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第6章過去転移
117 弱者の記憶
しおりを挟む蓮の攻撃値が何もない空間に刻まれている。
広場の人は足を止めて自身の目に映っていることが、本当なのかどうかを確認している様子だ。
もちろん。この足を渡した張本人もである。
「うそじゃろ……」
広場に店を構える老いた武器商人。
彼は長らく、この場で旅人のステータスを眺めてきた。
そして低いステータスの者には頑なに武具を売らず、高いステータスの者には市場よりも安い価格で売る。
この姿勢を貫いてきた。
広場を行き交う人々からは差別と偏見にまみれた武器商人と揶揄されていたこともあるが、実は違う。
選別をしていたのである。
ギョロっとした目を固定させ、老人はゆっくりと唾を飲み込んだ。
(この奴隷なら、もしやするとダンジョンに入る資格があるのやもしれん)
少し体を震わせながら蓮の顔を見ると、すぐに攻撃値に目線を戻した。
その姿は最早、奴隷という職業をバカにしようとする醜悪な姿ではない。
驚きはしているが、蓮の攻撃値の高さを受け入れている。
老人は単に低いステータスをバカにする為に、旅人の能力を見てきたわけではないのだ。
攻撃値を確認する理由は、至極単純であった。
それは……
――死なせない。
この一点に尽きる。
武器商人として長らく生きてきた彼は、どの程度のステータスを持つ旅人ならば、ダンジョンから生きて帰れるかを感覚で理解していたのである。
老人がその感覚を研ぎ澄ましていると、ふと昔に聞いた懐かしい声が聞こえてくるような気がした。
「奴隷にも武器を売ってくれるのか?」
老人は昔のことを思い出していたのだ。
初めて自身が武具を売った相手の事を。
1人で一枚のボロ布を敷き、その上に数個の簡易な武具を並べていた若き頃を。
ステータスを見ずに金さえ払えばどんな人物にも武具を売っていた、あの頃を。
老人の視界には、過去の客の姿と蓮の姿がぼんやりと重なっていた。
そして、自然とあの頃の悔しさが戻ってきた。
「あの時の二の舞には……」
急にボソッと何かを呟いた武器商人を見て、蓮は不思議そうな表情を浮かべている。
「ん? 爺さんどうしたんだ?」
「……」
蓮が声をかけても、武器商人の老人は数値を見つめたまま微動だにしない。
武具を売るのかどうかまだ迷っている様子だ。
「攻撃値はたしかに高いが……」
老人は自身の顎に手を添えて、目を細めて蓮のことを見つめる。
老人はこれまで、低い攻撃値の者には嘲笑を与えて、ダンジョンに挑戦することを諦めさせてきた。
弱者をダンジョンに放り込むなどあってはならない。
「奴隷」などもってのほかだ。
ましてや、自身が初めて武具を売った相手が奴隷なのだから。
「少年よ。お主は死なないか?」
「え?」
黙り込んでいた老人が突然、蓮の目を見つめて話しかけていた。
先ほどまでのおちゃらけた雰囲気ではない。
真剣な眼差しである。
その瞳にはどこか悲しみが写っているような雰囲気がある。
突然の予想だにしない言葉に蓮はうろたえていた。
質問の意味がわからないからだ。
不死の体を持つと聞かれているのか、そもそもこの質問が何を意図しているのか、全く分からない。
目を白黒させる蓮。
「それは、いったいどういう意味で……」
老人の意図が分からない。
困った様子の蓮を見て、老人はハーッと深いため息をついた。
そして、目を閉じてから叫んだ。
「じゃから! ダンジョンから生きて帰ってこれるのか、と聞いておるのじゃ」
少し怒ったような口調で声を荒げる老人。
閉じた目をカッと開いて蓮を見つめていた。
そんな老人を見て、蓮は未だに混乱している様子だ。
顔を少し強張らせながら老人を見つめる。
(一体、どうしたんだっていうんだよ。攻撃値が100を超えてれば武具を見てもいいって話じゃないのかよ……)
蓮がどんなに見つめても、老人も蓮を見つめて何も語らない。腕を組んで見つめているだけである。
このままどちらも発言しないと、何も進展しないと感じた蓮は遂に口を開いた。
「俺は死にませんよ」
(HPがほぼ無限だしな……)
蓮がそう言うと、老人はニコッとした表情で蓮が持っていた石を自身の懐へとしまった。
そして、ニコッとした表情のまま老人は蓮に話しかけた。
「では、奴隷用の武具を一緒に見て行こうかのぅ?」
老人の表情は笑顔そのものだったが、どこか悲しみも含んでいるような不思議なものであった。
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