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幕末剣士、未来へ
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早めにお屋敷のみんなを避難させることができるし、もっと言えば出火原因を特定して、火事を未然に防ぐこともできるかもしれない。
「俺は、今日は一睡もしないで屋敷を見回ることにする」
「わたしも手伝う!火事になるとわかってて、のんきに待ってなんていられないからっ」
都子姫にもお屋敷の人にも優しくしてもらった。
だから、その恩返しとして、明日からも変わらない日常を過ごしてもらうためにわたしも力になりたい。
「びぃ様、少しよろしいでしょうか」
そのとき、壱さんの声が障子越しから聞こえた。
「…はい!なんでしょうか?」
「先程から宗治を探しているのですが、こちらのお部屋におりませんでしょうか?」
「宗治なら、ここにいますよ!」
わたしが声をかけると、壱さんは断りを入れて障子を開けた。
壱さんの隣には、都子姫の姿も。
「どうした?壱」
「少し手合わせをお願いしたい。腕が鈍っては困るからな」
「そういうことならいいぞ。でも、その間姫から離れるわけには…」
宗治は都子姫に顔を向ける。
「私なら大丈夫よ、宗治。びぃ様といっしょに、2人の手合わせを見せてもらうから」
そう言って、都子姫はにっこりとわたしに向けて微笑んだ。
そのふわりとした愛らしい雰囲気は、同性のわたしでもキュンとするくらいかわいい。
わたしは、2人が刀の手合わせをする様子をお屋敷から都子姫といっしょに眺めることにした。
お菓子にどら焼きも出してもらって、それをつまみながら。
宗治と壱さんは都子姫の結婚相手の候補に上げられるだけあって、その剣術の差はほぼ互角。
もし壱さんが現代にきたら、宗治と同じで中学生の剣道の大会では無敵の強さだろう。
手合わせと言っても2人の目は真剣そのもので、木刀が折れてしまうんじゃないかと思うくらい、力強くぶつかり合う。
「…なんだか、すごいですね」
お茶をすすりながら、感嘆の声がもれた。
「そうでしょう?2人とも剣術に優れていて、お屋敷にいる大人では相手にならないの」
そんなに強いの…!?
そりゃ、現代の同年代が敵うはずがない。
「…ほんと。私にはもったいないくらい、2人とも立派な剣士だわ」
都子姫は、2人の様子を優しいまなざしで見つめる。
「びぃ様はご存知かしら?宗治も壱も、私の将来の旦那さま候補なの」
「…あ、はい。宗治から前に…」
「そう。最終的には家が決めるのだけれど、私は…宗治と約束しているの」
顔を赤らめながら話す都子姫を見て、わたしの胸がぎゅうっと締めつけられる。
「2人とも大事な私の幼なじみで、壱のことももちろん好きよ。でも、壱はどちらかというと兄のような存在で、それと比べて宗治は、目が離せない弟みたいなの」
…『目が離せない弟みたい』。
なんとなくだけど、わかる。
まっすぐで、たまに子どもっぽくて、見ていてどこか危なっかしいところがある。
「そんな宗治がかわいくて。でも、ふとしたときに見せる男らしいところに私は惹かれているの」
わたしも、そんな宗治に惹かれた。
わたしは都子姫の生まれ変わり。
だから、同じ人に惹かれるのは必然なのだろうか。
「16歳になったら結婚しようというのもただの口約束で、宗治は覚えていないかもしれないけど…。でも、私はそうなったらいいなとずっと思ってる」
都子姫はこう言うけど、宗治も都子姫と結婚しようと約束したことをずっと覚えている。
あの火事が起こるまでは、2人の心は結ばれていたんだ。
「私、宗治のことが大好きなのっ」
