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幕末剣士、学校へ
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「なんだよ、大事なところがわかんねぇじゃねぇか!」
「まあまあ。要するに、都美と離れなければいいだけじゃよ」
「ばあちゃん、俺は都子姫だけって心に決めてんだっ。それなのに、こんなニセ姫と…」
「言っとくけどね!好きでもない男の子といっしょにいないといけないなんて、わたしのほうこそ迷惑なんだから!」
なにもいっしょにいていやなのは、わたしだって同じだ。
だけど、現代で消えてしまうともう元の時代にも戻ることもできず、存在自体が消滅するとおじいちゃんから聞かされて、宗治は相当ビビっていた。
一度消えかけているからなおさら。
都子姫を一途に想う宗治は、なんとしてでも元の時代に戻りたいらしいから。
「…だったら、仕方なくお前のそばにいてやるよ」
悔しそうに、口の先を尖らせる宗治。
本来なら、『いてやるよ』じゃなくて、『いさせてください』が正解なんだろう。
「そういうことなら、宗治くんの部屋も用意しないとね!都美と同じ部屋でいいかしら?」
「なんでそんなことになるの…お母さん!?」
「だって~、そばにいないと宗治くんが消えちゃうんでしょ?だったら――」
「わたしの隣の部屋でいいじゃん…!ちょうど空き部屋なんだから」
宗治と同じ部屋なんて…ありえない!
同じ家の中にいる分には宗治は消えなさそうだから、隣の部屋で十分だ。
「それなら宗治くん、これからよろしくね~。もう1人、息子ができてうれしいわ♪」
突然タイムリープしてきた幕末剣士を同居させるということになったのに、お母さんは実に楽観的だ。
まぁそういう天真爛漫なところがお母さんらしいのだけれど。
そんなこんなで、幕末剣士との不思議な同居生活が始まった。
宗治と暮らすことになって、この5日間のゴールデンウィークはあっという間だった。
現代ではなにもめずらしくない身の回りにあるものすべてが、宗治にとっては初めて見るものばかりで…。
電気、トイレ、お風呂、テレビなどなど、1つ1つ説明するのが大変だった。
でも宗治も物分かりはいいようで、一度教えればすぐに使い方を覚えていた。
意外と適応力があるようだ。
初めは袴じゃないと落ち着かないなんて言っていたけど、今じゃ家では着心地のいいスウェットが部屋着だ。
髪型は、ちょんまげと違って普通の黒髪短髪だから、スウェット姿でくつろぐところを見ると、とてもじゃないけど幕末からタイムリープしてきた剣士には見えない。
そうして、ゴールデンウィーク明け最初の登校日を迎えた。
「びぃ、そんな格好してどこ行くんだよ?」
居間にやってきた宗治が、制服に着替えたわたしを不思議そうな顔をして眺める。
この間に、わたしは『びぃ』と呼ばれるようになった。
べつに呼び捨てでもかまわなかったのに、『都美』と『都子』じゃ響きが似ているから、名前では呼びたくないらしい。
そこで『みや』を取り除いて、『び』だけを取って『びぃ』と。
「今日から学校なの」
「ガッコウ?」
「勉強するところ。休み以外の日は毎日行くんだよ」
「寺子屋みたいなところか」
“寺子屋”…?
