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【第2章】最悪で最高のライバル
4.境界線の向こうで
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「……10年前」
慧がゆっくりと話し始めた。
「俺が17の頃さ、地元のライブハウスでバイトしてたんだ。その日に出てたバンドが、もう……すごくて」
遠くを見るような目。
「音楽に全部を賭けてるのが、ステージから伝わってきた。音一つ一つに覚悟があってさ。その瞬間に決めたんだ。俺は音楽の世界で生きるって」
……わかる。
俺も音大時代、あちこちのライブハウスを回って演奏していた。
あの頃はただ音楽が楽しかった。
「だからECHOは、俺にとって夢そのものなんだ。誰かの下でやるんじゃなくて、自分の力で音楽業界を変えたかった」
「……慧、お前も演奏してたのか?」
「いや、俺は裏方。ずっと技術畑」
「でも音楽が好きなんだろ」
「うん。大好きだよ」
一瞬、慧の声が柔らいだ。
「音楽に……救われたから。高校の頃、色々あってさ。友達とも上手くいかなくて、家にも居場所がなくて」
ほんのわずかに、声が揺れた。
……ああ。
それ、痛いほどわかる。
「でも、ライブハウスで音楽に触れてるうちに……少しずつ立ち直れた。だから音楽を届けたいんだ。俺みたいに音楽に救われる人が、もっと増えるように」
胸の奥がじわりと熱くなる。
こいつは、口だけじゃない。本気だ。
「……いい目標だと思う」
「ありがと」
音楽に向けてる気持ちは、俺も慧も、間違いなく本物。
だからこそ――複雑で、胸が少し痛い。
「でも、甘い部分もあるけどな」
俺は少し意地悪そうに言った。
「……何が?」
「ビジネスは、綺麗事だけじゃ成り立たない。理想だけじゃ生き残れないから」
「……わかってるよ」
「本当に?」
そう聞くと、慧がむっとした顔をした。
「大丈夫。俺、見た目よりしぶといよ」
その言葉に思わず笑う。
そして、慧が何かを思いついたように口を開いた。
「なあ、京介。海外向けの配信なら、どういうのが“来る”と思う?」
「……技術の話?」
「いや、体験設計」
慧はソファに深く腰を下ろし、天井を見上げながら続ける。
「現地に行けない層に、どう“ライブに参加してる感覚”を持たせるか」
……なるほどね。
「それなら、リアルタイムで観客の反応を拾えたら強いよな」
思わず口に出してしまう。
「反応?」
「ああ。歓声とか、手拍子とか。完全な一方通行だと、配信はどうしても冷めるだろ」
「じゃあどうする?」
「例えば、視聴者側の音をAIで解析して、会場側に疑似的に返せたら……アーティストも絶対テンション上がるんじゃないか?」
言った瞬間、部屋が静まり返る。
慧はニヤリと笑った。
……まずい。完全に踏み込みすぎた。
競合相手に核心を話してしまったかも。
「それさ……うちの技術班が、今ちょうど詰まってるところなんだ」
「は?」
「本当だよ。それに、今はメモも録音もしてないし」
「そういう話じゃねぇよ。俺とお前は競合だろ」
「そうだね」
「……もう少し慎重になるべきだった」
そう言うと、慧はゆっくり言葉を選ぶように口を開く。
「でもさ、俺がそのアイデアを“使う”可能性は普通にあるでしょ」
「……っ」
「そのとき、京介はどう思う? “盗まれた”って思う?」
「……思いたくないけど、思うかもしれない」
正直に言うと、慧は小さく息を吐いた。
「それは京介の感情。こっちは、同じアイデアに先に辿り着いてたから」
「そんなの証明できるのかよ」
「できないよ。だからフェアでしょ」
視線が、真正面からぶつかる。
「仮に俺がその案を採用しても、それは京介が話したからじゃない。話す前から、そこを目指してた」
――要するに。
俺のアイデアを盗んだわけじゃない。
俺は、ただ答え合わせに使われただけ。
そう言われている。
「……それ、俺からしたら同じだけどな」
「違うよ」
「でも、結果的に、俺が背中を押したのは事実だろ。競合相手に」