無邪気に微笑む都子姫の顔は、宗治を想うわたしの顔をまるで鏡に映しているかのようだった。
都子姫もこんなに宗治のことが好きだったんだ。
わたしが宗治と出会う前から、…ずっとずっと。
「ごめんなさいね、私の話ばかりして」
「…いえ、そんな」
「でもこんな話、屋敷の者にはできないから。だから、びぃ様に話したくなったのかもしれないわ」
純粋な都子姫の笑みに…心が痛む。
わたしは、都子姫が思うようないい人なんかではない。
都子姫の恋を邪魔しているのだから。
そんなこととはつゆ知らず、愛しそうに宗治を見つめる都子姫。
そのまなざしは、宗治との明るい未来を見据えているかのようだった。
その夜。
人々が寝静まり、物音が聞こえなくなったのを確認すると、わたしはそっと部屋を抜け出した。
冬の夜は冷える。
暖房なんてないこの時代、着物を重ね着して寒さに耐えるしなかなった。
でも、そんなことを言っている場合じゃない。
この夜中に起こるであろう火事を食い止めなくてはならないから。
「…都美!やっぱりお前は部屋にいろっ。体が冷える…!」
部屋の外で待ち合わせしていた宗治と合流する。
「それはお互いさま。それに、こんな日に部屋でゆっくりなんて寝てられないよ」
わたしたちの白い息が、交錯してはすぅっと消える。
目が合うと、月夜に照らされた宗治の口角がニッと上がった。
「それじゃあ、いっしょにやってくれるか?都美」
「もちろん!未来を変えよう」
わたしも宗治に向かって微笑んだ。
当時の宗治の記憶を頼りに、お屋敷の中を見て回る。
「気づいたら、火の手が迫っていたんだ。現代みたいに、火災警報器なんて便利なものはねぇからな」
「そうだよね。それに、木造の建物ならなおさら燃えやすいだろうし…」
お屋敷も広いから、単に見て回ると言っても時間がかかる。
なにか出火の原因になりそうな兆候はないかと、見落としがないように注意深く見ていく。
「そういえば、都子姫が逃げ遅れたんだよね?もし、出火した場所が近くだったら、すぐに気づいて逃げられたと思うんだけど…」
「…たしかにそうだな。だったら、都子姫の部屋付近でなかったとしたら――」
木造のお屋敷は燃えやすいことだろう。
それに冬のこの時期だと、空気が乾燥していてなおさら。
さらに、風の影響であっという間に火がまわったとしたら――。
宗治は人差し指の先を舐め、風向きを確認する。
「こっちに行ってみるか…!」
宗治のあとをついていく。
照明もないこの時代。
真っ暗なお屋敷の中だと、それはすぐに見つかった。
…廊下の奥が、オレンジ色にぼんやりと明るい。
まさかと思い宗治と駆け寄ると、ある部屋で小火が発生していた。
見ると、火鉢が畳の上に倒れていて、そこから出火したようだった。
「火事です…!!みなさん、逃げてください!!」
わたしはそう叫びながら、お屋敷の中を走り回った。
宗治はその間に、1人で消火を試みる。
わたしの声で飛び起きたお屋敷の人たちは、真っ先に都子姫を安全な場所へ避難させる人と、宗治の消火活動に加わる人とに分かれた。
「びぃ様、宗治は!?」
「…壱さん!あっちの部屋です!宗治をお願いします!」
壱さんもすぐさま宗治のもとへ向かう。
宗治や壱さんのことが心配だったけど、しばらくすると火は完全に消し止められた。
出火してすぐに見つけたおかげで、被害を最小限に留めることができた。
「都美、ここにいたのか」
だれもいないから顔の包帯を取って桜の木の下にいると、無事に消火活動を終えた宗治がやってきた。
「よかったね。みんな無事で」
「ああ。お前のおかげだよ」
頬にすすがついた宗治が安堵した表情を浮かべる。
それを見て、わたしもようやくほっとすることができた。
「…あっ」
そのとき、宗治の口からそんな声がもれる。
宗治の視線の先を追うと、東の空がわずかに白んでいた。
