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幕末剣士、修学旅行へ
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うなだれる宗治。
宗治にとったら、たまったものではないだろう。
再び好きな人と出会えたと思ったら、また引き離されるだなんて。
「だが…都美。1つ注意が必要じゃ」
「注意って?」
「満月の条件を満たした時渡りで、宗治くんは完全に元の時代へ戻ることができるじゃろう。じゃが、その強すぎる力は、都美でさえもその時代に留めてしまう可能性があるのじゃ」
「わたしも…幕末の時代に?」
「そうじゃ。こちらとあちらを絆ぐ扉となる木のうろは、一度しか光らん。それを逃してしまったら、もうこっちの時代には戻ってこれんということを忘れるでないぞ」
おばあちゃんの忠告に、わたしはごくりとつばを呑んだ。
わたしはあっちの時代の人ではないから、宗治を送り届けたあと、勝手にこっちに戻ってくるものとばかり思っていたけど――。
もしチャンスを逃してしまったら、わたしはもう現代には帰れない…。
「わかったよ、おばあちゃん。気をつけるね!」
さすがに、幕末の時代に取り残されるのはごめんだ。
そして、それから1ヶ月後。
7月。
宗治がタイムリープしてきて2ヶ月がたった。
1学期も残すところ、あとわずか。
もうすぐで夏休みに入るけれど、その前に中学2年生のわたしたちには一大イベントがあった。
それは、修学旅行!
新幹線に乗って行く、2泊3日の内容となっている。
もしそれまでにまたタイムリープすることがあれば、時空の歪みのせいで現代に戻ってこられるのが1日後なのか1週間後なのか、はたまた1ヶ月後なのかがわからない。
そうなれば、もしかしたら修学旅行に行けないかもしれないということが心配だった。
だけど、満月は月に一度あったけど桜が咲くことはなく、無事に修学旅行の日を迎えることができた。
「晴れてよかったねー!」
「そうだねっ。とってもいい天気!」
わたしは新幹線で七海と隣の席に座って、窓から外と眺めていた。
「…うおぉぉ!なんだこれは!?次から次へと景色が変わっていく!!」
後ろの座席から、大げさな驚きの声が聞こえてきた。
…見なくてもわかる。
宗治だ。
宗治とは、一度休みの日に電車に乗ったことがあった。
そのときも大興奮だったけど、新幹線の速さにはさらに驚いていた。
「もしかして、宗治くんって新幹線乗るの初めてなの?」
後ろの座席を横目で覗きながら、七海がクスクスと笑っている。
「…え~っと。田舎に住んでたからそうなんじゃないかな」
怪しまれないように、それっぽい相づちをしておく。
「ねぇ知ってた?都美」
「ん?なにを?」
「宗治くん狙いの女の子って、めちゃくちゃ多いんだよ~」
「…えっ。宗治ってそんなにモテてるの…?」
たしかに、転校初日から女の子たちが話しかけにきていた。
でも、宗治には好きな人がいると伝えたらみんな残念がっていたから、てっきりあきらめたものとばかり思っていたけど…。
そういえば、最近剣道部を見にくる女の子も多いような。
あれは、古関先輩目当てもあるかもしれないけど、宗治目当ての女の子も含まれていたんだ。
「好きな人に一途ってところがポイント高いらしいよ。好きになってもらったら、自分も大切にしてくれるんじゃないかって」
どうやら、逆に女の子たちの恋心に火をつけてしまったようだ。
「宗治くん、トランプしないっ?」
「宗治くん、このお菓子あげるよ!」
さっきから、絶え間なく女の子たちが後ろの宗治の席へ遊びにきている。
同じクラスの女の子だけではなく、隣の車両からも違うクラスの女の子がやってくるくらいだ。
