転生悪役令嬢は漫画家になって世界を救いたい!

南澤久佳

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第一章 悪役令嬢っていいな

03:悪役令嬢、初めてのいい人ムーブ。

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さてさて、悪役令嬢に転生した私、なにしよう?!
老婦人はメイド長だったらしく、私の部屋で泣き崩れたりなんだりの辺りを誰かに咎められてお仕置きとか、そんなことにはならずに済んだ。
『今の私』の世界の上流階級に、どのくらい厳しいルールがあるかは分からない。内装から察するに、西洋なのは確かだ。フランス王宮とかだと相当厳しかった気がする。
日本にだって『斬り捨て御免』なんて文化があったわけで、自分は特別な存在だ、と思い込んでいるときの人間は、おんなじ人間をおんなじ人間だと思って扱わないものだ。
暫定貴族、確定悪役令嬢の『今私』(今の私。『いまわた』と読んで欲しい)、ちょっと振る舞いに気をつけたほうが良いだろう。
しつこいけど、コンビニ店員やってた時のお客さんって、俺はお客様だぞ、敬え、って態度だったしね。『身分』を与えられた人間と、その周囲の思い込みは倫理観を超越してしまうこともあると、心しよう。

さてはて、悪役令嬢である。

ぼんやり、ぼろぼろ、つぎはぎの『今私』の記憶はあるものの、とにかく全てに実感がない。まず私は、寝室にあった鏡に向き合ってみた。

黒髪だ!

頬の横に手をやるとさらりと流れる長い髪は、まごうことなきブルネット。残念!金髪碧眼、憧れだったんだけどなー。

でも、瞳はエメラルドみたいな緑色だった。黒髪でグリーンアイ。悪くない!大好きな、魔法使いの小説の主人公もそうだった。

顔立ちは、西洋人らしく、くっきりはっきり。視力も良好で、眼鏡は必要なさそう。『前私』(前の私、『まえわた』と読んで欲しい)は目が悪くてメガネが手放せなかった。そういえば、日本製のメガネの中央についてる、レンズと鼻の間にあるパッドは、日本人の鼻が低いからつけられたものらしく、西洋人には必要ないのだそうだ。多分、『今私』にも必要ない。

「美人だわあ…」

鏡を見つめてる自分に向かって美人という私、客観的にだいぶ辛いけど思わず口をついて出てしまった。
鼻が高く、まつ毛が長く濃く、二重のラインが目元までくっきりある。くちびるは赤く、艶やかでふっくらしてた。指にもペンだこなどはなく、すらりと長く、爪はまあるく整えられてる。お肌もシミひとつなくて、白い。

これは、モテるのでは?モテてしまうのでは?

恋愛沙汰にそんなに関心があるわけではないのだが、『前私』でモテとは無縁だったので、モテとは一体如何なるものか、興味がある。転生したのが乙女ゲームの世界だったら、雨あられのごとく、イケメン軍団に言い寄られてしまうかもしれない!

いや、悪役令嬢だから、なかったわ。

5秒くらい舞い上がって1秒で落ちた。
そう、私は悪役令嬢。朧げではあるが、使用人、友人、そのほか諸々、大勢の人にきっついお小言言ってる『今私』の記憶がある。『前私』が死ぬ直前に行った日雇いバイトの現場監督を思い起こさせて、しんどいことこの上なし。

何をしよう、ではない。まずは、信頼回復に努めよう。
そんなわけで今回のお話は、悪役令嬢、信頼回復に努めるの巻、である。

朝の老婦人のように、感動のあまり卒倒とかされたら困るので、そこそこ悪役令嬢らしく振る舞いつつ、決めるところは、決める!
つまり、『たま~にコンビニにも現れる上品で人当たりのいいお客さんって身なりも整ってるな、暮らしに余裕のあるお金持ちだから人にも優しくできるんだな。レジに小銭投げつけて「マルメン!」とだけ言ってふんぞり返るおっさんは、服もよれよれで顔色悪いしな…』作戦だ。
これでいこう。

