10 / 15
【第二章】ビジネスは敵、恋は本気
3.50億円の重みとキス
しおりを挟む
数日後、Kファンドから連絡が入った。
「名波社長、投資を決定しました。50億円です」
――50億円。
電話口で、思わず息を呑んだ。
「本当ですか?」
「はい。ECHOの技術力を高く評価しています。ただし、結果を出すことが条件です」
当たり前だ。だって50億円だぞ。
その重みをしっかり受け止めないと。
「ありがとうございます!」
電話を切った後、その場に座り込んだ。
デスクの冷たさが、手のひらに伝わってくる。
これで、ようやくステラと対等に戦える。
サーバー増強もスタッフ増員も、全部できる。
ECHOが、次のステージに進める。
嬉しさとプレッシャーが同時に押し寄せてきた。
*
そして、ミュージックビジネスサミットが開催された。
シャンデリアが輝くホール。
BGMに流れるジャズ。
音楽業界の人間が一堂に会する夜。
……当然、京介もいた。
俺は何人かの投資家と話をした。
名刺を交換して、技術の話をして、ECHOの将来性をアピールする。
視線を感じた気がして、一瞬だけ周囲を見渡す。
案の定だ。
決定権を持つ連中が、さりげなく配置されている。
……いたな。
島崎プロデューサー。
業界では知らない者はいない影響力の持ち主。
今回の配信に深く関わる、外せないキーマンだ。
こういう人は、基本的に向こうから近づいてこない。
周囲も遠巻きに様子をうかがうだけで、下手に声をかけない。
でも――だからこそ、今だ。
俺は迷わず歩み寄った。
「島崎さん。お久しぶりです」
少しだけ驚いた顔。
すぐに、その表情が和らぐ。
「おお、名波くん」
言葉を交わしながら、相手の呼吸と距離感を測る。
力まず、媚びず、でも礼は欠かさない。
雑談に見せかけて、こちらの立場と意図を自然に滲ませる。
――焦る必要はない。
今日は“印象”だけで十分だ。
島崎さんが小さく笑って、うなずいたのを見て、手応えを確信する。
「今日はゆっくり話せてよかったよ」
「こちらこそ。また改めて」
軽く手を差し出すと、向こうも迷いなく応じた。
短く、けれど意味のある握手。
手を離し、自然に距離を取る。
……さて。
迷わず、京介のほうへ歩く。
「こんばんは。瀬戸専務」
そう言って、にこっと笑う。
今の俺は、完全に社交用の顔。
「……名波社長、こんばんは」
「お久しぶりですね」
……京介、緊張してるな。
視線の揺れと、わずかな間でわかる。
ビジネスモードのやり取り。
裏では恋人同士だけど、そんなことは欠片も出さない。
「瀬戸専務。バルコニー行きません?」
「……え?」
「ちょっと、二人で話したいんで」
意味を含ませて、視線を送る。
京介の顔が、ふっと熱を帯びるのが見えた。
バルコニーには誰もいない。
夜景が一面に広がり、街の光が静かに瞬いている。
冷たい空気が頬を撫でる。
「綺麗だね」
俺が手すりに寄りかかって呟いた。
吐く息が白く染まる。
「……ああ」
「Kファンドの投資、正式に決まったよ」
「ああ。50億だろ。正直、驚いた」
「これで、ようやく対等に戦える」
京介が俺を見る。
その瞳に、街の灯りが映っている。
「アーティストが動かなきゃ、意味がない」
「……それは」
「ステラには、300組のアーティストがいる。ECHOは?」
図星を突かれたわけじゃない。
でも、核心を撫でられた気がして、反射的に返せなかった。
その瞬間、肩に手が置かれる。
「だから、無理なんだよ。慧は理想を追いすぎてる。現実を見てない」
悔しさが、胸の奥でじわっと広がる。
「ちゃんと見てるよ」
「あのさ、慧。まだ間に合う。真面目な話、ステラと組まないか?」
「それは前に断ったはずだよ」
肩に置かれた手に、力がこもる。
……わかってる。
これはもう、純粋なビジネスの話じゃない。
「このまま戦って、負けて、ECHOが全てを失うより――」
「負けない」
その手を振りほどいた。
「俺は、絶対に負けない」
京介が、一瞬言葉を失ったのがわかった。
「……ほんと、頑固だな」
「頑固で結構。俺は、お前に絶対に勝つ」
――全部、本気だ。
でもさ、京介。
「……お前も相当、頑固だよね」
「え?」
「だってステラと組めって、何度も言ってくる」
「……別に。ただ、ビジネスの話」
「ふふ」
少しだけ、笑ってしまった。
張り詰めていた空気が、ほんのわずか緩む。
これ以上、踏み込むのはやめた。
