即興小説集

南澤久佳

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ふたごのおおかみ

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お題:綺麗な狼 制限時間:30分


ふたごのおおかみ



雪原の中の孤独な佇まいは、どこか親友に似ていた。

「おおがみくん、おおがみ、あきらくん」
「なに」

大神彰、という大げさな名前の親友との付き合いは幼稚園にまで遡る。特にドラマチックな要素はなく、ただのおとなりさんの幼馴染だ。生まれた時から一緒なので、当然おねしょをいくつまでしていたのかも、初恋のお姉さんのことも、精通がいつきたのかも初エロ本も共有しているし、親友というより分身で、親友、とわざわざいうのはなんだかむずがゆいので大体は腐れ縁、と他人には言うのだが、例えば、俺以外のやつを彰が「親友」などと呼称しようものなら、俺はそいつと刺し違えてでも雌雄を決さねばならない。そういう間柄だ。

「おおかみくん」
「はいはい」
「送り狼くん」
「はいよ」
「こないだの合コンでは送り狼できたのかい」
「そもそも持ち帰れていない」
「ご愁傷様」
「はいはい」

彰は顔がいい。鼻が高いし、色は白いし、背が高いし、手足も長いし、言ってて腹が立ってくるけどまあ、美形ってやつだ。でも、もてない。いや、小学6年生まではめためたにもてたけど、いかんせん死ぬほど無口で、無愛想で、女の子に笑顔の一つも振りまけないとなれば、相手にされなくなるのはわかる。
でも、大神彰の素行を知らない他校の女子との合コンであれば、こいつも来るぞと写メでも見せればいい釣り餌になるので、さっきの会話はそういう事と次第である。

「一匹狼とかいうけどさ、狼ってイヌ科だから、狩りは群れでやるんだよ」
「へえ」
大神彰は無口で、無愛想で、物知りだ。人と話さない代わりに、本と話しているのだろう。
「つまり、一匹狼っていうのは、群れから追い出された、つまはじきもののことなんだ。大概は、ボスに決闘を挑んで負けて居場所がなくなったやつでさ。孤独に死んでいくしかないの」
「可哀想だ」
「自然は厳しい」
彰は神妙な目つきで、手元の大型本を見つめている。野生の狼の写真集だった。
表紙には、雪原の中にぽつりと立つ狼。雪にまみれた孤独な瞳。
「あ、こいつは一匹狼じゃないよ。家族がいるもの。ほら」
ペラリとページをめくって見せてくる大神彰。小さな子供の狼とじゃれている幸せそうな大人の狼がいた。思春期の少年のハードボイルドな夢を壊すな。
「いいねえ、家族」
長いまつげがそっと伏せられた。そこに、大粒の雪がかぶさっているように思えた。

大神彰の両親が他界したのは昨年のことだった。
親父さんは苦労人で、五十すぎのときにまだ三十になってなかったお母さんを見初めて、親族の反対に遭いながらもなんとか結婚して、彰が生まれて、幸せそうだった。近所のおばさんや、町内会ではよく、あそこのおうちは云々かんぬん言われていたが、俺は気にしなかったし俺の両親も気にしなかった。
そんな二人が、たまたま旅行先の宿で火事に巻き込まれてなくなった。親父さんは、奥さんを助けに旅館にもどって二人一緒に亡くなったそうだ。

大神夫婦のヒストリーはあっという間に美談となり、町内の人間にちやほやされても縁を切っていた親戚がやってきても、彰はいつもの無愛想顔で通して、引き取りたいとか、面倒を見させてくれとか、そんな言葉には一切耳を貸さなかった。

「家族って、いいよね」
彰にとって、家族は、親族でも町内会の皆さんでもなく、死んだ両親と、そして、きっと、俺と俺の両親なのだ。
孤独で、綺麗な狼。
だけど、一人きりじゃない。
「そうだな」

写真集の狼の子供は双子のオスで、とても、幸せそうな寝顔を晒していた。
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