時をこえて、またキミに恋をする。

中小路かほ

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幕末剣士、修学旅行へ

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お屋敷に戻る前にささっと顔に包帯を巻いて、何食わぬ顔で宗治とお屋敷に戻った。


「…宗治!びぃ様はいらしたの!?」


お屋敷に入ると、慌てた様子で都子姫が駆けつけてきた。


「はい、姫。また倒れているところを見つけました」

「それならよかったわ…」


わたしの名前は『びぃ』だと宗治から聞いたのだろうか。

お姫さまである都子姫に『様』をつけて呼ばれて、一瞬驚いた。


そのあとは、わたしは血だらけの両膝の手当てもしてもらい、お屋敷でのんびり過ごさせてもらった。


お昼ごはんも夜ごはんも和食で薄味だけど、おいしかった。

毎日こんな食事だったら健康によさそう。


だけど、いつ現代に戻れるかがわからないから、これからもずっと同じような食事だったら、無性に揚げ物とかラーメンとかお菓子が食べたくなっちゃうな…。


そんなことを考えながら、わたしは夜のお屋敷の中の庭園を散歩していた。


すると桜の木の下に、月明かりに照らされた刀を振るう影が見えた。

宗治だ。


一心不乱に素振りをする姿に、思わず目を惹かれる。

現代のうちの庭でも毎晩のように素振りをしていたから見慣れた光景のはずなのに、なぜだか今はそんな宗治がかっこよく見えてしまって仕方がない。


わたし…おかしくなっちゃったのかな。

と思うほど、宗治をずっと見ていたかった。


これが…『恋』というやつなのだろうか。


それに、いつもなら何気ない話をしに声をかけるのに、…今はそんなことできない。

宗治を見ているだけで胸がドキドキしてしまうから。


集中していることだし、部屋に戻ろう。


そう思って、戻ろうとした――そのとき。


「びぃ!」


背中からわたしを呼ぶ声がする。

振り返ると、宗治がわたしに向かって手を振っていた。


「いたなら、声かけろよな」

「…あ、うん。…ごめん」


宗治に見つかってしまい、わたしは手招きに誘われるように宗治のもとへおずおずと向かった。


「眠れねぇのか?」

「ううん。風が気持ちよかったから、ちょっと散歩しようと思って」

「そっか」


わたしたちは、桜の木の幹にもたれながら座り込む。


「どうだ?こっちの時代もいいもんだろ?」

「そうだね。都子姫も壱さんも、お屋敷の人たちもみんなよくしてくれるし」

「だろ?都子姫はみんなに優しいし、華道も茶道もお琴だって、なにをさせてもうまいんだ。それに、たまに天然なところがまたかわいい」


宗治は、まるで自分のことのようにうれしそうに話す。


その笑顔はわたしじゃなくて、都子姫に向けられているのだと思うと――。

そんな宗治から、わたしは目を背けたくなってしまった。


「いっそのこと、俺たちが祝言をあげるまでここにいろよ」

「え…!?」

「だって、びぃのその力のおかげで、都子姫ともう一度結婚できる機会が与えられたんだから」

「それは…そうかもしれないけど…」


宗治と都子姫が結婚するところなんて、…見たくないよ。

宗治は、わたしの気持ちにはまったく気づいていない。


「まぁ結婚を約束したのは、2年後の16歳だからな。それまでには春になれば桜は咲くし、びぃは現代に戻っちまうだろうな」

「…そうだよ!わたしだってあっちでの生活があるんだから、ずっとこっちになんていてられないよ」

「だよな。お前もいつか帰っちまうんだな。俺みたいに…」

「…うん、帰るよ。そうなったら、…本当にお別れだね」


わたしがそばにいないと消えてしまうから、いつでも宗治といっしょにいることに迷惑していたけど…。

今は、少しでも長く宗治の隣にいたいと思ってしまっている。


そのとき、ふとわたしの頬をなにかがかすめた。

ヒラリと膝の上に落ちたので、そのなにかを指でつまむ。


「…ん?」


月明かりに照らしてみると、それは桜の花びらだった。


「なんで桜の花びらが…?」


今のこの時代は7月。

こんな時期に桜が咲くはずがない。


――と思っていたら。


「…おっ、おい…びぃ!」


隣から、慌てたようにわたしを呼ぶ声がするから顔を向けると、宗治が空を見上げていた。


「どうしたの?」

「見ろよ、…あれっ!」


宗治に促されるまま、わたしも上に目をやると――。


さっきまでなんの変哲もなかった桜の木が、なんと花を咲かせていたのだった…!


その美しい夜桜に、思わず目を奪われる。


…って、そうじゃなかった!


「まさか、これって…」


とつぶやいた直後、木のうろが赤紫色に光りだした。


「間違いねぇ…!タイムスリップだ!」

「じゃあ、わたしは元の時代へ戻れるの…!?」

「お前はな!…だが、俺はせっかくこっちに戻ってきたんだから、また巻き込まれるわけにはいかねぇんだよ…!」


そう言って、木のうろから離れようとする宗治。

だけど、その光はわたしたちを包み込むように輝き――。


「…きゃーーーー!!」

「うおぉぉぁぁぁぁ~…!!」


わたしたちは、幹のうろの中へと吸い込まれてしまったのだった。



「…いたたっ」


思いきり地面に尻もちをついてしまい、その痛みにおしりを擦る。


「いってぇ…」


横を見ると、宗治がうつ伏せになって倒れていた。


「…あっ!ねえちゃんと、宗治にいちゃんだ!」


そんな声が聞こえて目を向けると、そこには見慣れた我が家があった。

その縁側から、朔がこちらへ走ってくる。


――ということは、ここは…現代?


そのあと、家族全員が居間に集まった。


わたしが自分の身に起きた話をすると、どうやら本当に宗治のいた幕末の時代にタイムスリップしていたようだ。

わたしの家族は、わたしと宗治がいないことに気づき、落ちていた桜の花びらを見つけ、タイムスリップしたのではないかと思って、桜の木が見える縁側で帰りを待っていたらしい。


救い人の力というものには驚かされたけど、さらに驚いたことは、タイムスリップしてから再び戻ってくるまで…たった1時間しかたっていなかったことだ。

向こうでは1日ほど過ごしたというのに。


おばあちゃんの話によると、タイ厶スリップしたとしても、いつの日に飛ぶことができるかはわたしの力では操作することはできない。

さらに、時空の歪みのせいで、必ずしもこっちとあっちの時間の流れは同じとは言えないらしい。


わたしがあっちの世界で、都子姫や壱さんに会い、人攫いに襲われそうになって濃い1日を過ごしたけれど、こっちの世界では…それがたったの1時間。


でも、わたしには貴重な体験だった。

ご先祖様にも会うことができたし。


そんなわたしと違って、とてつもなく落ち込んでいるのは宗治だ。


「…なぜだ。なぜ俺はまた…こっちにきちまったんだ…」


せっかく元の時代へ帰れて喜んでいたのに、すぐにまた連れ戻されてしまったから。


「タイムスリップって、そう何度もあるようなものなの?」


おじいちゃんとおばあちゃんに尋ねると、古文書をパラパラとめくり、ある部分の説明を指さした。


「おそらく今回の時渡りは、完全なものではなかったのじゃな。ゆえに、宗治くんを元の時代に留める力がなく、2人とも戻ってきたのじゃろう」


どうやら、タイムスリップできる条件は『桜が狂い咲きした夜』だけではなく、あと1つあるんだそう。


それが、――満月。


『満月の夜』と『桜の狂い咲き』が同時に重なったとき、本来の救い人としてのタイムスリップの力が発揮されるのだ。

その条件を満たしたタイムスリップで、生まれ変わった宗治は元の時代に受け入れられる。


わたしと宗治がタイムスリップしてしまったあと、新たな古文書にそのことが書かれてあるのを見つけたんだそう。


「満月って、なんだよ…!そんなの聞いてねぇよ!」
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