【完結】ブラック企業で限界の俺、十年前の親友に“買われて”溺愛されてます

砂原紗藍

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28.愛で終わらせる、パワハラの記憶

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ある日の午後、輝の会社に一本の電話が入った。

「圭、ちょっと会議室に来て」

いつもと変わらない穏やかな声だったが、どこかに張り詰めた空気を感じた。

会議室の扉を開けると、そこに見覚えのある顔があった。

「……五十嵐?」

その瞬間、呼吸が止まる。

――前の会社の上司、清端。
毎日怒鳴られ、ミスを擦りつけられた、あの男だった。

「……ご無沙汰です」
「五十嵐、お前……なんでここに……?」

視線が絡む。あの頃の記憶が、嫌でも蘇る。
輝は静かに立ち上がった。

「清端さんですね。お越しいただきありがとうございます」

柔らかな笑み。だが、その奥の瞳は氷のように冷たい。

「今日は、業務提携の件でご相談を、と伺いました」
「は、はい。御社と協業できればと……」

清端はぎこちなく笑いながら資料を広げた。
その手がかすかに震えているのを、俺は見逃さなかった。

輝が静かに言った。

「ご紹介します。うちの財務を見ている、五十嵐圭です」
「……は?」

清端が、目を見開いた。

「彼は仕事でも――私生活でも、大事なパートナーです」

その一言に、空気が一瞬、凍る。
清端の口元が醜く歪んだ。

「……そういう関係、なんですね」

軽蔑を含んだ声音。
だが輝は、まるで風でも受け流すように、淡々と資料に目を落とした。

「さて、本題に入りましょう。提携の前に、御社の財務状況を拝見します」

清端の顔が引きつる。
輝がノートパソコンを開き、静かに指を滑らせる。

「……おかしいですね。この収益計上、実際の期とズレている」
「え?」
「さらに――ここ。費用の記録が消えています。意図的に、でしょうね」

輝の声が低くなる。
清端の額に、じわりと汗が浮かぶ。

「圭、どう見る?」
「……粉飾です。数字の辻褄が、完全に合ってません」
「やっぱり」

輝が小さく頷く。
その一瞬の冷静な微笑みに、清端の顔色が真っ青に変わった。

「待ってください、それは誤解で――」
「誤解ではありません」

輝の声が、低く鋭く響いた。

「あなたの会社、内部告発が上がっています。
収益の改ざん、長時間労働の強要。こちらでも確認済みです」
「そ、そんな――」

清端が言葉を失う。
輝は静かに歩み寄り、冷ややかに見下ろした。

「そして――僕のパートナーを、散々苦しめたそうですね」

清端の瞳が揺れる。
輝の声が、さらに低くなる。

「そんな人間のいる会社に、提携する理由はありません」

沈黙。
時計の針の音だけが、やけに大きく響いた。

「お引き取りください」

凍るような声。
清端が震えながら立ち上がる。

「ま、待ってください! 安堂社長、私は――」
「お引き取りください」

もう一度、はっきりと。

その瞬間、清端の肩が震えた。
何も言い返せず、資料を抱え、逃げるように部屋を出ていく。
扉が閉まったあと、静寂が戻った。

「……圭」

輝が俺のもとへ歩み寄り、そっと肩に手を置く。

「大丈夫?」
「ああ……スッキリした」

小さく笑ってそう言うと、輝もふっと表情を緩めた。

「圭の前の会社、もう長くないね。粉飾が明るみに出れば、倒産もあり得る」
「……そっか。俺、あいつのせいでどれだけ苦しんだか」
「お前はもう、誰にも傷つけさせないから」

その言葉に、俺は小さく頷いた。
輝がゆっくりと俺を抱き寄せる。

「でも、あの地獄があったから、今こうしてお前といる」
「……え?」
「あの会社にいなかったら、俺、動画の仕事なんてしてなかった。そしたら、お前にもう一度、見つけてもらえなかった」

輝の指が、そっと俺の髪を撫でた。

「……そうだね。あの日、俺が画面越しに圭を見つけたのは――運命だよ」

静かなオフィスに、心音だけが響く。
輝の胸に顔を埋めると、あの頃の痛みが、少しずつ遠のいていった。

「圭は、もう俺のものだから。これからは俺が幸せにする」

その囁きは、優しくも確かな約束のようだった。

――過去も理不尽も、すべて輝の腕の中で帳消しになった気がした。

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