もうすぐ朝を迎える。
本来なら、宗治が迎えることができなかった朝を――。
「…俺、生きてるんだな」
「俺は、今日は一睡もしないで屋敷を見回ることにする」
「わたしも手伝う!火事になるとわかってて、のんきに待ってなんていられないからっ」
都子姫にもお屋敷の人にも優しくしてもらった。
だから、その恩返しとして、明日からも変わらない日常を過ごしてもらうためにわたしも力になりたい。
「びぃ様、少しよろしいでしょうか」
そのとき、壱さんの声が障子越しから聞こえた。
「…はい!なんでしょうか?」
「先程から宗治を探しているのですが、こちらのお部屋におりませんでしょうか?」
「宗治なら、ここにいますよ!」
わたしが声をかけると、壱さんは断りを入れて障子を開けた。
壱さんの隣には、都子姫の姿も。
「どうした?壱」
「少し手合わせをお願いしたい。腕が鈍っては困るからな」
「そういうことならいいぞ。でも、その間姫から離れるわけには…」
宗治は都子姫に顔を向ける。
「私なら大丈夫よ、宗治。びぃ様といっしょに、2人の手合わせを見せてもらうから」
そう言って、都子姫はにっこりとわたしに向けて微笑んだ。
そのふわりとした愛らしい雰囲気は、同性のわたしでもキュンとするくらいかわいい。
わたしは、2人が刀の手合わせをする様子をお屋敷から都子姫といっしょに眺めることにした。
お菓子にどら焼きも出してもらって、それをつまみながら。
宗治と壱さんは都子姫の結婚相手の候補に上げられるだけあって、その剣術の差はほぼ互角。
もし壱さんが現代にきたら、宗治と同じで中学生の剣道の大会では無敵の強さだろう。
手合わせと言っても2人の目は真剣そのもので、木刀が折れてしまうんじゃないかと思うくらい、力強くぶつかり合う。
「…なんだか、すごいですね」
お茶をすすりながら、感嘆の声がもれた。
「そうでしょう?2人とも剣術に優れていて、お屋敷にいる大人では相手にならないの」
そんなに強いの…!?
そりゃ、現代の同年代が敵うはずがない。
「…ほんと。私にはもったいないくらい、2人とも立派な剣士だわ」
都子姫は、2人の様子を優しいまなざしで見つめる。
「びぃ様はご存知かしら?宗治も壱も、私の将来の旦那さま候補なの」
「…あ、はい。宗治から前に…」
「そう。最終的には家が決めるのだけれど、私は…宗治と約束しているの」
顔を赤らめながら話す都子姫を見て、わたしの胸がぎゅうっと締めつけられる。
「2人とも大事な私の幼なじみで、壱のことももちろん好きよ。でも、壱はどちらかというと兄のような存在で、それと比べて宗治は、目が離せない弟みたいなの」
…『目が離せない弟みたい』。
なんとなくだけど、わかる。
まっすぐで、たまに子どもっぽくて、見ていてどこか危なっかしいところがある。
「そんな宗治がかわいくて。でも、ふとしたときに見せる男らしいところに私は惹かれているの」
わたしも、そんな宗治に惹かれた。
わたしは都子姫の生まれ変わり。
だから、同じ人に惹かれるのは必然なのだろうか。
「16歳になったら結婚しようというのもただの口約束で、宗治は覚えていないかもしれないけど…。でも、私はそうなったらいいなとずっと思ってる」
都子姫はこう言うけど、宗治も都子姫と結婚しようと約束したことをずっと覚えている。
あの火事が起こるまでは、2人の心は結ばれていたんだ。
「私、宗治のことが大好きなのっ」
無邪気に微笑む都子姫の顔は、宗治を想うわたしの顔をまるで鏡に映しているかのようだった。
都子姫もこんなに宗治のことが好きだったんだ。
わたしが宗治と出会う前から、…ずっとずっと。
「ごめんなさいね、私の話ばかりして」
「…いえ、そんな」
