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幕末剣士、修学旅行へ
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「シー…!!声がでけぇよ…!」
慌ててわたしの口を塞ぐ宗治。
あまりにも驚いて叫びかけたけど、宗治に口を塞がれてからはあきれて言葉も出なかった。
竹刀袋の中にあったのは、なんと…『桜華』。
宗治が都子姫からもらった大切な刀だ。
「仕方ねぇだろっ…。桜華と離れるなんて考えられねぇんだから」
そういえば、登校初日も学校へ桜華を持っていこうとした宗治。
だけど、もちろん周りから止められて。
宗治が桜華を学校に持っていかないように、普段はお父さんが管理している。
そして、学校から帰ってきたら宗治に戻す――そんな毎日だった。
宗治にとって桜華は、肌身離さず持っていたい刀だということは知っている。
…だからって。
2泊3日離れるだけなのに、…わざわざお父さんの目を盗んでまで桜華を持ってこなくても。
修学旅行に持っていくと言えば、止められることはわかっていたから、素振りをするためだと言って竹刀袋に隠してまで持ってくるところは、もはや確信犯だ。
そして結局、同じ部屋の男友達に荷物を荒らされて桜華が傷つくと困るからと、わたしのところへ持ってきたというわけだ。
「前にも言ったけど、こんなの学校にバレたらヤバイんだよ…!?」
ヤバイどころでは済まない。
警察沙汰だ。
「…わかってるっ。でも、1日たりとも桜華と離れるわけにはいかねぇんだよ」
宗治は真剣なまなざしで、わたしが抱きかかえている桜華に目を向ける。
それは、好きな人を見つめる目そのものだった。
「…しょうがないなぁ」
わたしは、あきれながらため息をついた。
もう今さらどうしようもない。
それに、明日には帰るわけだし。
「わかったよ。そのかわり、勝手に桜華を持ってきたこと、帰ったらお父さんにちゃんと謝りなよ」
「ああ!ありがとな、びぃ!助かる!」
宗治は安堵した顔を見せると、わたしに微笑みかけた。
「言っておくが、くれぐれも桜華だけは――」
「もう、わかってるって!安心して。責任持ってわたしが預かるから」
たぶん宗治は、桜華を握るたびに都子姫のことを思い出しているのだろう。
わたしにとっては複雑な気持ち…。
だけど、そんな大切なものをわたしに預けてくれることが…うれしかった。
前までは、わたしが桜華に指一本でも触れることは許されなかった。
…だから。
宗治はわたしのことを信頼してくれている。
そう思って…いいんだよね?
「都美ー!宗治くん、なんだって?」
部屋に戻ると、七海が声をかけてきた。
「なんか荷物が多いからって、わたしに竹刀を渡しにきて」
真剣を傷つけられるのが困るから、わたしのところへ避難させにきた。
…とは言えないから、怪しまれないような話をした。
「それ、宗治くん大事そうに抱えてたやつだよね?そりゃ、修学旅行に竹刀なんて持ってきたら邪魔になるよ」
「ほんとそれ」
わたしは、七海といっしょになって笑う。
竹刀袋に包まれた桜華は、部屋の隅にまとめていた自分の荷物のところへそっと置いた。
ここなら、男部屋みたいにまくら投げに夢中になって荷物を荒らされる心配もない。
『その刀は、俺の命よりも大切なものなんだ…!』
前に、そう話していた宗治。
だから、明日宗治へ無事に返すまでは、なにがあってもわたしが桜華を守る。
――そう思っていたんだけど。
事件はその夜に起きた。
だれもが眠りについていた夜中の2時。
突然、けたたましい音が宿中に鳴り響いた。
熟睡していたけど、驚いて飛び起きるほど。
「なに…この音!?」
同じ部屋のみんなと、寝ぼけながらも顔を見合わせる。
〈火事です!火事です!至急、安全な場所へ避難してください!〉
機械的な音声が部屋の中で何度も繰り返される。
なんとそれは、火災警報器の音だった!