慧は一瞬だけ黙り、それから落ち着いた声で言った。
「違う。俺は最初からそこを目指して走ってた。京介との会話で、“迷う理由が消えた”だけ。俺は、このやり方で戦う。どちらにせよ、ステラには無理。ECHOにしかできないよ」
感情のない声で、結論だけを告げる。
CEOとして――こいつは、勝負の場に立っていた。
「……お前のこと、全っ然、読めねぇよ」
「じゃあさ、聞くけど」
「ん?」
「京介は、俺の敵なの?」
慧が、感情の読めない目でこちらを見る。
「ステラの専務として、俺のこと潰す気?」
敵……か。
そうだよな、ビジネスの世界では。
「……ライバルだからな」
正直に答えた。
「そうだね。これは勝負だ」
「……勝負?」
「同じ場所を見てたって分かった以上、俺は引かない。京介も、引かないだろ?」
その言葉に、答えはもう決まっていた。
「……ああ。引く気はないね」
その瞬間、空気が変わった。
協力でも雑談でもない。
ライバルとして、同じ土俵に立っただけだ。
「ていうか……最悪だな、この関係」
ぽつりと零すと、慧が苦く笑った。
「そうだね。でも俺、仕事では容赦しないよ」
「……今までの言動、見たらわかる」
呟くと、慧は少しだけ微笑んだ。
まっすぐな目、負ける気ゼロの顔。
最悪の関係。最高の相手。
正直すごく、めんどくさい。
「……胃に悪いな」
でも、逃げたいとは思わなかった。
「京介」
「なんだよ」
「これ以上やると、俺らどっちかが胃潰瘍になるね」
「それは困るな」
「でしょ?」
一拍置いて、慧が続ける。
「京介が倒れたら、勝っても後味悪いしね」
「お前、勝つ前提なんだな」
「当たり前」
……ちょっとムカつく。
でも、こういうとこが好きなのかもしれない。
「仕事の話はもういいでしょ」
「え?」
「今は、恋人だよね?」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「……は?! まだ、そうとは……」
「じゃあ今から恋人になろう」
その声が、甘い。
さっきまでの張り詰めた空気が、一気に溶けていく。
慧がゆっくりと話し始めた。
「俺が17の頃さ、地元のライブハウスでバイトしてたんだ。その日に出てたバンドが、もう……すごくて」
遠くを見るような目。
「音楽に全部を賭けてるのが、ステージから伝わってきた。音一つ一つに覚悟があってさ。その瞬間に決めたんだ。俺は音楽の世界で生きるって」
……わかる。
俺も音大時代、あちこちのライブハウスを回って演奏していた。
あの頃はただ音楽が楽しかった。
「だからECHOは、俺にとって夢そのものなんだ。誰かの下でやるんじゃなくて、自分の力で音楽業界を変えたかった」
「……慧、お前も演奏してたのか?」
「いや、俺は裏方。ずっと技術畑」
「でも音楽が好きなんだろ」
「うん。大好きだよ」
一瞬、慧の声が柔らいだ。
「音楽に……救われたから。高校の頃、色々あってさ。友達とも上手くいかなくて、家にも居場所がなくて」
ほんのわずかに、声が揺れた。
……ああ。
それ、痛いほどわかる。
「でも、ライブハウスで音楽に触れてるうちに……少しずつ立ち直れた。だから音楽を届けたいんだ。俺みたいに音楽に救われる人が、もっと増えるように」
胸の奥がじわりと熱くなる。
こいつは、口だけじゃない。本気だ。
「……いい目標だと思う」
「ありがと」
音楽に向けてる気持ちは、俺も慧も、間違いなく本物。
だからこそ――複雑で、胸が少し痛い。
「でも、甘い部分もあるけどな」
俺は少し意地悪そうに言った。
「……何が?」
「ビジネスは、綺麗事だけじゃ成り立たない。理想だけじゃ生き残れないから」
「……わかってるよ」
「本当に?」
そう聞くと、慧がむっとした顔をした。
「大丈夫。俺、見た目よりしぶといよ」
その言葉に思わず笑う。
そして、慧が何かを思いついたように口を開いた。
「なあ、京介。海外向けの配信なら、どういうのが“来る”と思う?」
「……技術の話?」
「いや、体験設計」