悪役令嬢のいい人ムーブは、ちょびっとでいいのだ。突然、老人を相手にするコンビニ店員のようになってはいけない。それは、令嬢の横暴さに慣れた使用人には劇薬なのだ。
出来るはずだ。出来るかな?ちょっと不安になってきた。そもそも、令嬢どころかお金持ちだった経験すらない。たまにコンビニに現れるさわやかなお金持ち、おんなじコンビニ空間にいても、別世界の人間にしか思えなかった。
いやしかし、今の私は悪役令嬢なのだ。
棚から牡丹餅、前世で徳を積んだわけでもないのに掴んだ幸運、頑張って維持しなければ。いける!やれる!私はやればできる子!

「ロザリーさま…本日は、とても明るくさわやかでいらっしゃいますね。何か慶事があったのでしょうか」
「ロザリーお嬢様、そのようなお言葉、もったいのうございます」
「ロザリー様、私、感動で震えております。今日あったことは日記に書き付けて、生涯の思い出にさせていただきます」

などなど、会う人間、使用人、ほぼ全てに感謝と感動の言葉を投げかけられた。そして、卒倒まではされなかった。やるじゃん私。
ロザリー。
今私の名前である。良い、とっても良い。子供のころに「ベルサ●ユのばら」にドはまりしていた私には、これ以上ない。
ロザリーは、主人公の超絶かっこよくて美しくて気高い男装の麗人に片思いをする少女である。
彼女は貧乏な庶民であったところ、たまたま主人公に拾われ、貴族社会の仲間入りを果たす。彼女の初恋は実らないが、別の男性と恋に落ち、結ばれる。なんていうか、とってもちょうどいい。
主人公になるほどではない、でも、彼女なりの幸運と人生と悲劇がある。願わくば、今私の一生も、そうありたい。
ああ、でも、私がもしも、あの世界の住人であれたなら、やってみたいことがある…。

「お嬢様、姿勢が悪うございます。もっと背筋をお伸ばしください」
使用人から雨あられのごとく降らされる感謝の言葉に、気持ちよさと若干の後ろめたさを感じて、現実逃避に前私の記憶に浸っていたところ、きりりと涼やかな声を掛けられた。
「背を、伸ばしてください!」
繰り返されて、反射的にぴっと背筋が伸びた。
思えば、前私の癖で、腰を曲げて、軽く頭を下げながら歩いていた。会う人会う人に、ぎょっとされ、ジャスチャーで、顔を上げるように、と言われていたような気もする。みんな、おかしいと思いつつ、令嬢である私に気を使って指摘が出来なかったのだ。だめじゃん、私。
「ありがとう…おまえは…」
「感謝のお言葉を頂くようなことではございません、ロザリーお嬢様。それよりも、背を正したなら、胸を張り、顎も引いてください」
会ったばかりの老紳士に「おまえ」なんて言っていいのかな、と思いつつ、自然とそう呼んでいた。
「セバスチャン」
セバスチャン!
そう、セバスチャンだ。執事といったらセバスチャン!
一体いつからそうなったのか知らないけれど、そうなのだ。
今私…ロザリーの家の執事で、この家の使用人たちの総取締役である。歳は、70代だろうか?でも、歳のとり方ってその時代や環境にもよるから、もう少し若いかもしれない。白髪をオールバックに整え、眼鏡をかけた渋い老紳士の執事、セバスチャン。完璧だ。
「セバスチャン、セバスチャン…そう、セバスチャンなのね、ふふ…」
「ロザリーお嬢様、何がおかしくて笑っているのですか。貴婦人は、みだりに人に感情をみせるものではありません!」
眉を寄せて厳しく叱責するセバスチャン。ありがとうございます!
この人がいれば、前私由来のおかしな庶民しぐさも矯正してもらえるに違いない!なんて福利厚生のゆきとどいた悪役令嬢転生だろう!
私は、また、神様に感謝し涙を流して高笑いしそうなのを、ぐっとこらえて噛み殺した。


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