「おっ、ありがとう。もらうよ」
宗治も宗治でわたし以外には外面がいいから、自分がモテてるという自覚もなく、快く受け答えしている。
「…なによ。そういうときだけ愛想がいいんだから。都子姫に言いつけてやるっ」
わたしはムスッとして、自分の席に座り直した。
新幹線がトンネルに入り、暗くなった窓には不機嫌そうに頬を膨らませるわたしの顔が映っていた。
わたしが機嫌が悪いのは、宗治が女の子たちからチヤホヤされているからではない。
ただ見ているだけのなにもできない自分に腹が立っていた。
わたしじゃない女の子と楽しそうに話したり。
さり気なくボディタッチされたり。
そんな場面を見たら、胸の中がモヤモヤする。
『もっと俺に抱きつけ。それで、顔を埋めろ。そうしたら、だれにも顔は見られねぇから』
あの宗治の優しさは、わたしだけに向けられたもの。
だから、他の女の子には優しくしてほしくない。
…こんなの、ただのヤキモチだってわかってる。
それに宗治が好きなのは都子姫であって、わたしじゃない。
このヤキモチが無駄なことも知っている。
それでもわたしは、宗治のことが気になって気になって仕方がない。
こんな気持ちになるなんて、まるで自分が自分じゃないみたい。
新幹線に乗って2時間ほどで、修学旅行先に到着。
1日目の今日は団体行動で、この地域に関する歴史を学ぶために資料館を見学して、そのあと江戸の町並みを再現したテーマパークへ行った。
時代劇のドラマや映画の撮影でも使われているんだそう。
「すげ~!テレビでよく見る感じだ!」
「なんだか江戸時代にタイムスリップしたみたい!」
本格的に再現された町並みに、周りは目を輝かせながら驚いている。
わたしはというと、この前タイムスリップしたときに生の町並みを見たばかりだから、みんなみたいに新鮮な反応はできなかった。
「へ~。なかなかそれっぽく造られてるな」
宗治もどこか上から目線だ。
そのあとは、女の子は町娘の衣装に、男の子は侍の衣装を着せてもらえる体験をした。
「都美、似合ってる~!」
「七海もかわいいよ!」
わたしは赤い着物、七海は黄色い着物を着ていっしょに写真を撮る。
すると、男子更衣室のほうからざわついた声が聞こえた。
何事かと思い駆け寄ってみると、中から出てきたのは袴姿の宗治だった。
「自分で着付けできるって、宗治すげぇな!」
「だれに教わったんだよ?」
「だれにって…。こんなの、だれでもできるだろ?」
興味津々で男の子たちが周りに集まるも、宗治はすました顔で応えていた。
宗治にとっては、袴は普段着のようなもの。
1人で着るくらい、なんとでもないだろう。
「見て!宗治くん、めちゃくちゃかっこいい~♪」
「ヤバ!袴、似合いすぎじゃない!?」
女の子たちも宗治の袴を見て、キャッキャと喜んで飛び跳ねている。
わたしはその様子を横目で見ていた。
似合って当然だ。
なぜなら、本物の幕末の剣士なのだから。
宗治はまるで芸能人かのように、みんなからいっしょに写真を撮りたいとお願いされていた。
「七海、行こっ」
そんな場面を見るのがいやで、わたしは七海に声をかけた。
着物姿で歩いているだけで雰囲気が出て、七海といろいろなところで写真を撮る。
途中、お茶屋さんに立ち寄って、お団子と抹茶のセットを頼んだ。
「ん~!おいし~!」
甘いものを食べたら、さっきまでのイライラもどこかへ飛んでいってしまった。
「都美、このあとどうする?あっちのほうに、体験型のアトラクションもあるみたいなんだけど」
「楽しそうだねっ。食べたら行こ」
店先に設けられた野点傘の下で、緋毛氈の縁台に腰かけながらお団子を食べ、七海といっしょにテーマパークのパンフレットを眺めていた。
――そのとき。
「びぃ!」
突然響いたその声に、わたしは驚いて肩がビクッとなった。
