時をこえて、またキミに恋をする。

中小路かほ

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幕末剣士、未来へ

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中2の夏は…今だけ。


たしかに、宗治といっしょに夏祭りに行けるのは、今回が最初で最後かもしれない。

今しか作れない宗治との思い出。



その日の帰り道。


「ねぇ、宗治っ…」

「なんだ?」


思いきって声をかけてみたけど、振り返った宗治と目が合い、わたしは恥ずかしさのあまりうつむいてしまった。


「いっしょに夏祭りに行かない?」


たったそれだけの言葉なのに、宗治のことを意識しすぎてなかなか声に出せない。


いつもいっしょにいるから、今さら2人でどこかへ出かけようって、どうやって誘えばいいのか…。


――すると。


「夏祭り、…行かねぇか?」


なんと、宗治の口からそんな言葉が…!

思ってもみなかった展開に、胸がドキッと弾む。


「こっちの時代での祭りっていうのが、どんなものか知らねぇからさ。1人で行ったっていいけど、お前が近くにいないと消えるから……その…」


遠まわしな言い方ではあるけど、宗治がわたしを夏祭りに誘ってくれている。

でも、宗治も恥ずかしくて言いづらいんだ。


…なんだっ。

わたしと同じでよかった。


「も~、しょうがないなぁ。そんなに行きたいなら、ついていってあげてもいいよ?」


何食わぬ顔でそう言ってみたけど、内心はうれしさでいっぱいだった。

だって、宗治と2人で夏祭りに行けるんだから。



そして、その週末。

夏祭りの日。


わたしは夕方、お母さんに浴衣を着せてもらっていた。


白地に赤色の麻の葉模様の浴衣。

お母さんが若い頃に着ていたものだ。


そういえばこれを着て、前に一度幕末にタイムスリップしたんだっけ。

そんなことを思い浮かべながら、姿見に映る浴衣姿の自分を眺めていた。


「ねぇ、都美」


後から、わたしの帯を結ぶお母さんの声が聞こえて顔を上げると、姿見越しにお母さんと目が合った。


「今日の夏祭り、楽しんできてね」

「べ…!べつに、わたしは宗治の付き添いで――」

「とか言って、本当は宗治くんと2人で行くのを楽しみにしてるんでしょっ」


お母さんの言葉に、一瞬にして顔が熱くなる。


「宗治くんとお付き合いしてるんでしょ?」


どうやら、お母さんにはなんでもお見通しのようだ。

その問いに、わたしは黙ってこくんとうなずいた。


「よかったわね。両想いになるだけでもすごいことなのに、時代を越えてお互いを好きになるなんて奇跡に近いことよ」


キュッと帯を結ぶと、お母さんはわたしの両肩に手を添えた。


「その気持ち、大切にしなさいね」


姿見に映るお母さんが優しく微笑む。

それを見て、わたしも自然と笑みがこぼれた。


部屋から出ると、縦縞模様の黒色の甚平を着た宗治が待っていた。

袴とはまた違う、初めて見る甚平姿に思わずドキッとしてしまう。


「宗治くん、よく似合ってるじゃない!」

「そ…そうかな?」

「サイズもピッタリだし、作ってよかったわ~」


どうやらこの甚平は、お母さんの手作りらしい。

「見て」と言って、お母さんが甚平の裾を少しめくると、裏地に【SOUJI】と糸で縫いつけてあった。


「…あっ、俺の名前!」


初めこそ、英語やローマ字なんてちんぷんかんぷんだった宗治だけど、英語の授業で読めるようになっていた。

自分の名前が縫いつけてあって、どこかうれしそうな宗治。


「2人ともいってらっしゃい」


そして、お母さんに見送られながら、わたしたちは夏祭りへと向かった。


「すげー!屋台がいっぱいある!」


宗治は、広場の中にあるたくさんの出店に興奮していた。

焼きそば、フランクフルト、かき氷、チョコバナナと、気になったものを買っては食べまくる。


せっかく2人きりだというのに、ムードもなにもない。


…まぁ楽しんでくれているなら、きてよかったけど。


「都美!あっちにもなにかあるぞ!」