慧はソファに深く腰を下ろし、天井を見上げながら続ける。
「現地に行けない層に、どう“ライブに参加してる感覚”を持たせるか」
……なるほどね。
「それなら、リアルタイムで観客の反応を拾えたら強いよな」
思わず口に出してしまう。
「反応?」
「ああ。歓声とか、手拍子とか。完全な一方通行だと、配信はどうしても冷めるだろ」
「じゃあどうする?」
「例えば、視聴者側の音をAIで解析して、会場側に疑似的に返せたら……アーティストも絶対テンション上がるんじゃないか?」
言った瞬間、部屋が静まり返る。
慧はニヤリと笑った。
……まずい。完全に踏み込みすぎた。
競合相手に核心を話してしまったかも。
「それさ……うちの技術班が、今ちょうど詰まってるところなんだ」
「は?」
「本当だよ。それに、今はメモも録音もしてないし」
「そういう話じゃねぇよ。俺とお前は競合だろ」
「そうだね」
「……もう少し慎重になるべきだった」
そう言うと、慧はゆっくり言葉を選ぶように口を開く。
「でもさ、俺がそのアイデアを“使う”可能性は普通にあるでしょ」
「……っ」
「そのとき、京介はどう思う? “盗まれた”って思う?」
「……思いたくないけど、思うかもしれない」
正直に言うと、慧は小さく息を吐いた。
「それは京介の感情。こっちは、同じアイデアに先に辿り着いてたから」
「そんなの証明できるのかよ」
「できないよ。だからフェアでしょ」
視線が、真正面からぶつかる。
「仮に俺がその案を採用しても、それは京介が話したからじゃない。話す前から、そこを目指してた」
――要するに。
俺のアイデアを盗んだわけじゃない。
俺は、ただ答え合わせに使われただけ。
そう言われている。
「……それ、俺からしたら同じだけどな」
「違うよ」
「でも、結果的に、俺が背中を押したのは事実だろ。競合相手に」
慧は一瞬だけ黙り、それから落ち着いた声で言った。
「違う。俺は最初からそこを目指して走ってた。京介との会話で、“迷う理由が消えた”だけ。俺は、このやり方で戦う。どちらにせよ、ステラには無理。ECHOにしかできないよ」
感情のない声で、結論だけを告げる。
CEOとして――こいつは、勝負の場に立っていた。
「……お前のこと、全っ然、読めねぇよ」
「じゃあさ、聞くけど」
「ん?」
「京介は、俺の敵なの?」
慧が、感情の読めない目でこちらを見る。
「ステラの専務として、俺のこと潰す気?」
敵……か。
そうだよな、ビジネスの世界では。
「……ライバルだからな」
正直に答えた。
「そうだね。これは勝負だ」
「……勝負?」
「同じ場所を見てたって分かった以上、俺は引かない。京介も、引かないだろ?」
その言葉に、答えはもう決まっていた。
「……ああ。引く気はないね」
その瞬間、空気が変わった。
協力でも雑談でもない。
ライバルとして、同じ土俵に立っただけだ。
「ていうか……最悪だな、この関係」
ぽつりと零すと、慧が苦く笑った。
「そうだね。でも俺、仕事では容赦しないよ」
「……今までの言動、見たらわかる」
呟くと、慧は少しだけ微笑んだ。
まっすぐな目、負ける気ゼロの顔。
最悪の関係。最高の相手。
正直すごく、めんどくさい。
「……胃に悪いな」
でも、逃げたいとは思わなかった。
「京介」
「なんだよ」
「これ以上やると、俺らどっちかが胃潰瘍になるね」
「それは困るな」
「でしょ?」
一拍置いて、慧が続ける。
「京介が倒れたら、勝っても後味悪いしね」
「お前、勝つ前提なんだな」
「当たり前」
……ちょっとムカつく。
でも、こういうとこが好きなのかもしれない。
「仕事の話はもういいでしょ」
「え?」
「今は、恋人だよね?」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「……は?! まだ、そうとは……」
「じゃあ今から恋人になろう」
その声が、甘い。
さっきまでの張り詰めた空気が、一気に溶けていく。
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