声のトーンで嫌な予感がして、おそるおそる目を向けると、顔をしかめた宗治がわたしに向かって走ってきた。
宗治にとったら、たまったものではないだろう。
再び好きな人と出会えたと思ったら、また引き離されるだなんて。
「だが…都美。1つ注意が必要じゃ」
「注意って?」
「満月の条件を満たした時渡りで、宗治くんは完全に元の時代へ戻ることができるじゃろう。じゃが、その強すぎる力は、都美でさえもその時代に留めてしまう可能性があるのじゃ」
「わたしも…幕末の時代に?」
「そうじゃ。こちらとあちらを絆ぐ扉となる木のうろは、一度しか光らん。それを逃してしまったら、もうこっちの時代には戻ってこれんということを忘れるでないぞ」
おばあちゃんの忠告に、わたしはごくりとつばを呑んだ。
わたしはあっちの時代の人ではないから、宗治を送り届けたあと、勝手にこっちに戻ってくるものとばかり思っていたけど――。
もしチャンスを逃してしまったら、わたしはもう現代には帰れない…。
「わかったよ、おばあちゃん。気をつけるね!」
さすがに、幕末の時代に取り残されるのはごめんだ。
そして、それから1ヶ月後。
7月。
宗治がタイムリープしてきて2ヶ月がたった。
1学期も残すところ、あとわずか。
もうすぐで夏休みに入るけれど、その前に中学2年生のわたしたちには一大イベントがあった。
それは、修学旅行!
新幹線に乗って行く、2泊3日の内容となっている。
もしそれまでにまたタイムリープすることがあれば、時空の歪みのせいで現代に戻ってこられるのが1日後なのか1週間後なのか、はたまた1ヶ月後なのかがわからない。
そうなれば、もしかしたら修学旅行に行けないかもしれないということが心配だった。
だけど、満月は月に一度あったけど桜が咲くことはなく、無事に修学旅行の日を迎えることができた。
「晴れてよかったねー!」
「そうだねっ。とってもいい天気!」
わたしは新幹線で七海と隣の席に座って、窓から外と眺めていた。
「…うおぉぉ!なんだこれは!?次から次へと景色が変わっていく!!」
後ろの座席から、大げさな驚きの声が聞こえてきた。
…見なくてもわかる。
宗治だ。
宗治とは、一度休みの日に電車に乗ったことがあった。
そのときも大興奮だったけど、新幹線の速さにはさらに驚いていた。
「もしかして、宗治くんって新幹線乗るの初めてなの?」
後ろの座席を横目で覗きながら、七海がクスクスと笑っている。
「…え~っと。田舎に住んでたからそうなんじゃないかな」
怪しまれないように、それっぽい相づちをしておく。
「ねぇ知ってた?都美」
「ん?なにを?」
「宗治くん狙いの女の子って、めちゃくちゃ多いんだよ~」
「…えっ。宗治ってそんなにモテてるの…?」
たしかに、転校初日から女の子たちが話しかけにきていた。
でも、宗治には好きな人がいると伝えたらみんな残念がっていたから、てっきりあきらめたものとばかり思っていたけど…。
そういえば、最近剣道部を見にくる女の子も多いような。
あれは、古関先輩目当てもあるかもしれないけど、宗治目当ての女の子も含まれていたんだ。
「好きな人に一途ってところがポイント高いらしいよ。好きになってもらったら、自分も大切にしてくれるんじゃないかって」
どうやら、逆に女の子たちの恋心に火をつけてしまったようだ。
「宗治くん、トランプしないっ?」
「宗治くん、このお菓子あげるよ!」
さっきから、絶え間なく女の子たちが後ろの宗治の席へ遊びにきている。
同じクラスの女の子だけではなく、隣の車両からも違うクラスの女の子がやってくるくらいだ。
「おっ、ありがとう。もらうよ」
宗治も宗治でわたし以外には外面がいいから、自分がモテてるという自覚もなく、快く受け答えしている。
