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一章「月夜のメルスケルク」
第一夜[自殺の聖歌]
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全ての時が止まったかの様に、忽然と人の賑わいが無くなったメルスケルクの街。
その郊外に流れる一筋の河川。
何処からともなく響き渡る彼(か)の歌は、残響と虚しげな郷愁を残しながら私達を深淵へと誘い込む。
??「腕に紅い花を抱いて
吹き荒ぶ木枯らしの中
疲れ果てて帰る私 もういない貴方だもの
恋の嘆き呟いては
ただ一人咽び泣く 暗い日曜日‥‥」
今宵の満月が流れ穏やかな川の水面に映る時、その人影は石橋から身を投げようとする。
「私の人生何か、もうお終いよ。貴方がいなければ私は生きていけない‥‥こんな人生、もう懲り懲りよ‥‥!」
自らの数奇で皮肉な人生を哀れみ、また耐えかね、石橋の手摺りを跨いで飛び降りの準備をする女。
そこに殿方の姿は無かった。
「ごめんなさい、貴方‥‥」
彼女が飛び降りる素振りを見せた時‥‥少女の姿はそこにあった。
「彼氏がいないと何も出来ないか~‥‥阿呆臭いわね」
「!?」
「私のマミーが言ってたわ。『故人に対していつまでも恋愛感情を抱いてる様な人間は、世間体から見たらただの邪魔な足枷。そんなに彼が好きならさっさと死んで自称恋人の元へ逝けば良い。それが嫌なら一所懸命働いて、社会の肥やしとなれ』ってね」
突如として目の前に現れた少女に対し、彼女は動揺を隠せなかった。
「‥‥!あ、貴女一体誰よ!そもそも何でこんな時間に‥‥」
「色素性乾皮症‥‥貴女には分かるかしら?」
「?」
「簡単に言い表せば『紫外線を浴びると露出した皮膚部に強い紅斑や水疱が発現して火傷の様な症状が現れる病気』‥‥これ即ち、私、昼間は外出出来ないのよ。だからこうして皆が寝静まった夜に冒険に出掛けるの」
「‥‥だ、だから何よ。第一、私を止める権限は貴女には無いわ」
「うん、じゃあ死んで良いわよ。私は此処から見守っといてあげるから」
「えっ‥‥」
「いつでも飛び降りて良いわよ。さあ早く、私を楽しませてよ!!」
「や、やだ‥‥貴女気持ち悪い‥‥」
アリスの言動に対して、恐怖心を抱いたのか、再び手摺りを跨いで飛び降りを断念しようとする彼女。
しかし、アリスはその挙動を見過ごさなかった。
「何よ、詰まらないわね。仕方ないわね、私が貴女の自殺を手伝ってあげるわ」
手摺りを跨ごうとする彼女の胸部をポンと押すアリス。
そこに慈悲と言う概念は無かった。
「え?あ、キャアアアアアアアアアアア‥‥!!!」
頭から真っ逆さまに転落する彼女。
それを見てアリスはこう言い放った。
「キャハハハハハハ!!!あぁ、実に愉快だわ!そんな貧相な面をして、実に哀れね!」
彼女が落下した地点の河川には激しい水飛沫と共に響き渡る悲鳴、水柱が吹き上げた。
土手を降りて彼女の死体を確認しに行くアリス。
しかし‥‥
「ちょっと、何すんのよ!危ないじゃない!!」
流れが緩やかな河川から這い上がって来た彼女。全身をずぶ濡れにして猛り狂っている。
「だって『死にたい』って言ったのは貴女でしょ?私は貴女のお望み通りに自殺の援助をしただけよ。戯れ言を言うのもよしてくれる?」
アリスは彼女の酷い有様を嘲笑った。
「そんな‥‥私だって本当に死にたくて此処に来たわけじゃ‥‥」
