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5 私は占う
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豊穣祭からひと月ほど経った頃、お姉さまから占いの依頼があり、私は応接間で相手が来るのを待っていた。
姉であるカミラの妹の占いはよく当たるのだと姉の友人たちの中で評判になって始めた事だったので、豊穣祭の時とは違い私はジュディ・ウェルズとして占いをしている。
だから今日は姉の友人たちとお茶会をする時のように令嬢としてふさわしい装いをしている。
黒髪はハーフアップにして深緑色のデイドレスを着せられている。黒髪に紫色の瞳を持つ私は寒色系の色が似合うからと着せ替え人形のように姉にドレスを勧められて着る事が多く、本日も秋だから落ち着いた色にしましょうと言う姉の指示で選んだドレスだった。
あれから学園で彼らを見かける度に私は豊穣祭での事を思い出さずにはいられなかった。
いくら知っている二人とはいえ、占いの結果を捻じ曲げて伝えてしまった事を私は少なからず後悔していた。
もっと違う言い方をすれば良かったのかもしれない、と何度も考えてみるが彼らのカードの結果は悪過ぎて、あのカードの結果を上手く言いくるめるほど私は口が上手くはなく、何度考えてもあの時どう言い繕えば良かったのかさえ思い浮かばなかった。
いつもだったら悪い結果が出てもそれを正直に伝えるのだが、私の頭の中で先日の彼とのお茶会の時の記憶が思い浮かんでしまい、咄嗟に嘘をついてしまった。
あの時は彼らの関係を醜聞と言ってしまった事で彼を激昂させてしまった。だから彼らの将来を暗示しているカードが『崩壊』だとは、とてもではないが私の口からは言えなかった。
カードの結果をどう受け取るのかはその人次第。
正直に話したところで、彼らがあの結果を受け入れてくれるとは思えなかった。
お互いに婚約者がいるのだ。早いか遅いかの差で彼らの関係はいつかは壊れてしまう。決断が早ければ早いほど傷は浅く、遅くなればなるほど傷は深くなる。
占いなんてしなくても分かる事なのに、彼らはまだ甘い夢に酔っていたいというのだろうか。
だから私はしばらく占いなんてしたくないと思っていたのだが、お姉さまがどうしてもと言って聞いてはくれなかったので、今回だけと言って占いをする事にした。
お姉さまからの占いの依頼は依頼者に我が家に来てもらう形で行う。
私からの条件は占いの結果に異議を言わない事と、相手が誰だか分からないように変装をしてもらう事だった。
占いでは個人的な悩みを打ち明けられる事もある。相手が貴族だった場合、私は相手の秘密を知る事となってしまう。秘密を知るという事は私にとってもリスクの高い事で、社交会デビュー前の私にとっては荷が重すぎると思い、依頼者が誰なのか私に分からないようにしてもらっている。
ドアがノックされて依頼者が入ってきた。意外にも依頼者は男性だった。亜麻色の髪の彼は豊穣祭で付けるような仮面をかぶっているだけだ。
彼を知っている人なら彼が誰なのかすぐに分かってしまうのだろうが、幸いデビュー前で在学が重ならなかった私は姉の交友関係は我が家に遊びにきてくれた友人しか知らないから彼が誰なのか分からない。
姉の依頼で私が男性を占うのは姉の婚約者を入れても三人目だ。最初に占った男性は姉の婚約者で、占いの結果も良かった。二人目に占ったのは一年ほど前で、目の前にいる彼と同じ亜麻色の髪色をしていた。彼が付けている仮面に描かれた模様も昨年の彼と同じで一年前に占った相手と同一人物としか思えなかった。
あの時の彼は婚約者との未来を占って欲しいと言われて占ってみたが、結果が悪く彼がひどく落ち込んでいたのを覚えている。
『これはあくまで占いで、予言ではありません。ですから貴方と婚約者様の今後はお互いの努力や歩み寄りでいくらでも結果は変わるものです』
『でも、キミの占いは的を射ている』
『………』
私は一年前の彼とのやりとり思い出す。あの時は確か彼の婚約者を表すカードに『探求』の逆位置が出たのだった。逆位置の意味は『妥協』もしくは『譲歩』。彼の婚約者は彼に気持ちが向いていない事を暗示していた。
「婚約者との将来を占って欲しいんだ」
彼は一年前と同じ事を私に言ってきた。どうしてもその婚約者の事が諦められないらしい。同じ占いを繰り返し行うのは基本的にタブーだが、状況が変わったり時間が経っているのなら問題はない。だから彼は一年経ってからまた占いにきたのだろう。
今回も彼は一人でやってきたので、婚約者のカードと二人の将来を暗示するカードは彼に婚約者自身や彼女との将来の事を思いながら選んでもらう。
仮面を付けているので、実際に彼がどんな気持ちでいるのかまでは私には推し量る事ができないが、彼は昨年の良くない結果を思い出して、選ぶ事にためらいを感じているのかもしれない。彼はカードが並べられた机をあまり見ずに顔を上げたままカード選んでいた。
