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幕末剣士、未来へ

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わたしも朔も同じ気持ちだ。


だけど、それは宗治のためでない。


せっかく蘇ったというのに、こっちの時代で消える運命をたどるなんて…。

そんなこと、絶対にあってはならない。


「朔…。お前の気持ちはうれしいよ。だけど、どうやらお呼びがかかったようだ」


切なく微笑みながら、朔の頭をわしゃわしゃとなでる宗治。


「お前とゲームができて楽しかった。こんなにもおもしろいものが現代にはあるんだって感激した」


休みの日になると、朝から2人テレビの前に座ってゲームをしていた姿が目に浮かぶ。

それはまるで、仲のいい兄弟のようだった。


「それと、前に一度、傘でチャンバラごっこしたことがあっただろ?お前、なかなかいい筋してるから、また剣道してみろよ」


朔は涙を堪えながら、黙ってうなずいていた。


そうこうしているうちに、赤紫色の光が大きくまぶしくなっていく。


「宗治くん、そろそろ行かねば」

「気をつけてな」

「ああ。ありがとう、じいちゃんばあちゃん」


宗治は縁側に正座するおじいちゃんとおばあちゃんの目線の高さに合わせるようにしてかがむと、にっこりと微笑んだ。


「宗治くん、これを忘れるわけにはいかないだろ?」


そう言って、お父さんは桜華を手渡した。

夜に宗治が素振りをするとき以外は、ずっとお父さんが預かっていた。


「ありがとう。それと、修学旅行のときは勝手に持ち出してごめんなさい」

「そのことはもういいよ。あっちに行っても元気でな」


励ますように、お父さんは宗治の肩をたたいた。


「宗治くん。その甚平の格好でもいいけど、これも持って帰ったら?」


お母さんが宗治に差し出したのは、着物と袴。

宗治がタイムリープしてきたときに着ていたものだ。


あのときは所々焦げていたり破れていたりしたけど、その箇所をお母さんがすべて繕った。


「おおー!まるで新しくなったみたいだ!ありがとう」


宗治の言葉にお母さんもうれしそうだ。


そうして、わたしと宗治は御神木の桜の木を振り返る。


元の時代へ帰るには、宗治だけでは帰れない。

わたしの救い人の力がないと。


「じゃあ、都美。頼む」

「うん…!」


赤紫色に光るうろへ――。


と思った、…そのとき!


「…都美っ!」


突然、後ろからお母さんに抱きしめられた。

わたしをギュッと抱きしめ、わずかに鼻をすする音が聞こえる。


もしかしてお母さん、…泣いてる?


「どうしたの…、お母さん?わたしはまた戻ってくるよ…?」


前も戻ってこられたから、今回もきっと大丈夫なはず。


しかし、お母さんは首を横に振る。


「…無理して戻ってこなくてもいいのよ。都美があっちの時代で宗治くんといっしょにいたいなら」


…え……?


「好きな人と離ればなれになるなんて、そんなの苦しいでしょ…?」

「で…でも、お母さんっ…」


お母さんも、もしわたしと離ればなれになったらと思って、今…涙を流しているんじゃないの?


「お母さんたちなら大丈夫…!好きな人といっしょにいて、都美が幸せならそれで十分よ。だから、都美がしたいようにしなさい」


お母さんはそう言うと、そっとわたしの背中を押した。


浴衣を着付けてもらっていたときのお母さんの会話を思い出す――。


『よかったわね。両想いになるだけでもすごいことなのに、時代を越えてお互いを好きになるなんて奇跡に近いことよ』

『その気持ち、大切にしなさいね』


…あの言葉の意味は、そういうことだったのか。


お母さんの想いが胸にしみる。


「宗治くん!都美のこと、お願いね」


指で涙を払うと、お母さんは宗治に向かって手を振った。


「いってらっしゃい、都美」


満面の笑みのお母さん。


もしかしたら、これが最後かもしれない。

わたしの決断によっては、もう会えないかもしれない。


それでもお母さんはわたしの気持ちを尊重して、笑って送り出してくれた。


その想いに、涙があふれる。


「いってきます!」


わたしは縁側から見守る家族に大きく手を振ると、宗治とともに御神木へ歩み寄った。


「「行こう」」


そうして手を繋ぐと、わたしたちは赤紫色の光に包まれたのだった。



「…寒っ!!」


あまりの寒さに身震いして、すぐに我に返る。

目の前に見えるのは、寝殿造りのお屋敷。


あれは、都子姫が住むお屋敷。


…本当に戻ってきたんだ。


…って、それにしても寒すぎる…!!


