【完結】クズ彼氏に悩んでた俺が、イケメン社長に拾われて溺愛されてます

砂原紗藍

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side 一ノ瀬 遥(はる)②

2.優しさの重さに、泣きそうな夜

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シティホテルのロビー。
高い天井に、ほどよく抑えられた照明。
スーツ姿の人間が忙しなく行き交う中で、俺だけがぽつんと浮いてる気がして、落ち着かない。

「ここで待ってて」

そう言って、拓実はフロントの奥へと消えていった。

……ああいう場所、さらっと歩けるの、やっぱすげぇな。

数分後、戻ってきた拓実は、カードキーを俺の手に押しつけるように渡した。

「遥はしばらく、ここに泊まって。部屋取ったから」
「はぁ?」

思わず変な声が出た。けど、拓実はまったく動じずに続けた。

「住む場所、ないんだろ? しばらくって言っても、数日程度でいい。落ち着いたら出ればいいから」
「……ちょ、待って、なんで」

思いっきり顔に出たんだろう。拓実は小さくため息をついて、俺の目をまっすぐ見た。

「顔に出てた。行くとこもない、帰りたくないって」
「……そりゃ、帰っても……地獄なだけだから」

つい、口をついて出た言葉に、自分で驚いた。
言いたくなかった。言うつもりもなかった。
けど――わかってたんだ、拓実は。

「……恋人と別れたら?」
「今それ言う? ……てか、そんな簡単じゃねえんだよ」

彼氏がクズなのはわかってる。でも、今すぐ全部投げ出せるほど強くもない。
あいつから離れたら、行く場所なんてひとつもないって、バレてるのが悔しかった。

「……一時避難ってことでいいよ。別に、引っ越せって言ってるわけじゃない」

淡々と、でも突き放す感じでもなく、拓実の口調は妙に心地よくて――そのまま、逆らえなかった。

……たぶん、俺が拒めないの、わかってて言ってるんだろうな。




部屋のカードキーを受け取って、エレベーターに乗る。

「ここだよ」

広くて綺麗な部屋。ホテルなのに、無人のモデルルームに放り込まれた気分だった。

「じゃ、俺は帰るな。何かあったら連絡して」

拓実が踵を返した、そのとき。

「……待って」

気がついたら、そう言ってた。

「せっかくだし……もう少しだけ、話さね?」

背中に向かって投げた言葉に、拓実がゆっくり振り返る。

「話すって、何を?」
「……別に、なんでも。静かすぎて、落ち着かねえんだよ。広いし」

笑うでもなく、言い訳でもなく。ただ、それだけの理由で引きとめた。

けど――

「……わかった」

拓実はあっさりと、ドアの前から戻ってきた。

「ちょっとだけな」

その返事が、なんか少しだけあったかく感じた。





ソファーに腰を下ろして、少しだけ深く息を吐く。
拓実は部屋のテーブルにミネラルウォーターを置いて、壁にもたれるように座った。

「……遥の彼氏、お前のこと探してないか?」
「さあな」

少し黙ってから、ぽつりと続けた。

「俺がどこで働いてるかも知らないし。たぶん、興味がないんだと思う」
「……」

拓実の視線が、一瞬だけ鋭くなった気がした。

「俺の趣味も、仕事も、好きな食べ物も聞かれたことねぇし」
「そういうの、恋人って言わないだろ」

低い声でそう言われて、なんとも言えない気持ちになった。

「俺、男と付き合ったの初めてだったし。なんかさ、あいつ、俺の顔が好みだって……」
「あー……お前、顔可愛いもんな。だから変なの引き寄せちゃったか」

……いや、拓実みたいなイケメンに言われたかねえし。

「でも、別れようとするとすぐ怒鳴るからさ……なかなか切れなくて」
「怒鳴られたくないから、黙って耐えてたのか」

図星を突かれて、何も言い返せなかった。

「……正直、もうあそこには帰りたくない」
「帰らなくていい。だから、ここ取った」
「……でもさ、こんなとこ泊まるの、もったいねえよ。落ち着かねえし」
「その話、実は先の事も考えてある」
「……え?」