私も良いカードが出るように願いながらカードを一枚取って自分の前に置く。
そしてカードを開く。彼も私に倣って自分で選んだ三枚のカードを表面に返していく。
彼を表すカードは『虜囚』の正位置、彼の婚約者を表すカードは『恋人』の正位置、二人の将来を表すカードは『黎明』の正位置、私の前にある彼らへの助言を意味するカードは『崩壊』の逆位置。
これらのカードが教えてくれている事は、彼は何かに囚われている状態。彼女は彼の事を恋愛対象として見ている。二人の将来は黎明つまり夜明け前で、これから始まる未来は明るいものを暗示している。彼に助言すべき『崩壊』のカードは正位置では悪い意味だが、逆位置では良い意味を表す。おそらく彼が囚われている何かを終わらせる事が彼らの幸せにつながるという意味だろう。
「このカードが伝えている意味は、婚約者様のお気持ちは貴方にあるという事です。貴方は何か囚われていらっしゃる事がおありのようですが、それを終わらせれば婚約者様との新たな明るい未来があるともカードが教えてくれています」
「なるほど……興味深い結果だね。キミの占いは本当に的を射ていると思うよ。うん、僕は決めた。背中を押してくれてありがとう!」
そう言って彼は握手を求めるように私の手を握った。
お父様以外の男性に手を握られたのが初めての私は頬が熱くなる。きっと顔が赤くなっているだろう。
「ああっ、令嬢に不躾な真似をしてしまってごめんねっ」
彼は慌てて私の手を離す。生真面目な対応に私はくすりと笑ってしまった。
「いえ、気になさらないで下さい。今回は結果が良くて良かったですわ」
「うん、一年前に占ったもらった時は正直落ち込んだのだけれど、今日占ってもらった事で自分がしようとしている事が間違いではないと再認識できて良かった」
「カードはあくまで占いですわ。カードの言葉に囚われてしまうことも良しとはしないと私に占いを教えてくれた祖母も申しておりました」
「そうだね。今の私は囚われているみたいだから気を付けるよ」
「ふふふ、そうなさって下さい」
背中を丸めて帰って行った前回とは違い、しっかり伸びた彼の背を見ながら私は彼を見送った。
私には彼が誰なのか分からないが、彼の婚約者の女性はこんなにも婚約者に思われて幸せだろうし、社交界に出れば彼らに行き会う事もあるだろう。姉と同世代の亜麻色の髪色の男性を見かけたら、心の中で彼のこれからの明るい未来を願ってしまうかもしれない。
姉であるカミラの妹の占いはよく当たるのだと姉の友人たちの中で評判になって始めた事だったので、豊穣祭の時とは違い私はジュディ・ウェルズとして占いをしている。
だから今日は姉の友人たちとお茶会をする時のように令嬢としてふさわしい装いをしている。
黒髪はハーフアップにして深緑色のデイドレスを着せられている。黒髪に紫色の瞳を持つ私は寒色系の色が似合うからと着せ替え人形のように姉にドレスを勧められて着る事が多く、本日も秋だから落ち着いた色にしましょうと言う姉の指示で選んだドレスだった。
あれから学園で彼らを見かける度に私は豊穣祭での事を思い出さずにはいられなかった。
いくら知っている二人とはいえ、占いの結果を捻じ曲げて伝えてしまった事を私は少なからず後悔していた。
もっと違う言い方をすれば良かったのかもしれない、と何度も考えてみるが彼らのカードの結果は悪過ぎて、あのカードの結果を上手く言いくるめるほど私は口が上手くはなく、何度考えてもあの時どう言い繕えば良かったのかさえ思い浮かばなかった。
いつもだったら悪い結果が出てもそれを正直に伝えるのだが、私の頭の中で先日の彼とのお茶会の時の記憶が思い浮かんでしまい、咄嗟に嘘をついてしまった。
あの時は彼らの関係を醜聞と言ってしまった事で彼を激昂させてしまった。だから彼らの将来を暗示しているカードが『崩壊』だとは、とてもではないが私の口からは言えなかった。
カードの結果をどう受け取るのかはその人次第。
正直に話したところで、彼らがあの結果を受け入れてくれるとは思えなかった。
お互いに婚約者がいるのだ。早いか遅いかの差で彼らの関係はいつかは壊れてしまう。決断が早ければ早いほど傷は浅く、遅くなればなるほど傷は深くなる。
占いなんてしなくても分かる事なのに、彼らはまだ甘い夢に酔っていたいというのだろうか。
だから私はしばらく占いなんてしたくないと思っていたのだが、お姉さまがどうしてもと言って聞いてはくれなかったので、今回だけと言って占いをする事にした。
お姉さまからの占いの依頼は依頼者に我が家に来てもらう形で行う。
私からの条件は占いの結果に異議を言わない事と、相手が誰だか分からないように変装をしてもらう事だった。