…歴史の授業で聞いたことがあるような。
「でも、そうなったら宗治はどうするの?わたしが学校に行っている間、宗治とは離れることになるけど…」
「それなら心配いらないわよ♪」
なぜかうれしそうに手をパチンと叩くお母さん。
そして、どこかへ行ったかと思ったら、なにかを持って居間に戻ってきた。
手にしていたのは、黒のブレザーにグレーのズボン。
それは、わたしが通う神代中学の男子生徒の制服だった。
「どうしたの…それ!?」
「手続きしてもらって、今日から宗治くんも通うことになったのっ」
聞くと、おじいちゃんの親友が神代中学の理事をしているとかで、特別に宗治の転校手続きをしてくれたとか。
「いつかは元の時代に戻るにしても、こっちでの勉強もいい経験でしょ?」
そう言って、お母さんは宗治に制服を押し付けた。
そうして、朝ごはんのあと、制服に着替えに部屋に向かった宗治。
だけど――。
「袴がずれ落ちてくる!どうしたらいいんだ…!」
「この長い布は、なにに使うんだ!」
ズボンをとめるベルトのやり方とネクタイの結び方がわからなくて、お父さんに教えてもらっていた。
「まぁ~!宗治くん、よく似合ってるわ~!」
「そ…そうか?」
神代中学の制服を着た宗治を見て、お母さんは感激していた。
おそらく、2年後の朔の姿を思い浮かべているのだろう。
「じゃあ、あとは都美と仲よく登校してねっ」
「行こ、宗治」
「待てっ。忘れ物がある」
「忘れ物…?」
制服に、リュックを背負って――。
転校初日だから、そんなに持ち物はないはずだけど…。
「これがそばにないと落ち着かないからな」
そう言って持ってきたのは、…なんと刀だった!
「このベルトとかいうやつが通っているところにさせばっ…」
「…無理だよ、無理!そんなことしたら、ズボンが破けちゃう!」
「だったら、どこにさせっていうんだよ」
「だから、ささなくていいんだって!」
それ…、真剣だよね?
そんなもの、学校に持っていったら大変なことになる!
「宗治くん。残念ながら、この時代では刀は持っては歩けないんだよ」
「だ…だが、これを手放すわけにはっ…」
「宗治くんがいないときはウチでちゃんと保管しておくから、心配しなくても大丈夫だよ」
「びぃの父ちゃんが言うなら…、安心できるが…」
とは言いつつ、内心は肌身離さず持ち歩きたいようで、腰にさしたい衝動をなんとか抑えながらお父さんに刀を手渡している。
「その刀は、俺の命よりも大切なものなんだ…!」
「宗治くんがこの刀をとても大切に思っているのは十分わかっているから。だから、責任持って預かるよ」
お父さんのその言葉に、宗治は渋々こくんとうなずいた。
「それじゃあ、いってきます!」
「いってくる」
「いってきまーす」
そうして、わたし、宗治、朔は、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんに見送られながら家を出た。
朔の小学校までは途中の道までいっしょ。
3人並んで歩道を歩く。
初めこそ、車やバイクを見て度肝を抜かれていた宗治だけど、この数日で徐々に見慣れてきたようだ。
「そういえば、宗治にいちゃん。命よりも大切って言ってたけど、あの刀ってすっげー高いものだったりするの?」
「あれは、都子姫からもらった『桜華』という名前の刀だ。値などつけられない」
「つまり、好きな人からもらったものは大切ってこと?」
「そういうことだ。朔はいないのか?心に決めた人は」
「オレはいないなー。1人の女の子に好かれるよりも、大勢の女の子から好かれるほうがいいじゃんっ」
我が弟ながら、その発言にはびっくりだ。
朔にはプレイボーイ気質があるのだろうか。
姉としては、少し心配だったりする。
「朔はまだ、『この人だ!』と思える運命の人に出会っていないだけだな」
