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第一章
その9
しおりを挟む『悪い男にだけは引っかからないようにね、笑麻。』
美しいけれどめっちゃくちゃ嘘くさいオスカーさんの笑顔を前に、うすらぼんやりとお姉ちゃんの忠告が頭の片隅に浮かんだ。
お姉ちゃんは結婚に求めるものは『安定』だと常々言っていた。安定した収入、充実した福利厚生、公務員こそ最強の結婚相手。
『絶対に結婚するなら公務員。お姉ちゃん「厚生年金」と「終身雇用」って超好きな四字熟語なの。ちなみに言われて嬉しい台詞は「この弁当持って帰っていいよ」ね。』
げはははは、と悪魔超人のような笑い声を上げつつ、クーラーのない茹だるような暑いアパートの六畳間でキャミソール&パンツ姿のまま、お姉ちゃんのバイト先で廃棄になったお弁当を割り箸でつついているお姉ちゃん……と私もだけど……にまともな縁談なんてこないだろうと、小学生高学年のときには私は悟っていた。
『とにかく笑麻。あんたも悪い男には気をつけなさいよ。パチンカスもサイマーも……あと、口が上手くて顔がいい男もダメだからね!』
『……九頭竜さんは?』
『あんた……ばっ、九頭竜さんは一番ダメでしょうよ!「口が上手くて顔がいい」の食品サンプルじゃん!それにあの人ヤクザだからね⁉︎刺青入ってるような人は絶対許しません!』
『でも……九頭竜さん、優しいし……。』
『優しいったってそんなもんチョロQ理論じゃない。ほら、不良が猫拾ったら「案外優しいとこあるじゃん……」みたいな。確かに返済待ってくれたりしてるけど、そもそも法定金利外でお金貸すのも、脅しありで強引に回収に来るのも犯罪ですけど!』
暑さで苛立っているのか、お姉ちゃんの剣幕は凄まじい。汗で張り付く髪を鬱陶しそうにかき上げながら、お姉ちゃんの舌は絶好調に動き続けていた。
『だいたいイケメンのヤクザってのがもうフィクションだから!九頭竜さんみたいなイケメンヤクザは異例なの!あんなヤクザは他にいません!若頭の八神さんと代行の栗原さんの顔見たことある?熊か虎か人間のどれか殺してそうな顔してるからね⁉︎』
『その三択なら多分人じゃん……』
九頭竜さんの傍に控える仁王像のような厳つい顔にゴツい体躯の二人を思い浮かべてアンニュイな気持ちになった。
『砂漠のイケメン王子もフィクション!金髪で青い瞳の富豪も私たちを迎えには来ない!結婚相手は安定した職業が一番なんだから、いつか白馬に乗った公務員が迎えに来る日を夢見てお姉ちゃん明日もバイト頑張る……!』
『白馬に乗って迎えにくる公務員って何……?』
暑さのあまり二人ともおかしくなっていたのだと思う。途中から話は支離滅裂だったし、顔を見合わせると何故だか酷く笑えてきて………。
そんなこと言っていたお姉ちゃんが金髪碧眼、まるで王子様のようにカッコいい公務員のお義兄さんと結婚したのだから人生は不思議だし、侮れない。
『あーでも、やっぱ何でもいいや。笑麻が幸せならどんな相手でもいいよ。』
『……あはは、私もそー思う。お姉ちゃんが好きになった人なら応援するよ。』
焼け付くような暑い畳の上に二人とも大の字になって寝転びながらそう笑い合った。うん、どんな相手でも応援するよ。お姉ちゃんが好きになった人だもんね……。
◇ ◇ ◇ ◇
でもなぁ……異世界かぁ。
お姉ちゃんは神社で縁結びをお願いしたらお義兄さんと出会った、って言っていたけれど……多分お姉ちゃんのことだから『公務員』を第一条件にしたのだと思う。
『できるなら笑麻と一緒に暮らしてもいいって言ってくれる人!』
たぶん、これもそう。……だからこそ私が異世界に転移しちゃった訳だし……。
涼やかな顔で微笑んでいるオスカーさんに目を向けた。だから……オスカーさんが私の『運命の相手』で間違いないよね?
「えっと、お義兄さんの名前は……」
『笑麻!世の中にはね、お母さんだって嘘つく狼だとか、病気の婆さんの振りする狼だとか、家に押し入ろうとする狼がいっぱいいるんだからね⁉︎』
『……そもそも都会に狼いないし。』
『バッカ!比喩でしょ、比喩‼︎とにかく嘘ついて毒林檎食わせようとする婆さんもいるんだから、狼と婆さんには気をつけること!簡単に人を信用しない‼︎分かった⁉︎』
オスカーさんは狼でもお婆さんでもないけれど、やばそうな匂いはぷんぷんしている。
「お義兄さんの名前は……」
さっき、オスカーさんが戻ってくる際にあのワイルドなイケメン獣人さんと話していた内容がちらりと聞こえてしまった。
『それで、例のクスリの出所は分かったのか?』
『いや、詳しいことはまだ……でもかなりヤバめのモンみたいです。アレも東方大陸からの密輸品じゃないかって…。今、ラリってた奴を問い詰めてる最中スよ。』
『チッ、厄介なものばかり持ち込みやがって……。まぁいい、人の縄張で勝手をすればどうなるか……、教え込んでやらねばならないな。』
ぞくりとするほど妖しく美しい微笑。話している内容は詳しく聞かなくても物騒でおっかないのが丸わかり……。
オスカーさんが『何か』を見せたら、急にあの娼館のスカウトのお兄さんはペコペコし始めた。(普通の貿易商にあんな態度……取る?)