占いでは個人的な悩みを打ち明けられる事もある。相手が貴族だった場合、私は相手の秘密を知る事となってしまう。秘密を知るという事は私にとってもリスクの高い事で、社交会デビュー前の私にとっては荷が重すぎると思い、依頼者が誰なのか私に分からないようにしてもらっている。
ドアがノックされて依頼者が入ってきた。意外にも依頼者は男性だった。亜麻色の髪の彼は豊穣祭で付けるような仮面をかぶっているだけだ。
彼を知っている人なら彼が誰なのかすぐに分かってしまうのだろうが、幸いデビュー前で在学が重ならなかった私は姉の交友関係は我が家に遊びにきてくれた友人しか知らないから彼が誰なのか分からない。
姉の依頼で私が男性を占うのは姉の婚約者を入れても三人目だ。最初に占った男性は姉の婚約者で、占いの結果も良かった。二人目に占ったのは一年ほど前で、目の前にいる彼と同じ亜麻色の髪色をしていた。彼が付けている仮面に描かれた模様も昨年の彼と同じで一年前に占った相手と同一人物としか思えなかった。
あの時の彼は婚約者との未来を占って欲しいと言われて占ってみたが、結果が悪く彼がひどく落ち込んでいたのを覚えている。
『これはあくまで占いで、予言ではありません。ですから貴方と婚約者様の今後はお互いの努力や歩み寄りでいくらでも結果は変わるものです』
『でも、キミの占いは的を射ている』
『………』
私は一年前の彼とのやりとり思い出す。あの時は確か彼の婚約者を表すカードに『探求』の逆位置が出たのだった。逆位置の意味は『妥協』もしくは『譲歩』。彼の婚約者は彼に気持ちが向いていない事を暗示していた。
「婚約者との将来を占って欲しいんだ」
彼は一年前と同じ事を私に言ってきた。どうしてもその婚約者の事が諦められないらしい。同じ占いを繰り返し行うのは基本的にタブーだが、状況が変わったり時間が経っているのなら問題はない。だから彼は一年経ってからまた占いにきたのだろう。
今回も彼は一人でやってきたので、婚約者のカードと二人の将来を暗示するカードは彼に婚約者自身や彼女との将来の事を思いながら選んでもらう。
仮面を付けているので、実際に彼がどんな気持ちでいるのかまでは私には推し量る事ができないが、彼は昨年の良くない結果を思い出して、選ぶ事にためらいを感じているのかもしれない。彼はカードが並べられた机をあまり見ずに顔を上げたままカード選んでいた。
私も良いカードが出るように願いながらカードを一枚取って自分の前に置く。
そしてカードを開く。彼も私に倣って自分で選んだ三枚のカードを表面に返していく。
彼を表すカードは『虜囚』の正位置、彼の婚約者を表すカードは『恋人』の正位置、二人の将来を表すカードは『黎明』の正位置、私の前にある彼らへの助言を意味するカードは『崩壊』の逆位置。
これらのカードが教えてくれている事は、彼は何かに囚われている状態。彼女は彼の事を恋愛対象として見ている。二人の将来は黎明つまり夜明け前で、これから始まる未来は明るいものを暗示している。彼に助言すべき『崩壊』のカードは正位置では悪い意味だが、逆位置では良い意味を表す。おそらく彼が囚われている何かを終わらせる事が彼らの幸せにつながるという意味だろう。
「このカードが伝えている意味は、婚約者様のお気持ちは貴方にあるという事です。貴方は何か囚われていらっしゃる事がおありのようですが、それを終わらせれば婚約者様との新たな明るい未来があるともカードが教えてくれています」
「なるほど……興味深い結果だね。キミの占いは本当に的を射ていると思うよ。うん、僕は決めた。背中を押してくれてありがとう!」
そう言って彼は握手を求めるように私の手を握った。
お父様以外の男性に手を握られたのが初めての私は頬が熱くなる。きっと顔が赤くなっているだろう。
「ああっ、令嬢に不躾な真似をしてしまってごめんねっ」
彼は慌てて私の手を離す。生真面目な対応に私はくすりと笑ってしまった。
「いえ、気になさらないで下さい。今回は結果が良くて良かったですわ」
「うん、一年前に占ったもらった時は正直落ち込んだのだけれど、今日占ってもらった事で自分がしようとしている事が間違いではないと再認識できて良かった」
「カードはあくまで占いですわ。カードの言葉に囚われてしまうことも良しとはしないと私に占いを教えてくれた祖母も申しておりました」
「そうだね。今の私は囚われているみたいだから気を付けるよ」
「ふふふ、そうなさって下さい」
背中を丸めて帰って行った前回とは違い、しっかり伸びた彼の背を見ながら私は彼を見送った。
私には彼が誰なのか分からないが、彼の婚約者の女性はこんなにも婚約者に思われて幸せだろうし、社交界に出れば彼らに行き会う事もあるだろう。姉と同世代の亜麻色の髪色の男性を見かけたら、心の中で彼のこれからの明るい未来を願ってしまうかもしれない。
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