ナメクジ

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世界の理と個人の感情

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 淑情の茜が広がり長身の影を無機質な道路に映す夕暮れ時。私は華奢な身を逞しい電信柱に隠しながら帰路を進んでいく。私の胸で踊る真紅の糸操り人形を狂わす麗しのあの方の背中を視界に捉えて。この世に生まれ出てより変わらぬであろう柔らかな弾力をもった乳白の肌、今昔に伝わる工芸品の洗練された美を体現するかのような肉体、研磨したばかりの刀刃の如く鋭利に輝く黒髪。全てが神秘の幻。あぁ、お姉様。

 お姉様は幼少の頃より絢爛華麗なお方だった。お姉様が歩く背景には高貴な白百合が咲き乱れ、万物の心を揺さぶる。それは妹である私も例外ではなかった。純粋な姉妹愛ではなく、巨木に弱々しく絡まるつるのように儚く淡い恋心。

 姉妹に対し思いを募らせることが世の禁忌であることは理解している。それでも、禁忌を犯してでもお姉様と結ばれたいという薄色の幻想を抱いていることも事実。理への服従と感情の優先との板挟みで脳が熱を上げてしまいそうだ。

 長考しながら進んでいると、いつの間にか家の前まで着いていた。
「お姉様!」
私は折を見てお姉様に声をかける。
「雪じゃないか、今帰ってきたのか?」
お姉様が、美髪を靡かせながら振り向きざまに、豊潤な薄桜の唇を小さく動かして私の名前を呼ぶ。貧相な胸が張り裂けてしまうほど心臓が激しく鼓動する。思わず顔が綻んでしまいそうだったが、お姉様の透き通った瞳に気の緩んだ無様な表情を映す事は罪の階層の頂に位置する、神の名を掲げようとも許されざる行為であるため、私は全力で顔面筋を収縮して普段の表情を繕う。
「はい、偶然お姉様の姿が見えたので声をかけました。」
長時間身を隠しながら後をつけてきたなんて口が裂けても言えない。私はどうしようもない愚人。感情に任せて恥ずべき行為を働いた上に、お姉様に対して悪びれもせずに嘘を吐いたのだから。
「そうだったのか。あ、そうだ雪、家に入ったら私の部屋に来てくれ。話したいことがあるんだ。」
「えっ!?」
流れるように放ったお姉様の言葉に惑いと驚愕を感じて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ん?そんなに吃驚することか?先に上がって待ってるから、早く来いよ。」
お姉様は、凛とした口調でそう言うと姿勢を一切乱すことなく家の中に入っていった。

 しばらくの間、私は一筋の冷風に吹かれながら呆然と立ち尽くしていた。私は夢でも見ているのだろうか。試しに頬をつねってみる。痛い。という事は先程までのお姉様との会話は紛れもない現実。そう確信した瞬間、耳元に宿った熱が頬や首元に広がっていき、最終的には全身を、特に下腹部を淫らな熱に侵された。部屋に誘われただけでこんなに火照ってしまうなんて、はしたない女。肉体が下卑た悦びを感じていることに少しばかりの羞恥心を抱きながら、私は震える手で玄関ドアの取手を握った。
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