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恋と忠誠の間で
9.抱きしめたいのに離れたい、嫉妬のすれ違い
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side 一ノ瀬 遥
スマホにメッセージ通知。画面を開くと、また田中さんからだった。
“最近の読者動向をまとめた資料があるんです。君の企画にも役立つと思いますよ”
最新のトレンドや広告の動き、業界の裏話。
仕事に直結する情報をもらえるのはありがたい。
……でも、問題はその後。
“よかったら直接話しませんか。今度食事でも”
“夜ならもっと落ち着いて話せると思うんですよね”
“仕事抜きでも、君と仲良くなりたいんです”
「……はぁぁぁ」
深いため息がこぼれる。
どうして毎回、余計な誘いを混ぜてくるんだろう。仕事のことだけなら心底助かるのに。
既読をつけたまま、スマホを持つ指が止まる。
変に断って気まずくなるのは避けたい。でも、応じる気なんて……ない。
*
「ただいまー……」
玄関を開けると、リビングのソファーに座る拓実がノートPCを開いていた。
いつものきっちりしたスーツ姿じゃなくて、カジュアルなシャツにスラックス。けれど、画面を見つめる横顔はやっぱり社長そのものって雰囲気で、不意に胸がどきっとする。
「遥、おかえり。会議、どうだった?」
「うん、悪くなかったよ。田中さんからもらった資料が役立った」
「……あいつ、よく連絡してきてるのか?」
拓実の眉がぴくりと動く。慌てて首を振る。
「仕事のことだけだから、大丈夫。余計なことはちゃんと断ってる」
「……ならいいけど」
少し納得いかなそうにしながらも、拓実は再びPC画面に視線を戻した。
「それ、何見てんの?」
「広告業界の動き。最近の出稿の流れを追ってる」
「へぇ……社長って、帰宅してまでそんなことしてるんだ」
「当たり前だろ。お前が編集する記事にだって繋がるし」
からかうつもりで言ったのに、真面目に返されてしまって、なんだか胸がふわっと温かくなる。
そんなとき――拓実のスマホが振動した。
画面を見た彼は、少しだけ表情を和らげる。
「……悪い。ちょっと電話出る」
拓実は立ち上がって窓際に移動し、穏やかな声で話し始めた。
「……ああ、レイラさん。はい、今なら大丈夫です」
――レイラさん……?
それって確か、華園社長の名前だよな。
いつの間に、そんな風に呼ぶ仲になったんだ?
拓実の声は落ち着いているけれど、普段の仕事仲間に話すときとは少し違う響きがあった。
俺はソファーに残され、なんとなく胸の奥がざわつくのを感じていた。
とぼとぼと寝室に行き、ベッドに潜り込みながら、布団を頭までかぶった。
さっきリビングでの拓実の様子が、どうにも胸の奥で引っかかってる。
「……レイラさん、ね」
電話越しにそう呼んでいた。声は柔らかく、どこか親しげで。
仕事の関係者だってわかってる。
それでも――拓実が他の誰かに向ける口調ひとつで、こんなに落ち着かなくなる自分が嫌になる。
ガチャリ、と寝室のドアが開いた。
「遥、もう寝た?」
「……寝てる」
「寝てたら返事しないだろ」
布団を剥がされ、拓実の影がのしかかってきた。低い視線と熱を帯びた気配。
「……なんだよ」
「遥、どした?」
「別に」
「……可愛いな、ほんと」
不満を隠したいのに、拓実の笑みを見たら心が揺らぐ。
その手が頬を撫で、ゆっくりと唇が近づいてきて――
その瞬間、枕元に置いていたスマホから低く震える音が響いた。無遠慮な振動が空気を揺らす。
目をやれば、画面にははっきりと“田中”の文字。
「……うっそ」
「田中?」
拓実の声が一瞬、硬くなる。
俺は慌ててスマホを取るけど、通話を押す勇気なんて出ない。
拓実の視線とぶつかって、息が詰まった。
スマホのバイブが止まり、部屋に静けさが戻る。
けれど、拓実の目は鋭いまま俺を見ていた。
「……お前、田中とプライベートでやりとりしてんの?」
