KAKERA

花岡橘

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第二章「《KAKERA》③」

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 感染病棟七❍一号室、入り口には「月居アキラ様」と書かれたプレートが掛けてある。特例対応の為の個室であり面会は一切謝絶となっているこの病室には現在二人の客人が訪れていた。一人はアキラがこちらに最初に来た時にも病室に居たサラリーマン風の男、もう一人は見慣れない政治家風の男であった。二人は防護服の様なスーツを身に纏い医師から説明を受けている。
「こちらに入院された日に少し興奮状態がみられたご様子でしたが、その後眠りに入られてから心音など含めバイタルに異常はみられていません。もうしばらくしたら自然に目を覚まされると思います。その際、また興奮などされない様にご配慮頂ければと思います」
 担当医師の説明が終わる。
「何かありましたら、すぐにナースコールを押して下さいね」
 優しげな看護師が声をかけると客人の一人が答える。
「ああ、ありがとう。それにしても暑いな、この格好は」
「ご理解頂きたく……」
「こればかりはどうしようもないらしいな」
 困った顔の看護師を見て二人の客人は顔を見合わせて苦笑している。
「それでは私共は失礼致します。あまりお時間をおかれませんようお気を付け下さい」
 医師はそう告げると看護師と共に病室を出て行った。
「――さて、もうお芝居は良いのかな?」
「そうですね。只今午後の一時半ですので、そろそろ本当の客人がこちらに来る頃かと。」
 客人の一人がそう言い終えると、ほんの少し病室の空気が震える。瞬間、影が二つ現れる。

「すんません」
「ご協力ありがとうございます☆」

 二つの声が響くのと同時に、さっきまではそこにいるはずも無かった二人の人間が形となって病室には現れていた。数秒の出来事に客人の一人は目を丸くする。
「すごいな、テレポートか。初めて見たよ。君はそうでもないだろうけど」
 するともう一人の男が苦笑する。
「見慣れているというよりは存在に慣れているといった所ですが……」
「はっは、どちらにしても私には到底分からん世界だ、さっきなんてまるでCG映画でも見ているかのようだったよ。お二人さん、プロジェクトの一員として今後もその力を世の中の為に生かしてくれたまえ! さて、そろそろ私は行くよ。あまり長居し過ぎると変に思われる。今回は状況確認の為の訪問という事にしてあるが、周囲に怪しまれない為に感染だとか何だとか言っておいてある……。嘘は疲れるな」
「国連機密機関でブレイカーの存在をいつまでも隠しておくよう指示が出ているうちには、いつまででも面倒な嘘も表向きの病院施設も必要でしょうね」
「はっ、雲の上の方々のお考えになる事にはさすがに私でも口出し出来ないからなあ。ま、上手くやっておくよ。それじゃあ」
 政治家風の男はそう言って颯爽と病室を去っていった。
「さて、私も事務仕事が残っているのでそろそろ行くけれど、計都、立端さんから言われた通り、きちんと説明するんだぞ? 万梨阿さんもよろしくお願いします」
「鍵城さん、了解っす。病院事務との両立も楽じゃないんすね」
「あたしはオマケです。あの子が怖がらないようにね☆」
「身の安全の保障をきっちり伝えれば、きっと大丈夫と思うけれど……どうかな。ま、任せる!」
 鍵城と呼ばれた男はそう言い放ち、病室を後にした。

 客人の二人が去り、病室には独り言が響き始める。
「いいか? これから話す事はあんたにとって大切な事だから、よく聞けよ。こんな話し方で良いか……? 少し怖いかな?」
 その姿はあまりに滑稽であり、傍にいるもう一人も何とも言えない表情をして聞いている。
「あんた、これから訓練するんだぞ! いつまでもメソメソするなよ! こっちのが良いか? いや、……訓練の事先に言っちまうとくじけるか……」
 たまらず傍に居たもう一人が話しかける。
「け・い・とくーん、まずは自己紹介からでしょ? それに女の子はデリケート☆ あんたなんて呼んじゃだーめ! 自分に失礼な男には特にカチーンときちゃうものよ」
「万梨阿さん……、何つーか、女ってめんどくせぇんすね……」
「自分から言い出したんだから、頑張りなさいな。ま、アタシは言いつけ通り女性としてこっちでの生活なんかのお手伝いだけさせて頂くわ☆ さて、そろそろ起こしてさしあげましょうか。来た時から併せて二晩眠ったもの。もう十分な頃合いね」

