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第一章
その8
しおりを挟む「………えっ、真珠の密輸⁉︎」
「あぁ、そうだ。恐らくアイツ自身は運び屋をやらされている、だなんてことは
気付いていないだろうがな。」
胸ポケットから、鏡のマークが入った黒い煙草の缶とマッチを取り出して火をつける。カシュッという火薬の擦れる音と共に焦げ臭い木の燃える匂いが立ち昇って………色々とあったせいか、やけに煙草が美味く感じるな……。
染み込むような苦い煙の味にしばし浸って………。
「アイツを問い詰めたところで何も情報は出てこないだろう。………隠し通せるほど賢くも無さそうだしな。しばらく俺のところで様子を見ようと思う。」
「……泳がせるってことですか?」
ティィの橙色の瞳にぎらり、と要塞勤めの軍人らしい炎が宿った。職務に真面目なところはコイツの唯一の美点だな。
「そうだ。真珠の宝飾品は『結婚した姉への贈答品だ』と言っていたからな。恐らく姉の結婚相手と名乗る男が接触してくるはずだ。」
「……んで、あの娘は……?」
「そのまま娼館に連れられて姉と感動の再会だろうよ。真珠とあの娘込みの受け渡しで取引は完了する筈だからな。」
………これはよくある話だ。東方大陸で散々な扱いを受けてきた『忌鬼』はこちらの大陸に渡ってきたとしても、この帝国では何の障害もなく幸せに暮らすということは難しい。
お互い一目惚れしたという『忌鬼』の嫁さんを娶った親友のヴォルグの例もあるが、あんな御伽噺のような婚姻はレア中のレアだからな…………もしかしてエマの姉は無理矢理結婚させられたのかもしれない……。
それで『見合い相手』……!
合点がいった。………恐らく『見合い相手』と『姉の結婚相手』はグルだろう。
ガルテンハイムで数ヶ月前に起きた事件……『忌鬼』の女性がファルケ商会によって拐かしにあい、人身売買されていた事件後、ガルテンハイムでは、人の出入り、輸入・輸出物に対して厳重なチェックが敷かれるようになった。
対してこのバウシュタインは、領主の息女であるセレンディーネ様が太陽教にお輿入れされるということを受けて、人の出入りが活発になっている。太陽教からの輸入品も増えていて……。
そこを突いて、あえてバウシュタインを密輸の抜け道に選んだのだろうが………。だからこそ、俺やティィのような他砦の軍人がバウシュタインに応援に呼ばれている訳だ。………できることなら活躍の場がないまま任期を終えたかったんだがな。
受け渡しの場は恐らく教会………密輸者も荷物を受け取る前にあの阿呆がまさか『見合い相手』を勘違いするとは思っていなかったはずだ。
今は隠れてエマの動向を伺っているのかもしれない……。しかし、エマが真珠を持っている以上いずれ何らかの形で密輸の元締めが接触してくるはずだ……。
………面倒なことになったが、仕事に関わることだから仕方がない。
あの阿呆を放置していても碌な事にならないだろうしな……。
「セレンディーネ様のお輿入れまではあとふた月ほど……。それまでにはカタをつけたいところだな。」
「……あの娘は俺らが軍人だって知ってるんですか?」
「いや、話していない。……素性を晒して協力させる、ということも考えたが……嘘がつけるほど賢くは無さそうだ。」
ちらりとエマの方を向きながら灰皿に煙草の灰を落とすと、へぷちゅん!という間抜けなくしゃみの音が聞こえた。
……どうもアイツには毒気を抜かれるというか………。
「幸いにも俺達が滞在しているこの宿舎はシュネーヒルデ公爵が買い上げた宿屋だ。それに私服で要塞まで通っているからな、黙っていれば俺が要塞勤めの帝国軍人だとは気づかないだろう。アイツには俺の仕事は貿易商だとでも言っておくさ。」
「……良いんスかね。民間人……利用するって言うか……囮にする訳……ですよね……。」
奥歯にものの挟まったような物言いで明るい金髪を掻きむしるティィの眉間には深い皺が寄っている。俺は再び煙草を咥えてひと吸いすると………。
「まぁ、ヴォルグならこういった方法は取らないだろうな。」
