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本編・アリスティアの新学期

アリーシャとヴァルハイト

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アリスティア達と談笑しながら学園内を歩くヴァルハイトとアリーシャ。
二人はも人当たり良く、またアリスティアをはじめ、ジークハルトもローゼリアも、そしてレオンも、他の貴族の者達と違い、平民であろうが貴族であろうが、分け隔てる事なく接していた。
彼等の出自を気にしなかった故か、編入生の二人も気兼ねなく、生徒会の面々に対して安心して会話をしている様であった。
皆で会話を弾ませながら学園内を歩き、賑やかなひと時を過ごす。

学園内設備の説明を受けるたびにヴァルハイトは、しきりに自身の手帳に、何かを書き記しているのをアリスティアとジークハルトはふと気が付いた。
そこに描かれていたのは、文章と何かの絵であった。

「…あら?ヴァルハイト様…それは…?」

「ほう…これは、地図…ですね、しかも、とても詳細でわかりやすい。」

ヴァルハイトは自分の手帳に記した地図をアリスティアに見せてくれた。
絵心があると言うのはこの事だろうか、まるで製図の様な鋭角に描写された構造と、所々に記された注釈文は、これ一枚丸ごとが教科書の一頁としても差し支えない。

「…僕、方向音痴でして、手書きで地図を作らないと施設内で迷子になってしまうんですよ。」

「…うわ、ヴァルは相変わらず、方向音痴の癖…治ってないの?」

「こればっかりは、どうもね…」

「…心配しなくとも大丈夫ですよ、皆と通っているうちに慣れますから。私も編入した頃はジークやロゼに案内してもらわなければ迷子になっていましたし…。」

「私はアリスを色々な場所へ案内出来て、とても楽しかったですが」

「まあ、ジークったら」

アリスティアとジークハルトの惚気話を聞いていると、ヴァルハイトもアリーシャもなんだか口の中が甘ったるく感じ、特に暴飲暴食はしてもいないのに、胸焼けする気がした。

「…お二人はいつも、そんな感じなのですか…?」

アリーシャがアリスティアとジークハルトに尋ねると、二人は不思議そうな顔をして尋ねた。

「はい、普段通りですが…?」

「ええ、普段通りですよね?」

「確かに、普段通りですわね」

「これが普段通りだ。」

アリスティアもジークハルトもローゼリアもそしてレオンも、アリーシャにそう言って頷く。

「…羨ましい。」

「諦めろアリーシャ、ガキのお前にゃまだ早い。」

「うっさいわね!アンタも同い年でしょ!!」

ヴァルハイトとアリーシャのやり取りに、アリスティア達はくすくすと忍び笑いをしていた。
施設を巡る途中で昼食の時間帯になった、アリスティア達一行は食堂の案内がてら、皆で昼食を取る事となった。

結構な人数でテーブルを囲み、いつも以上に賑やかに、談笑しながら楽しく食事に舌鼓を打つと、食事がいつも以上に美味しく感じられたアリスティアであった。

談笑している中で、ヴァルハイトとアリーシャの身の上話を軽く小耳に挟む事になった。
二人は生まれて間も無く両親が他界し、それを不憫に思ったある伯爵が二人を拾い、育ててくれたらしい、しかし、その伯爵も事件に巻き込まれて何者かに殺害され、事件から生き残った令嬢の従者として、一般教養や色々な事を学ぶ為に入学し、授業料は全てその令嬢が出してくれている様である。

「…なるほど、君達は生徒兼任のその令嬢の護衛、あるいは従者ということか?」

「お察しの通りです。」

ジークハルトの問いにヴァルハイトは頷いて答えた。

「差し支えなければ、あなた達が支えている方をお聞きしても宜しくて?」

「私達は、今年入学されたサーリャ・メンダークスお嬢様に支えています」

ローゼリアの問いにアリーシャは満面の笑みで答えた。

「…メンダークス伯爵令嬢…ですか」

まさか、ここでメンダークスの名を聴くとは思っていなかったジークハルトは少し動揺していた。

「…何か気になる事でも?」

「…いえ、なんでもありません、私の思い違いでした。てっきりお二人はまるっきり後ろ盾の無い一般的な家庭から来ていたのかと、思ってまして。」

編入生とメンダークス家の関係は少し気に掛かるものの、ジークハルトは振り切る様にアリーシャの質問にはぐらかした。

「ジークハルト様も、私やヴァルハイトが平民出とか、そういうの気にする感じですか?」

「よせよ、アリーシャ」

「…だって…。」

暗い顔をする二人にジークハルトは微笑む。

「私は、君たちの出自を気にしませんよ。…二人の編入試験の成績は学園長から聞いてます、中々優秀だそうですね、今年は新入生も編入生も優秀な人材が多く、学園長は今後が楽しみだと仰っていましたよ。」

