18 / 46
キャラメル・ノワール “隠れた痛み、微かな甘み”
1.静かな午後、運命の訪問者
しおりを挟む
side 花村 環
カフェ「madoca」。
ゆっくりとした時間が流れる、温かいお店。
ここは、俺を唯一雇ってくれた場所だった。
カウンターの中で、いつものようにコーヒーを淹れる。
お客さんは少なく、静かな午後。
豆を挽く香り、スチームの音、ミルクの泡立つ柔らかい音――
どれも、心を少しだけ落ち着かせてくれる。
オーブンの奥では、キャラメルノワールのタルトが焼きあがるころだった。
焦がした砂糖とビターショコラが混ざり合い、店内にふわりとほろ苦い甘さが広がっていく。
ふと、その香りに包まれながら、手を止める。
静かな午後の光が、カウンター越しのカップに反射して揺れた。
そんなとき、ドアベルが鳴った。
鈴の軽やかな音に、俺は自然と顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
顔を上げた瞬間、目が止まった。
スーツ姿の男。スラリとした長身に、少し長めの黒髪。
切れ長の目が、冷静にこちらを見ている。
どこか、ただの客じゃない雰囲気だった。
「ブレンドコーヒーを」
「かしこまりました」
コーヒーを淹れながら、ちらりと彼を観察する。
手元のタブレットを見つつも、視線が時々こちらに戻る。
まるで、俺の動きを確認するかのようだ。
「お待たせしました」
カップを差し出すと、彼はゆっくりと口をつけた。
「美味しいですね」
短くそう言って、微かに笑った。
その笑みが、思っていたより柔らかくて、胸がざわつく。
「ありがとうございます」
そう返すと、彼はしばらく黙って俺を見ていた。
まるで、何かを確かめるように。
「すみません」
不意に声をかけられて、少し身を強張らせた。
「はい?」
「あなた、花村環さんですよね?」
――どうして、俺の名前を。
喉が乾く。指先がわずかに震えた。
男は静かに、しかし逃さないような目で俺を見ていた。
「少し、お話しできますか?」
その言い方が、命令ではなく丁寧で。
けれど、拒否できない重みがあった。
「……はい」
カップを片づけ、カフェの隅の席へ移る。
すると、男は名刺を出した。
「神崎透と申します」
名刺には、“神崎調査事務所”の文字。
……探偵?
「あなたのことを調べさせていただきました」
淡々とした口調。
でも、嘘をついている気配はなかった。
「花村環、23歳。元パティシエ。三年前、西条慎吾に店を奪われ、業界から追放された――」
言葉が刃のように突き刺さる。
カウンターの奥で、オーブンのタイマーが静かに鳴った。
焼きあがったキャラメルノワールの甘い香りが広がる。
――なぜ、俺の過去を。
「……なんで、それを」
「西条慎吾を追っています」
その名前を聞いた瞬間、息が止まった。
胸の奥が冷たく固まっていく。
神崎さんの瞳が、わずかに光を帯びる。
「俺は、あの男を法で裁きたい」
静かな声。けれど、言葉の底に燃えるような怒りがあった。
「あなたの力が、必要なんです」
――何を言ってるんだ、この人は。
俺なんかに、力なんてあるわけない。
それに、もう誰かを簡単に信じるなんて、できない。
「どうせ、あなたも……西条みたいに俺を利用するだけじゃ……」
「それは違います」
間髪入れずに返された。
その目を見た瞬間、言葉が喉に引っかかる。
淡々としているのに、不思議な熱がある。
押しつけでも、同情でもない――ただ真っ直ぐだった。
「……まず聞きたいんだけど。なぜ、あなたは西条を?」
少しの沈黙のあと、神崎さんは目を伏せた。
ほんの一瞬、哀しみがその横顔に浮かぶ。
「俺も、西条に――色んなものを奪われたからです」
その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。
カフェ「madoca」。
ゆっくりとした時間が流れる、温かいお店。
ここは、俺を唯一雇ってくれた場所だった。
カウンターの中で、いつものようにコーヒーを淹れる。
お客さんは少なく、静かな午後。
豆を挽く香り、スチームの音、ミルクの泡立つ柔らかい音――
どれも、心を少しだけ落ち着かせてくれる。
オーブンの奥では、キャラメルノワールのタルトが焼きあがるころだった。