「グッモーニン☆ アキラ」

 万梨阿と呼ばれた女は、寝ていたアキラの頬をぷにゅっとさわる。最初の反応は鈍く頬がぴくっとしただけであったが、万梨阿は懲りずに頬をぷにゅぷにゅっと触り続ける。次第にアキラの眼がぱしぱしっとしながら開いていく。
「目を覚ましたかしら?」
 完全に目を見開いたアキラは無言で起き上がり計都と万梨阿、二人の顔をじっと見つめる。やはり夢の中のようでそうではない現実がそこにはあった。

「……おはようございます。……ここ、やっぱり家じゃないんですよね……。」

 アキラの言葉に万梨阿が答える。
「また、驚かせちゃったかしら? ええ、もちろんお家じゃないわよ☆ ここは国立南城都総合病院。表向きは、だけど」
「……ずっと夢かと思って眠っていました。……でもまだ夢の中にいるみたい」
「っばっかでぇ! まだそんな事言って…… あ、いてっ」
 話しかけた計都をつねる万梨阿。そしてアキラににこっと笑みを向ける。
「こないだからウチの男どもが失礼したわ。本当、デリカシーが無くって困るよのね☆ さっ、気分はどうかしら?」
「大丈夫です」
「そう、ではいきなりだけど、まずは自己紹介から始めましょ☆」
「私は、月居アキラです。中二です。百合葉先輩と同じ学校で……」
「都ちゃんね、良い子よね☆ もうずっとあなたの事をとても心配しているわ。これからの説明を聞いたら後で二人でお話しなさいな」
「はい……」
「さて、アタシは額田目万梨阿。漢字ばかりの名前でしょう? 気に入ってないのよねえ。住んでいる所は中央聖都よ、一番の都心部ってとこ、これは好きなところなの。一応表向きは雑誌のモデルやっているわ。小さい頃から持病抱えて病院出入りしている事になっているんだけど、この設定は気に入らないのよねえ……。ま、仕方ないけど。あ、年齢は非公開よ☆」
「お綺麗ですもんね。何の雑誌ですか?」
「あら☆ ありがとう! お姉さん向けのファッション雑誌なのよ。今度あなたの家に届けてあげるわよ。とりあえず、ここでの生活について困ったらいつでもアタシに言ってね」
「はい、分かりました。って私いつまでここにいるんですか?」
「それは後からお話するわ☆ ハイ、次!」
 万梨阿に促されて計都が自己紹介を始める。
「木凪計都、中二だ。住んでるとこは、あんた……じゃなくて、アキラ……のいる花咲町の隣町だ。ここには父ちゃんに会いに来ている事になってる。父ちゃんはここの医師だ。ここの事を純粋に病院だって信じているよ」
「確か……私の家族にも嘘言っているんですよね。感染とか何とか……だけどここは本当は病院じゃないし、私も感染なんてしていないんですよね? なんで嘘ついたりしないといけないんですか?」
「俺には敬語使わなくてもいいよ。嘘つく理由はな、こないだも話した《KAKERA》に関しての情報を狙っている奴らがいるからだ。《KAKERA》はな、絶対に一般にはその存在を知られてはならないんだ。だからここは表向き国立病院。実際ちゃんとした患者も医師も看護師も、もちろん事務員もいるんだぜ? 一部の命令受けて勤めてる人達以外は皆何も知らねえけど」
「そして本当の姿は政府の秘密機関……《KAKERA》プロジェクト。活動拠点は、ここの地下にあるのよ☆ ある方法で入れるわ。そして何度も言うようだけれどこれは絶対に他の人に言ってはダメ、家族にもね」
「《KAKERA》プロジェクト……?」
「そう、どこかの国の偉い人達が政治的な判断で隠している世界規模の大プロジェクトなの。うちの国の偉い人の中でも少数しか知り得ないのよ。そしてアタシ達みたいに《KAKERA》が見えたりさわれたりする人間は《KAKERA》ブレイカーと呼ばれるんだけど、その仲間がプロジェクトには集められているの」
「私も集められたんですよね……あの《何か》が見えたから……。あの、《KAKERA》? って何なんですか……?」
「その説明をこれからしようと思うんだけど……」
「まずはじめに話す事はここからだな」
 万梨阿も計都も急に真面目な顔つきになった。