「…なによ。そういうときだけ愛想がいいんだから。都子姫に言いつけてやるっ」
わたしはムスッとして、自分の席に座り直した。
新幹線がトンネルに入り、暗くなった窓には不機嫌そうに頬を膨らませるわたしの顔が映っていた。
わたしが機嫌が悪いのは、宗治が女の子たちからチヤホヤされているからではない。
ただ見ているだけのなにもできない自分に腹が立っていた。
わたしじゃない女の子と楽しそうに話したり。
さり気なくボディタッチされたり。
そんな場面を見たら、胸の中がモヤモヤする。
『もっと俺に抱きつけ。それで、顔を埋めろ。そうしたら、だれにも顔は見られねぇから』
あの宗治の優しさは、わたしだけに向けられたもの。
だから、他の女の子には優しくしてほしくない。
…こんなの、ただのヤキモチだってわかってる。
それに宗治が好きなのは都子姫であって、わたしじゃない。
このヤキモチが無駄なことも知っている。
それでもわたしは、宗治のことが気になって気になって仕方がない。
こんな気持ちになるなんて、まるで自分が自分じゃないみたい。
新幹線に乗って2時間ほどで、修学旅行先に到着。
1日目の今日は団体行動で、この地域に関する歴史を学ぶために資料館を見学して、そのあと江戸の町並みを再現したテーマパークへ行った。
時代劇のドラマや映画の撮影でも使われているんだそう。
「すげ~!テレビでよく見る感じだ!」
「なんだか江戸時代にタイムスリップしたみたい!」
本格的に再現された町並みに、周りは目を輝かせながら驚いている。
わたしはというと、この前タイムスリップしたときに生の町並みを見たばかりだから、みんなみたいに新鮮な反応はできなかった。
「へ~。なかなかそれっぽく造られてるな」
宗治もどこか上から目線だ。
そのあとは、女の子は町娘の衣装に、男の子は侍の衣装を着せてもらえる体験をした。
「都美、似合ってる~!」
「七海もかわいいよ!」
わたしは赤い着物、七海は黄色い着物を着ていっしょに写真を撮る。
すると、男子更衣室のほうからざわついた声が聞こえた。
何事かと思い駆け寄ってみると、中から出てきたのは袴姿の宗治だった。
「自分で着付けできるって、宗治すげぇな!」
「だれに教わったんだよ?」
「だれにって…。こんなの、だれでもできるだろ?」
興味津々で男の子たちが周りに集まるも、宗治はすました顔で応えていた。
宗治にとっては、袴は普段着のようなもの。
1人で着るくらい、なんとでもないだろう。
「見て!宗治くん、めちゃくちゃかっこいい~♪」
「ヤバ!袴、似合いすぎじゃない!?」
女の子たちも宗治の袴を見て、キャッキャと喜んで飛び跳ねている。
わたしはその様子を横目で見ていた。
似合って当然だ。
なぜなら、本物の幕末の剣士なのだから。
宗治はまるで芸能人かのように、みんなからいっしょに写真を撮りたいとお願いされていた。
「七海、行こっ」
そんな場面を見るのがいやで、わたしは七海に声をかけた。
着物姿で歩いているだけで雰囲気が出て、七海といろいろなところで写真を撮る。
途中、お茶屋さんに立ち寄って、お団子と抹茶のセットを頼んだ。
「ん~!おいし~!」
甘いものを食べたら、さっきまでのイライラもどこかへ飛んでいってしまった。
「都美、このあとどうする?あっちのほうに、体験型のアトラクションもあるみたいなんだけど」
「楽しそうだねっ。食べたら行こ」
店先に設けられた野点傘の下で、緋毛氈の縁台に腰かけながらお団子を食べ、七海といっしょにテーマパークのパンフレットを眺めていた。
――そのとき。
「びぃ!」
突然響いたその声に、わたしは驚いて肩がビクッとなった。
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