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第九話 帰り時刻と先輩
しおりを挟む夏が過ぎて、陽が落ちるのが一気に早くなった気がするのは秋がすぐそこに近付いているからだろう。
グラウンドには、部活動を終えた生徒たちがまばらに帰っていく後ろ姿が見えている。
「では、本日はここまでにしましょうか」
「「ありがとうございました!!!」」
正喜さんの号令と共に、陸上部員の面々も額に流れた汗を拭いながら一斉に更衣室へと戻っていく。
部活で使用した道具を片付ける仕事はもちろん下級生の仕事だ。俺の専門は短距離走なので自前のスパイク以外に特に何も使ってはいないが、ハードルや、砂場のトンボかけも勿論俺ら一年でやらなければならない。俺はチラリと、真白先輩の後ろ姿を見た。同級生とともに更衣室へと消えていく彼の背中には、俺の視線が一方的に突き刺さるばかりで、全くもって気付いていない。
───だけど今日は、絶対に真白先輩と一緒に下校したい。
トンボかけは意外に時間がかかるので、絶対に回避だ。俺は、同じく一年の部員たちに敬礼をすると、更に右目でウインクを飛ばした。
『ほんと悪いけど、トンボ、よろしく!』
こういう時の片付けというのは、早い者勝ちである。俺は持ち前の走力を生かして、真っ先にレーンに並べられたハードルに向かって走った。
何度も蹴り上げられた傷のある、年季の入ったハードル。それを両肩にかけるとガッシャガッシャと音を鳴らしながらグラウンドの隅にある倉庫まで片付けに行く。陽が落ちたグラウンドの倉庫は、中が見えないくらいに真っ暗で、乱雑な物置き場ともなれば、ハードルの置き場にすら迷うくらいだった。
何とか、元の位置に片付け終われば、今度こそ慌てて更衣室へと走った。と、ころで。
俺は気付いた。砂場がならされていない。幅跳びで踏み荒らされたまま、トンボも傾いて突き刺さっている。
正喜さんは陸上の鬼だが、それは試合の結果ばかりを優先したものではない。何よりも礼儀に厳しい。挨拶然り、使った道具や場所に至るまで、全てに重きを置いている。神は見ているのだ。いや、根っからの仏教徒みたいな渋顔をして、彼は敬虔なクリスチャンだった。しかし、物にまで神が宿っているという考えはそれむしろ八百万の神なので多神教者なのかもしれない。って、そんなことはどうでもいいのだ。
問題は、全く片付けが終わっていないことだ。これでは正喜さんにお叱りを受けることは必至。さっと更衣室に目を向ければ、ちょうど着替えを終えた同級生たちがそこから和気藹々としながら出てくるところだった。
「待て待て、お前ら何でもう帰ってんだよ。トンボは?」
「司が言ったんだろ~。『俺に、トンボ、任せとけ!(ウインク)』って」
「言ってないし。意味通じてないし。というか、お前ら今日何も片付けてねえだろ!」
「だって俺ら、今日の準備お前抜きでやったんだもん」
「なあ?」と示し合わせたように、相槌を打つ面々。思わず言葉に詰まってしまう。確かに、遅刻して準備を任せきりにしてしまった俺に非があるのは確かだった。
今日はタイミングが悪かったと、先輩と帰るのは諦めるしかなかった。そもそも、目の前にいる同級生が帰り支度を済ませているくらいだ。きっと真白先輩も既に帰ってしまっているだろう。
気落ちしながら、汗でへばりついた髪をガシガシと乱す。
「あー……仕方ない、か」
「ってことで、俺ら帰っから後は任せた!……と、司に伝言」
「伝言?誰から」
「黒野先輩。お前のこと待ってるって」
「えっはっ……?何で?」
「知らねえけど、急いだ方がいんじゃね?先輩、とっくに着替え終わってたぞ」
心臓がどくりと脈を打つ。何か約束をしていたわけではなかった。だけど、俺の為だけに先輩が帰り支度を済ませて待ってくれている。
口角が釣り上がっている俺の顔を見て、部活の仲間達はゾッとした顔でこちらをみていたが、それには気付かないでいた。
「じゃ、じゃあそういうことで。またな」
「お、お疲れ~司」
同級生の言葉は、既に頭に入っていなかった。とにかく早く片付けを終わらせなければ。それだけだった。
