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【第3章】恋人で、敵で。それでも惹かれ合う
5.夜にほどける立場
そして、ステラの正式調印式の日。
ペンを走らせ、書類を閉じ、握手。
その瞬間、フラッシュが一斉に焚かれて、視界が白く弾けた。
……何度やっても慣れない。
こういう、“綺麗に整えられた場”は。
作られた笑顔に用意された言葉。
うなずく角度もタイミングも、全部決まってる気がする。
カメラの光がまぶしくて、思わず目を細めた。
「これで、SONIC WAVEの配信は安泰ですね」
「ええ。よろしくお願いします」
父は、いつも通り淡々と応じる。
俺はその隣で、黙って立っていた。
ステラが優先配信権を獲得。
“ECHOと組んで”、SONIC WAVEを配信する。
……やった。
その一言が、胸の奥で小さく弾けた。
必死に抑えていた感情が、じわっと溶け出してくる。
慧の技術が本番のステージに立つ。
あいつのやり方で、世界に音楽が届く。
それを思っただけで、胸の奥がじんわり熱を帯びた。
式が終わり、控え室へ。
「京介、お疲れ様」
父が肩を叩く。
その重みが、今日はやけにはっきり伝わってくる。
「お前、最近変わったな」
不意に向けられた、真っ直ぐな視線。
「……え?」
「いい意味でだ。前のお前はな、言われたことをちゃんとこなすだけだった。期待に応えようとして、自分のことは後回しで」
……何も言えない。
図星すぎて、胸の奥がきしんだ。
「でも最近は違うな。自分で考えて、自分で選んで動いて。新しいことに踏み込もうとしてる」
その目が、思っていたよりずっと柔らかくて。
少しだけ、戸惑う。
「それでいい。それが、瀬戸家を継ぐってことだ」
――認められた。
そう理解するまでに、少し時間がかかった。
「……ありがとうございます」
父は、ほんの少しだけ笑った。
こんな表情を見るのはいつ以来だろう。
「これからも、お前の判断を信じる」
それだけ言って、父は部屋を出ていった。
俺はその場からしばらく動けなかった。
“自分で選んで動いて。新しいことに踏み込もうとしてる”
その言葉が、頭の中で何度も反芻される。
……全部。
慧と出会ってからだよな。
あいつに出会って。
止まっていた何かが、また動き出した。
忘れたふりをしていた熱が、確かに戻ってきたんだ。
*
夜。慧のマンション。
ドアを開けると、慧が立っていた。
「京介」
余裕のある笑顔。
でも、目の奥に少し疲れが残っている。
「お疲れ様」
「……ああ」
部屋に入ると、テーブルの上には簡単なつまみとウイスキー。
グラスは二つ。氷も、きっちり用意されている。
……相変わらず、抜かりないな。
「座って」
促されてソファに腰を下ろす。
慧がグラスにウイスキーを注ぎ、俺に渡した。
慧が隣に座る。
近すぎず、遠すぎず。でも、手を伸ばせば届く距離。
……こういう距離感が、一番落ち着かない。
「乾杯」
「……乾杯」
軽く触れるグラス。
一口含むと、琥珀色の液体が喉を滑り落ち、体の奥に広がっていく。
「お疲れ」
「慧もな。技術提供の契約」
「島崎さんのおかげだよ。それと――」
慧が、まっすぐ俺を見る。
「京介のおかげ」
「いや……俺は何もしてないだろ」
「してる。京介が島崎さんに話をつけてくれなかったら、俺はここにいない」
「……違う。慧の技術が本物だったからだ」
「それもある。でもさ」
慧が、少しだけ照れたように笑う。
「信じてくれたのが、京介だった。それが一番大きい」
……当たり前だろ。
俺は慧を信じてる。技術も、情熱も、その全部を。
「これからが勝負だけどな」
慧がいつもの自信に満ちた笑みを浮かべる。
――やっぱり、この顔が好きだ。
「SONIC WAVEの本番、絶対に成功させる」
「ああ」
「なぁ、京介」
