王子に婚約を迫られましたが、どうせ私のスキル目当てなんでしょう?ちょっと思わせぶりなことしないでください、好きになってしまいます!

宮村香名

文字の大きさ
30 / 48

28:救出

しおりを挟む
 ライナスがエルシーに向かって叫んだ瞬間、目の前でこちらに手を伸ばそうとしていたジョイをはじめとする全てのものの動きが止まった。

 ライナスのスキルがエルシーのスキルを感知して、看破したのだ。

 コンコンと床がかすかに音を立てている。ライナスは耳を澄ませながら、邪魔なカーペットを捲った。床を叩く音と、エルシーの小さな声を頼りに床を観察する。

 違和感を感じたところに触れると、床が取り外せることに気づいた。急いで持ち上げると、そこにはエルシーがいる。

「まぶしい……」
「エルシー!」

 エルシーは、暗闇に慣れていた瞳に入ってきた光の刺激に、思わず手をかざす。

 その手を掴み、ライナスがエルシーを助け出して、抱きしめた。

「……無事でよかった」
「殿下……」

 ライナスは、はっとして身体を離し、エルシーの怪我を確認する。腕にいくつかすり傷があるのが見ただけでも分かった。

 焦るライナスとは対照的に、エルシーは思った通り、ライナスがジョイを調べに来ていたことに安堵して微笑む。

「他にも怪我をしていますか!? 早く、医局に……!」
「大丈夫です、それよりも……」

 エルシーは、冷静に周りを見回し、王妃とジョイを見つめた。

「エルシー、ここで待っていてください」
「はい」

 ライナスは、エルシーから離れて、ジョイの元へ歩いていく。そして、彼女の持つ武器を取り上げ、床を滑らせて手の届かないところへ動かした。

 そして、振り返ってエルシーにうなずく。ライナスの合図を見て、エルシーはスキルを止めた。

「あなたは……!」

 ジョイは一瞬のうちに現れたエルシーに目を見張る。やはり、うまくはいかなかった。王妃の願いを叶えられなかった。

 ならば、私のできることは、これ以上の苦しみから王妃を解放するために――瞬時に王妃に視線を向け、ナイフを持っている手を王妃に向かって振りかざそうとして、握っていたナイフが消えていることに気づく。

「あ、あ……」

 身体から力が抜けて、王妃を離して、へなへなとしゃがみ込んだ。王子を殺すどころか、彼女を楽にさせてやることもできない無力感がどっと彼女を襲った。

 ライナスは、カーティスにジョイを捕まえるように合図する。

「ローナ様……」

 王妃は無表情で、うずくまるジョイを見つめていた。その顔が、ライナスに向けられる。

 まるでその動きは魂のない人形のようだった。王妃のそんな顔を初めて見たライナスは目を離す事ができなくなる。

「……ライナス、あなたが死ねば、その分だけ私が生きようと思えるのよ。この世界から、いなくなりたいなんて思ってはいけないの。私は生き続けなければ……あの子や、父や、母の分まで……」