拓実が視線を外しながら、さらっと言った。

「マンスリーマンション、借りる。お前のために」
「は!? ……ちょ、待って」
「家具とか揃ってるし、設備もある。荷物少ないならすぐ移れるだろ。ネカフェよりマシじゃね?」

一気にまくし立てるように言われて、頭がついていかない。

「いや……そこまでしてもらう理由、なくない? 俺、お祖母さん助けたくらいしか……」
「それはもう関係ない」

拓実の声が、少しだけ優しくなった。

「……あれとは別。お前のこと、気に入ってるだけ」

一瞬、時が止まったような気がした。
目を見開いたまま言葉が出てこなくて、気まずい沈黙が落ちる。

「気に入ってるって……どういう」
「そのまんまの意味」

少しだけ笑って、拓実が水を一口飲む。

「俺、別に優しいわけじゃないよ。どうでもいいやつに、ここまでやらない」

……心臓がうるさい。なんか、変な汗出てきた。

「……ほんとに、感謝してもしきれないな」
「別に感謝はいい。でも、頼るのが下手なままだと損するぞ、お前」
「……っ」

拓実の言葉が、やけに胸に刺さった。
少しだけ泣きそうで、でも泣きたくなくて、視線を逸らす。

そんな俺に、拓実は何も言わず、ただ黙って横に座った。この静けさが、今はありがたかった。

「……拓実」

気づけば、名前を呼んでいた。

「ん」

拓実は俺の方を見ない。なのに、気持ちはぐっと引き寄せられる。

「さっきの、気に入ってるってやつ……あれ、冗談じゃない?」

静かに、けど冗談に聞こえないように訊いた俺に、ようやく視線が向けられる。

「冗談で、部屋借りたりしない」
「……だよな」

俺はソファーの背に肘をかけて、少しだけ体を拓実に向けた。距離が、数センチだけ縮まる。

「拓実って、こういうの……慣れてる?」
「どういうの?」
「……人に、優しくするの。こんなふうに、何も言わずに助けてくれるの」

拓実は少し眉を上げて、それからふっと笑った。

「そう見える?」
「見えるっていうか……ズルいよな」

ぼそっと言った俺の言葉に、拓実はすぐ返さず、ふっと鼻で笑った。

「ズルいって、何が」
「タイミングとか、距離感とか……全部うまい」
「お前が鈍いだけだと思うけど?」
「は?」
「俺、最初からけっこうわかりやすかったと思うけどな」

まじまじと顔を見てくるその目が、真っ直ぐすぎて、また心臓がざわつく。

「それに……お前が泣きそうなの、俺だけが気づいてるって思うと、ちょっと嬉しい」
「……っ、なんだよ、それ、最低」
「そう?」

拓実は、やっぱり少しだけ笑って、俺の髪にそっと手を伸ばした。指先が、軽く耳の横をなぞる。

「お前って……泣く前、目が潤むんだな」
「見んなよ……」
「泣いてもいいよ? 俺、平気だし」
「……泣かねえよ」

強がって答えると、その指がふっと離れて、代わりに肩に手が置かれる。

「じゃあ、泣かない代わりに、甘えていい」
「……はぁ。だから、そういうの。言い慣れてるだろ」
「いや、遥限定だけど」
「……!」

冗談かと思ったのに、目がマジだ。

やばい、恥ずかしくて逃げたい。でも逃げたら、触れてくれたこの手のぬくもりまで消えてしまいそうで――

「……ちょっとだけ、こうしてて」

無意識に、拓実の肩にもたれる。
拓実は驚いたように一瞬だけ動きが止まったけど、すぐに当たり前みたいに背中に手が回ってくる。

「うん。わかった」

耳元に響いた低い声に、胸の奥がじん、と熱くなった。
黙ったまま、俺はその手の中に、自分を預けた。


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