「ん?」
「俺、一人じゃここまで来れなかった」
その言葉に、俺は慧を見た。
「チームのメンバーも、もちろんすごい。みんな命削る勢いでやってくれた。でも――京介がいなかったら、途中で諦めてたと思う」
まっすぐで、嘘のない目。
……ずるい。
そんな顔でそんなこと言うなよ。
「ありがとう、京介」
その言葉に胸がいっぱいになった。
「……俺こそ、ありがとうな」
「え?」
「慧に出会って、俺は変わった」
言葉にすると思ってた以上に重い。
「仕事も、音楽も。全部、また“好き”だって思える」
「京介……」
「正直さ。もう期待するの、やめてた。でも、慧が諦めないから。笑うから。必死だったからさ――俺も、前に進みたくなった」
慧が息を呑む。
それから、ふわっと笑った。
「……それ、嬉しすぎる」
「うん」
言葉はもう、いらない。
ただ隣で同じ時間を飲み干す。
この静けさ、この距離が、今はやけに甘く感じられた。
「ねぇ、京介」
「何?」
「成功とか未来とか、ちょっと置いといて。今は恋人として、一緒にいよう」
慧の指が、そっと俺の顎に触れる。
「……ああ」
慧がゆっくりキスをした。
深くない。ただ、確かめるみたいなキス。
唇が離れても、距離はそのまま。
「京介、好きだよ」
心臓がばくんと跳ねる。
「……俺も」
自分でも驚くくらい、素直に出た。
慧は嬉しそうに笑って、今度はぎゅっと抱きしめてきた。
慧の肩に顔を埋めながら、俺は思う。
――ああ。
こいつと、こういう時間が欲しかったんだ。
「京介。今日は朝まで一緒にいよう」
“朝まで”――その言葉に、全身がゾクッとした。
「嫌?」
「……嫌じゃない」
正直に答えたら、慧が嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ベッドルーム行こうか」
慧が立ち上がって、俺の手を引く。
「俺と、もっと深く繋がろう」
その言葉の意味を理解して、顔が真っ赤になった。
ペンを走らせ、書類を閉じ、握手。
その瞬間、フラッシュが一斉に焚かれて、視界が白く弾けた。
……何度やっても慣れない。
こういう、“綺麗に整えられた場”は。
作られた笑顔に用意された言葉。
うなずく角度もタイミングも、全部決まってる気がする。
カメラの光がまぶしくて、思わず目を細めた。
「これで、SONIC WAVEの配信は安泰ですね」
「ええ。よろしくお願いします」
父は、いつも通り淡々と応じる。
俺はその隣で、黙って立っていた。
ステラが優先配信権を獲得。
“ECHOと組んで”、SONIC WAVEを配信する。
……やった。
その一言が、胸の奥で小さく弾けた。
必死に抑えていた感情が、じわっと溶け出してくる。
慧の技術が本番のステージに立つ。
あいつのやり方で、世界に音楽が届く。
それを思っただけで、胸の奥がじんわり熱を帯びた。
式が終わり、控え室へ。
「京介、お疲れ様」
父が肩を叩く。
その重みが、今日はやけにはっきり伝わってくる。
「お前、最近変わったな」
不意に向けられた、真っ直ぐな視線。
「……え?」
「いい意味でだ。前のお前はな、言われたことをちゃんとこなすだけだった。期待に応えようとして、自分のことは後回しで」
……何も言えない。
図星すぎて、胸の奥がきしんだ。
「でも最近は違うな。自分で考えて、自分で選んで動いて。新しいことに踏み込もうとしてる」
その目が、思っていたよりずっと柔らかくて。
少しだけ、戸惑う。
「それでいい。それが、瀬戸家を継ぐってことだ」
――認められた。
そう理解するまでに、少し時間がかかった。
「……ありがとうございます」
父は、ほんの少しだけ笑った。
こんな表情を見るのはいつ以来だろう。
「これからも、お前の判断を信じる」
それだけ言って、父は部屋を出ていった。
俺はその場からしばらく動けなかった。