「宗治にいちゃんは、それが都子姫って人なんだ?」
「ああ、そうだ。都子姫はびぃと違って、聡明で品があって――」
「だから、それは前にも聞いたって…!」
わたしと都子姫は、顔以外は似ても似つかないのはよ~くわかってるから。
宗治がそこまで言うから、できるものならその都子姫に一度会ってみたいくらいだ。
そんな話をしている間に、小学校と中学校へ向かう丁字路に差し掛かった。
そこで朔を見送り、わたしは宗治を学校まで案内する。
「俺たちと同じ着物を着ている連中は、全員“ガッコウ”を目指しているのか?」
「そうだよ。学年は違うけど、みんな神代中学の生徒だよ」
興味津々で辺りを見回すと宗治。
――そこへ。
「おっはよー、都美!」
突然思いきり背中を叩かれ、驚いて振り返ると、それは七海だった。
「まあまあ。要するに、都美と離れなければいいだけじゃよ」
「ばあちゃん、俺は都子姫だけって心に決めてんだっ。それなのに、こんなニセ姫と…」
「言っとくけどね!好きでもない男の子といっしょにいないといけないなんて、わたしのほうこそ迷惑なんだから!」
なにもいっしょにいていやなのは、わたしだって同じだ。
だけど、現代で消えてしまうともう元の時代にも戻ることもできず、存在自体が消滅するとおじいちゃんから聞かされて、宗治は相当ビビっていた。
一度消えかけているからなおさら。
都子姫を一途に想う宗治は、なんとしてでも元の時代に戻りたいらしいから。
「…だったら、仕方なくお前のそばにいてやるよ」
悔しそうに、口の先を尖らせる宗治。
本来なら、『いてやるよ』じゃなくて、『いさせてください』が正解なんだろう。
「そういうことなら、宗治くんの部屋も用意しないとね!都美と同じ部屋でいいかしら?」
「なんでそんなことになるの…お母さん!?」
「だって~、そばにいないと宗治くんが消えちゃうんでしょ?だったら――」
「わたしの隣の部屋でいいじゃん…!ちょうど空き部屋なんだから」
宗治と同じ部屋なんて…ありえない!
同じ家の中にいる分には宗治は消えなさそうだから、隣の部屋で十分だ。
「それなら宗治くん、これからよろしくね~。もう1人、息子ができてうれしいわ♪」
突然タイムリープしてきた幕末剣士を同居させるということになったのに、お母さんは実に楽観的だ。
まぁそういう天真爛漫なところがお母さんらしいのだけれど。
そんなこんなで、幕末剣士との不思議な同居生活が始まった。
宗治と暮らすことになって、この5日間のゴールデンウィークはあっという間だった。
現代ではなにもめずらしくない身の回りにあるものすべてが、宗治にとっては初めて見るものばかりで…。
電気、トイレ、お風呂、テレビなどなど、1つ1つ説明するのが大変だった。
でも宗治も物分かりはいいようで、一度教えればすぐに使い方を覚えていた。
意外と適応力があるようだ。
初めは袴じゃないと落ち着かないなんて言っていたけど、今じゃ家では着心地のいいスウェットが部屋着だ。
髪型は、ちょんまげと違って普通の黒髪短髪だから、スウェット姿でくつろぐところを見ると、とてもじゃないけど幕末からタイムリープしてきた剣士には見えない。
そうして、ゴールデンウィーク明け最初の登校日を迎えた。
「びぃ、そんな格好してどこ行くんだよ?」
居間にやってきた宗治が、制服に着替えたわたしを不思議そうな顔をして眺める。
この間に、わたしは『びぃ』と呼ばれるようになった。
べつに呼び捨てでもかまわなかったのに、『都美』と『都子』じゃ響きが似ているから、名前では呼びたくないらしい。
そこで『みや』を取り除いて、『び』だけを取って『びぃ』と。
「今日から学校なの」
「ガッコウ?」
「勉強するところ。休み以外の日は毎日行くんだよ」
「寺子屋みたいなところか」
“寺子屋”…?