駆け足で砂場に戻って、雑にトンボかけを済ませる。ぐちゃぐちゃに人の足で踏み荒らされた砂場のように、俺の頭の中は、先輩のことでないまぜになっていた。
実は部活の間ずっと、先ほどの更衣室での真白先輩を反芻していた。あの時の先輩、少し違和感があった。揶揄っていたと本人は言っていたが、脳面のように貼り付けた真顔から、一瞬俺を誰か知らない人を見るように見つめて慌てて逸らしたあの目。
そして、俺にとって永遠にも感じた無言の時間から先輩がキョロ…と視線を動かして状況を理解しようとするあの戸惑いのある顔。
もしかすると、中須賀や保科達が言っていたおかしな先輩とはあのことではないだろうか。
気付けば、完全に陽は落ちていた。グラウンドは夜間照明が照らしている。辺りには人の気配はなく、真白先輩がいるであろう更衣室にも人の気配はない。
普段はしないのだが、コンコンとノックした。更衣室の中から、ふっと息を吐くような笑い声とともに「どうぞ」と真白先輩の声がした。
「……真白先輩?」
先輩は、先ほど俺と先輩のワイシャツが落とされたベンチに後ろ向きで腰掛けていた。先輩の横には、放り投げていた俺のシャツが綺麗に畳まれて置かれている。
既に学生服に身を包んだ先輩は、長い足を組みながらどうやら読書をしていたらしかった。
パタンと、読みかけの本を閉じると、こっちを向いて微笑んだ。
「お疲れ様、司」
「お待たせしました。もしかして、待っててくれたんですか?」
「うん。伝言を頼んだんだけど、他の一年に聞いてなかった?」
「いや……聞きました。けど、どうして」
ロッカーの前に立ちながら、俺は背中越しに先輩に尋ねた。クーラーが消えて蒸した室内。俺を待ってくれていた先輩もきっと暑かっただろう。
振り向けば、部活の名残で前髪が汗でしっとりと濡れている先輩と目が合った。頬に絡まったほつれ毛に自然と目が行く。
「自習時間の時、司と話し途中になってたから。後でね、って言ってただろ?」
覚えてない?と真白先輩は首を傾げながら俺を見上げる。透き通るような艶のある毛先が、彼の肩を撫でる。気怠げにも、気さくにも感じるその仕草に、目を奪われていると、しばらくしてようやく先輩の言葉が脳に行き届いた。
「えっ……もしかして、先輩の連絡先教えてくれるんですか!」
「うん。俺も、司とは連絡取りたかったし」
「え、それはどういう」
思わず前のめりになると、先輩はいたずらっぽく笑った。焦らすようにゆっくりと足を組み替えて、靴先で俺の脛をこつりと蹴った。
「……部活の連絡事項とか、変更があった時に下級生に伝えやすいでしょ?」
「そ、そんな~!」
「あはは、嘘。ただ、仲のいい後輩の連絡先が知りたいなって思っただけ」
「…………あ、」
───仲のいい後輩。思わず、心臓がキュッとした。嬉しい。そして、何故だろう悲しかった。
まさか、先輩の口からそんな言葉が飛び出すとは思ってもいなかった。
真白先輩は、俺の感情を揺さぶるのが上手い。こうも心を乱すことができるは、いつだって先輩だけだった。
俺の意思とは勝手に、右手が先輩の頬に伸びていく。先輩の陶器のような白い肌に、吸い付くように手のひらを這わせると、じっと先輩の目を覗き込む。
三日月型に細められた真白先輩の瞳は、仲良しの後輩の突然の行動にポカリと満月型に変わった。景色を眺めるかの様な先輩の瞳の移り変わりが凄く綺麗だった。
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♡やお気に入り登録、しおり挟んで追ってくださるのも、全部全部ありがとうございます…!すごく励みになります!! ( ߹ᯅ߹ )✨
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(教えてもらえたらテンション上がります)
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
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