“自分で選んで動いて。新しいことに踏み込もうとしてる”
その言葉が、頭の中で何度も反芻される。
……全部。
慧と出会ってからだよな。
あいつに出会って。
止まっていた何かが、また動き出した。
忘れたふりをしていた熱が、確かに戻ってきたんだ。
*
夜。慧のマンション。
ドアを開けると、慧が立っていた。
「京介」
余裕のある笑顔。
でも、目の奥に少し疲れが残っている。
「お疲れ様」
「……ああ」
部屋に入ると、テーブルの上には簡単なつまみとウイスキー。
グラスは二つ。氷も、きっちり用意されている。
……相変わらず、抜かりないな。
「座って」
促されてソファに腰を下ろす。
慧がグラスにウイスキーを注ぎ、俺に渡した。
慧が隣に座る。
近すぎず、遠すぎず。でも、手を伸ばせば届く距離。
……こういう距離感が、一番落ち着かない。
「乾杯」
「……乾杯」
軽く触れるグラス。
一口含むと、琥珀色の液体が喉を滑り落ち、体の奥に広がっていく。
「お疲れ」
「慧もな。技術提供の契約」
「島崎さんのおかげだよ。それと――」
慧が、まっすぐ俺を見る。
「京介のおかげ」
「いや……俺は何もしてないだろ」
「してる。京介が島崎さんに話をつけてくれなかったら、俺はここにいない」
「……違う。慧の技術が本物だったからだ」
「それもある。でもさ」
慧が、少しだけ照れたように笑う。
「信じてくれたのが、京介だった。それが一番大きい」
……当たり前だろ。
俺は慧を信じてる。技術も、情熱も、その全部を。
「これからが勝負だけどな」
慧がいつもの自信に満ちた笑みを浮かべる。
――やっぱり、この顔が好きだ。
「SONIC WAVEの本番、絶対に成功させる」
「ああ」
「なぁ、京介」
「ん?」
「俺、一人じゃここまで来れなかった」
その言葉に、俺は慧を見た。
「チームのメンバーも、もちろんすごい。みんな命削る勢いでやってくれた。でも――京介がいなかったら、途中で諦めてたと思う」
まっすぐで、嘘のない目。
……ずるい。
そんな顔でそんなこと言うなよ。
「ありがとう、京介」
その言葉に胸がいっぱいになった。
「……俺こそ、ありがとうな」
「え?」
「慧に出会って、俺は変わった」
言葉にすると思ってた以上に重い。
「仕事も、音楽も。全部、また“好き”だって思える」
「京介……」
「正直さ。もう期待するの、やめてた。でも、慧が諦めないから。笑うから。必死だったからさ――俺も、前に進みたくなった」
慧が息を呑む。
それから、ふわっと笑った。
「……それ、嬉しすぎる」
「うん」
言葉はもう、いらない。
ただ隣で同じ時間を飲み干す。
この静けさ、この距離が、今はやけに甘く感じられた。
「ねぇ、京介」
「何?」
「成功とか未来とか、ちょっと置いといて。今は恋人として、一緒にいよう」
慧の指が、そっと俺の顎に触れる。
「……ああ」
慧がゆっくりキスをした。
深くない。ただ、確かめるみたいなキス。
唇が離れても、距離はそのまま。
「京介、好きだよ」
心臓がばくんと跳ねる。
「……俺も」
自分でも驚くくらい、素直に出た。
慧は嬉しそうに笑って、今度はぎゅっと抱きしめてきた。
慧の肩に顔を埋めながら、俺は思う。
――ああ。
こいつと、こういう時間が欲しかったんだ。
「京介。今日は朝まで一緒にいよう」
“朝まで”――その言葉に、全身がゾクッとした。
「嫌?」
「……嫌じゃない」
正直に答えたら、慧が嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ベッドルーム行こうか」
慧が立ち上がって、俺の手を引く。
「俺と、もっと深く繋がろう」
その言葉の意味を理解して、顔が真っ赤になった。
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