隣を見ると、甚平姿の宗治も同じように歯を震わせ、腕をさすっていた。


前にきたときとは違って、庭には花や草などの彩りはなく、季節は冬だということがわかる。

冷たい北風も吹いて、夏の浴衣姿のままやってきたわたしたちにとっては極寒だった。


いくら時空の歪みだとしても、季節くらいは合わせてくれないと体にこたえる。


「…そういえば、今日って何月何日なんだろう?」


日付どころか、今が何時なのかもわからない。

太陽が昇っているから、朝かお昼なんだろうけど…。


「宗治!宗治…!」


すると、屋敷の中から宗治を呼ぶ声が聞こえた。

この清らかで透き通るような声は、都子姫だ。


「宗治、どこにいるの?」


庭の松の木に隠れて様子をうかがっていると、赤い着物の裾をすりながら、都子姫が屋敷中を探し回っていた。


「宗治、早く行ってきなよ」

「でも、お前は…」


不安そうな表情でわたしを見つめる宗治。


前までなら、愛しい都子姫のもとへ飛んでいったはずだけど、今ではわたしの身を心配してくれる優しさがうれしい。


「大丈夫。わたしなら、しばらくここに隠れておくから。それに、顔に巻く包帯も必要でしょ?取ってきてよ」


わたしと都子姫は、瓜二つの顔。

同じ顔だとバレないためにも、以前のように包帯で顔を隠さなくてはならない。


「それに、宗治は都子姫に仕える剣士なんでしょ。自分の仕事は、ちゃんとしないとダメだよ」


わたしがそう言うと、宗治は納得はしていなさそうな表情だったけど、こくんとうなずいた。


宗治は、その場で甚平の上から着物と袴に着替える。


「すぐに戻ってくるから」

「うんっ」


本当は寒さで凍えそうだけど、なんとか震える歯をおさえて笑ってみせた。


「姫!宗治ならここにいます!」


宗治が都子姫のもとへ駆け寄る。


「…宗治!さっきまで隣にいたと思ったら、急に神隠しのようにいなくなってしまったから…びっくりしたじゃないっ」


おそらく、宗治がこの時代にタイムリープしてきたことによって、さっきまで都子姫のそばにいた宗治は今の宗治にすり替わったようだ。


「すみません。急用を思い出して…」

「とにかく、外は寒いでしょ?中で温まって」

「はい」


屋敷に上がるとき、宗治はチラリとわたしのほうを振り返ってくれた。

目が合い、わたしはうなずいた。



そのあと、戻ってきた宗治から包帯を受け取り、顔を隠して準備オッケー。


わたしは、この寒い中また行き倒れていた設定で屋敷に上げてもらうことができた。

生地が薄い浴衣から、厚手の着物にも着せ替えてもらった。


すべては優しい都子姫のおかげ。


「びぃ様!以前は突然いなくなられて、とても心配していましたの…!ご無事でよかった」


しかも、わたしのことも覚えてくれていた。


話の成り行きで日付を確認すると、驚いたことに、今日はお屋敷が火事になる前日だった。


今はまだお昼過ぎ。

宗治の記憶によると、火事は次の日の夜中だったんだそう。


まさに、この日のために帰ってきたと言っても過言ではない。


都子姫は、わたしのために部屋を用意してくれて、そこで宗治と作戦会議をした。


あと12時間足らずで、このお屋敷は…炎に包まれる。

だけど逆に言えば、それがわかっているならいくらでも対策が取れる。
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