絶対愛犬生活!〜異世界にて公務員に拾われたらペットとして飼われる日々がやってきました〜

むりん

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第一章

その11

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「………おい、起きろ。」
「ふにゃっ⁉︎」


気持ちよさそうにぐっすりと眠るエマに少しだけ呆れながら、鼻を摘んで叩き起こした。『すぐ寝ちゃうかも‼︎』という爆音の宣言通り、エマは布団に入るとすぐに寝息をたてはじめて………、


『………おねえ、ちゃん…。』


よほど仲のいい姉妹だったのだろう。………俺には…まともな家族がいないから、コイツの気持ちは分からない。強く想う相手、というものも………。


俺は、捻くれているから。
……コイツのように楽観的なものの考え方はできない。……姉は必ず無事だ、探して見つけ出してやる、と夢を見させることもできない。


……ただ、コイツの姉が心配するような運命はコイツに辿らせたくないと、そう思うだけだ。


「着替えろ。飯を食いに行きがてら服を買ってやる」


◇  ◇  ◇  ◇


「すみません、オスカーさん……!服やら下着やら買ってもらっちゃって……。何だか申し訳な……」
「……気にするな。お前の初回の給料から天引きしておく」



ですよねー‼︎

今日も今日とて美しいオスカーさんのご尊顔を眺めながら、トマトとチーズがたっぷりと乗ったマルゲリータピザに私はかぶりついた。


「うっっっま‼︎」


トマトはしっかりと熟していて甘味と酸味が絶妙、バジルも香り高く、とろけているモッツァレラチーズもぷりぷりとした歯応えを残しつつ、もっちりとしたピザ生地と一緒に咀嚼するとじゅわりと美味しい脂が口の中に広がって……。


「………お前は本当に飯を美味そうに食うな」


ふふ、っと優しく微笑んだオスカーさんの笑顔が、笑顔がもう………ご馳走様ですっっ‼︎


………結局昨日は何もなく過ぎてしまった。初日くらいは休ませてやろう、っていうオスカーさんの配慮なのかな……?
とにかく買って貰った下着を身につけて……今日がきっと本番なのだ。


………ううう、緊張する。
不思議と嫌だ、とは全く思わなかった。オスカーさんはヤクザで、怖い人なはずなのに……。


「おい、何百面相しているんだ。」


オスカーさんの言葉にハッとして顔を上げると、手元にぼすん、と布の塊のようなものが投げられ慌ててキャッチした。
戸惑いながら塊を見つめると、それは青緑色(ブルーグリーン)の布地にリンゴと雪割草(エーデルワイス)の刺繍がしてあるポシェットで………。持ち手の部分は赤色の組紐になっていて、子供っぽすぎない可愛らしいデザイン。これは………。


「そいつは、給料から天引きしないでおいてやる。………好きに使え」


………肩からかけている年季の入ったピンクのショルダーバッグを見つめた。確か雑誌の付録で……ずっと使っていたからかなり傷んでいる。穴が空いている訳じゃないからいいかなとごまかして使い続けてきたけれど……。


『はい、エマ!新しい靴‼︎……いっつもお下がりばっかは嫌だよね……、ごめんね。』


お姉ちゃんはいつだって私を優先させてくれていた。……貧乏なのはお姉ちゃんのせいじゃないのに。お姉ちゃんだって人並みに幸せになりたかったはずなのに。

だから、私だって………。


『エマはおねえちゃんとけっこんしたーいっ‼︎』


17時を告げるBGMがスピーカーから流れる中、セーラー服姿のお姉ちゃんと手を繋いでオレンジ色の夕焼けの光が降り注ぐ商店街のアーケードを歩いた。
ランドセルがお下がりでも、お姉ちゃんが作ったワンピースでも、私は幸せだったよ。お姉ちゃんが、いたから……。 


「……あ、ありがとうございます。嬉しいです………」


◇  ◇  ◇  ◇


ぽろぽろと涙を流し始めたエマにぎょっとしたものの………つとめて冷静に涙をハンカチで拭ってやった。
くそっ、俺が若い女を袖にして泣かせているみたいじゃないか……。
ちらちらと野次馬根性でこちらを見てくるレストランの客に辟易した。

それにしてもコイツは本当に笑ったり泣いたり忙しい奴だ………。


くるくると表情が変わって、生きるエネルギーに溢れている。コイツなら本当に姉と再会できるんじゃないかと、そう信じたくなる力があって……。

エマは早速鞄の中身を移し替えると、俺の顔前に見せつけるように鞄を掲げて、にぱっと明るく微笑んだ。

それはまるで辺り一面を暖かく照らす太陽のような……周りが華やぐ明るい笑顔だった。日がな泣いてばかりだった母とはまるで正反対の………。


『オスカーは綺麗ね、あの人にそっくり……。あの人はいつ、私を迎えに来てくれるのかしら………』
 

思わず舌打ちが口をついて出そうになった。………思い出さなくていいことを。母は愚かだった。愚かにも年老いた夫を裏切り、旅の吟遊詩人に現(うつつ)を抜かして間男の子供を孕(みごも)って……。


◇  ◇  ◇  ◇


何もかもが捩くれた歪な家だった。
父……血縁上の、ではないが……ブランシュネージュ伯爵は妻の不貞に気付いていたが、俺を実子として扱った。自分のものとも、妻のものとも異なる暗緑色(ボトルグリーン)の瞳に、異質な『契約竜』。

