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第4章 神殿を目指して森を行く
さよならも言えずに
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ちょっとした混乱のあと、私たちは神殿にルリが急ごしらえしたテーブルを囲んで座っていた。先ほど素っ裸だった青年はもう裸ではない。チビルリちゃんたちが急いで服をつくったのだ。
ルリは綺麗な金の玉の側にいることで神力が回復したらしく、チビルリちゃんたちが戻ってきたのだ。彼女らは私と再会できたことを喜んでくれた。今は外できぃちゃんと追いかけっこをして遊んでいる。皆にはお世話になったから、帰る前にはもう一度きちんとお礼を言おう。
驚いたことに、アヒルンゴから変身したあの青年は、ランプの宿の息子ハルトなのだと言う。アヒルンゴ隊長の女将に対する態度がおかしかったのはそのせいらしい。でも、どうして自分がアヒルンゴになったのかは思い出せないそうだ。そんなハルトに女神が言った。
「お前は呪いにかかっていたのよ」
「呪いですか?」
「誰かにアヒルンゴになる呪いをかけられて、売り飛ばされたのね。人間なのを忘れていたのも呪いのせいよ」
「ひどい!いったい誰が?」
私は思わず声をあげてしまった。だって彼がいなくなったのは3歳のときだ。そんな小さい子に呪いをかけるなんて、どう考えてもそいつは頭がおかしい。
「呪いが解けたからもう思い出せるんじゃない?そのときお前は何をしていたの?」
女神の言葉にハルトは空中の一点をじっと見つめた。一生懸命思い出そうとしているようだ。
「あのとき、ボクは家の前で遊んでいて・・・お母さんが用事をしにちょっと家に入って」
ここでハルトはハッと顔をあげた。
「女の人が近づいてきて、ボクに薄い布のようなものを掛けたんです」
それがアヒルンゴに変身させる呪いだったのだろうか?私は彼のほうに身を乗り出して聞いた。
「その人は誰か分かる?」
「名前は分からないけど近所の人だと思います。いつもキラキラの服を着ている綺麗な人で。でも家に来られるとお父さんもお母さんも困るみたいでした」
私とルリは視線を交わした。いま警察に拘束されているヤツに違いない。ルリがランプの宿で起こった事件のことを説明すると、女神さまは声を立てて笑った。
「その女はこれから破滅の道を転げ落ちて行くわね」
女神さまが言うには、人間に呪いを授けるような神は欲張りで狡猾なのだという。必ず罠をしかけて、呪った人間から全てを搾り取ろうとするそうだ。彼女が警察に捕まったのは序の口で、本当の地獄はこれかららしい。
「だからハルト、呪った人間に復讐しようなんて考えちゃいけないわ。お前は両親の元へ帰って、今までできなかったぶんの親孝行をしなさい」
「はい、女神さま」
ハルトは素直にうなずく。私は宿の夫婦がどれだけ喜ぶだろうかと想像して、目がちょっと潤んでしまった。気にかかっていたことがあっさり解決して良かった。
だけど、私はもうひとつ心配に思っていることを聞いた。
「女神さま、きぃちゃんはどうします?」
ハルトは家へ、アヒルンゴたちはレンタル屋へ帰るけど、この子には帰るところがない。ランプの宿ではなんと言うか、「器に納まりきらない」のでいられないのだ。本当は私が連れて帰りたいくらいだけど、そういうわけにはいかないだろう。
心配する私に女神さまはあっさりと言った。
「私が飼うから心配ないわ」
女神さまが「おいで」と言うと、きぃちゃんはとことこやってきてその足元にお座りした。尻尾がピコピコ動いているので女神さまのことが好きらしい。
私はホッとしてきぃちゃんに声をかける。
「よかったね」
「ばふっ!」
胸を張って答えるきぃちゃんに女神さまは微笑みかけ、私に目を移して言った。
「じゃあそろそろ沙世も帰してあげないとね」
「はい!」
名残惜しくはあるけれど、心残りはない。私は別れの挨拶をしようとルリに近寄る。ルリも椅子から立ち上がった。
「ルリ、本当にありが」
目の前のルリと握手を交わそうと伸ばした手が、眩しい虹色の光に包まれる。
「え?ちょっと、ま」
次の瞬間、私は家のキッチンで「待ってー!」と叫んでいた。テレビから聞き馴染んだ番組のテーマ曲が流れてくる。本当に約束通り、あの時間に戻ってきたのだ。服装もいつの間にかあのときのものに変わっている。
帰ってこれたのは嬉しい。嬉しいけど・・・。
あんの女神!!