部下の獣人さんは刺青が入っている。(ワンポイントどころじゃない範囲でごっちょりと。)
そして怪しげな『クスリ』の話と『人のシマ』って……!
完っ全にヤクザ。
いや、異世界にヤクザなんて職業があるのか分からないけれど……。
とにかく、真っ当な仕事をしている人だとは思えない。
うぅ……私もお見合い相手の希望条件に『公務員』って書いておけばよかった……。だってまさか、九頭竜さんみたいな人、だと思ったら職業まで同じだったなんて………!
どうした?と私の顔を覗き込むオスカーさんは………めちゃくちゃ顔がいい……‼︎こんなにかっこいい人に、ご飯奢ってもらって騙されそうになったところを助けてもらって……現金だけれど胸がきゅんきゅんしている。本当は優しい人なんじゃないかな、って……九頭竜さんと同じく光属性のヤクザであって欲しいと願うしかない。
………光属性のヤクザって何だ。
とにかく、お義兄さんの名前を出したら……。
オスカーさんが捕まっちゃう……!もしくは黒い交際があったとみなされてお義兄さんの出世に影響が……!
公務員の癒着!闇営業!謝罪会見!これまた異世界には存在しないだろうけれど、週刊誌を彩る不吉な煽り文句が頭の中にぽんぽん浮かんでくる。
ど、どうしよう……。お姉ちゃんはヤクザ相手に貸しも借金も作るなって言ってたのに……。めちゃくちゃご飯奢ってもらっちゃったし……。
えーと、えーと、こんな時は……!
「おっ、お姉ちゃんの旦那さんの名前……わ、忘れちゃいました……。」
◇ ◇ ◇ ◇
無言で見つめる俺の視線から目を逸らして、たはは……と頭を掻いているアホ犬……もといエマに本日一番の大きなため息が漏れた。
まぁいい、想定……内ではないが、どうせ本当の名前は教えられていないだろう。もしくはみだりに人に話すな、と言われているか……。
あーうー、と思いだそうとしているのか困った表情で唸るエマに続けて尋ねた。
「……姉の名は?確か先程、女衒の男に聞かれて答えていたな。確か……。」
「ほへっ⁉︎あ、お、お姉ちゃん……お姉ちゃんの名前は……クレアですけどぉ……」
クレアの部分を恐ろしく早口かつ小声で言い切ったエマは……。
「だ、大丈夫です!旅費さえ貯まれば自分一人でお姉ちゃんの一人や二人探しに行けますから!兄貴のお手を煩わせるほどのことじゃないっす……!」
急にチンピラの下っ端のような口調になったエマはぺこぺこと頭を下げ始めた。
……本当にコイツだけは……読めん。………何を考えて生きているのかさっぱり分からんな。
………それにしてもクレア、か……。奇しくもヴォルグの奥方と同じ名前だが……。猫っ毛の茶色がかった髪に、チョコレート色のくりくりとした丸い甘そうな瞳、すらりとした体躯のエマは、真っ直ぐな黒髪に同じく真っ黒な細い瞳、東洋的な顔立ちで背は低く小柄なヴォルグの奥方とは正反対の容姿をしている。
一般的な『忌鬼』はヴォルグの奥方のような見た目が多く………もしかしてエマは本当に異世界人なのでは………いかん、俺もかなりアイツに毒されているな。
「そのぉ……明日になったら住み込みで働ける場所探すので……今日一日だけご厄介になってもいいですか……?」
もじもじと忙しなく合わせた手の指先をぐるぐると回しながらそういうエマに……。
「それなら心配いらない。仕事は俺が紹介してやる。お前読み書きは……できないよな?」
「………⁉︎」
先程の飯屋でコイツは食事のメニューを読むことができなかった。素性のわからない人間を要塞内で働かせることはできないが……、読み書きが出来るなら機密に関わらない事務仕事を任せられると思ったんだがな……。
「……それなら……後は肉体労働くらいか……。」
「………‼︎‼︎‼︎⁉︎」
さわさわと穏やかに水の流れる室内の噴水を見つめてポツリと呟くと、エマは丸い瞳をさらにまん丸に見開いて硬直した。
「肉体労働……。」
宿舎の掃除婦くらいならコイツでもできるだろう。今は隊員が持ち回りで掃除をしているが、バウシュタインに遠征している隊員は独身の男ばかり……。男所帯だと行き届かない部分も多いからな、女手があれば何かと助かるが……。
「肉体労働ってそれ……男の人相手のやつ……ですかね……?」
「ん?あぁ、そうだな。ここは俺の部下がざっと30人ほど泊まっているから仕事に慣れるまではしばらくキツイかもしれないな。まぁ、最初のうちは全員の部屋をやらなくても………おい、俺の話を聞いているのか?」
「さ、30人⁉︎……む、無理……絶対に無理ぃぃぃ‼︎」
あぁ、頭が………痛い。
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