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追
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現在、私は何者かに生活を監視されています。四六時中私の後を嗅ぎまわり、私の毎日のスケジュールを完全に把握しているみたいです。何処に行くにしても、背後から雑菌や水中昆虫の糞尿が流れ廻る泥水を詰めた水鉄砲で狙われているような気持ちの悪い感覚が付き纏っています。勇気を絞って、恐る恐る振り返ってみてもそこにはもう誰もいません。気配のかけらもなく、毛一本の痕跡すら残されていませんでした。私のちょっとした動作に鋭敏に反応し、服ずれ、足音を一切たてず、呼吸の乱れも感じさせず完璧に姿形を消す。考えるに、並外れた技量を持つ追跡者でしょう。なんて恐ろしい。しかし、私が真に恐怖を感じるのはこの後、私が再び視線を前へ向き直した時でした。私が進むべき方向に広がる他愛のない、日常的な風景を目に捉えた刹那、後頭部にまるでキリンのあの長い紫色の舌が、生暖かい粘液を纏いながら縦横無尽に這いずり回るような、およそ非日常的な感覚に見舞われました。どうやら一秒もなかった隙をついて、また追跡者が監視を再開したようです。それにしても一瞬で察知不可能な程気配を殺し、また一瞬で不快な重圧を感じさせる程の気配を醸しながら監視を再開することが出来るとは、この追跡者は人間なのでしょうか。
ここで私は気付きました。そうだ、追跡者は人間ではありません。私は当初、追跡者は国内に存在する裏人間研究所という、近未来に必ず勃発する巨大戦争に向けて、人間の身体改造技術や完全洗脳技術を軍事的に実用可能な水準まで発展させることを目的とした秘密研究施設の研究員であると推測していました。なぜなら、最近国家間での動きが何処か不自然で、微妙な緊張感が蔓延しているからです。恐らく、少しでも不審な動きがあった場合それを皮切りに即戦争、ということに成りかねないでしょう。そんな一触即発な状況であるから、裏人間研究所は性急に被験者達を見つけ、研究を開始しなければならないのです。私は不幸なことに被験者の一人として選ばれてしまったのだと、そう思っていました。しかし、違ったのです。彼等は裏施設の人間ではあるものの、追跡に関しては一瞬で気配を消したりする装置を有している訳ではありません。そんな装置があれば人間の改造研究など無要でしょう。だから、裏人間研究所の研究員ではないのです。さらに言えば人間ですらないのです。人類の有する科学技術の現発展段階では気配を自由自在に消すことのできる装置は開発不可能だからです。
宇宙人です。私を追跡しているのは、地球という蒼く発光する球形の箱庭の外側に広がる宇宙空間の何処かに存在する宇宙監視及び保全を目的とした、主に無限と悠久と絶対真理の叡智を保有している優秀進化生物たちで構成されている組織の地球担当の宇宙人です。それなら超越的な技術も、あの非日常的な不快感も納得がいきます。私は地球人の代表として監視対象に選ばれたのでしょう。少し名誉に感じますが、やはり監視されるのは余り気持ちがいいとは言えません。しかし、私のような地球人一般人には逃れる手段はありません。仕方がないので監視期間が終了するまでなるべく妙な真似はしないように心がけます。
一つ気掛かりなことがあります。もし、追跡者の任務が地球という、無限空間の宇宙でも指折りの環境水準を誇る惑星の代表生息種である地球人の平和維持能力の判定だとすると、現状の世界情勢は非常に危険であると言えるでしょう。同種での化学兵器を用いた極大規模の殺し合いなんて、間違いなく平和維持能力は皆無であるとの判定が下されるでしょう。そうすると、地球人は宇宙環境を脅かす可能性のある宇宙内悪性生物腫として速やかに処理されるでしょう。宇宙の全時空の目録からも、存在したという痕跡の一切を消去されてしまいます。私は消えたくありません。私は私として綴られた人生を、私のまま完結させたいのです。
そうなれば、私のすべき事は一つ、巨大戦争をその火蓋を切られる前に阻止することです。まずは我が国の首相に直訴を試みます。事は急を要します。即時官邸へ伺います。
「それでは、あなたはその近い未来に起こるであろう巨大戦争を阻止するために首相官邸へ乗り込んだのですか?」
「そうです。私が阻止しなければ我々地球人の存在は過去、現在、未来の時間軸から存在情報の一切を消去され、元から存在していなかったことにされてしまいますから。」
「ふむふむ、それでその宇宙人はなぜあなたをストーキングしていたのですか?総人口約七十億という莫大な数の地球人の中からあなたが選ばれた理由は?」
「ランダムでしょう。一番合理的かつ平等的な選抜方法ですから。」
「なるほど、では、巨大戦争はなぜ勃発するのですか?」
「現在の世界情勢こそが根拠たり得るのではないでしょうか?」
「うーむ、私には皆目見当がつきませんね。因みに、戦争の引き金となる可能性のある国は何処ですか?」
「分かりません。世界各国、国力の大小関係なく仕掛ける可能性があります。だから、私はまず自国の長に話を付けようとしたのです。成功すればそれを皮切りに世界各国に戦争中止の方針が拡大していきます。」
