ。あれから千年、今の日本を見ろ!多くの国民は物作りの楽しさも知らず、ヒエラルキーのトップに立ったような我が物顔の権力者どもにいいように働かされている。世界は何も変わっちゃいないんだよ。ただ税の取り立て方が巧妙になっただけでな。いいか竹丸、兄者はそんな世に真の平等をもたらしてくれる。これから未来永劫な!」

 高笑いする室町に、草太は精一杯首を振った。

「だからって!人を愛し、人を慈しむ気持ちまで失ってしまったら、そんなの幸せとは言わないじゃないか!」

 室町は草太の叫びに笑いを止め、鼻白んだ顔で草太を見下ろす。また何か語ろうと口を開けかけた時、朝霧が室町の目の前で手を振った。

「兄者兄者、そんな御託はいいからさあ、早くおっ始めようぜ」

 室町はその言葉に大きくため息をついた。

「そうだな、ま、竹丸と議論しても仕方がないか。とにかく、竹丸は兄者の一部となるのだ。それを光栄なことと思い、これから起こることを見守っていればいい」
「そうだ、三郎兄者、早くやっちまおう!」
「おう四郎、本当はも少し絢爛な場所を用意したかったんだがな、またどんな横槍が入るとも限らん。兄者にはここで我慢してもらおう」

 室町はそう言うと持っていた笏を天へと突き上げ、何やら呪文を唱えながらぐるぐると回した。むせ返るような熱気が肌を擦ったと思うと、湿った空気の流れはどんどん加速し、周囲の森林の葉をザワザワと鳴らし始めた。天空では飛んでいた飛頭蛮がちょうど草太の上で渦を巻き、舞い上がった互いの髪を絡ませ合いながら、ギャアギャアと甲高い悲鳴を上げる。風はやがて暴風となり、高速の黒い渦と化した飛頭蛮たちのその真ん中に黒点のような穴が開いたと思うと、飛頭蛮たちはキイキイと小鳥が踏み潰れたような断末魔を上げながら、どんどんそこに吸い込まれていった。そして上空に舞う飛頭蛮があらかた吸い込まれた時、その中心が稲光のようにビカビカと赤く光り、その赤が夜空に一気に広がっていく。キィーンと耳鳴りがし、身体全体が落下していくような感覚がみぞおちから心臓を突き上げる。ゴーンゴーンと遠くで鐘が狂ったように鳴っている。おそらくノワールの鐘だ。赤黒く爛れたようになった空に、目、口、鼻のような形が浮き上がったのを見た。そして、その顔の輪郭が丸くせり出してくる。地獄の閻魔を思わせるギロリとした目、悪魔のような鋭く尖った鼻、耳まで裂け、牙を歯を剥き出しにた屍食鬼グールのような口、そんな恐ろしく凶悪な顔が、吊り天井が下りるように草太の真上から迫ってきた。



「ようし、そろそろ頃合いだ」



 唐突に、そんな声がした。呪文を唱えている室町でも、左脇であんぐり口を開けて上を向いている朝霧の声でもない。声の方に目線を向けると、死んでいたはずの弾正がムックリと起き上がるのが見えた。そして満面の笑みをこちらに向ける。

「お、おま、死んでいたはずなんじゃ……」

 異変を察知した朝霧が弾正を見て絶句し、ハッと気がついたように左手の銃を弾正に向けた。弾正はそれに素早く反応し、朝霧の懐に入って刀を突き上げる。朝霧の左腕が、根元から離れ飛んだ。

「ギャアアアァァァ!」

 血しぶきを上げる朝霧に、弾正は不敵な笑みを向ける。

「何を騒いでるんだよ、アサっち。今まで手加減してやってただけなんだよ」

 言って、刀を上から振り下ろした。顔面から血を吹き上げ、朝霧は膝から崩折れた。室町が呪文を唱えるのを止め、草太の横から後退りする。

「おのれ!後もう少しのところを!」

 忌々しそうに弾正を睨む室町のその後ろに、黒い影が重なる。それは室町の背後に回った浦安だった。浦安の右手が上がり、持っていた拳銃が火を吹く。室町の装束の胸の部分が、ジワリと黒の濃さを増す。室町はガクンと、膝を折る。

「おっさんナーイス!」

 弾正はその向かいから、浦安に向けて親指を立てた拳を突き出した。




 時は乃愛が浦安の銃で撃たれるところまで遡る。実は浦安の行動は全部、駿佑しゅんすけの書いたシナリオ通りのことなのだった。浦安の撃った弾は乃愛には当たっていない。元より浦安には対岸から中洲に立つ乃愛に当てる腕などないのだ。ではなぜ乃愛に当たったように見えたか、それは乃愛の幻覚を見せる能力によるものだった。弾正の時も同じで、浦安の撃った弾は弾正には当たっていない。いや、もし当たったとしても、弾正は普通の拳銃の弾では死なない。その理由は、弾正の正体が人狼だからだ。人狼は銀の弾丸でないと死なない。