今はここまででいい。
「そろそろ戻ろうか」
踵を返した、その直後。
「京介」
腕を掴む。
「え……」
振り返った瞬間、壁際へ押し込んだ。
「っ……!」
「京介」
距離が近い。吐息が、肌に触れる。
「慧……誰かに見られたら……」
「大丈夫。誰もいないよ」
唇に、軽くキスを落とす。
「んっ……」
ほんの一瞬。
それだけで、確かに伝わる熱。
「俺、本気で戦うから。容赦しないよ」
「……ああ。俺も、容赦しない」
その返事に、自然と口角が上がった。
「それでこそ、ライバル」
そう言って、何事もなかった顔で会場へ戻る。
……背中に、まだ視線を感じながら。
「名波社長、投資を決定しました。50億円です」
――50億円。
電話口で、思わず息を呑んだ。
「本当ですか?」
「はい。ECHOの技術力を高く評価しています。ただし、結果を出すことが条件です」
当たり前だ。だって50億円だぞ。
その重みをしっかり受け止めないと。
「ありがとうございます!」
電話を切った後、その場に座り込んだ。
デスクの冷たさが、手のひらに伝わってくる。
これで、ようやくステラと対等に戦える。
サーバー増強もスタッフ増員も、全部できる。
ECHOが、次のステージに進める。
嬉しさとプレッシャーが同時に押し寄せてきた。
*
そして、ミュージックビジネスサミットが開催された。
シャンデリアが輝くホール。
BGMに流れるジャズ。
音楽業界の人間が一堂に会する夜。
……当然、京介もいた。
俺は何人かの投資家と話をした。
名刺を交換して、技術の話をして、ECHOの将来性をアピールする。
視線を感じた気がして、一瞬だけ周囲を見渡す。
案の定だ。
決定権を持つ連中が、さりげなく配置されている。
……いたな。
島崎プロデューサー。
業界では知らない者はいない影響力の持ち主。
今回の配信に深く関わる、外せないキーマンだ。
こういう人は、基本的に向こうから近づいてこない。
周囲も遠巻きに様子をうかがうだけで、下手に声をかけない。
でも――だからこそ、今だ。
俺は迷わず歩み寄った。
「島崎さん。お久しぶりです」
少しだけ驚いた顔。
すぐに、その表情が和らぐ。
「おお、名波くん」
言葉を交わしながら、相手の呼吸と距離感を測る。
力まず、媚びず、でも礼は欠かさない。
雑談に見せかけて、こちらの立場と意図を自然に滲ませる。
――焦る必要はない。
今日は“印象”だけで十分だ。
島崎さんが小さく笑って、うなずいたのを見て、手応えを確信する。
「今日はゆっくり話せてよかったよ」
「こちらこそ。また改めて」
軽く手を差し出すと、向こうも迷いなく応じた。
短く、けれど意味のある握手。
手を離し、自然に距離を取る。
……さて。
迷わず、京介のほうへ歩く。
「こんばんは。瀬戸専務」
そう言って、にこっと笑う。
今の俺は、完全に社交用の顔。
「……名波社長、こんばんは」
「お久しぶりですね」
……京介、緊張してるな。
視線の揺れと、わずかな間でわかる。
ビジネスモードのやり取り。
裏では恋人同士だけど、そんなことは欠片も出さない。
「瀬戸専務。バルコニー行きません?」
「……え?」
「ちょっと、二人で話したいんで」
意味を含ませて、視線を送る。
京介の顔が、ふっと熱を帯びるのが見えた。
バルコニーには誰もいない。
夜景が一面に広がり、街の光が静かに瞬いている。
冷たい空気が頬を撫でる。
「綺麗だね」
俺が手すりに寄りかかって呟いた。
吐く息が白く染まる。
「……ああ」
「Kファンドの投資、正式に決まったよ」
「ああ。50億だろ。正直、驚いた」
「これで、ようやく対等に戦える」
京介が俺を見る。
その瞳に、街の灯りが映っている。
「アーティストが動かなきゃ、意味がない」
「……それは」
「ステラには、300組のアーティストがいる。ECHOは?」
図星を突かれたわけじゃない。
でも、核心を撫でられた気がして、反射的に返せなかった。
その瞬間、肩に手が置かれる。
「だから、無理なんだよ。慧は理想を追いすぎてる。現実を見てない」
悔しさが、胸の奥でじわっと広がる。
「ちゃんと見てるよ」
「あのさ、慧。まだ間に合う。真面目な話、ステラと組まないか?」
「それは前に断ったはずだよ」
肩に置かれた手に、力がこもる。
……わかってる。
これはもう、純粋なビジネスの話じゃない。
「このまま戦って、負けて、ECHOが全てを失うより――」
「負けない」
その手を振りほどいた。
