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第3章 城下町のモフモフの宿
しゃくれ探偵
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ふたりが話している側には、大きな樽が並ぶ酒屋があった。私たちはその樽の影に身をひそめてようすをうかがう。
「ねぇタクト、せっかくこうして会えたんだから、一緒にお茶していきましょうよぉ」
宿の主人の腕に、イランコトシーナ3世の腕が蛇のように絡みついている。タクトというのは主人の名前のようだが、ふたりは普段から名前を呼びあうような関係なのだろうか?それにしては主人のようすがおかしい。強張った顔をして、ずっと彼女と目が合わないようにしているのだ。
「ワタクシ、新しくできたカフェに行きたいわぁ。とってもオシャレなスイーツを出すんですってぇ」
甘えた声を出しながら、主人の腕に豊かな胸を押しつけるようにする。悔しいけど、そのボリューム感がちょっと羨ましい。この世界にも盛れるブラとかあるんだろうか?ツケマがあるのだからあるのかもしれない。
「お嬢さま、申し訳ありません。夕食の仕込みがあるので、私はもう帰りませんと」
主人は彼女を「お嬢さま」と呼んでいるようだ。そして明らかに迷惑そうだ。そうだろうとは思っていたけど、私はホッとした。旦那があんな女と浮気してるなんてことになったら、女将がかわいそうすぎるもの。
「イヤだわもう!ワタクシのことは『しーちゃん』って呼んでって言ってるでしょ?」
宿の主人は嫌がっているのに、おかまいなしでグイグイと迫るイランコトシーナ3世。
「いえ、昔お世話になった家のお嬢さまを、そんな風に気安くお呼びするわけにはいきません」
え?どういうこと?「昔お世話になった」ってことは、ふたりは古くからの知り合いなのだろうか。
「相変わらずお堅いのねぇ。だけどワタクシはあなたのそういうところも好きよ」
そう言うとイランコトシーナは、背伸びをして主人に顔を近づける。真っ赤な紅を塗りたくった唇はすぼめられていて、どうやら頬にキスをするつもりらしい。
「やめてください、お嬢さま!!」
当然、主人は激しく抵抗した。たまりかねたように、絡められていた腕を振りほどく。
「あらヤダ、照れちゃってカワイイ」
彼女は口元に手をあててふふふと笑った。突き放されてもいっこうに響かないらしい。鋼のメンタルである。
「お嬢さま」
宿の主人は初めて彼女の顔を正面から見た。そして子供に言い聞かせるように話しかけた。
「私には女房も子供もいます。お嬢さまも嫁入り前ですし、まわりから誤解されるようなことはおやめください」
え?子供?
あの宿では見かけなかったけど、宿主夫婦には子供がいるのだろうか?ルリの顔を見たが「知らない」というように首を横に振っている。
イランコトシーナ3世は、主人のその真剣な言葉を鼻で笑った。
「あんなに太ってるうえに、おかしな髪型をしてる女なんて、あなたの嫁にふさわしくないわ!」
ひどい。宿の女将は確かにポッチャリめだが、彼女とは比べ物にならないくらい服装も化粧も上品で素敵な人だ。「誰もお前なんかに言われたくないわ!」と、私は腹のなかで言い返してやった。
「それに子供だって・・・」
彼女は続けて言いかけたが、宿の主人がその言葉を強い語調でさえぎる。
「お嬢さまには関係ないことです!お願いですから、もう私たちのことは放っておいてください!!」
そう言い放つと、また腕をつかもうとする彼女の手を振り払い、スタスタとその場を離れていってしまった。
そのすげない態度に怒りの表情を浮かべたイランコトシーナ3世は、遠ざかっていく主人の後姿に怒声を浴びせる。
「あんなブサイク女も、生きているかどうか分からない息子も、さっさと捨ててしまいなさい!あなたはワタクシと結婚してうちの宿を継ぐのよ!」
その大きな声に通りの人々が何事かと振り返る。それに気づいたイランコトシーナ3世は、周囲を見下すようにツンと顎をあげ、肩を怒らせながら主人が帰ったのとは逆方向に消えていった。
「はあ~、なんか凄かったわね」
彼女の姿が見えなくなったのを確認すると、私とルリは酒樽の影から出て顔を見合わせた。なんと言うか、「生きる厄災」みたいな人だ。女将を悪く言うのも酷いし、すでに結婚してる人と結婚しようとしているのもヤバイ。
「ですが意味深なことを言っていましたね。『生きているかどうか分からない息子』とは、どういうことでしょう?」
息子とは恐らく宿主夫婦の子供のことだろう。その子にいったい何があったのか。
「宿の主人がなんで彼女のことを『お嬢さま』って呼んでるのか、それも気になるわ」
「ですね」
ルリはそう言うと、ポシェットから黒縁のメガネを取り出してかけた。彼女のメガネ姿など初めて見る。
「なにそれ?どうしたの?」
「これは聞き込みのときの変装用です。市場や宿の周りで彼らのことを聞いてまわれば、私たちの知らない事情が分かるでしょう」
あの女に関わるなと言ったクセに、なんだかノリノリである。でも、私もいろいろ気になってしょうがないので、彼らのことを調べてみようというのには賛成だ。あのイランコトシーナ3世は悪い意味でよく目立つ存在だし、ランプの宿も有名なようだから、周辺を聞き込みすればある程度の事情は分かるだろう。
だけど、なんで変装するんだろう?別に顔を知られちゃいけない理由はないと思うけど。
