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10それぞれの前世

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「シャルル代表も持ってくれよ……金が重すぎる」
「いえ、私はコロコロの実を10個持っていますので」

 ズルズルと袋を引きずるリストはダルそうに呟いている。
 そう。黄金スライムを1匹、通常のスライムを10匹倒したシャルルとリストは帰途に着こうとしていたのだ。
 リストが1万Gの入った袋を持ち、シャルルはコロコロの実を10個持っている。リストはダルそうな声を上げてシャルルに訴えた。
 無理もないだろう。1万Gの金貨は約50kgほどはある。

「なぁシャルル代表」
「ん? なんですかリストさん」
「この金貨、半分だけ勇者にあげようぜ」
「はいはい。勇者様にも恩を売っておくって事ですね……って、半分も!!?」
「代表って見た目によらず金にガメついのな」
「む! 失礼ですね。私は王国最古のギルド【オリエント】の代表ですよ。金貨の半分ぐらい勇者様に寄付しましょう」(あぁ、言ってしまったわ。本当は全額ギルドの改修費に回したかったのに)

 シャルルは心なしか表情が暗くなり、足取りが重くなった。

「大丈夫か、代表」
「え、えぇ。も、ももももちろんですとも」

 言葉は震え目の焦点が合っていない。彼女は非常に動揺しておりカクカクとした動きで前に進んでいる状態だ。
 その動揺っぷりはオリエントの会計事情が悪い事を物語っているのだろう。
 だが、1万G全ては必要ではないと思われる。5千Gで全てが足りるとは思えないが……。

「でも、リストさん。どうやって勇者様を探すのですか?」
「簡単だぞ。耳を澄ましてみて」
「え」

 リストがやっている通りにシャルルも耳に手を当てて、音を聞く。すると近くから、ブンッ、という先程聞いた音が聞こえてきた。
 この音は勇者が素振りしている音である。

「聞こえたか?」
「は……はい。勇者様が鍛錬を積んでいるのでしょうね」
「そうだ。だからこの音を辿っていけばいい」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

 リストの言葉をシャルルが遮った。

「なんでそんなに勇者様に金貨を渡したいんですか? 勇者様はクエストで多額の賞金を得ていると思うんですが」
「代表は見てなかったのか」
「何をですか」
「勇者様、勇者様って言われてるから注意して無かったんだけどさ。近くで見ると鎧の隙間から見えるのは痩せて細くなった腕と足だ。あれは十分に食べている体とは思えない」
「確かに……勇者様の体つきが前に比べるとちいさくなっているような」
「恐らくだけど、勇者はクエストから得ている賞金を王政府に奪われているんじゃないのか。何かと妨害されてたようだったし」

 悲しそうな表情をしていると冷たい風が吹き抜けた。まるで、早くこの場を立ち去れと言わんばかりに。
 いや、風だけではない。陽が落ちかけて辺りが赤く照らされ始めている。
 もう夜がやってくるのだ。

「もう日が暮れますね。勇者様を探しましょうか」
「ありがとう代表」
「いえ、リストさんは優しいのですね」
「お互い様って事だよ。俺も昔は食べるのに苦労してた事もあったんだ」
「前世は戦争期だったのですか?」
「違うよ! ほら、さっさと勇者を見つけようぜ!」
「ふふっ。分かりました」

 少し微笑むと2人は共に、ブンッ、と風を切る音に近づいていった。
 規則的に聞こえる風切り音。まるでメトロノームのように一定の速さを常に保っている。
 剣の速度は速くもなく遅くもない。ただ、一振り一振りが全力であるだろうと推測できるほど大きな音だった。
 なので、リスト達が勇者の元に辿りつく事は容易だった。まだ夕暮れの赤い時間帯に見つかるか事ができたのだ。

「む。リスト殿と代表殿ではないか。また会ったな」
「勇者様。またお会いしましたね」

 2人の存在にいち早く気づいた勇者は剣を振る手を止めて、軽く会釈をした。
 そして、勇者に対して言葉を放ったのはリストではなくシャルルであった。

「私達は勇者様に対して金銭を寄付したいと思っていまして」
「我は寄付などいらんぞ。余計な気遣いは無用だ代表よ」
「いえ、これはオリエントからの申し出ではなく、リスト個人からの申し出なのです」
「リスト殿から?」

 勇者の視線はすぐにシャルルの隣、リストへと移った。

「サシャ。無理するな。勇者としてのプライドはあるかもしれないが俺の気持ちだ、受け取ってくれ」

 リストが差し出したのは5千Gくらいの入った袋だ。ジャラジャラとなる金貨の音色は心地よい。
 それを見る勇者の表情は少し緩んでいるように見えた。やはり、金に困っているのだろう。

「わ、我は勇者であるぞ。そんな施しのような事は……」
「無理するなって。俺も派遣切りの時は飯食えなくてヒドかったんだ。それにこれは前金って事で、オリエントに何かあったら助けてくれ」
「すまない。前金という事なら仕方ないだろう」

 勇者であるサシャはリストから袋を受け取ると笑顔になった。

「でも勇者様、なぜお金に困っているのですか?」
「実はな代表。我がクエストを達成した金はほぼ全て王政府に渡しているのだ」
「え? 何故ですか」
「我は王政府によって育てられた身。よってその教育分を今、回収しているらしいのだ」
「だろ。代表。サシャはやっぱり金無いんだよ」
「そんなハッキリと言わないでくれるかな。我にも傷つく心はある」
「あ、ごめん」

 リストはサシャに会釈をすると、前々から気になっていた質問をぶつけた。
 それは勇者が前世では何をしていたのか、という事だ。
 転生者である以上前世の記憶もあるはずだ。

「そう言えばサシャ。サシャは前世何してたんだ?」
「へ!?」
「おいどうしたんだよサシャ、そんなにビックリして」
「失礼ですよリストさん。勇者様は通常の方と違って赤ん坊として転生されたのです、赤ん坊をしていた、に決まっているでしょう」
「ははは! そうだぞ。代表の言う通りだ」

 勇者は腰に手を当てながら、嘘くさい笑いを森中に響かせた。目は泳ぎ顔が引きつっている。
 これは嘘をついた人の取る行動だ。

(絶対に言えない……前世がニートだったなんて)

 勇者は額から汗を流して顔色が青くなっている。
 そう。勇者は元々ニートであったのに、女神の勘違いで死んでしまったのだ。その謝罪として、記憶はそのままで0歳で異世界転生するという権利を得ていたのであった。
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