ちゃんとお別れくらいさせなさいよ!!!
私は地団駄を踏んで怒った。このときは、もう誰にも会うことができないと思っていたから。
ルリは綺麗な金の玉の側にいることで神力が回復したらしく、チビルリちゃんたちが戻ってきたのだ。彼女らは私と再会できたことを喜んでくれた。今は外できぃちゃんと追いかけっこをして遊んでいる。皆にはお世話になったから、帰る前にはもう一度きちんとお礼を言おう。
驚いたことに、アヒルンゴから変身したあの青年は、ランプの宿の息子ハルトなのだと言う。アヒルンゴ隊長の女将に対する態度がおかしかったのはそのせいらしい。でも、どうして自分がアヒルンゴになったのかは思い出せないそうだ。そんなハルトに女神が言った。
「お前は呪いにかかっていたのよ」
「呪いですか?」
「誰かにアヒルンゴになる呪いをかけられて、売り飛ばされたのね。人間なのを忘れていたのも呪いのせいよ」
「ひどい!いったい誰が?」
私は思わず声をあげてしまった。だって彼がいなくなったのは3歳のときだ。そんな小さい子に呪いをかけるなんて、どう考えてもそいつは頭がおかしい。
「呪いが解けたからもう思い出せるんじゃない?そのときお前は何をしていたの?」
女神の言葉にハルトは空中の一点をじっと見つめた。一生懸命思い出そうとしているようだ。
「あのとき、ボクは家の前で遊んでいて・・・お母さんが用事をしにちょっと家に入って」
ここでハルトはハッと顔をあげた。
「女の人が近づいてきて、ボクに薄い布のようなものを掛けたんです」
それがアヒルンゴに変身させる呪いだったのだろうか?私は彼のほうに身を乗り出して聞いた。
「その人は誰か分かる?」
「名前は分からないけど近所の人だと思います。いつもキラキラの服を着ている綺麗な人で。でも家に来られるとお父さんもお母さんも困るみたいでした」
私とルリは視線を交わした。いま警察に拘束されているヤツに違いない。ルリがランプの宿で起こった事件のことを説明すると、女神さまは声を立てて笑った。
「その女はこれから破滅の道を転げ落ちて行くわね」
女神さまが言うには、人間に呪いを授けるような神は欲張りで狡猾なのだという。必ず罠をしかけて、呪った人間から全てを搾り取ろうとするそうだ。彼女が警察に捕まったのは序の口で、本当の地獄はこれかららしい。
「だからハルト、呪った人間に復讐しようなんて考えちゃいけないわ。お前は両親の元へ帰って、今までできなかったぶんの親孝行をしなさい」
「はい、女神さま」
ハルトは素直にうなずく。私は宿の夫婦がどれだけ喜ぶだろうかと想像して、目がちょっと潤んでしまった。気にかかっていたことがあっさり解決して良かった。
だけど、私はもうひとつ心配に思っていることを聞いた。
「女神さま、きぃちゃんはどうします?」
ハルトは家へ、アヒルンゴたちはレンタル屋へ帰るけど、この子には帰るところがない。ランプの宿ではなんと言うか、「器に納まりきらない」のでいられないのだ。本当は私が連れて帰りたいくらいだけど、そういうわけにはいかないだろう。
心配する私に女神さまはあっさりと言った。
「私が飼うから心配ないわ」
女神さまが「おいで」と言うと、きぃちゃんはとことこやってきてその足元にお座りした。尻尾がピコピコ動いているので女神さまのことが好きらしい。
私はホッとしてきぃちゃんに声をかける。
「よかったね」
「ばふっ!」
胸を張って答えるきぃちゃんに女神さまは微笑みかけ、私に目を移して言った。
「じゃあそろそろ沙世も帰してあげないとね」
「はい!」
名残惜しくはあるけれど、心残りはない。私は別れの挨拶をしようとルリに近寄る。ルリも椅子から立ち上がった。
「ルリ、本当にありが」
目の前のルリと握手を交わそうと伸ばした手が、眩しい虹色の光に包まれる。
「え?ちょっと、ま」
次の瞬間、私は家のキッチンで「待ってー!」と叫んでいた。テレビから聞き馴染んだ番組のテーマ曲が流れてくる。本当に約束通り、あの時間に戻ってきたのだ。服装もいつの間にかあのときのものに変わっている。
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あんの女神!!
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