「でもこんな話、屋敷の者にはできないから。だから、びぃ様に話したくなったのかもしれないわ」
純粋な都子姫の笑みに…心が痛む。
わたしは、都子姫が思うようないい人なんかではない。
都子姫の恋を邪魔しているのだから。
そんなこととはつゆ知らず、愛しそうに宗治を見つめる都子姫。
そのまなざしは、宗治との明るい未来を見据えているかのようだった。
その夜。
人々が寝静まり、物音が聞こえなくなったのを確認すると、わたしはそっと部屋を抜け出した。
冬の夜は冷える。
暖房なんてないこの時代、着物を重ね着して寒さに耐えるしなかなった。
でも、そんなことを言っている場合じゃない。
この夜中に起こるであろう火事を食い止めなくてはならないから。
「…都美!やっぱりお前は部屋にいろっ。体が冷える…!」
部屋の外で待ち合わせしていた宗治と合流する。
「それはお互いさま。それに、こんな日に部屋でゆっくりなんて寝てられないよ」
わたしたちの白い息が、交錯してはすぅっと消える。
目が合うと、月夜に照らされた宗治の口角がニッと上がった。
「それじゃあ、いっしょにやってくれるか?都美」
「もちろん!未来を変えよう」
わたしも宗治に向かって微笑んだ。
当時の宗治の記憶を頼りに、お屋敷の中を見て回る。
「気づいたら、火の手が迫っていたんだ。現代みたいに、火災警報器なんて便利なものはねぇからな」
「そうだよね。それに、木造の建物ならなおさら燃えやすいだろうし…」
お屋敷も広いから、単に見て回ると言っても時間がかかる。
なにか出火の原因になりそうな兆候はないかと、見落としがないように注意深く見ていく。
「そういえば、都子姫が逃げ遅れたんだよね?もし、出火した場所が近くだったら、すぐに気づいて逃げられたと思うんだけど…」
「…たしかにそうだな。だったら、都子姫の部屋付近でなかったとしたら――」
木造のお屋敷は燃えやすいことだろう。
それに冬のこの時期だと、空気が乾燥していてなおさら。
さらに、風の影響であっという間に火がまわったとしたら――。
宗治は人差し指の先を舐め、風向きを確認する。
「こっちに行ってみるか…!」
宗治のあとをついていく。
照明もないこの時代。
真っ暗なお屋敷の中だと、それはすぐに見つかった。
…廊下の奥が、オレンジ色にぼんやりと明るい。
まさかと思い宗治と駆け寄ると、ある部屋で小火が発生していた。
見ると、火鉢が畳の上に倒れていて、そこから出火したようだった。
「火事です…!!みなさん、逃げてください!!」
わたしはそう叫びながら、お屋敷の中を走り回った。
宗治はその間に、1人で消火を試みる。
わたしの声で飛び起きたお屋敷の人たちは、真っ先に都子姫を安全な場所へ避難させる人と、宗治の消火活動に加わる人とに分かれた。
「びぃ様、宗治は!?」
「…壱さん!あっちの部屋です!宗治をお願いします!」
壱さんもすぐさま宗治のもとへ向かう。
宗治や壱さんのことが心配だったけど、しばらくすると火は完全に消し止められた。
出火してすぐに見つけたおかげで、被害を最小限に留めることができた。
「都美、ここにいたのか」
だれもいないから顔の包帯を取って桜の木の下にいると、無事に消火活動を終えた宗治がやってきた。
「よかったね。みんな無事で」
「ああ。お前のおかげだよ」
頬にすすがついた宗治が安堵した表情を浮かべる。
それを見て、わたしもようやくほっとすることができた。
「…あっ」
そのとき、宗治の口からそんな声がもれる。
宗治の視線の先を追うと、東の空がわずかに白んでいた。
もうすぐ朝を迎える。
本来なら、宗治が迎えることができなかった朝を――。
「…俺、生きてるんだな」
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