 王妃の醸し出す言い表すことのできない雰囲気に、皆が動きを止めた。王妃は両手で顔を覆い、天井を仰ぐ。
 
「……でも……ごめんなさい……もう無理なのよ……」

 突然、王妃は自身のドレッサーに駆け寄った。そして、無造作においてあった髪飾りを手に取る。

 飾りの反対側の先端部分は、細く尖っていた。

 床にうずくまったままのエルシーは、王妃を止めようと急いでスキルを使おうとするが、疲労と痛みでうまく集中できない。

「母上!」
「ローナ!」

 ジョイとライナスが駆け寄る。あと少しで手が届くというところで、王妃は髪飾りで自分の喉笛を迷いなく刺し貫いた。

 エルシーはあまりの光景に見ていられず、顔を伏せた。

「ローナ! ローナ!」
 
 ジョイは、床に崩れるローナを血まみれになりながら掻き抱く。

 ライナスが、医局から人を呼ぶように叫んでいる。その声はひどく遠くから聞こえた気がした。

 太い血管を傷つけているため、出血が止まらない。ローナの顔色がどんどん青くなっていく。

「ごめんなさい……! 私が、ローナを……楽にしてあげるべきだった……!」

 祖国を追われ、帰る場所と大切な両親を失った。そのときに。

 あるいは、大切な妹を目の前で亡くした。そのときに。

 彼女の幸せを願う言葉が呪いとなり、彼女を蝕む。その前に。

 彼女を大切に思っていたから、自分が一人になりたくなかったから、彼女をずっと苦しめた。

 ローナは苦しそうに呼吸をしながら微笑む。

「ジョ、イ」

 そして、ただ彼女の名前だけを掠れた声で呼んだ。それはとても小さな、彼女たちにしか聞こえないような声だった。

 ◇

 ライナスは、王妃を抱えてうずくまったままのジョイを見下ろしながら、医師の手配を叫んだ。

 呆然としていた従者や騎士が弾かれたように動き出す。

 おそらく話すのが最後になる母親にきちんと理由を話して欲しい気持ちはあったが、無理やり二人から視線を逸らした。自分が割って入るような隙はなかったからだ。

 視線を逸らした先には、顔を伏せたまま、身動き一つしないエルシーがいた。

 駆け寄り、片膝をついて彼女の体を支えようとすると、ライナスの方へ体がかしぐ。

「エルシー?」
「…………」

 体を起こして顔を覗き込むと、瞳は閉じられて、ぐったりしている。声をかけても返事はない。

 ライナスは急いで、エルシーを横向きにして抱きあげ、室内にあった王妃のベッドに仰向けに寝かせた。

 呼吸が問題なくできていることを確認して、とりあえず安堵する。そして、横向きに寝かせ直すと、ところどころ破けたドレスからのぞく肩や腕が赤くなって腫れていることに気づいた。

「エルシー、すまない……」

 届くはずもない謝罪をすると、エルシーの出てきた地下を見に行っていたトレイシーが戻ってきた。

「殿下、下は非常時に隠れるための部屋だったようです。扉の前に荷物が置かれて開けられないようになっていたのを、クルック嬢がなんとかした音が、あの大きな音だったと思われます」
「分かった」

 王妃の部屋の入り口がざわついたのに気づいて目を向けると医局から医者が到着していた。

 部屋の惨状を見た医者は、すぐに王妃の様子を確認して、険しい顔で首を横に振った。ジョイは王妃を抱いたまま動かず、すすり泣いている。

 ライナスは、拳を強く握りしめた。今は悲しんでいる場合ではない。

「こちらの令嬢も診てもらいたい」
 
 ライナスの呼びかけに、医者は今度はエルシーの元へ歩み寄り、一通りの診察をする。

「こちらのお嬢様は、脱水の様子はありますが、疲れで眠っているだけでしょう。怪我や打撲はありますが、骨は折れていませんから、ご安心なされよ、ライナス王子殿下」

 その言葉に、ライナスは詰めていた息を吐き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。

婚約破棄されたら騎士様に彼女のフリをして欲しいと頼まれました。

屋月 トム伽
恋愛
「婚約を破棄して欲しい。」 そう告げたのは、婚約者のハロルド様だ。 ハロルド様はハーヴィ伯爵家の嫡男だ。 私の婚約者のはずがどうやら妹と結婚したいらしい。 いつも人のものを欲しがる妹はわざわざ私の婚約者まで欲しかったようだ。 「ラケルが俺のことが好きなのはわかるが、妹のメイベルを好きになってしまったんだ。」 「お姉様、ごめんなさい。」 いやいや、好きだったことはないですよ。 ハロルド様と私は政略結婚ですよね? そして、婚約破棄の書面にサインをした。 その日から、ハロルド様は妹に会いにしょっちゅう邸に来る。 はっきり言って居心地が悪い! 私は邸の庭の平屋に移り、邸の生活から出ていた。 平屋は快適だった。 そして、街に出た時、花屋さんが困っていたので店番を少しの時間だけした時に男前の騎士様が花屋にやってきた。 滞りなく接客をしただけが、翌日私を訪ねてきた。 そして、「俺の彼女のフリをして欲しい。」と頼まれた。 困っているようだし、どうせ暇だし、あまりの真剣さに、彼女のフリを受け入れることになったが…。 小説家になろう様でも投稿しています! 4/11、小説家になろう様にて日間ランキング5位になりました。 →4/12日間ランキング3位→2位→1位

処理中です...