「それが貴女の本心ね。これでもう懲りたかしら?自殺は自分を見せしめるだけのただの愚行だってね」
彼女は少しばかりたじろぐと、遂に一滴、二滴と、ボロボロと涙を流し始めた。
「私だってまさか彼が農作業中に狼に襲われて亡くなっただなんてこれっぽっちも思ってなかったわよ。‥‥でも、いきなりその事実を彼の肉親に聞かされたから‥‥ショックでつい‥‥」
「可哀想な人ね‥‥。貴女名前は?」
「フリージア・アシュビーよ‥‥」
川の水に浸るフリージアに対し、優しく手を差し伸べるアリス。
フリージアは少し戸惑う素振りを見せたが、決心したのか彼女の手を取った。
「さっきは突き飛ばしたりして悪かったわね」
「‥‥」
黙り込むフリージア。
「でも飛び降りた時の貴女のあの悲痛の表情。物凄く堪らなかったわぁ‥‥!」
「な、何よ!ふざけないで!こっちは死にかけたのよ!」
「大丈夫よ。あの程度の高さだったら最悪でも打撲くらいで済むわ。しっかしあの時の貴女の表情‥‥プププ‥‥」
どうやらツボにハマってしまったようだ。
「もう!いい加減にして!!」
「!?」
アリスを川底に引き摺り込むフリージア。
これでは二人ともびしょ濡れだ。
「やったわねぇ!」
満月の夜に川で水を掛け合う二人。
そこは笑顔と歓声で満ち溢れていた。
第一夜[自殺の聖歌] 【完】
【二夜に続く】
…………………………………………………………………………………
【キャラクターズメモ】
【アリス・ウィンターソン】
・赤ずきんことジャンヌ・ド・アーク(母)と、父、ジェフ・ウィンターソンの間に生まれた一人娘。
先天性の色素性乾皮症を患い、昼間は屋内に籠り、皆が寝静まった夜に外出する。
・14歳
・武器は母親から伝授した投げナイフ
・メルスケルクの街に在住
・巷でも『夜のアリス』と呼び親しまれている
・首から下げるタイプの懐中時計を愛用している
・サイコパス
・時よりドS
その郊外に流れる一筋の河川。
何処からともなく響き渡る彼(か)の歌は、残響と虚しげな郷愁を残しながら私達を深淵へと誘い込む。
??「腕に紅い花を抱いて
吹き荒ぶ木枯らしの中
疲れ果てて帰る私 もういない貴方だもの
恋の嘆き呟いては
ただ一人咽び泣く 暗い日曜日‥‥」
今宵の満月が流れ穏やかな川の水面に映る時、その人影は石橋から身を投げようとする。
「私の人生何か、もうお終いよ。貴方がいなければ私は生きていけない‥‥こんな人生、もう懲り懲りよ‥‥!」
自らの数奇で皮肉な人生を哀れみ、また耐えかね、石橋の手摺りを跨いで飛び降りの準備をする女。
そこに殿方の姿は無かった。
「ごめんなさい、貴方‥‥」
彼女が飛び降りる素振りを見せた時‥‥少女の姿はそこにあった。
「彼氏がいないと何も出来ないか~‥‥阿呆臭いわね」
「!?」
「私のマミーが言ってたわ。『故人に対していつまでも恋愛感情を抱いてる様な人間は、世間体から見たらただの邪魔な足枷。そんなに彼が好きならさっさと死んで自称恋人の元へ逝けば良い。それが嫌なら一所懸命働いて、社会の肥やしとなれ』ってね」
突如として目の前に現れた少女に対し、彼女は動揺を隠せなかった。
「‥‥!あ、貴女一体誰よ!そもそも何でこんな時間に‥‥」
「色素性乾皮症‥‥貴女には分かるかしら?」
「?」
「簡単に言い表せば『紫外線を浴びると露出した皮膚部に強い紅斑や水疱が発現して火傷の様な症状が現れる病気』‥‥これ即ち、私、昼間は外出出来ないのよ。だからこうして皆が寝静まった夜に冒険に出掛けるの」
「‥‥だ、だから何よ。第一、私を止める権限は貴女には無いわ」
