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第一章
その12
しおりを挟む「………雇い主と従業員だ」
間髪入れず答えたオスカーさんに、コック服の従業員さん……いや本当にこの世界は顔面偏差値が高すぎる……はホッとしたような顔を見せた。
「そうなんですね……。恋人やご夫婦では………」
「ない」
ばっさり。
いや、それはそうなんだけどそんなに食い気味で否定しなくても……。
なんだかちょっとだけ落ち込みつつ、唇を尖らせて俯いてオスカーさんのくれたリンゴの刺繍の入った青緑色のポシェットを見つめた。
あれ。
…………そういえば私、カバンにパスケースつけてなかったっけ?あれにSuicaが入っていて……確か五千円チャージしたばっかだったような………。
さぁっと血の気が引いて、一瞬で自分の行動を振り返った。
昨日、オスカーさんが私の鞄をベッドの上に並べていたとき、あの時にはパスケースは鞄についていなかった。昨日食事を奢ってもらったときも……『支払いはSuicaでいいですか』と聞いて財布の中を見てもカードはなくて、それで……。
教会!
教会の祭壇の角で頭を打ってもんどりうった瞬間、ぷつん、と何かが引っかかって千切れるような感触があった。恐らくびよんと伸びるパスケースの紐が引っかかって……。
……五千円落とした。
どケチなお姉ちゃんなら半日寝込むほどの失態に私も顔からさっと血の気が引いていく。
「す、すみません!オスカーさん……!ここから昨日の教会ってどうやって行ったらいいですか?私、落とし物しちゃったみたいで……」
異世界じゃSuicaは使えないだろうけれど、いつ何時元の世界に戻るか分からない。それに五千円は簡単に捨て置ける金額じゃなかった。
「………落とし物?何を落としたんだ?」
「Suicaです。あれ、お金と同じ価値があるもので……」
Suicaとか言って、しまった!と気がつく。日本語が通じているから油断してしまったけれど、ここは異世界なのだから現代日本のアイテムについては言葉を選ばないと……。
「………西瓜が貨幣代わりとは随分な田舎に住んでいたんだな。そんなにデカいものは落ちていなかったと思うが……」
あっ、ものすごい文明弱者を憐れむような目で見られている。コック服の従業員さんも……。
「大丈夫ですよ!僕も畑しかないような田舎の生まれで……自給自足で暮らしていましたから、店を開く前は貨幣を見たことも無かったんです」
恥ずかしくないよ!とばかりにフォローされた。
うぅ、私、東京生まれ東京育ちなのに……もしかして物々交換で生活していた超田舎者だと思われている……?
「妹と二人で店を始めて……いつかこのお店を世界一のレストランにすることが夢なんです」
妹と二人で……。
キラキラとした眩い微笑みを浮かべながら夢を語る従業員さんにお姉ちゃんを重ねてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
………お姉ちゃんの夢は服のデザイナーになることだった。小さな頃にお母さんが仕舞い込んでいたミシンを二人で押し入れから見つけて、お下がりばかり着ていた私のためにお姉ちゃんは本を見ながら服を作ってくれるようになって……。
最初は不恰好で単純な飾りのないワンピースだったけれど、自分だけの服、は嬉しかった。沢山作るうちにお姉ちゃんは腕を上げていったけれど……。
『お姉ちゃん、専門学校には行かずに働くことにした。ありがたいことに洋服のリフォーム店で雇ってもらえることになってさー』
明るく笑ってお姉ちゃんはそう言っていたけれど、本当はお姉ちゃんだって専門学校に行きたかったはずだ。でも……、貧乏なウチじゃ、二人は進学できない。大学に通うことなんて夢のまた夢で……。
『お姉ちゃん働くからさ、笑麻(エマ)は好きなことやっていいよ。大学に行くお金くらいは稼ぐからね!』
………早く大人になりたかった。早く大人になってお姉ちゃんの役に立ちたい。お姉ちゃんを犠牲にしたくない。私がいるからお姉ちゃんは夢を諦めてしまった。私がいるから………。
『お姉ちゃんさー、こっちで、子供服のお店出すことになったんだー。ヴォルグさんも応援してくれてて……』
ビデオ通話の画面の中には照れ臭そうな笑顔のお姉ちゃんが映っている。
おめでとう!よかったね!溢れ出す言葉は多々あれど……やっぱり私がいない方がお姉ちゃんは幸せになれるんじゃないか、なんて考えが浮かんできて……少しだけ寂しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
そうだ、今だって私お姉ちゃんの足引っ張ってる……?