「その変装ってなんのためにするの?」
「特に理由はありません。でもこのほうが探偵らしい気分になれるのでふ」
ルリはしゃくれた顔でそう答えると、ずり落ちてもいないメガネを指でくいっと上げた。
「ねぇタクト、せっかくこうして会えたんだから、一緒にお茶していきましょうよぉ」
宿の主人の腕に、イランコトシーナ3世の腕が蛇のように絡みついている。タクトというのは主人の名前のようだが、ふたりは普段から名前を呼びあうような関係なのだろうか?それにしては主人のようすがおかしい。強張った顔をして、ずっと彼女と目が合わないようにしているのだ。
「ワタクシ、新しくできたカフェに行きたいわぁ。とってもオシャレなスイーツを出すんですってぇ」
甘えた声を出しながら、主人の腕に豊かな胸を押しつけるようにする。悔しいけど、そのボリューム感がちょっと羨ましい。この世界にも盛れるブラとかあるんだろうか?ツケマがあるのだからあるのかもしれない。
「お嬢さま、申し訳ありません。夕食の仕込みがあるので、私はもう帰りませんと」
主人は彼女を「お嬢さま」と呼んでいるようだ。そして明らかに迷惑そうだ。そうだろうとは思っていたけど、私はホッとした。旦那があんな女と浮気してるなんてことになったら、女将がかわいそうすぎるもの。
「イヤだわもう!ワタクシのことは『しーちゃん』って呼んでって言ってるでしょ?」
宿の主人は嫌がっているのに、おかまいなしでグイグイと迫るイランコトシーナ3世。
「いえ、昔お世話になった家のお嬢さまを、そんな風に気安くお呼びするわけにはいきません」
え?どういうこと?「昔お世話になった」ってことは、ふたりは古くからの知り合いなのだろうか。
「相変わらずお堅いのねぇ。だけどワタクシはあなたのそういうところも好きよ」
そう言うとイランコトシーナは、背伸びをして主人に顔を近づける。真っ赤な紅を塗りたくった唇はすぼめられていて、どうやら頬にキスをするつもりらしい。
「やめてください、お嬢さま!!」
当然、主人は激しく抵抗した。たまりかねたように、絡められていた腕を振りほどく。
「あらヤダ、照れちゃってカワイイ」
彼女は口元に手をあててふふふと笑った。突き放されてもいっこうに響かないらしい。鋼のメンタルである。
「お嬢さま」
宿の主人は初めて彼女の顔を正面から見た。そして子供に言い聞かせるように話しかけた。
「私には女房も子供もいます。お嬢さまも嫁入り前ですし、まわりから誤解されるようなことはおやめください」
え?子供?
あの宿では見かけなかったけど、宿主夫婦には子供がいるのだろうか?ルリの顔を見たが「知らない」というように首を横に振っている。
イランコトシーナ3世は、主人のその真剣な言葉を鼻で笑った。
「あんなに太ってるうえに、おかしな髪型をしてる女なんて、あなたの嫁にふさわしくないわ!」
ひどい。宿の女将は確かにポッチャリめだが、彼女とは比べ物にならないくらい服装も化粧も上品で素敵な人だ。「誰もお前なんかに言われたくないわ!」と、私は腹のなかで言い返してやった。
「それに子供だって・・・」
彼女は続けて言いかけたが、宿の主人がその言葉を強い語調でさえぎる。
「お嬢さまには関係ないことです!お願いですから、もう私たちのことは放っておいてください!!」
そう言い放つと、また腕をつかもうとする彼女の手を振り払い、スタスタとその場を離れていってしまった。
そのすげない態度に怒りの表情を浮かべたイランコトシーナ3世は、遠ざかっていく主人の後姿に怒声を浴びせる。
「あんなブサイク女も、生きているかどうか分からない息子も、さっさと捨ててしまいなさい!あなたはワタクシと結婚してうちの宿を継ぐのよ!」
その大きな声に通りの人々が何事かと振り返る。それに気づいたイランコトシーナ3世は、周囲を見下すようにツンと顎をあげ、肩を怒らせながら主人が帰ったのとは逆方向に消えていった。
「はあ~、なんか凄かったわね」
彼女の姿が見えなくなったのを確認すると、私とルリは酒樽の影から出て顔を見合わせた。なんと言うか、「生きる厄災」みたいな人だ。女将を悪く言うのも酷いし、すでに結婚してる人と結婚しようとしているのもヤバイ。
「ですが意味深なことを言っていましたね。『生きているかどうか分からない息子』とは、どういうことでしょう?」
息子とは恐らく宿主夫婦の子供のことだろう。その子にいったい何があったのか。
「宿の主人がなんで彼女のことを『お嬢さま』って呼んでるのか、それも気になるわ」
「ですね」
ルリはそう言うと、ポシェットから黒縁のメガネを取り出してかけた。彼女のメガネ姿など初めて見る。
「なにそれ?どうしたの?」
「これは聞き込みのときの変装用です。市場や宿の周りで彼らのことを聞いてまわれば、私たちの知らない事情が分かるでしょう」
あの女に関わるなと言ったクセに、なんだかノリノリである。でも、私もいろいろ気になってしょうがないので、彼らのことを調べてみようというのには賛成だ。あのイランコトシーナ3世は悪い意味でよく目立つ存在だし、ランプの宿も有名なようだから、周辺を聞き込みすればある程度の事情は分かるだろう。
だけど、なんで変装するんだろう?別に顔を知られちゃいけない理由はないと思うけど。
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