魔力のある者の元には、生まれてひと月後の洗礼の際に、竜の国・シュメイアより竜の卵が届く。そして竜と契約し、生涯を共にする『契約竜(パートナー)』となるのだが………。

その際に届けられる卵の属性は、親の属性を引き継ぐことが主だった。例えば親友のヴォルグ。コイツは珍しい二重契約者(ツヴァイベンディガー)で、父親の『剣竜』と母親の『雷竜』の因子を引き継ぎ二匹の竜と契約している。……本来ならば、ブランシュネージュ家の契約因子は『雪竜』しかしながら俺の元に届いた卵は………。


『何ということだ……!呪われた闇属性の【毒竜】とは……!』


この世界の神である創世の三竜に叛(そむ)いた闇の竜、アドア・ノウザ………。番の死に狂った彼の竜は、禁忌を犯し、番を甦らせたが呪いを受けて……。
その肉体は引き裂かれ、闇の眷属たる魔竜を生み出した。『毒竜』はそのうちの一体、冥海竜(イブリスティ)の眷属竜……。


呪いを受けた不義の子。
己とは似ても似つかない昏い色の瞳を持つ息子を伯爵は廃嫡しなかった。


それは金に任せて強引に手に入れたにも関わらずに引け目を感じて、大切に出来ず浮気を繰り返した妻に対する贖罪か。
意趣返しとばかりに浮気をしてしまった妻が完全に間男に心を移してしまったことに対する焦りか……。

とにかく、伯爵は俺を通して母の気を引きたかったのだと思う。男が居なくなってから薄らぼんやりと夢と現(うつつ)の間を意識が行き来していた母は、俺とだけはまともに会話していたから。

いや、まともな時なんてなかったな。いつだって母は俺に愛する男の面影を重ねて………迎えにくるはずのない亡霊を(よすが)に生きていた。


『オスカーは綺麗ね、本当に綺麗。きっと美しい青年になるわ、あの人のように………』


母の鏡台の前に座らされ、母と同じ黒い髪を櫛削られながら、そう囁かれるのが常だった。……鏡の中に映る自分は、自分であって自分じゃない。
鏡の中の俺を見つめる母の瞳と視線がが合うこともない。……母が見ているのは俺じゃないから。

そんな母と俺を遠くから見つめる伯爵と目が合うことも無い。………こんな歪なものが果たして家族などと呼べるだろうか。


俺にとって唯一家族と呼べたのは……。


『犬を飼いたい?……構わん、好きにしろ………。』


◇  ◇  ◇  ◇


ぐぎゅるるるるる!


人の腹から聞こえる音とは思えないほどの大音量の腹の虫の鳴き声に、俺の昏い思い出はかき消されてしまった。


「………飯を食いながら腹を鳴らす人間を俺は初めて見た」
「あ、あははー、すみません……」


恥ずかしそうに頭を掻いたエマは再びはふはふとピザにかぶりついて……。


「チキンナゲットお代わりしてもいいですか?」
「………好きにしろ。天引きしておく」
「ですよねー」


えへへ、と微笑む貌(かお)がジークに似ていて……少しだけ可愛い、などと思えなくもなかったが……コイツに伝えてもいい事は無さそうなので黙っておいた。


「いや、このお店の料理ほんと美味しくて……ナゲットも、この自家製っぽいケチャップが最高に合うというか……!使ってるトマトが違うんですかね?青臭さがなくてフルーティな味わいで……。」
「あ、ありがとうございます!」


エマの心からの賛辞に、お代わりのナゲットの入った籠をテーブルに置いたウェイターは嬉しそうな声を上げた。
少しだけウェーブがかった短めの黒髪に黒目、かなり上背がありそうで白いコック服からはすらりと長い手足が伸びている。
……恐らく太陽教の出身だろうか。高い鼻筋に意志の強そうな濃い目の眉、俺より幾分か若そうな酷く整った彫刻の様な顔立ちの男は……人当たりのいい笑顔を浮かべてエマに話しかけた。


「このケチャップに使っているトマトもピザのトマトも、太陽教領にある僕の実家の畑で獲れたものなんです……!帝国に店を開いたのはつい最近で……、帝国の方にビラフランカの料理が受け入れて頂けるのか心配だったのですが……」


やはり太陽教出身者か。今まで帝国とはあまり交易のなかった太陽教だが、セレンディーネ様のお輿入れが決定して以降、バウシュタインの山間部を隔てた太陽教の領地、ビラフランカという都市から交易品や人の出入りが随分と増えた。それだけ太陽教側も帝国との交流を望んでいたということなのだろう。
やはりセレンディーネ様の婚姻は国益に関わる重大な外交のカードとなり得る。つつがなくお輿入れされるためには万に一つの不安も残してはいけないのだ……。


ちらりとエマを見つめると、能天気な笑顔を浮かべて……。


「めちゃくちゃ美味しいですよ‼︎毎日でも通いたいくらいです!お兄さんが作ってるんですか⁉︎天才!料理の鉄人!」
「は、はわわわ……嬉しいです!ぜひたくさん食べていって下さい!」


エマの野次めいた賛辞の言葉に、青年は銀色の丸いトレイで恥ずかしそうに顔を隠した。そして、トレイからちらりと顔を覗かせ、頬を赤く染めてエマの方を見つめている。


………何故だかその仕草が、酷く気に入らなかった。



「あ、あの……お二人はどういったご関係で……?」

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