「俺は、絶対に負けない」
京介が、一瞬言葉を失ったのがわかった。
「……ほんと、頑固だな」
「頑固で結構。俺は、お前に絶対に勝つ」
――全部、本気だ。
でもさ、京介。
「……お前も相当、頑固だよね」
「え?」
「だってステラと組めって、何度も言ってくる」
「……別に。ただ、ビジネスの話」
「ふふ」
少しだけ、笑ってしまった。
張り詰めていた空気が、ほんのわずか緩む。
これ以上、踏み込むのはやめた。
今はここまででいい。
「そろそろ戻ろうか」
踵を返した、その直後。
「京介」
腕を掴む。
「え……」
振り返った瞬間、壁際へ押し込んだ。
「っ……!」
「京介」
距離が近い。吐息が、肌に触れる。
「慧……誰かに見られたら……」
「大丈夫。誰もいないよ」
唇に、軽くキスを落とす。
「んっ……」
ほんの一瞬。
それだけで、確かに伝わる熱。
「俺、本気で戦うから。容赦しないよ」
「……ああ。俺も、容赦しない」
その返事に、自然と口角が上がった。
「それでこそ、ライバル」
そう言って、何事もなかった顔で会場へ戻る。
……背中に、まだ視線を感じながら。
22
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら
音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。
しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい……
ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが……
だって第三王子には前世の記憶があったから!
といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。
濡れ場回にはタイトルに※をいれています
おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。
この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。
神子は再召喚される
田舎
BL
??×神子(召喚者)。
平凡な学生だった有田満は突然異世界に召喚されてしまう。そこでは軟禁に近い地獄のような生活を送り苦痛を強いられる日々だった。
そして平和になり元の世界に戻ったというのに―――― …。
受けはかなり可哀そうです。
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
魔法の鋏〜ダイヤの原石を拾ったら溺愛されています〜
猫野
BL
美容師の汐見透/しおみとおる(受)は、街角で冴えない格好の長身男・高良芽生/たからめい(攻)を拾う。前髪の奥に隠れていたのは、息を呑むほど整った顔立ちだった。そんな彼を変身させる動画は、SNSで瞬く間にバズり、二人の距離も急接近する。
不器用ながらもまっすぐな芽生に、透はますます惹かれていき――。
実はイケメンの年下寡黙攻め(25)×美人美容師受け(29)
◇本作品は別媒体にも投稿してます。
かわいい王子の残像
芽吹鹿
BL
王子の家庭教師を務めるアリア・マキュベリー男爵の思い出語り。天使のようにかわいい幼い王子が成長するにつれて立派な男になっていく。その育成に10年間を尽くして貢献した家庭教師が、最終的に主に押し倒されちゃう話。
嫌いなアイツと一緒に○○しないと出れない部屋に閉じ込められたのだが?!
海野(サブ)
BL
騎士の【ライアン】は指名手配されていた男が作り出した魔術にで作り出した○○しないと出れない部屋に自分が嫌っている【シリウス】と一緒に閉じ込められた。
婚活アプリのテスト版に登録させられたら何故か自社の社長としかマッチング出来ないのですが?
こたま
BL
オメガ男子の小島史(ふみ)は、ネットを中心に展開している中小広告代理店の経理部に勤めている。会社が国の補助金が入る婚活アプリ開発に関わる事になった。テスト版には、自社の未婚で番のいないアルファとオメガはもちろん未婚のベータも必ず登録して動作確認をするようにと業務命令が下された。史が仕方なく登録すると社長の辰巳皇成(こうせい)からマッチング希望が…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる