隣の席の一条くん。

中小路かほ

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保健室で

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初めて見る、一条くんの笑った顔だった。


いつも表情のない一条くんでも、空気が読めない爽太くんの行動には、笑うしかなかったみたい。


「ああ。アタシ、一条くんと仲よくなれそうな気がする」


それを見た彩奈が静かに呟いた。



その事件?以来、わたし、彩奈、爽太くんは、さらに一条くんと仲よくなった。


休み時間になれば、わたしと一条くんの席に、彩奈と爽太くんがやってくる。


「…爽太、お前っ。あんまり髪触るな。ワックスつけてるんだから」

「いや、でもこんなに染めてて、髪傷まないのかな~って不思議で」


不良の一条くんと空気の読めない爽太くんとのコンビは、予想外の化学反応を起こしていて、なんだかんだで仲がいい。


「爽太、もうやめなよ~。一条くんが困ってんじゃん!」

「…島田さん、もう少しきつく言って。じゃないと、こいつ…やめないからっ」

「彩奈は、爽太くんの保護者だね~!」


そのやり取りを見て、お腹を抱えて笑った。


一条くんとわたしたちがこんなに仲よくなれるだなんて、1ヶ月前には想像もできなかった。


だけど、それをよく思っていない人がいることに、このときのわたしはまだ気づいていなかった。



それから、数日後。


わたしは、リコーダーを抱えて廊下を走っていた。


次の授業は、視聴覚室で音楽。

休み時間に移動したものの、リコーダーを教室に忘れたことに気づいて、1人で取りに戻っていた。


さっき予鈴が鳴ったから、急がないと本鈴が鳴って授業が始まってしまう。


そのせいで焦っていて、周りをよく見ていなかったのもある。


廊下の曲がり角で、向こうからきた人とぶつかってしまった…!


反動で尻もちをついて、廊下にわたしのリコーダーが転がる。

ぶつかってしまった人も、抱えていた教科書類を落としてしまっていた。


「ごめんなさい…!大丈夫ですか…!?」

「いった~…。なんなのよ、あんたっ」


その人は、金のメッシュが入った茶髪の前髪をかき上げる。


第ニボタンまで開いた胸元。

そこから見える、シルバーのネックレス。


…あ。

この人…知ってる。


確か、3年4組の――。


「…エリ?」


突然、頭上から声がした。

見上げると――。


「一条くん…!」


リコーダーを肩に担ぐようにして持っている一条くんが立っていた。


「…花宮さん?こんなところでなにしてんの?先に視聴覚室に行ってなかったっけ?」

「あ……うん。リコーダー忘れて、教室に取りに帰ってて」

「そうなんだ。…で、大丈夫?」


一条くんはわたしの腕を握ると、軽々と持ち上げてくれた。


「わたしは大丈夫だけど…。そんなことよりも、ケガしてないですかっ!?」

「気安くエリに触んないでっ!」


わたしが近づこうとしたら、腕で払い除けられてしまった。


「じゃ、俺先に行くから。花宮さんも早く行かないと遅れるよ」


一条くんは、何事もなかったかのようにわたしたちの横を通り過ぎようとした、――そのとき。


「…待ってよ、晴翔!」


尻もちをついていたエリさんが、一条くんのズボンの裾をつかんで呼び止めた。


「…なに?エリ」

「エリのことは、抱き起こしてくれないの…?」


廊下にへたり込んだまま、一条くんを見上げるエリさん。


「なに言ってんだよ。俺らもう、そういう関係じゃないだろ。…じゃ」


それだけ言うと、一条くんは行ってしまった。


その場から動かないエリさんにかける言葉が見つからず、わたしはとりあえず廊下に散らばったエリさんの教科書類を拾い集める。


「あ…あの、これっ…」


わたしが拾ったものを差し出すと、奪い取るようにエリさんは抱きかかえた。

そのとき、ちょうど一番下になっていた国語の教科書の裏表紙が見えた。


そこには、消えかけていたけど黒のマジックでこう書かれてあった。


【一条晴翔】


国語の教科書は、友達に貸したと言っていた一条くん。

てっきり男友達にだと思っていたけど――。


「その教科書…、一条くんのですよね?」

「…だったら、なに」

「一条くん、国語の教科書がなくて困ってるみたいなので、返してあげてほしいんですけど…」

「は?あんたに関係ないでしょ」

「でも一条くん、いつも国語の先生に指摘されているので――」


キーンコーンカーンコーン!


エリさんと話していたら、本鈴が鳴ってしまった…!


…やばいっ!


「じゃあ、…わたしは行きますねっ。ぶつかってしまって、すみませんでした…!」


エリさんに頭を下げ、急いで視聴覚室に向かおうとしたとき――。


「うざいんだよ」


陽が傾き、影のできた校舎内に重くて低い声が響く。
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