「うん、じゃあ死んで良いわよ。私は此処から見守っといてあげるから」
「えっ‥‥」
「いつでも飛び降りて良いわよ。さあ早く、私を楽しませてよ!!」
「や、やだ‥‥貴女気持ち悪い‥‥」
アリスの言動に対して、恐怖心を抱いたのか、再び手摺りを跨いで飛び降りを断念しようとする彼女。
しかし、アリスはその挙動を見過ごさなかった。
「何よ、詰まらないわね。仕方ないわね、私が貴女の自殺を手伝ってあげるわ」
手摺りを跨ごうとする彼女の胸部をポンと押すアリス。
そこに慈悲と言う概念は無かった。
「え?あ、キャアアアアアアアアアアア‥‥!!!」
頭から真っ逆さまに転落する彼女。
それを見てアリスはこう言い放った。
「キャハハハハハハ!!!あぁ、実に愉快だわ!そんな貧相な面をして、実に哀れね!」
彼女が落下した地点の河川には激しい水飛沫と共に響き渡る悲鳴、水柱が吹き上げた。
土手を降りて彼女の死体を確認しに行くアリス。
しかし‥‥
「ちょっと、何すんのよ!危ないじゃない!!」
流れが緩やかな河川から這い上がって来た彼女。全身をずぶ濡れにして猛り狂っている。
「だって『死にたい』って言ったのは貴女でしょ?私は貴女のお望み通りに自殺の援助をしただけよ。戯れ言を言うのもよしてくれる?」
アリスは彼女の酷い有様を嘲笑った。
「そんな‥‥私だって本当に死にたくて此処に来たわけじゃ‥‥」
「それが貴女の本心ね。これでもう懲りたかしら?自殺は自分を見せしめるだけのただの愚行だってね」
彼女は少しばかりたじろぐと、遂に一滴、二滴と、ボロボロと涙を流し始めた。
「私だってまさか彼が農作業中に狼に襲われて亡くなっただなんてこれっぽっちも思ってなかったわよ。‥‥でも、いきなりその事実を彼の肉親に聞かされたから‥‥ショックでつい‥‥」
「可哀想な人ね‥‥。貴女名前は?」
「フリージア・アシュビーよ‥‥」
川の水に浸るフリージアに対し、優しく手を差し伸べるアリス。
フリージアは少し戸惑う素振りを見せたが、決心したのか彼女の手を取った。
「さっきは突き飛ばしたりして悪かったわね」
「‥‥」
黙り込むフリージア。
「でも飛び降りた時の貴女のあの悲痛の表情。物凄く堪らなかったわぁ‥‥!」
「な、何よ!ふざけないで!こっちは死にかけたのよ!」
「大丈夫よ。あの程度の高さだったら最悪でも打撲くらいで済むわ。しっかしあの時の貴女の表情‥‥プププ‥‥」
どうやらツボにハマってしまったようだ。
「もう!いい加減にして!!」
「!?」
アリスを川底に引き摺り込むフリージア。
これでは二人ともびしょ濡れだ。
「やったわねぇ!」
満月の夜に川で水を掛け合う二人。
そこは笑顔と歓声で満ち溢れていた。
第一夜[自殺の聖歌] 【完】
【二夜に続く】
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【キャラクターズメモ】
【アリス・ウィンターソン】
・赤ずきんことジャンヌ・ド・アーク(母)と、父、ジェフ・ウィンターソンの間に生まれた一人娘。
先天性の色素性乾皮症を患い、昼間は屋内に籠り、皆が寝静まった夜に外出する。
・14歳
・武器は母親から伝授した投げナイフ
・メルスケルクの街に在住
・巷でも『夜のアリス』と呼び親しまれている
・首から下げるタイプの懐中時計を愛用している
・サイコパス
・時よりドS
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