「ち、違う。あの人はただ、仕事の……」
「仕事の話なら、なんで夜中に電話してくる?」
低く落ちた声に、胸がきゅっと縮む。
拓実は俺の手からスマホを取り上げ、画面を一瞥したあと、ため息を吐いた。
「……こういうの、正直いい気はしない」
「でも、ほんとに仕事関係だけで……! トレンドとか情報とかくれるし、会議でも役立って――」
「じゃあ情報だけもらえばいい。誘いに応じる必要ないだろ」
「……応じてねえから!」
思わず強く返すと、拓実の視線が少し揺らぐ。
「ほんとに?」
「……ほんと。だって俺、拓実以外と……そんな気持ちになんか、ならない」
思わず口走った言葉に、自分で顔が熱くなる。
拓実は一瞬黙って、それから俺を抱き寄せた。
「……じゃあ余計に、許せねぇ」
「え……」
「お前にしつこく絡む時点で、俺にとっては敵だ」
耳元に落ちた声に、背筋がぞくりとする。
――けど、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
さっき、「レイラさん」って親しげに呼んで、華園社長とやり取りしていたのは拓実じゃないのか。
あれだって、俺から見れば充分プライベートな繋がりに思えた。
「……拓実だって」
言葉が喉で止まり、唇を噛む。
「俺が、何?」
口にしたらケンカになる。わかってるのに、モヤモヤは消えてくれない。
「……拓実」
「ん?」
「ちょっと……離れて」
自分でも驚くくらい小さな声だった。
拓実の腕がわずかに緩む。けれど、完全には解かれない。
「離れたいのか?」
「……うん、今は」
混乱してる。田中さんからの着信に、拓実の嫉妬混じりの言葉。
好きなのに、抱きしめたいのに、苦しい気持ちが込み上げてきてどうしたらいいかわからない。
拓実は黙って俺を見つめ、ようやく腕を下ろした。
けれどその瞳はまだ熱を帯びていて、俺の心をさらにざわつかせた。
スマホにメッセージ通知。画面を開くと、また田中さんからだった。
“最近の読者動向をまとめた資料があるんです。君の企画にも役立つと思いますよ”
最新のトレンドや広告の動き、業界の裏話。
仕事に直結する情報をもらえるのはありがたい。
……でも、問題はその後。
“よかったら直接話しませんか。今度食事でも”
“夜ならもっと落ち着いて話せると思うんですよね”
“仕事抜きでも、君と仲良くなりたいんです”
「……はぁぁぁ」
深いため息がこぼれる。
どうして毎回、余計な誘いを混ぜてくるんだろう。仕事のことだけなら心底助かるのに。
既読をつけたまま、スマホを持つ指が止まる。
変に断って気まずくなるのは避けたい。でも、応じる気なんて……ない。
*
「ただいまー……」
玄関を開けると、リビングのソファーに座る拓実がノートPCを開いていた。
いつものきっちりしたスーツ姿じゃなくて、カジュアルなシャツにスラックス。けれど、画面を見つめる横顔はやっぱり社長そのものって雰囲気で、不意に胸がどきっとする。
「遥、おかえり。会議、どうだった?」
「うん、悪くなかったよ。田中さんからもらった資料が役立った」
「……あいつ、よく連絡してきてるのか?」
拓実の眉がぴくりと動く。慌てて首を振る。
「仕事のことだけだから、大丈夫。余計なことはちゃんと断ってる」
「……ならいいけど」
少し納得いかなそうにしながらも、拓実は再びPC画面に視線を戻した。
「それ、何見てんの?」
「広告業界の動き。最近の出稿の流れを追ってる」
「へぇ……社長って、帰宅してまでそんなことしてるんだ」
「当たり前だろ。お前が編集する記事にだって繋がるし」
からかうつもりで言ったのに、真面目に返されてしまって、なんだか胸がふわっと温かくなる。
そんなとき――拓実のスマホが振動した。
画面を見た彼は、少しだけ表情を和らげる。
「……悪い。ちょっと電話出る」
拓実は立ち上がって窓際に移動し、穏やかな声で話し始めた。
「……ああ、レイラさん。はい、今なら大丈夫です」
――レイラさん……?