「そう、ですか」

アリーシャは言葉を詰まらす。
ヴァルハイトは黙って二人の話に耳を傾け、ジークハルト達のやり取りを見ていたローゼリアは、扇子片手に何かを考えていた。

昼食も終わると、アリスティア達はヴァルハイトとアリーシャの二人と別れ、生徒会室へと向かう。
アリーシャ達の話を聞いて、ローゼリアは何か気になる事ができたらしい。

「先程の話を聴いていて、わたくし思ったのですが、この学園で嫌がらせを受ける生徒達の、今後の在り方を考えねばなりません。」

「…ロゼ、どういう事ですか?」

アリスティアは尋ねた。ローゼリアの瞳には何か決意の様なものが感じられた。

「この学園の、主に高等科では名門貴族による、優秀な生徒や平民出の生徒達への嫌がらせが、いまだに後を絶たないそうです。それは被害者に怪我させる事も無理矢理、自主退学させる事もあります。」

「それは、酷いですね…。」

アリスティアとジークハルトは編成生だった為か、学園の内情と言うものを今初めて知った様な気がした。

「ええ、前生徒会長のシリウス義兄上もこの事に、悩んでいました。この学園には、出自関係なく、全ての生徒達を護るシステムが必要なのです。」

ローゼリアの瞳には、絶対正義だとか、正当性だとか、そう言った義憤に燃えている。

「護るシステムって言ったって…具体的にどうするんだ?」

ローゼリアはレオンを真剣な眼差しでまじまじと見ている。
彼は脳裏に嫌な予感が浮かび、額から汗が流れた。
ローゼリアがレオンに対して無茶振りをする時、まるで獲物を睨む蛇の様に、ローゼリアはレオンを見つめるのだ。

「レオン、副会長として、早急に対策を考えなさい。生徒会長としての命令ですわ」

「おい、正気か!?」

「その腕っぷしで、今までも名門貴族を殴り飛ばしてきたではありませんか、そんな貴方が平民出の生徒や、飛級の優秀な生徒を全員保護し勢力を拡大すれば、彼等もおいそれと手が出せなくなるのでは?」

「…保護するだけじゃ…もし、俺がいなくなったらその後はどうする?」

レオンの質問にアリスティアが答えた。

「その事でしたら、被保護者達を教育し、鍛錬し、新たな人を保護出来る様にして、次世代に繋いで行けば良いのでは無いでしょうか?」

「気の長い話だ。」

レオンは一つため息をつくと、ジークハルトは彼に微笑んだ。

「レオン、伝統や良き習慣というものは一人じゃ成しえないものですよ、君に全てを押し付けようとは思いません、私達にも協力させてください。王族公認とあらば、彼等も無茶はしないでしょう。」

「ジーク…」

「ええ、そうですね、それに、レオン様は何かと面倒見が良いですし、きっとうまく行くと思いますよ、私にも協力させて下さい」

「アリスティアまで……はあ、仕方ねえな…やってやるよ。」

「決まりですわね!それでしたら、まずは平民出の生徒と飛級生徒をピックアップしましょう。」

そう言って意気込むローゼリアは、全生徒の名簿を片っ端から漁り始めたのだった。

先ずはヴァルハイトとアリーシャ、そしてアナスタシアやアトラを勧誘し、その後も生徒の人数を増やして行った。
やがて、この生徒会の活動は、全て生徒や学園長をはじめ、全ての教師を巻き込んだ形で、学園全体に普及し、後に代表者の名前をとって『レオン塾』と名付けられた。
この活動はイスト王国、およびエチュード学園が存在する限り、長期に渡り続く活動になったらしい。
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