「なるほど、ですが今日はもう大変お疲れのようですね。活動はまた明日、明後日からでもよいのではありませんか?」
「それではいけません!ことは急を要するのです!あなたには現在の緊急的危機的状態が分からないからそうやって暢気に構えていられるのです!」
「落ち着いて、落ち着いて。そう焦燥ばかり募らせていると精神的にも参ってしまい、まともな活動も出来なくなりますよ。緊急時だからこそ冷静に、肩の力を抜くのも事を潤滑に進めるためにも必要ですよ。」
「…」
「ほら、今日はもうゆっくりお休みになられては?お部屋も用意してあります。お連れしますよ。」
「…分かりました。今日は休ませてもらいます。」
一連の会話を終えた後、純白の白衣を身に纏った老齢の男と、頬ぼねが浮き出た青白い顔の青年は、一点の曇りもなければ輝きもない白に包まれた廊下の奥へと消えていった。
ここで私は気付きました。そうだ、追跡者は人間ではありません。私は当初、追跡者は国内に存在する裏人間研究所という、近未来に必ず勃発する巨大戦争に向けて、人間の身体改造技術や完全洗脳技術を軍事的に実用可能な水準まで発展させることを目的とした秘密研究施設の研究員であると推測していました。なぜなら、最近国家間での動きが何処か不自然で、微妙な緊張感が蔓延しているからです。恐らく、少しでも不審な動きがあった場合それを皮切りに即戦争、ということに成りかねないでしょう。そんな一触即発な状況であるから、裏人間研究所は性急に被験者達を見つけ、研究を開始しなければならないのです。私は不幸なことに被験者の一人として選ばれてしまったのだと、そう思っていました。しかし、違ったのです。彼等は裏施設の人間ではあるものの、追跡に関しては一瞬で気配を消したりする装置を有している訳ではありません。そんな装置があれば人間の改造研究など無要でしょう。だから、裏人間研究所の研究員ではないのです。さらに言えば人間ですらないのです。人類の有する科学技術の現発展段階では気配を自由自在に消すことのできる装置は開発不可能だからです。
宇宙人です。私を追跡しているのは、地球という蒼く発光する球形の箱庭の外側に広がる宇宙空間の何処かに存在する宇宙監視及び保全を目的とした、主に無限と悠久と絶対真理の叡智を保有している優秀進化生物たちで構成されている組織の地球担当の宇宙人です。それなら超越的な技術も、あの非日常的な不快感も納得がいきます。私は地球人の代表として監視対象に選ばれたのでしょう。少し名誉に感じますが、やはり監視されるのは余り気持ちがいいとは言えません。しかし、私のような地球人一般人には逃れる手段はありません。仕方がないので監視期間が終了するまでなるべく妙な真似はしないように心がけます。
一つ気掛かりなことがあります。もし、追跡者の任務が地球という、無限空間の宇宙でも指折りの環境水準を誇る惑星の代表生息種である地球人の平和維持能力の判定だとすると、現状の世界情勢は非常に危険であると言えるでしょう。同種での化学兵器を用いた極大規模の殺し合いなんて、間違いなく平和維持能力は皆無であるとの判定が下されるでしょう。そうすると、地球人は宇宙環境を脅かす可能性のある宇宙内悪性生物腫として速やかに処理されるでしょう。宇宙の全時空の目録からも、存在したという痕跡の一切を消去されてしまいます。私は消えたくありません。私は私として綴られた人生を、私のまま完結させたいのです。
そうなれば、私のすべき事は一つ、巨大戦争をその火蓋を切られる前に阻止することです。まずは我が国の首相に直訴を試みます。事は急を要します。即時官邸へ伺います。
「それでは、あなたはその近い未来に起こるであろう巨大戦争を阻止するために首相官邸へ乗り込んだのですか?」
「そうです。私が阻止しなければ我々地球人の存在は過去、現在、未来の時間軸から存在情報の一切を消去され、元から存在していなかったことにされてしまいますから。」
「ふむふむ、それでその宇宙人はなぜあなたをストーキングしていたのですか?総人口約七十億という莫大な数の地球人の中からあなたが選ばれた理由は?」
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「なるほど、では、巨大戦争はなぜ勃発するのですか?」
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「うーむ、私には皆目見当がつきませんね。因みに、戦争の引き金となる可能性のある国は何処ですか?」
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「…」
「ほら、今日はもうゆっくりお休みになられては?お部屋も用意してあります。お連れしますよ。」
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一連の会話を終えた後、純白の白衣を身に纏った老齢の男と、頬ぼねが浮き出た青白い顔の青年は、一点の曇りもなければ輝きもない白に包まれた廊下の奥へと消えていった。
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