…歴史の授業で聞いたことがあるような。
「でも、そうなったら宗治はどうするの?わたしが学校に行っている間、宗治とは離れることになるけど…」
「それなら心配いらないわよ♪」
なぜかうれしそうに手をパチンと叩くお母さん。
そして、どこかへ行ったかと思ったら、なにかを持って居間に戻ってきた。
手にしていたのは、黒のブレザーにグレーのズボン。
それは、わたしが通う神代中学の男子生徒の制服だった。
「どうしたの…それ!?」
「手続きしてもらって、今日から宗治くんも通うことになったのっ」
聞くと、おじいちゃんの親友が神代中学の理事をしているとかで、特別に宗治の転校手続きをしてくれたとか。
「いつかは元の時代に戻るにしても、こっちでの勉強もいい経験でしょ?」
そう言って、お母さんは宗治に制服を押し付けた。
そうして、朝ごはんのあと、制服に着替えに部屋に向かった宗治。
だけど――。
「袴がずれ落ちてくる!どうしたらいいんだ…!」
「この長い布は、なにに使うんだ!」
ズボンをとめるベルトのやり方とネクタイの結び方がわからなくて、お父さんに教えてもらっていた。
「まぁ~!宗治くん、よく似合ってるわ~!」
「そ…そうか?」
神代中学の制服を着た宗治を見て、お母さんは感激していた。
おそらく、2年後の朔の姿を思い浮かべているのだろう。
「じゃあ、あとは都美と仲よく登校してねっ」
「行こ、宗治」
「待てっ。忘れ物がある」
「忘れ物…?」
制服に、リュックを背負って――。
転校初日だから、そんなに持ち物はないはずだけど…。
「これがそばにないと落ち着かないからな」
そう言って持ってきたのは、…なんと刀だった!
「このベルトとかいうやつが通っているところにさせばっ…」
「…無理だよ、無理!そんなことしたら、ズボンが破けちゃう!」
「だったら、どこにさせっていうんだよ」
「だから、ささなくていいんだって!」
それ…、真剣だよね?
そんなもの、学校に持っていったら大変なことになる!
「宗治くん。残念ながら、この時代では刀は持っては歩けないんだよ」
「だ…だが、これを手放すわけにはっ…」
「宗治くんがいないときはウチでちゃんと保管しておくから、心配しなくても大丈夫だよ」
「びぃの父ちゃんが言うなら…、安心できるが…」
とは言いつつ、内心は肌身離さず持ち歩きたいようで、腰にさしたい衝動をなんとか抑えながらお父さんに刀を手渡している。
「その刀は、俺の命よりも大切なものなんだ…!」
「宗治くんがこの刀をとても大切に思っているのは十分わかっているから。だから、責任持って預かるよ」
お父さんのその言葉に、宗治は渋々こくんとうなずいた。
「それじゃあ、いってきます!」
「いってくる」
「いってきまーす」
そうして、わたし、宗治、朔は、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんに見送られながら家を出た。
朔の小学校までは途中の道までいっしょ。
3人並んで歩道を歩く。
初めこそ、車やバイクを見て度肝を抜かれていた宗治だけど、この数日で徐々に見慣れてきたようだ。
「そういえば、宗治にいちゃん。命よりも大切って言ってたけど、あの刀ってすっげー高いものだったりするの?」
「あれは、都子姫からもらった『桜華』という名前の刀だ。値などつけられない」
「つまり、好きな人からもらったものは大切ってこと?」
「そういうことだ。朔はいないのか?心に決めた人は」
「オレはいないなー。1人の女の子に好かれるよりも、大勢の女の子から好かれるほうがいいじゃんっ」
我が弟ながら、その発言にはびっくりだ。
朔にはプレイボーイ気質があるのだろうか。
姉としては、少し心配だったりする。
「朔はまだ、『この人だ!』と思える運命の人に出会っていないだけだな」
「宗治にいちゃんは、それが都子姫って人なんだ?」
「ああ、そうだ。都子姫はびぃと違って、聡明で品があって――」
「だから、それは前にも聞いたって…!」
わたしと都子姫は、顔以外は似ても似つかないのはよ~くわかってるから。
宗治がそこまで言うから、できるものならその都子姫に一度会ってみたいくらいだ。
そんな話をしている間に、小学校と中学校へ向かう丁字路に差し掛かった。
そこで朔を見送り、わたしは宗治を学校まで案内する。
「俺たちと同じ着物を着ている連中は、全員“ガッコウ”を目指しているのか?」
「そうだよ。学年は違うけど、みんな神代中学の生徒だよ」
興味津々で辺りを見回すと宗治。
――そこへ。
「おっはよー、都美!」
突然思いきり背中を叩かれ、驚いて振り返ると、それは七海だった。
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