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幕末剣士、学校へ

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「七海~、びっくりしたよ~…」

「ごめんごめん!都美が見えたから走ってきちゃった♪」


そう言って、七海はふとわたしの隣にいる宗治に目を向ける。

キョトンとした顔は、「だれ?」と言いたそうだ。


「あ…あのね!今日から新しく転校することになった、春日井宗治くんっていうの」

「転校?こんな時期に?」

「そうそう…!宗治はわたしのいとこで、両親が急な海外出張になって、急遽わたしの家で――」


…という設定。


幕末からタイムリープしてきましたなんて話しても、だれも信じてくれないだろうから。


「宗治くんね!あたしは菅七海。よろしく!」


社交的な七海らしく、笑顔で宗治に自己紹介をする。

そんな七海をじっと見つめる宗治。


「…えっと。あたしの顔になにかついて――」

「それは、まげか?」

「「まげ…?」」


わたしと七海は顔を見合わせる。


「髪を1つにして結っているだろ?」


宗治は、七海の頭を指さしていた。


「この時代では、女でも当たり前のようにまげを――」

「…これは、“ポニーテール”っていうの!」

「ぽにー…てーる?」


七海はいつもポニーテールだけど、宗治にとってはそれがちょんまげのように見えたようだ。


今どき『まげ』なんて言う人はいないし、『この時代では』って、宗治が違う時代からきたことがバレちゃう…!


わたしがおそるおそる七海のほうを振り返ると、七海の目が点になっていた。


も…もしかして、さっそくバレちゃった…!?


ドキドキ鳴る心臓を悟られないように、なんとか平常心を装っていると――。


「宗治くんっておもしろい人だね!時代劇とかが好きなの?」


…よかったー!

バレてなかった…!


だけど、とても心臓に悪かった。

初っ端からこんな感じだと、この先が思いやられる…。


学校に着くと、わたしは宗治を職員室に連れていった。

「近くにいないと消えるだろ!」と言って離れたがらなかったけど、職員室からわたしの教室まではそんなに距離はないから、そのまま宗治を放っていった。


わたしの役目は、ひとまずこれで完了。

家でもいっしょだから、学校では宗治と離れることができる。


――そう思っていたのに。


「このクラスに転校してきた、春日井宗治くんです。高倉さんのいとこで、ご両親の仕事の都合で――」


なんと、宗治がわたしのクラスに入ってきた…!


「ちょうど高倉さんの隣が空いているので、そこに座ってもらいましょう。いとこ同士のほうが気が楽でしょうし」


しかも、わたしの隣の席になった…!


「…なんで学校でも宗治と顔合わせなきゃならないの」

「それはこっちのセリフだよ」


わたしたちはそっぽを向き、同時にため息をついた。


「ねぇねぇ、都美!春日井くんのこと紹介してよ♪」


休み時間になると、さっそくクラスの女の子たちがわたしの席にやってきた。

しかし隣に目を向けると、肝心の宗治がいなかった。


「あれ…!?宗治は…!?」

「そういえばさっき、階段のところで見かけたよ?」


七海がそう教えてくれたから、わたしは慌てて宗治を探した。


よく知りもしない学校で、1人にさせたらなにをしでかすかわからない。

おかしな発言でもしたら、きっと学校中ですぐに噂になるだろうし。


「…宗治!どこ行くの!」


宗治の後ろ姿が見えて、なんとか追いつく。


「どこって、偵察だよ。退路を確保しておかねぇと、いざってときに動けないからな」

「…退路って。とにかく教室に戻って!もうすぐチャイムが鳴るから」

「“ちゃいむ”?…ああ、さっきの鐘の音か」


わたしは宗治の腕をつかんで、引っ張るようにして教室へと戻った。


初めはどうなることかと思った。

体育の授業では常人離れした身体能力を発揮するし、社会の歴史の授業では「それは事実に反する!」とか先生に文句言い出すし。


そんなこんなで、なんとか大事になるようなこともなく1週間が過ぎた。


なにかの拍子でバレるといけないから、宗治にはあまり目立つような行動は取らないでと言っている。

だから、クラスメイトから話しかけられても簡単な受け答えをする程度に留まっている。


すると、なぜかそれが周りからは『クール』と捉えられ、宗治は女の子たちの間で人気になってしまった…!


「宗治くんって、かっこいいよね!」

「クラスの男子が…なんだか子どもっぽく見えるよ」

「そうそう!落ち着いてる感じがたまんない♪」


もともと顔は整っているほうだから、それに加えて多くを語らないところがかっこいいらしいのだけれど…。

逆に目立ってしまっていた。


「都美、宗治くんって家ではどんな感じ?」

「いとこなんでしょー?いろいろと教えてよー」


最近、宗治に関する質問を多くされるようになった。

まさか、宗治がモテるなんて思ってもみなかった。


「宗治なんて多少口が悪くて失礼で、いいところないよ」

「そんなことないでしょ~。クールなんだから!」

「クールじゃないって!それに宗治、好きな人いるよ?」

「「…そうなのっ!?」」


わたしのひと言に、周りにいた女の子たちが一斉に食いつく。


「宗治くんの好きな人って、どんな人!?」

「もしかして、このクラス…!?」

「違う違うっ。幼なじみなんだって。聡明で…、品があるとか?」

「そうなんだ~…。付き合ってるってこと…?」

「付き合ってるというか…」


結婚の約束をしていた仲らしいけど。

だけど、それを言ってしまったら話がすごい方向に行ってしまいそうだから黙っておこう。


宗治に好きな人がいると知った女の子たちは、あからさまに肩を落としながら散っていった。


こっちの時代にきてしばらくたつけど、宗治は都子姫のことを一途に想っている。

わたしは、そんな都子姫と顔が似ているだけの“ニセ姫”。


そう思っていたから、まさか宗治があんな行動を取ってくれるなんて思ってもみなかった――。



お昼休み。


わたしは教室で、女の子たちと集まってお弁当を食べていた。

外面がいい宗治はすぐに友達ができて、同じ教室内で男友達といっしょにお昼を食べていた。


「宗治は、なにか部活入らねぇの?」

「部活?」

「体育の授業見てても運動神経めちゃくちゃいいんだから、運動部だったらなんでもできそうだよな!」

「そうだよっ。オレと同じサッカーにしろよ!」

「いやいや、やっぱり野球だろ~」

「バスケだって楽しいって!」


そんな会話が聞こえてきた。


わたしは剣道部のマネージャーだけど、宗治はなにも部活には入っていない。

離れると消えてしまうため、いつも宗治はわたしの部活が終わるまで武道場付近で時間を潰していた。


だからもし、宗治がなにかしらの部活に入れば時間を無駄にすることなく、部活が終わったらいっしょに帰れるんだけどな。


「ねぇねぇ、都美」


トイレから帰ってきた七海が、わたしの肩を叩いた。


「隣のクラスの板東くんが呼んでるんだけど…」


板東くんとは、髪を明るく染めていてピアスもしている学校一の不良だ。

体格もいいから、いやなことをされてもだれも刃向かえない。


「板東くんが…わたしを?」

「うん。話があるから呼んできてって言われて…」


板東くんとは去年クラスが同じだっただけで、とくに話したこともなかった。

わたしとは雰囲気がまったく違うし…。


なにも接点はないはずだけど、…どうしてわたしを?

わたし、なにかしたかな…。


緊張でバクバクと鳴る心臓。

席を立つと、わたしはおそるおそる廊下で待つ板東くんのところへ向かった。
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