「あっ…、ちょっと待ってよ…!」


人混みの中を勝手に先に行くものだから、わたしはついていけなくて置いてけぼり状態に。


しょせん宗治は、花より団子。

わたしよりも、宗治にとって物珍しい食べ物のほうが優先だ。


今は、ベビーカステラの出店へまっしぐらだから、わたしはゆっくりとあとを追うことにしよう。

そうと思っていると――。


「都美もいっしょに行くぞ」


宗治がわたしの手をギュッと握った。


それは、とても自然でスマートで。

照れた表情で、チラリとわたしに視線を送る宗治。


なにも出店ばかりに夢中になっていたわけでない。

宗治なりに、ちゃんとわたしのことを見てくれていた。


宗治の大きな手に包み込まれて、…わたし今すごくドキドキしてる。


この前、突然手を繋がれたときは、そんならしくないことしなくていいなんて言ったけど――。

本当は、宗治とこんなふうに手を繋いで歩いてみたかったんだ。


楽しかった夏祭りの時間はあっという間に過ぎ、月明かりが照らす道を宗治と歩いて帰っていた。

仲よく手を繋いで。


「ただいま~」


そう言って玄関の戸を開け、下駄を脱いでいると――。


「…都美、宗治くん」


奥からお母さんがやってきた。

だけど、その表情はどこか暗い。


「どうかしたの?みんなは?」

「縁側よ。2人もいっしょにきて」


わたしと宗治は顔を見合わせる。

不思議に思いながらも、お母さんのあとをついていく。


縁側には、おじいちゃんとおばあちゃんが正座して外を眺めているのが見えた。

その向こう側には、お父さんと朔が座っている。


「こんなところでみんなで集まってなにしてるの?」


そうして、おじいちゃんたちが見ているほうへ目を移すと――。

そこには、月明かりに照らされた御神木が満開の桜の花を咲かせていた。


季節外れの美しすぎる夜桜に、思わず見とれてしまうくらいに。


そして、その後ろには大きな丸い月。


――満月の夜の、桜の狂い咲き。


「もしかして、これって…」

「ああ。今夜じゃな」


すると、桜の木のうろが赤紫色に光りだした。


宗治が現代にやってきたとき…。

そして、わたしが一度幕末へタイムスリップしたときと同じだ。


わたしの救い人の力で、今夜宗治は元いた時代へ帰る。


「…宗治にいちゃん、行っちゃうの?」


涙声混じりの朔が、宗治の顔を見上げる。


「いやだよ…!もっと宗治にいちゃんといっぱい遊びたいよ!」

「わがまま言うんじゃない、朔。これで宗治くんは、生まれ育った元の時代に戻れるんだから」


お父さんがなだめるも、朔はただただ涙を流すばかり。

覚悟していたものの、宗治との突然の別れに気持ちがついていけていない。


「いいじゃん、べつに今日じゃなくたって!また同じことが起こるかもしれないんだし…!」

「朔よ。この機を逃したら、次はいつになるかわからん。それに、このままだと宗治くんはこの時代から消滅してしまうかもしれん」


おばあちゃんの言葉に、わたしはハッとして顔を上げる。


「おばあちゃん、…それってどういうこと!?わたしの救い人の力があれば、宗治は大丈夫なんじゃないの!?」

「そうじゃ。だが、そもそも宗治くんが時渡りできたのは、『強い想い』があったから。都子姫を強く強く想う気持ちじゃな」


…そうだ。

宗治は、都子姫ともう一度結ばれるためにタイムリープして蘇ったんだ。


「しかし、宗治くん。今、そのときと同じ都子姫への『強い想い』はあるかい?」


おばあちゃんに投げかけられ、つばをごくりと呑む宗治。


「宗治くんが、都美のことを慕ってくれているのはとてもうれしいことじゃよ。じゃが、その宗治くんの想いは、己で己を消滅させることとなりうる可能性がある」


宗治がわたしを想えば想うほど、タイムスリップの条件だった都子姫への『強い想い』は薄れていき…。

やがて宗治は消えてしまう。


「そのためにも、今このときを逃すべきではない」


宗治ともっといっしょにいたい。
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