『全ての人は新生児の頃に、ある特殊な細胞検査を実施されている。それによって《KAKERA》が見えたりさわったり出来る能力を持っているかどうか判断される。該当する新生児は秘密機関・《KAKERA》プロジェクトに登録される。登録されたメンバーは、物心ついた頃より機関にて《KAKERA》に関する教育と訓練を受ける事になる。たまに後天的にこの能力が現れるが、発見される度に一般の人に真実は知らされる事無く、機関へと送られる。世界中で百万人に一人の割合で存在するといわれている。
《KAKERA(カケラ)》とは、物質が生まれ出る時(それは生き物であったりただの石ころであったり全てにおいて)、必ず一つ宿すとされている物。例えば粒子一つでもこの《KAKERA》を宿しており、その粒子が集合体となり一つの物質となる時、《KAKERA》も融合され一つとなる』

「―――以上が教科書《KAKERAの全て》の冒頭内容だ」
 本来なら幼い頃からアキラが受けるはずであった授業の内容を淡々と説明していく計都。その話す内容にアキラは、また、不思議な感覚を覚えていた。最初に白衣の男から《KAKERA》という名前を聞いた時にも覚えた感覚であった。まるでどこかで聞いた事があるようなそんな……。
「《KAKERA》の存在はそれが見える者以外には決して誰にも話してはならない、その理由は、《KAKERA》が取り出す事が出来てしまうものだからだ。取り出すとどうなるか……今巷で流行ってるアレだ。ゾンビなんちゃら……」
「ゾンビ病?」
「そ、そうだ……。ゾンビ病だ。人間であれば《KAKERA》をいきなり取り出すと、身体は爛れる様にドロドロになる。生きているか死んでいるか分かんねえ状態になっちまうんだ」
「そして、物であれば、形が歪むのよ。分子の結合に穴が沢山空くような状態だそうよ?あたし化学は詳しくないんだけどね☆ 中身はスカスカになるらしいわ」
「そう、だから……」
 その時であった。計都の話の続きに繋がる様に、アキラの口が自然に動き出す。
「だから……決してそれには触れてはいけない。見える人達はきちんと訓練する。何かに触れても《KAKERA》には触れないように……」
 瞬間、アキラは自分の声にかぶせるように頭の中で誰かの声が聞こえてくるのが分かった。これは、以前から何度も夢で見ていたあの光景ではないか? 違うにしてもよく似ていると感じていた。
「……話の途中でいきなり変な事言ってごめんなさい。でも……私、いっつも見る夢があって、二日前の朝だってその夢を見たの。夢の中では必ず誰かがこの事《KAKERA》の話をしていて、今まで何の事だかよく分からなかったけど、今日二人の説明を聞いてやっと何の夢だったのかはっきりした気がする……」
アキラは言った。計都は驚いたような顔でアキラを見る。
「は? 夢って……、いきなり何の事か分からねーけど、とりあえず《KAKERA》の事は初めて知ったわけじゃないのかよ」
「初めては初めてなんだけど……」
「だから“今までは分からなかった”ってアキラちゃん言ってるじゃない☆ アキラちゃん、それってきっと大切な夢かもしれない。もう少し詳しく教えてくれる?」
「知らない男の人が大事な事だからと、私ともう一人に話をしてくれるの。夢の中の私は私じゃないけど私なの。もう一人は誰かはよく分からないけど……」
「アキラじゃないけどアキラって……変なの。実は夢のお前はお前で、昔どっかで記憶喪失にでもなってんじゃねーのか?」
 計都は面倒くさそうに言い放つ。頭に、こつん、と拳が一つ落ちてくる。
「いってえ!」
「計都! アキラちゃんは本気で話してるのよ、ちゃんと聞く事☆」