「く……たばかっていたのか……」

 悔しそうに顔を歪める室町の前に、室町の黒装束とは対照的な白装束の人物がすっと現れる。陰陽師の正装をした天冥だった。天冥はずっと、セフィロトの樹の裏側に隠れ、まるで熟練裏方のように舞台の進行に合わせて弾正や乃愛の生の気配やセフィロトの樹から放たれる陽の気を切っていた。もちろん、張り付けになった天冥の姿は乃愛の幻覚だ。

「なぜ決戦の日を今日に選んだか分かりますか?」

 天冥は室町を見下ろしながら聞く。室町は息たえだえに、恨めしそうな目を天冥に向けた。

「何でだ?一応聞いてやる」
「それは、今日がスーパームーンだからです。月の光が北極星の加護を最大に引き上げてくれる日だからです」

 天冥はそう言うと、呪文を唱えながら持っていた榊でうちわのように天を扇いだ。赤黒い空に、星の光が戻っていく。南には煌々と照る最大級の月が顔を出し、北天にはその光りを受けて照射するように北極星が瞬いた。セフィロトの樹も虹色の光を復活させる。上空から吊り天井のように張り出した醜悪な顔は、ビル十階分くらいの高さでその下降する動きを止めていた。

「ウゴオオオォォォオオオ!!」

 室町の背後で浦安が唸る。月の光を受け、浦安の身体が一回り巨大化し、着ていたモーニングがバリバリと破ける。鉄紺色の毛が全身を覆い、顔がみるみる獣化していく。浦安は人狼となった。右手の鋭い爪を一点に合わせ、前にいる室町の胸目掛けて突き出す。腕はドリルのように室町を貫き、ズボッと室町の心臓を突き出した。

「妻の、息子の、そして死んでいった仲間たちのかたきだ」

 浦安は赤い目で室町の後頭部を睨みながら恨みのこもった声でそう言うと、またズボッと右手を引き抜いた。胸に大きな穴の開いた室町はそのまま前屈みにヨロヨロと歩き、草太が寝かされていた台座にバタンと倒れた。草太は弾正に拘束を解いてもらい、弾正の横で室町が倒れるのを見下ろしていた。

 終わった………そんな弛緩した空気がその場の全員の肩を下がらせた。いつの間にか、乃愛もムックリ起き上がって台座の側に寄り、動かなくなった室町をスマホで映している。事切れたと思った室町の肩がピクリと上がった。そしてガタガタと、肩から全身を震わせる。

「フフフ……フフ……フハハハハハ!」

 室町はくぐもった笑いを漏らしたかと思うと、全身をどす黒いモヤで覆い始めた。危険を察知し、側にいた者は皆一歩後ずさる。ボウという音を上げ、室町の身体が黒煙に包まれたかと思うと、身体の中心部から黒く縁取られた灰色の光の玉が浮き上がり、それは空中に浮上してゆらゆらと揺れ、次第に人の顔になっていった。

「フハハハハハハハ!ワアッハハハハハ!」

 黒灰色の光の中に、男の顔が出現し、大笑している。不快な笑いを上げ、三白眼で下の者たちを見回す。

「お前らがどう足掻こうが、世はすでに黄泉よみの気に満ちている。こうやって我らが顕現できるのがその証拠だ!」

 天冥は美眉を寄せ、右手に持つ榊を醜顔に向けた。

「叔父上!あなた方兄弟も叔父である国香くにかたちに苦しめられたはず!何故わたしたちに同じような仕打ちをするのですか!」

 天冥の叫びには答えず、黒顔はフンと鼻を鳴らし、朝霧の骸に目を向ける。

「おい!四郎!いつまで寝ている!五郎も六郎も七郎も来い!最後の仕上げだ!」

 朝霧の身体も黒いモヤに包まれ、室町の時と同じように空中で鉛色の鈍い光となって、その中に顔を現した。

「うい~兄者すまん、よう寝たわ」

 草太が上空に浮かんだ二つの顔に目を奪われていると、自分の回りにも黒いモヤが立ち込め、ウワッと驚きの声を上げると同時に、身体がふわりと宙に浮き出した。

「草太!」

 異変を察知して弾正が草太の腕を即座に掴むも、その腕が腐ったようにたちまち黒ずみ、弾正は驚いて手を放した。その隙に草太は三つの黒い影に囲まれながら、張り出した醜悪な巨顔のすぐ真下へと導かれていく。草太にまとわりつく三つの黒い影の中にも人の顔が現れた。気がつくと、草太は黒灰色の光の顔…すなわち将門まさかどの弟たちの霊体に拐われていた。

「さあ、最後の仕上げにかかろうぞ!」

 声を上げるは室町だった三郎・将頼まさより、朝霧だった四郎・将平まさひらがその言葉にオウと返し、草太を抱えた三人の影武者、五郎・将文まさふみ、六郎・将武まさたけ、七郎・将為まさためも深く頷いた。そして将頼が瞑目し、呪文を唱え出すと、巨大な将門の顔がグワァーと天地を揺るがすような恐ろしい声で咆哮し、大口を開けて草太を飲み込もうとしていた。




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