公明正大、清廉潔白、実に気持ちのいい竹を割ったような性格の親友を思い浮かべた。アイツなら民間人に危険が及ぶようなやり方は選ばない。目の前の困っている人間に真摯に向き合って……。
なにせ、足を挫いて困っている『忌鬼』に一目惚れして次の日には彼女と籍を入れるような直情的な奴なのだ。
そう言えばヴォルグの嫁さんも東方大陸からガルテンハイムへ向かう道中、はぐれてしまった妹を探していると言っていた。しかし……、
『……義妹の件なのだが……もう探さなくていい。』
『見つかったのか?』
ヴォルグの浮かべた表情は、楽天的な返事をしてしまった事を後悔するような暗いものだった。
『あぁ。……ただ、妻の前で妹の話はあまり……出さないでくれないか。』
『………分かった。』
………ヴォルグは明言しなかったが、つまりは『すでに亡くなっている』という事なのだと思う。
それほど東方大陸からの脱出は過酷であり、慣れない土地で女一人生き延びることも言うに及ばない、のだ。
それでも東方大陸で迫害されるよりはマシだと逃げてくる『忌鬼』がいるのだから、彼女達は想像を絶する劣悪な環境に身を置いていたのだろう。
今一度エマを見つめると、ロビーの噴水を覗き込んで顔にかかりそうになり、慌てて避けようと後ろにひっくり返っている姿を目撃してしまった。………アイツからは育ちによる暗いものを全く感じないのだが……何故だろうか。
「目の前のアイツだけを助けるのは簡単だがな、それでは何の解決にもならない。アイツだってそうだ、元を絶たなければいつまでも騙され利用されることになるんだ。」
「オスカー隊長……。」
「………ここなら常に人の目がある。軍宿舎より安全な場所もそうないだろうよ。……万が一アイツの兄弟が本当に生きて帝国にいるとするならば、見つける手助けくらいはしてやるさ。」
珍しいものでも見つけたかのように、興味深げな笑みを浮かべたティィは「何つーか、大将とオスカーさんが何で仲良いのか初めて分かった気がします。」と呟いた。………何のことだか、俺にはよく分からんな。
煙草を灰皿に押し付けて消すと、未だぼへっとした顔で噴水を見つめている野良犬の所へ向かった。
少々面倒なことになったが………良い暇つぶしが出来たと考えることにする。
俺には家族なんて必要ない。時々、気が向いた時に可愛がる、ペットのようなもので十分だ。
◇ ◇ ◇ ◇
「………俺の仕事?貿易商だ。」
「貿易商……。」
エマは今になってやっと警戒心というものが芽生えたのか、疑うような表情を浮かべている。
「………バウシュタインには仕事の都合で滞在しているだけだ。」
「だからホテル暮らし……?」
「そうだ。密輸に関しても職業上放っておく訳にはいかなくてな。密輸が横行すれば輸入に関する締め付けが厳しくなる。正直なところ商業ギルドにお前の身柄を引き渡したいところだが……」
ちらりとエマの顔を見ると、不安そうな瞳で俺を見上げてびくりと身体を震わせた。
「お前が真珠が禁輸品であると知っていようが知るまいが、そうなればまずこの真珠の宝飾品は押収されてお前の手元にはもどって来ないだろうな。」
「………そんな!」
「しかし、お前の話を鵜呑みにして真珠を返して無罪放免という訳にもいかないのが俺の立場でな。」
すらすらと出てくる俺のそれらしい作り話に、背後に控えているティィは腕組みしたまま感心したような目を俺に向けた。………ベテランの女衒を目撃したような顔は辞めろ。
顎で追い払うとへいへいとばかりにティィは自室へ向かって歩き出した。
「お前の姉……姉の結婚相手か、もしくは見合い相手か……。連絡が取れたら教えてくれ。直接話をして真珠を渡したい。それまでは、ギルドに押収されないように俺が預かってやる。」
「で、でも……。」
「安心しろ。横流しなんかしないさ。密輸のリスクを犯してまで儲けたいと思うほど金に困ってもいない。……むしろ人助けが趣味でね、お前の姉が困っているようなら手助けしたいと思っているんだ。」
安心させるように笑顔を浮かべて、声はより甘く………。
「俺はガルテンハイムにも顔が効く。……お前の姉の結婚相手の名前は分かるか?俺が調べてやろう。」
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