「信じてはいるよ! 実際《KAKERA》の事も少しだけど分かってたし……不思議な事もあるもんだと思う。 とりあえず、一応この事は立端さんに言っておくよ」
「立端さんって……?」
「ああ、今日は来られなかったけど、最初に俺達と一緒に病室に居た白衣着てた男の人だよ。表向き、一応ここの 医師もやってる。俺達《KAKERA》プロジェクト組織内では№二くらい」
「あの白衣の人、けっこう偉い人だったんだね」
「でも一番ここで権限あるのは別の人よ☆ お堅い公務員でこわーい警察官僚! でもその権限のおかげでアキラちゃんは無事に学校も休校になり、滞りなく周りにはゾンビ病感染疑いアリになり、世の中怖いわねえ」
「まあ、もっとも影の大ボスみてえな人達はお国の政治中枢部にちらほらいるみたいだけどなー。俺達ペーペーには会う事も出来ない場所にいて、そっからいろんな命令出してるんだ。上からの圧力がなんちゃらとか、よく立端さんがぼやいてるし……」
「ま、どこの世界も中間管理職はツライって事よね☆ とりあえず難しい事とかはあの人に任せておけばバッチリよ」
「私、最初の日から気絶なんてして呆れられてるんじゃないかな……」
アキラはしょんぼりと呟く。
「だあーいじょうぶ! ここにはもっともっととんでもない事やらかす奴らが沢山いるんだから、アキラちゃんなんて可愛いお嬢さんにとしか思ってないわよ☆」
「そうそう、気にするな。それよりきちんと《KAKERA》の事覚えて自分の能力を磨いていけば、アキラはきっとすごいブレイカーになるよ!」
「ありがとう」
「……そんなわけで、さっきの話の続きね☆ とりあえずそんな物だけじゃなく自分の生き死にに関わる様な事ができちゃう人が近くにいたら誰でも怖いし警戒するでしょう? 世の中に人間不信が広がらないように、そして《KAKERA》ブレイカーが悪い奴らに利用されないように、絶対一般的には秘密になっているの」
「この力を利用する人なんているんですか?」
「そりゃあいるわよ! だって人や生き物を生きながら殺してしまえるのよ? ここの国にいると平和ボケして考えもしないでしょうけど、他国では政治闘争やら何やら問題が沢山あるの。その裏で邪魔な人達を消すために暗躍するプロの中にはアタシ達と同じブレイカーもいるっている噂もあるくらいよ」
「怖いですね……」
「ま、そんな事もあるからこその、あの緊急事態対応よ☆ ご理解頂けたかしら?」
「はい、まだまだいっぱい教えてもらいたいです。《KAKERA》の事も悪い人達の話も、そして私自身の能力もきちんと知りたいです」
 アキラはやっと素直に、自分に起きた出来事を受け入れられそうであると感じていた。その言葉を聞いて計都も 万梨阿もほっと胸を撫でおろす。
「良かった……実は俺、お前がまた話の途中で気絶したり、泣き出したりするんじゃねえかとひやひやしてたんだ。でもきっと大丈夫と信じてた。何となくだけど、きっとすぐにくじけるタイプじゃねえと思ってさ」
「計都は自分から立端さんに頼んだのよ? アキラちゃんに事情を説明させてくれって。そして、まあこれは後から分かる事だけど、後一週間くらいで自宅に戻れるはず。そこからはブレイカーとしての訓練が始まるんだけど、まずは計都と……後は百合葉ちゃんを頼りにしなさいね☆ あたしは何分あなた達とは少し離れた場所に住んでいるから不便なのよねえ。だけど何かあったら必ず飛んでいくからね。大丈夫、計都のテレポート能力は優秀だから中央聖都まですっ飛んで来てもらうわ……!」

「本当によろしくお願いします」

 その後、アキラはこれから先に学んでいくブレイカーとしての教育の事や機関について更なる詳しい説明を計都と万梨阿から受け、一日を終えた。
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