「火事…!?」
「…うそでしょ!?」
予期せぬ事態に、わたしたちは一瞬にしてパニックになった。
「ど…どうする?」
「誤作動とかじゃないの…?」
そんな声も聞こえた。
だけど、ドアの向こうの廊下が慌ただしい。
すぐに駆け寄ってドアを開けると、パジャマ姿のまま避難している同級生たちがいた。
「みんな!早く外へ!!」
先生たちが大声を出して誘導している。
そういえば、なんだか焦げ臭い臭いもする…。
そこでようやく、これは火災警報器の誤作動なんかじゃないと確信した。
「すぐに逃げよう…!!」
慌てて、同室の女の子たちと部屋を飛び出した。
学校では、毎年のように避難訓練をしていた。
だけど、本当に火事の現場に居合わせてしまったら、落ち着くなんてことはできなかった。
このときばかりは、避難するのに必死で…。
外に出て点呼を取ると、逃げ遅れた生徒はいないようだった。
出火したのは、ロビーの裏の本館にある調理場からだった。
男子部屋も女子部屋も調理場から離れていたところにあったのが幸いだった。
「…よかったね、みんな無事で」
「そうだね…」
七海とついさっきまでいた宿を見つめながら、ほっとため息をつく。
遠くのほうからは、消防車のサイレンも聞こえる。
「…あっ、見て!あたしたちがいた部屋のほうにも火が…!」
七海が指さすほうを見ると、風の影響で火が燃え移り始めていた。
突然の火事で驚いたけど、宿泊客や従業員は全員避難できていて、取り残された人がいなくて本当によかった。
――しかし、わたしの額から冷たい一筋の汗が流れる。
…違う。
全然よくない。
わたしは、とんでもないことを思い出してしまった。
火の手が迫る、わたしたちの部屋があった場所。
そこに、宗治から預かった『桜華』を置き忘れているということに…。
「…どうしよう、七海」
「ん?…どうかした?」
「わたし…、部屋に大切なものを置いてきちゃった…」
ことの重大さに自然と声が震えた。
「取りにいかないと…!」
「…ちょっと都美、なに言ってるの!?みんな手荷物を置いて逃げてきたから、こうして無事だったんだよ!?命よりも大切なものなんてないよ…!」
そう言って、必死にわたしを説得しようとする七海。
たしかに、命よりも大切なものなんてない。
――だけど。
『その刀は、俺の命よりも大切なものなんだ…!』
宗治にとって桜華は例外だ。
見たところ、燃えているのは奥のほう。
わたしたちがいた部屋は手前のほうだ。
今なら…まだ間に合う。
「七海、ごめん。…あるんだよね。命よりも大切なものが」
わたしは、煙が上がる宿を真正面にして見つめる。
…大丈夫。
すぐに取って戻ってこれば、まだ間に合う。
それに――。
『言っておくが、くれぐれも桜華だけは――』
『もう、わかってるって!安心して。責任持ってわたしが預かるから』
宗治と約束したから。
任されたのだから、その言葉のとおり、わたしが桜華を守るんだ。
唾をごくりと呑む。
「待って、都美…!!」
「ちょっと行ってくるね」
わたしは七海を心配させまいと笑って手を振ると、さっきまでいた宿の中へ駆け込んでいった。
中は、避難したときと同じように少し焦げ臭い臭いがするくらいで、本当に火事が起きているのかと思うほど変わりなかった。
一直線にさっきの女子部屋へ向かうと、開け放たれたままのドアから中へ入った。
散乱した布団の向こう側に、壁に寄せていたわたしの荷物が見えた。
そこに立てかけられている竹刀袋。
「…よかった、無事で」
紐を解いて、中の桜華をこの目で確認する。
これで宗治も安心するはずだ。
そう思ったとき、やけにさっきより部屋の中が焦げ臭いような気がした。
慌ててわたしの口を塞ぐ宗治。
あまりにも驚いて叫びかけたけど、宗治に口を塞がれてからはあきれて言葉も出なかった。
竹刀袋の中にあったのは、なんと…『桜華』。
宗治が都子姫からもらった大切な刀だ。
「仕方ねぇだろっ…。桜華と離れるなんて考えられねぇんだから」
そういえば、登校初日も学校へ桜華を持っていこうとした宗治。
だけど、もちろん周りから止められて。
宗治が桜華を学校に持っていかないように、普段はお父さんが管理している。
そして、学校から帰ってきたら宗治に戻す――そんな毎日だった。
宗治にとって桜華は、肌身離さず持っていたい刀だということは知っている。
…だからって。
2泊3日離れるだけなのに、…わざわざお父さんの目を盗んでまで桜華を持ってこなくても。
修学旅行に持っていくと言えば、止められることはわかっていたから、素振りをするためだと言って竹刀袋に隠してまで持ってくるところは、もはや確信犯だ。
そして結局、同じ部屋の男友達に荷物を荒らされて桜華が傷つくと困るからと、わたしのところへ持ってきたというわけだ。
「前にも言ったけど、こんなの学校にバレたらヤバイんだよ…!?」
ヤバイどころでは済まない。
警察沙汰だ。
「…わかってるっ。でも、1日たりとも桜華と離れるわけにはいかねぇんだよ」
宗治は真剣なまなざしで、わたしが抱きかかえている桜華に目を向ける。
それは、好きな人を見つめる目そのものだった。
「…しょうがないなぁ」
わたしは、あきれながらため息をついた。
もう今さらどうしようもない。
それに、明日には帰るわけだし。
「わかったよ。そのかわり、勝手に桜華を持ってきたこと、帰ったらお父さんにちゃんと謝りなよ」
「ああ!ありがとな、びぃ!助かる!」
宗治は安堵した顔を見せると、わたしに微笑みかけた。
「言っておくが、くれぐれも桜華だけは――」
「もう、わかってるって!安心して。責任持ってわたしが預かるから」
たぶん宗治は、桜華を握るたびに都子姫のことを思い出しているのだろう。
わたしにとっては複雑な気持ち…。
だけど、そんな大切なものをわたしに預けてくれることが…うれしかった。
前までは、わたしが桜華に指一本でも触れることは許されなかった。
…だから。
宗治はわたしのことを信頼してくれている。
そう思って…いいんだよね?