焦がした砂糖とビターショコラが混ざり合い、店内にふわりとほろ苦い甘さが広がっていく。
ふと、その香りに包まれながら、手を止める。
静かな午後の光が、カウンター越しのカップに反射して揺れた。
そんなとき、ドアベルが鳴った。
鈴の軽やかな音に、俺は自然と顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
顔を上げた瞬間、目が止まった。
スーツ姿の男。スラリとした長身に、少し長めの黒髪。
切れ長の目が、冷静にこちらを見ている。
どこか、ただの客じゃない雰囲気だった。
「ブレンドコーヒーを」
「かしこまりました」
コーヒーを淹れながら、ちらりと彼を観察する。
手元のタブレットを見つつも、視線が時々こちらに戻る。
まるで、俺の動きを確認するかのようだ。
「お待たせしました」
カップを差し出すと、彼はゆっくりと口をつけた。
「美味しいですね」
短くそう言って、微かに笑った。
その笑みが、思っていたより柔らかくて、胸がざわつく。
「ありがとうございます」
そう返すと、彼はしばらく黙って俺を見ていた。
まるで、何かを確かめるように。
「すみません」
不意に声をかけられて、少し身を強張らせた。
「はい?」
「あなた、花村環さんですよね?」
――どうして、俺の名前を。
喉が乾く。指先がわずかに震えた。
男は静かに、しかし逃さないような目で俺を見ていた。
「少し、お話しできますか?」
その言い方が、命令ではなく丁寧で。
けれど、拒否できない重みがあった。
「……はい」
カップを片づけ、カフェの隅の席へ移る。
すると、男は名刺を出した。
「神崎透と申します」
名刺には、“神崎調査事務所”の文字。
……探偵?
「あなたのことを調べさせていただきました」
淡々とした口調。
でも、嘘をついている気配はなかった。
「花村環、23歳。元パティシエ。三年前、西条慎吾に店を奪われ、業界から追放された――」
言葉が刃のように突き刺さる。
カウンターの奥で、オーブンのタイマーが静かに鳴った。
焼きあがったキャラメルノワールの甘い香りが広がる。
――なぜ、俺の過去を。
「……なんで、それを」
「西条慎吾を追っています」
その名前を聞いた瞬間、息が止まった。
胸の奥が冷たく固まっていく。
神崎さんの瞳が、わずかに光を帯びる。
「俺は、あの男を法で裁きたい」
静かな声。けれど、言葉の底に燃えるような怒りがあった。
「あなたの力が、必要なんです」
――何を言ってるんだ、この人は。
俺なんかに、力なんてあるわけない。
それに、もう誰かを簡単に信じるなんて、できない。
「どうせ、あなたも……西条みたいに俺を利用するだけじゃ……」
「それは違います」
間髪入れずに返された。
その目を見た瞬間、言葉が喉に引っかかる。
淡々としているのに、不思議な熱がある。
押しつけでも、同情でもない――ただ真っ直ぐだった。
「……まず聞きたいんだけど。なぜ、あなたは西条を?」
少しの沈黙のあと、神崎さんは目を伏せた。
ほんの一瞬、哀しみがその横顔に浮かぶ。
「俺も、西条に――色んなものを奪われたからです」
その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。
61
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
元アイドルは現役アイドルに愛される
陽
BL
人気アイドルグループのエースだった奏多は事故により脚を怪我し、グループを脱退する。エースの抜けたグループの人気はみるみる下落し、そのまま解散。そのことに責任と罪悪感を感じた奏多は芸能界の表舞台から引退し、正体不明の作曲家Kとして裏で支えることに。
罪悪感からご飯を食べなくなった奏多の肌は痩せこけ、青白くかつての輝きはなくなっていた。
ある日の打ち合わせでかつてのグループメンバーである颯真と再会する。
メガネとマスクをしているがかつてのメンバーのことは騙せない。
『奏多、会いたかった』
『僕、奏多さんのパフォーマンスを見て、人生変わったんです!』
やけに自分に懐いているワンコ系の後輩リオと、かつてのグループのメンバー颯真に受け止めきれない愛を向けられる話。
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる