王子に婚約を迫られましたが、どうせ私のスキル目当てなんでしょう?ちょっと思わせぶりなことしないでください、好きになってしまいます!

宮村香名

文字の大きさ
19 / 48

18:デート

しおりを挟む
 任命式の日取りも決まり、教師陣のエルシーの教育にも熱が入る。各貴族についてや他国から招かれる来賓についてなど、学ぶことが次から次へと出てくるのだ。

 あと二ヶ月でお役御免となるかもしれないのに申し訳ないと思いつつも、手を抜けないエルシーは全力で勉学に励んでいた。

 そして、ライナスはいつも通り毎日、エルシーの勉強の手伝いで資料室を訪れていた。以前と違うのは、フィルを護衛として連れているというところだけだ。襲撃事件以降、ライナスが危険に晒されるようなことは起きていない。

 そうして忙しさに追われているとあっという間に時間が過ぎ去り、もう明日は約束していた観劇の日だ。エルシーの勉強が一段落すると、ライナスが話を切り出した。

「明日のことは、使用人たちに任せてありますから、服装などの心配はしなくて大丈夫です」

 急に城に滞在することになってから早一ヶ月。屋敷に戻れなかったため、エルシーは何着かドレスや私物を持ってきてもらってはいた。
 ただ、観劇となれば、ふさわしい服装といえるか自信はなかったのだ。ライナスの心遣いに素直に感謝した。
 
「ありがとうございます、殿下」
「いえいえ。少し驚かせるかもしれません」
「?」
「明日のお楽しみということで」

 首を傾げるエルシーに、ライナスは片目を瞑る。

 ◇
 
 次の日、エルシーは自分に着せられた服を見て、困惑していた。ドレスは、淡い黄色で貴族が着るというより、ちょっと羽ぶりのいい商家の娘が着るような簡素なデザイン。

 エメラルドグリーンの髪は、まとめるのではなく、後ろで三つ編みにされ、肩の方に垂らされている。どう見ても、観劇に行くような格好には見えない。

 それに、開場に合わせて以前の夜会のように長い時間をかけて準備をするのかと思いきや、すでにいつ出かけても良いような状態になっていた。

 驚くとはこのことかと思いながら、ライナスの待つ馬車まで使用人に案内される。そこには、いつもよりかなりラフな姿をしたライナスが腰に片手を当て、片足に重心をかけて立っていた。

 白いシャツに装飾のないグレーのベスト、揃いのグレーのスラックス。普段はネクタイやジャボで隠されていて見えない首元が今日は見えていて、何だかそわそわする。

「おはよう。エルシー、そのドレスもとてもよく似合うよ」
「おはようございます、殿下。あの、私たち、観劇に行くのですよね……?」
「もちろん。ただ、その前に少しだけ街歩きに付き合ってもらおうかなと」

 後ろに止まった馬車は、王家のものより幾分かグレードが下がっている。どうやら、お忍びで街を歩きたいらしい。

「ほら、時間がもったいない! 行こう!」

 ライナスに優しく手を引かれ、馬車に乗りこんだ。ほどなくして、町の大通りまで来ると、二人は馬車を降りる。馬を待機所に預けたフィルとカーティスも少し離れて二人の後を護衛としてついてきた。

 大通りは出店と、買い物や食事に来た客で大変賑やかだ。屋台のそばを通ると、いい匂いが鼻腔をくすぐった。エルシーはそれらを横目に、隣を歩くライナスに先ほどから聞きたかったことを尋ねた。

「この前の事件が解決もしていないのに、こんな風に歩き回るのは……。怖くないのですか?」
「ここ一ヶ月、がんばったエルシーに羽を伸ばしてもらいたいと思いまして。それに怖がっていても狙われる時は狙われます」
「やっぱり、危ないのではないですか。私のことなんて気にしなくていいのに」
「気にしますよ。私のためにエルシーが努力しているのだから」
「それは契約ですし……自分のためです」
「なるほど。では、私も街歩きは自分のためです。命を狙われて塞ぎ込んでいるのは、性に合わない。せっかくなら、楽しく、ね?」

 塞ぎ込んでるところなんて見たことないけどとエルシーは心の中で言い返し、ライナスから視線を逸らす。すると、ライナスがエルシーの手を取った。

「さて、エルシー、お腹は空いてますか?」

 肉串の屋台を指さして微笑むライナス。その笑顔があまりにも楽しそうで眩しい。

「一緒に食べませんか?」
「……分かりました。お付き合いいたします」

 すっかり毒気を抜かれて、エルシーは観念し、頷いた。
 
 近くにあったベンチに座って、フィルが買ってきてくれた肉串を頬張るライナスを見て、エルシーは少し驚いていた。一国の王子が、こんなふうに庶民の食事を楽しむとは。それにやけに手慣れている。エルシーが知らないだけで、時々、街に出ていたのだろう。

「私の分も食べたい?」

 気づくと、ライナスがエルシーに視線を向けている。ペロリと舌で自分の唇の端を舐める仕草に、なぜかまたそわそわした。

「ち、ちが……。そういうわけじゃ……」

 慌てて、自分の分にエルシーもかぶりつく。スパイスがしっかり効いていて、濃い味付けだが、それがすごくおいしい。そわそわしたのも忘れて、思わず頬が緩む。

「……食べている時のあなたは、いっそう可愛いですね」
「んくっ……!? からかわないでください!」

 ごくん、と飲み込み、ライナスに言い返す。相変わらず慣れないで、顔を赤くするエルシーに、ライナスは笑い声を漏らした。

 肉串以外にも甘い焼き菓子も食べて、ある程度お腹が満たされた二人は大通りを歩く。ライナスが欲しいものを見つけたのか、宝飾店を指差した。

「少し見てもいいですか?」
「えぇ、かまいません」

 店に入店すると、普通なら店員が駆け寄ってきそうなところだが、お忍びのためか自由に回って見ることができた。様々なアクセサリーは見るだけでも楽しい。展示された商品を二人で見ていると、店員が話しかけてきた。

「お連れ様に、何かお探しですか?」

 エルシーが見ているだけと慌てて答えようとすると、ライナスが頷いた。

「青い宝石のものでお勧めを出してくれないか」
「お待ちくださいませ」

 店員が奥に引っ込む。ライナスに向かってエルシーは殿下と話しかけようとして、口を閉じた。ここでそんな呼び方をしたら、ライナスが王子だと周りの人に気づかれてしまう。

 そんなことを考えているうちに、いくつかアクセサリーをトレイに乗せて店員が戻ってきた。

「何か気になる物ございましたら、お声がけください」

 ライナスはイヤリングやブレスレット、指輪を見つめて、それからエルシーに視線を移す。

「あの、お気になさらず。私は大丈夫です」

 どれもすごく可愛いとは思っているが遠慮するエルシーを笑顔でスルーして、店員に声をかけた。

「このイヤリングを」
「かしこまりました」
「えっ!」

 店の外に出ると、丁寧に包装された小箱の入った紙袋が差し出される。

「殿下、いただけません」
「では、期限までお貸しするということで。早速今日この後、つけてくれませんか? お互いこのままの格好では劇場に入れませんから、店を予約してあります。さあ、移動しましょう」

 有無を言わさず、袋を渡され、エルシーはライナスと次の店へと移動した。

 今度は完全に王家御用達のブティックだ。待ち受けていた店員がすぐに二人をそれぞれ別の場所に案内した。

 着ていたドレスは脱がされ、新しいドレスとなる。エルシーの髪色に合わせたような深緑のドレスに先ほど渡された青い小さな花をあしらったイヤリングを合わせることになった。お化粧や髪のセットも改めて施され、すっかり貴族の娘らしい雰囲気が戻ってくる。

 エルシーは鏡に映るイヤリングを見つめる。驚くほどしっくりと自分の耳に馴染むそれに、嬉しいような恥ずかしいようなそんな気持ちになる。慌てて、借り物だと自分に言い聞かせた。

 エルシーがブティックの控え室から出てくると、すでにライナスの準備は終わっていた。かっちりとした落ち着いた色のスーツだ。前髪を上げてセットしており、青い瞳がいつもより光を反射してきらきら輝いて見える。

 エルシーは差し出されたライナスの手を取り、微笑んだ。

「殿下、イヤリングもドレスも準備いただき、改めてありがとうございます」
「……やっと笑ってくれました」
「え?」
「エルシーは食事以外ではなかなか笑わないので、嬉しい」
「そ、そうですか?」
「うん」

 ライナスに真顔で頷かれ、エルシーは頬を片手で押さえる。そうだったかな、と思い返し、

「あの殿下、今の言い方だと、私が食い意地が張ってるみたいではないですか?」
「あー、課題が終わった時も笑ってるかな」
「もう!」

 なんだかおもしろくなってしまって、しばらく二人は顔を見合わせて笑い合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています

鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。 伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。 愛のない契約、形式だけの夫婦生活。 それで十分だと、彼女は思っていた。 しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。 襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、 ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。 「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」 財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、 やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。 契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。 白い結婚の裏で繰り広げられる、 “ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。

婚約破棄された悪役令嬢、放浪先で最強公爵に溺愛される

鍛高譚
恋愛
「スカーレット・ヨーク、お前との婚約は破棄する!」 王太子アルバートの突然の宣言により、伯爵令嬢スカーレットの人生は一変した。 すべては“聖女”を名乗る平民アメリアの企み。でっち上げられた罪で糾弾され、名誉を失い、実家からも追放されてしまう。 頼る宛もなく王都をさまよった彼女は、行き倒れ寸前のところを隣国ルーヴェル王国の公爵、ゼイン・ファーガスに救われる。 「……しばらく俺のもとで休め。安全は保証する」 冷徹な印象とは裏腹に、ゼインはスカーレットを庇護し、“形だけの婚約者”として身を守ってくれることに。 公爵家で静かな日々を過ごすうちに、スカーレットの聡明さや誇り高さは次第に評価され、彼女自身もゼインに心惹かれていく。 だがその裏で、王太子とアメリアの暴走は止まらず、スカーレットの両親までもが処刑の危機に――!

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

処理中です...