「都美ー!宗治くん、なんだって?」
部屋に戻ると、七海が声をかけてきた。
「なんか荷物が多いからって、わたしに竹刀を渡しにきて」
真剣を傷つけられるのが困るから、わたしのところへ避難させにきた。
…とは言えないから、怪しまれないような話をした。
「それ、宗治くん大事そうに抱えてたやつだよね?そりゃ、修学旅行に竹刀なんて持ってきたら邪魔になるよ」
「ほんとそれ」
わたしは、七海といっしょになって笑う。
竹刀袋に包まれた桜華は、部屋の隅にまとめていた自分の荷物のところへそっと置いた。
ここなら、男部屋みたいにまくら投げに夢中になって荷物を荒らされる心配もない。
『その刀は、俺の命よりも大切なものなんだ…!』
前に、そう話していた宗治。
だから、明日宗治へ無事に返すまでは、なにがあってもわたしが桜華を守る。
――そう思っていたんだけど。
事件はその夜に起きた。
だれもが眠りについていた夜中の2時。
突然、けたたましい音が宿中に鳴り響いた。
熟睡していたけど、驚いて飛び起きるほど。
「なに…この音!?」
同じ部屋のみんなと、寝ぼけながらも顔を見合わせる。
〈火事です!火事です!至急、安全な場所へ避難してください!〉
機械的な音声が部屋の中で何度も繰り返される。
なんとそれは、火災警報器の音だった!
「火事…!?」
「…うそでしょ!?」
予期せぬ事態に、わたしたちは一瞬にしてパニックになった。
「ど…どうする?」
「誤作動とかじゃないの…?」
そんな声も聞こえた。
だけど、ドアの向こうの廊下が慌ただしい。
すぐに駆け寄ってドアを開けると、パジャマ姿のまま避難している同級生たちがいた。
「みんな!早く外へ!!」
先生たちが大声を出して誘導している。
そういえば、なんだか焦げ臭い臭いもする…。
そこでようやく、これは火災警報器の誤作動なんかじゃないと確信した。
「すぐに逃げよう…!!」
慌てて、同室の女の子たちと部屋を飛び出した。
学校では、毎年のように避難訓練をしていた。
だけど、本当に火事の現場に居合わせてしまったら、落ち着くなんてことはできなかった。
このときばかりは、避難するのに必死で…。
外に出て点呼を取ると、逃げ遅れた生徒はいないようだった。
出火したのは、ロビーの裏の本館にある調理場からだった。
男子部屋も女子部屋も調理場から離れていたところにあったのが幸いだった。
「…よかったね、みんな無事で」
「そうだね…」
七海とついさっきまでいた宿を見つめながら、ほっとため息をつく。
遠くのほうからは、消防車のサイレンも聞こえる。
「…あっ、見て!あたしたちがいた部屋のほうにも火が…!」
七海が指さすほうを見ると、風の影響で火が燃え移り始めていた。
突然の火事で驚いたけど、宿泊客や従業員は全員避難できていて、取り残された人がいなくて本当によかった。
――しかし、わたしの額から冷たい一筋の汗が流れる。
…違う。
全然よくない。
わたしは、とんでもないことを思い出してしまった。
火の手が迫る、わたしたちの部屋があった場所。
そこに、宗治から預かった『桜華』を置き忘れているということに…。
「…どうしよう、七海」
「ん?…どうかした?」
「わたし…、部屋に大切なものを置いてきちゃった…」
ことの重大さに自然と声が震えた。
「取りにいかないと…!」
「…ちょっと都美、なに言ってるの!?みんな手荷物を置いて逃げてきたから、こうして無事だったんだよ!?命よりも大切なものなんてないよ…!」
そう言って、必死にわたしを説得しようとする七海。
たしかに、命よりも大切なものなんてない。
――だけど。
『その刀は、俺の命よりも大切なものなんだ…!』
宗治にとって桜華は例外だ。
見たところ、燃えているのは奥のほう。
わたしたちがいた部屋は手前のほうだ。
今なら…まだ間に合う。
「七海、ごめん。…あるんだよね。命よりも大切なものが」
わたしは、煙が上がる宿を真正面にして見つめる。
…大丈夫。
すぐに取って戻ってこれば、まだ間に合う。
それに――。
『言っておくが、くれぐれも桜華だけは――』
『もう、わかってるって!安心して。責任持ってわたしが預かるから』
宗治と約束したから。
任されたのだから、その言葉のとおり、わたしが桜華を守るんだ。
唾をごくりと呑む。
「待って、都美…!!」
「ちょっと行ってくるね」
わたしは七海を心配させまいと笑って手を振ると、さっきまでいた宿の中へ駆け込んでいった。
中は、避難したときと同じように少し焦げ臭い臭いがするくらいで、本当に火事が起きているのかと思うほど変わりなかった。
一直線にさっきの女子部屋へ向かうと、開け放たれたままのドアから中へ入った。
散乱した布団の向こう側に、壁に寄せていたわたしの荷物が見えた。
そこに立てかけられている竹刀袋。
「…よかった、無事で」
紐を解いて、中の桜華をこの目で確認する。
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