せっかく公務員の旦那さんと結婚して、夢だった自分でデザインした洋服を売るお店だって持てたのに……。
私がお姉ちゃんを頼ったらまたお姉ちゃんは……。
「あ、あのっ、お兄さんなら絶対に世界一の料理人になれますよ!応援してます!頑張ってください!諦めなければ絶対夢は叶うと思います‼︎」
「ありがとうございます……!」
力一杯応援の言葉を贈ると、満面の笑みで応えてくれた。けれど、仏頂面で私たちのやりとりを見ていたオスカーさんは……頬杖をついたまま、「あまり楽観的にものを考えるな」と吐き捨てる。
「無責任に他人を煽るのは勝手だがな。……世の中に『絶対』なんてもんは無い」
ぼそりと、でも確かな響きでオスカーさんはそう言い切った。それは余りにも寂しそうな響きも含んでいて……。
「それでも『ダメかもしれない』って思いながら生きるより、『きっと幸せになれる』『願いがかなう』って思いながら生きる方がずっといいと思います」
『夢を見るだけならタダなんだし。別に諦めた訳じゃないからね』
生きるのに必要なことは全部お姉ちゃんが教えてくれた。それは清く正しくまっすぐ前を向いて笑顔でいること。
「人生何が起こるか分からないですし。死ぬまでの間に、笑顔で希望を持って過ごした日が一日でも多ければ……すごくいい人生が過ごせたな、って思いませんか?」
オスカーさんはきょとんとした表情で私を見つめると……、「お前と一緒にいると俺の頭にも花が咲きそうだ。」と薄く微笑んだ。その笑顔は昨日見た嘘くさい笑顔なんかよりずっと素敵で……。
「ぼ、僕も貴女の仰る通りだと思いますっ!」
目元を潤ませた従業員さんは銀色のトレイを抱きしめながら、真っ赤な顔でそう叫んだ。私の話にめちゃくちゃ感動してくれた……のかな?
「お、お名前を伺っても宜しいですか……?」
「は、はい……エマですけど……」
「エマ……エマさんですね。エマさん……」
お兄さんは何故かもじもじしながら、ぶつぶつと繰り返し私の名前を呟いている。そんなお兄さんをオスカーさんは面白くなさそうな顔で見つめていて……。
「僕はジャン・ラルコバレーノといいます。ぜひ……また食事に……」
「………そろそろ帰るぞ」
ジャンさんの言葉を遮るようにオスカーさんは立ち上がって……。
「お前はベッドの上で激しくて堪らないからな。……今日はゆっくり寝かせてくれよ?」
とワザとジャンさんに聞こえるように私の耳元で囁いた。ねっとりと濃厚な艶を纏った色気のある低い声。………オスカーさんこそ囁きにしては常軌を逸した声のボリュームなんですけど‼︎
「ちょ、なっ、ま……!」
「冗談だ」
その台詞だけ小声で呟くと、オスカーさんは上着を手に取って人の悪い皮肉めいた微笑みを浮かべている。…。もー、やっぱりオスカーさんは悪人、だ。
ジャンさんはといえば、この世の終わりとばかりに青ざめていて……。
「……や、やっぱりお二人はそういったご関係……」
しょぼん、と項垂れてしまったジャンさんの誤解を解いた方がいいのか、帰り支度をしているオスカーさんについて行くべきなのか、迷っていると……。
「……っざけんじゃねぇ‼︎」
耳をつんざくような女性客の悲鳴と、コップの割れる鋭利な音が店中に響き渡った。
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