それって確か、華園社長の名前だよな。
いつの間に、そんな風に呼ぶ仲になったんだ?
拓実の声は落ち着いているけれど、普段の仕事仲間に話すときとは少し違う響きがあった。
俺はソファーに残され、なんとなく胸の奥がざわつくのを感じていた。
とぼとぼと寝室に行き、ベッドに潜り込みながら、布団を頭までかぶった。
さっきリビングでの拓実の様子が、どうにも胸の奥で引っかかってる。
「……レイラさん、ね」
電話越しにそう呼んでいた。声は柔らかく、どこか親しげで。
仕事の関係者だってわかってる。
それでも――拓実が他の誰かに向ける口調ひとつで、こんなに落ち着かなくなる自分が嫌になる。
ガチャリ、と寝室のドアが開いた。
「遥、もう寝た?」
「……寝てる」
「寝てたら返事しないだろ」
布団を剥がされ、拓実の影がのしかかってきた。低い視線と熱を帯びた気配。
「……なんだよ」
「遥、どした?」
「別に」
「……可愛いな、ほんと」
不満を隠したいのに、拓実の笑みを見たら心が揺らぐ。
その手が頬を撫で、ゆっくりと唇が近づいてきて――
その瞬間、枕元に置いていたスマホから低く震える音が響いた。無遠慮な振動が空気を揺らす。
目をやれば、画面にははっきりと“田中”の文字。
「……うっそ」
「田中?」
拓実の声が一瞬、硬くなる。
俺は慌ててスマホを取るけど、通話を押す勇気なんて出ない。
拓実の視線とぶつかって、息が詰まった。
スマホのバイブが止まり、部屋に静けさが戻る。
けれど、拓実の目は鋭いまま俺を見ていた。
「……お前、田中とプライベートでやりとりしてんの?」
「ち、違う。あの人はただ、仕事の……」
「仕事の話なら、なんで夜中に電話してくる?」
低く落ちた声に、胸がきゅっと縮む。
拓実は俺の手からスマホを取り上げ、画面を一瞥したあと、ため息を吐いた。
「……こういうの、正直いい気はしない」
「でも、ほんとに仕事関係だけで……! トレンドとか情報とかくれるし、会議でも役立って――」
「じゃあ情報だけもらえばいい。誘いに応じる必要ないだろ」
「……応じてねえから!」
思わず強く返すと、拓実の視線が少し揺らぐ。
「ほんとに?」
「……ほんと。だって俺、拓実以外と……そんな気持ちになんか、ならない」
思わず口走った言葉に、自分で顔が熱くなる。
拓実は一瞬黙って、それから俺を抱き寄せた。
「……じゃあ余計に、許せねぇ」
「え……」
「お前にしつこく絡む時点で、俺にとっては敵だ」
耳元に落ちた声に、背筋がぞくりとする。
――けど、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
さっき、「レイラさん」って親しげに呼んで、華園社長とやり取りしていたのは拓実じゃないのか。
あれだって、俺から見れば充分プライベートな繋がりに思えた。
「……拓実だって」
言葉が喉で止まり、唇を噛む。
「俺が、何?」
口にしたらケンカになる。わかってるのに、モヤモヤは消えてくれない。
「……拓実」
「ん?」
「ちょっと……離れて」
自分でも驚くくらい小さな声だった。
拓実の腕がわずかに緩む。けれど、完全には解かれない。
「離れたいのか?」
「……うん、今は」
混乱してる。田中さんからの着信に、拓実の嫉妬混じりの言葉。
好きなのに、抱きしめたいのに、苦しい気持ちが込み上げてきてどうしたらいいかわからない。
拓実は黙って俺を見つめ、ようやく腕を下ろした。
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